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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
33/73

32話 要請

よろしくお願いします。

 ラスキンは、昔からテネブリス家に興味がなかった。

闇の精霊と関わるダークエルフの血を引く、などと言っても何の根拠もない。

褐色の肌であれば、砂漠の国にはいくらでも居る。


 テネブリス家の先代が、海の闇に飲み込まれた…と事件になっていた時も、ラスキンから見れば、魔導回廊の届かない海でテネブリス家の身内が騒いでいただけに見えていた。そもそも、ダークエルフと関わりがなければ、闇の精霊とは付き合えないと言うなら、同格の光の精霊に付き(まと)われる自分はハイエルフの末裔か?

長命種の血を引いているなら、(よわい)50を数える前にこれだけ髪が抜ける事もないだろう。


 魔導回廊を参照出来なくなったラスキンの脳は、目の前に横たわる大柄な若者の事を断片的に、少しづつ思い出していた。


 以前、メイジゴブリンの闇の魔力が魔導回廊を破損させた時、通商路に穴を作られた貴族が大騒ぎした事があった。

直接的にも長期的にも対策に奔走したラスキンが貴族に文句を言われる筋合いは無かったが、それでも貴族の腹の虫は収まらず、テネブリス家の子息が槍玉に上がっていたと思う。

その時にあの家の子息の事も調べたはずだ。

闇の精霊と付き合う以前に、生まれつきの魔力に乏しく、船乗りとして風や水の精霊を使役する事も難しかったはず。


 ラスキンは少し頭を(ひね)るが、あの時、貴族の肩をもったのか?テネブリス家の肩をもったのか?が記憶にない。でも、この若者の顔に覚えはあるのだ。

若者が冒険者などをやっている事を考えれば、守ってはやれなかったのかも知れない。


 この成長したテネブリス家の子息は、闇の精霊を見る事は出来ているのだろう。

だけど言葉を聞く魔力は持っていない。先程の闇の魔力も、魔法の形にすらなっていなかった。

使い用のない魔法体系の、その出来損ないの魔導士であれば、ラスキンが仕事の手を止める必要は無かったが、今この状況で闇の精霊を見る力を持つ冒険者は、王都にとって重要な人材だった。

この災害の今後の影響…闇の力がどれだけ残っているのか?それを調査するのに、これ以上の者は居ない。


 そんな打算をしていると、しゃがみこむラスキンの足元で大柄な若者は目を覚ました。



 カヌーが目を覚ますと、宰相は立ち上がり簡素な動作で魔法を唱えた。

カヌーには力が抜けていくような不快感があったが、その不快感が収まると体の硬直は解けていた。


 カヌーが半身を起こし立膝で床に座ると、宰相も床に直接座り、あぐらをかいてカヌーに視線を合わせて来る。

宰相はカヌーの目を見て話し始めた。


「王都の宰相、ラスキンじゃ。」


 宰相の背後では、淡い暖色の明かりが壁に据え付けられた机を照らしていた。床に座る視線の高さで改めて室内を眺めると、部屋の壁は湾曲していて、どうやら塔の中の一室のようだ。書架には古い本が隙間なく並んでいる。

