4話 浪費
よろしくお願いします。
王都北部の大通り沿いには国を運営するための役所があり、役所の直ぐ裏手には芝生や庭木にまで統一感のある役人用の宿舎が並んでいた。
美しく均整の取れた宿舎の列を見ていると、王都の問題は全て片付いているように感じたが、役人用の宿舎からさらに一つ裏道に入れば、役人の宿舎の形だけを真似たような、特徴のない安宿が並んでいる。
どの安宿にも芝生も庭木も無かったし、道も舗装されていなかった。
意図せず裏道に迷い込んだ者は、繰り返される安宿の列に、歩く時間を無駄にした。
安宿の立地は大通りに比べて勾配も低く日当たりも悪い。雨になると大通りから雨水が集まり大きな水溜まりが出来た。
商店街やギルドからも距離があり冒険者の利用も無い。かといって、スラム街の宿ほど安い宿泊費でもなかった。
皆が無益な宿だと避けていたが、暮らしてみると不思議と落ち着ける宿だった。
安宿には緩やかな日差しと、無言の思いやりがあった。
そんな空き室だらけの安宿の一室で、シジフォスは目を覚ました。
王都の中心に近い割には人の気配もなく、全ての事が簡素に感じるような静かで穏やかな朝だった。
シジフォスは、お腹も空いていたので早めに宿を出る事にする。
空には重い雲がかかり始めていた。
安宿の柱からむき出しになった小さなミスリルの突端に魔力証をかざし魔導回廊に繋がると、全ての魔力を魔力証に移した。
引き出し手数料として支払う、魔力100ゴールドにイラっとするが、これで来月からは税の支払いは無くなるだろう。
安宿を出たシジフォスは、役所の側の屋台で普段は買わない少し値段の高いサンドイッチを買った。
サンドイッチの肉は獣臭く塩気も強かったが、旨味はあり腹持ちは良さそうだ。
朝食を済ませると、普段は避けている幹線の道路を歩いて、商会地区に近い武器屋に向かった。
太いミスリルが地中を通っている幹線の道路は、上を歩くだけで魔力証が反応し、魔導回廊に繋がってしまう。それがシジフォスには煩わしかった。
でも今日はカヌーと話をしながら買い物をするのだ。
幹線の上を歩くと、直ぐに繁華街のカフェのミスリル製の椅子の上で、機嫌の悪さを隠さずに、いつもの渋いお茶をすするカヌーと繋がる事が出来た。
無駄に話しかけたくもないし、向こうの面倒な雰囲気も感じる。何か気に食わない事でもあったのだろう。シジフォスはカヌーの苛立ちを感じながら、黙々と幹線の上を歩く。
カヌーとは長い付き合いで、家族のような温い沈黙には慣れていた。
そして薄っすらと静かに怒る母親や元の職場の先輩の気配も感じる…これだから幹線は嫌なのだ。
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「…シジ、奇をてらわず理力の短剣を買えよ」
シジフォスが武器屋の前に付くと、幹線越しの魔導回廊から、カヌーに釘を刺される。
魔導回廊の中では、駆け出しシーフの行動様式なんて、成功も失敗も飽きる程に蓄積されている。シーフの初期装備の最適解なんて、とっくに決まっているのだ。
新人の差異は、買い揃えられる魔力の余裕があるか?無いか?だけだった。
武器屋で”理力の短剣“と登録用の印章を買い、魔導回廊への登録も行った。
防具屋でもカヌーと話をしながら“隠蔽の外套“と“消音の革靴“と、また印章を買い、それらも登録を済ませる。
こうやって魔導回廊の中にシジフォスの新しい情報も蓄積され、王都の安全も担保された。
武器屋を含め、魔導具を販売する店は全て防犯上の目的から幹線沿いの露店になっていた。
いつ、誰が誰から購入したのかも、軍やギルドに筒抜けだった。
買い物を終えると、その足でカフェで待つカヌーの元へ向かう事になっている。
今日は友人を集めて、シジフォスが食事をおごるのだ。
魔力証の中に余った魔力を残しておいても、そのうち漏れて無くなってしまう。
魔導回廊に魔力を貯めて、税に縛られる生活は止めたのだ。
靴は防具屋で履き替え、古い靴は捨ててもらった。
シジフォスは店主に礼を言うと、直ぐに真新しい外套に袖を通した。
小柄なシジフォスには少しサイズが大きかったが、直ぐに付与魔法で丈を直す。
武器屋や防具屋の並ぶ区画は元の職場の近くにあるので、顔馴染みに見つからないうちに立ち去りたい。
カヌーが待つカフェに向かうため、幹線を避けて裏路地に入り王都東側に向かう。裏路地に人通りはなかった。
歩きながら思い返してみても、シジフォスはこれだけ一度に魔力を使って買い物をするのは初めてだった。そして、魔力を使いきって魔導具を買う事が、魔力を出し切って魔導具を作る感覚と似ている事に驚いていた。
自分の体も、魔力証も、魔力のバイパスという意味では、あまり違いがないようだった。
重く黒ずんだ空からは、今にも大粒の雨が溢れそうだ。
シジフォスは、さらに幹線から離れた裏路地を選んで、東の繁華街へ急いだ。
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『魔導回廊で繋がった私たちは、今やお互いに失敗する事が出来ないのです...』
いつもの辛気臭いセリフで放映を終えると、魔導士ラスキンは今日も自分の毛根にストレスがかかっている事を感じていた。
子供の頃から光の精霊が空気を泡立てているように見え、それを避けるように深く被られた帽子の中は、初老の男の汗で蒸れ、トンがっていたはずの形はクッタリと倒れている。
若い頃は、光や土の精霊に生の魔力をつなげ、派手に魔法をぶっ放していたものだが、家庭を持ってからというもの、魔力の無駄使いは妻の愚痴にしかならなかった。
自分の魔力を注ぎ込む分だけで日々の食事や宿代を払っている頃は気楽で良かった。
…やはり妻にせがまれ、家を買ったのが問題だった。
とてもじゃないが、一日で注げる魔力では家は買えない。
かと言って、魔力証に貯めていても、ラスキンの魔力回復力では大量の魔力が漏れ出てしまう。
だから、魔導回廊に貯蓄をするのだが、そうすると支払う税が発生する。
そして税として魔力を抜かれながら、なんとか魔力を貯め家を購入すると、今度は、その家が大量の魔力を消費するのだ。
家は巨大な魔導具だ。光を灯し、暑さ寒さの温度を調整し、食材の鮮度を保つ。
その都度、登録されたラスキンの魔導回廊から魔力を消費していった。
家を守る防犯用の認証の門も同様だった。
ラスキンは、購入するたびに魔力証を通して魔導回廊に履歴が残る街の中で、誰が何を盗むのかが解らなかった。
魔導回廊の中では全てが紐付けられている。
どの道、買った人間にしか所有権は無く、人の家に侵入し、物を盗んだ所で売り払う事も出来ない。
それでも人が出入りする度に、家はラスキンの貯蓄を削っていった。
そうやって放映出来ない愚痴を抱えながら、ラスキンは家路についた。
外では大雨が降っていたようだが、塔の外に出るまで気が付かなかった。
もう夜明けだ。さすがに妻も寝ているだろう。
今日も余らせた魔力を魔導回廊に貯蓄をし、月末の支払いに備えるのだ。
ラスキンの目には、夜から立ち上がる王都の朝日も、沸々と泡立って見えていた。