カヌーは初めて見る物理的な本と、それが発するカビた羊皮紙の束の匂いに気が滅入るのを感じた。宰相の話は続く。


「ワシの不甲斐(ふがい)なさ故、魔導回廊が止まってしまってな。若者の名前一つ把握する事が出来ないのじゃ」

「名前を聞いてよいかの?」


「中級冒険者のカヌーです。」


 宰相の視線が一瞬自分の背後にズレる。

カヌーはそこで初めて、自分の背後に特級冒険者のキャトスが立っている事に気が付いた。

カヌーは自分が挟まれている緊張感の圧に、今更ながら辟易(へきえき)とする。


「カヌーよ。そなたはカヌー・テネブリスで間違いないんじゃな? 」

カヌーは無言で(うなず)く。カヌーの不貞腐れかけていた顔は一瞬で引き締まった。


「テネブリスの家名は、古い言葉で”闇の者”。正直、ワシはダークエルフの血筋が云々は信じておらん」

「ただ、お前が闇の精霊を見る事が出来るのは間違いないと考えておる。」


 カヌーを見つめる宰相の目の力が強くなった。


「お前の能力が王都には必要じゃ。お前には北軍の騎士団長フッサートの直属の上級冒険者として、地下ジャンクションの調査を命じたい。」


 カヌーは戸惑った。自信も無かった。それでも断る理由はない。シジフォスを探しに地下に潜れるなら、それはカヌーにとって何よりも優先された。


「わかりました。」


 カヌーの短い返事にラスキンは長い沈黙で答えると、またカヌーの背後に立つキャトスを見る。


「…そうじゃな。まずはフッサートとの顔合わせからじゃ。魔導回廊がない分、昔ながらの血と羊皮紙での契約になるじゃろう。」


 そう言うと宰相は立ち上がり、机に戻ると何枚かの羊皮紙にペンを走らせる。

カヌーは立ち上がり、宰相から2枚の羊皮紙を丸めた筒を受け取った。

そして宰相は再びカヌーの背後に視線を移す。


「キャトス、魔導回廊が無くなって以降、まだ高官どうしのやり取りすら、安定した定型が無い。カヌーに付き添って北の要塞へ(おもむ)いてはくれないか?」


 カヌーが振り返るとキャトスが不機嫌そうに答えた。


「この子を連れて行って、その手紙がアナタの書いたモノだと言えば良いのね。」


「そうじゃ。お前が赴けば、話はあっという間に進むじゃろう」


 キャトスがカヌーを睨みつけると、その尻尾がピシャリと部屋の壁を叩いた。



 マルフェオは王城の中心で様々な要請をさばいていた。


 多種多様、様々な要請がマルフェオに押し寄せてきたが、様々な仕事を行えるはずの人間だって王城には押し寄せている。

要請を役割に変えて割りふり、そこに魔力の報酬を添えて行けば、問題は片付いていくはずだった。


 だけど魔導回廊の無くなった王都では、誰が誰だか分からない。

また、魔導回廊に溢れていたはずの"(おおやけ)に使える魔力"が使えなくなってしまった事も問題だった。

部下の役人と付与魔術師で問題が片付いている内は良いが、これでは外部の冒険者や労働者を上手く使えない。


 幸いな事に魔力証は問題なく、今まで通りに機能していた。

魔力を持たず、魔力漏出の心配のない市民や商人にとっては、生活に差ほど変化は無さそうだが、魔力を持つ者にとっては、魔導回廊の無い魔力証は魔力の漏出が止まらない不完全な代物だった。


 魔力を持つものが今求めているものは、自分の魔力を蓄えておける容器だ。


 マルフェオは羊皮紙にペンを持って向き合い、魔力を持つ冒険者や、魔力を稼ぎたい労働者のリストを作りながら、彼らの求めている物の答えを見つけていた。

マルフェオの中で、いつか空堀り町でみかけた古いコインと、ティトが銃弾の底に組みあわせていた”魔力を回すミスリルの輪”が混ざり、一つの解答になっていた。


 マルフェオが慎重になっていたのは、この解答が最適解ではないからだ。

マルフェオはラスキンやティトに自分の考えを話したかったが、もう魔導回廊を使って通知を送る事も出来ない。


 マルフェオは読み書きができる商人のリストを作り終えると、彼らを集め、自腹を切って魔力を払った。

魔力と魔力漏出の(かせ)を持たない彼らは、魔力証の中の魔力の貯蓄を増やせる事を喜び、冒険者のリストを作る仕事を引き受けてくれた。

商人たちは、自分たちが世話になった有能な冒険者たちをリストに挙げていった。


 当面の間、自分の体に空きを作れたマルフェオは、小さな羊皮紙を広げると、ティトやラスキンに自分の解答を説明するための、新たな図面を引き始めた。


図面が仕上がるのを待たずに、必要になった材料の手配を順次部下に投げていく。

そして部下を呼び付け指示を出す度に、ティトの安否を確認していた。


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