31話 荷物
30話「孤立」の最後のエピソードがテーマに沿っていなかったため、新たに後半を加筆しました。
以前の「孤立」後半のエピソードは、今回の31話「荷物」の前半になり、その部分に加筆した後、物語を進めています。
よろしくお願い致します。
カヌーの意識は戻っていた。でも体は全く動かない。
うっすらと瞼は開き、うっすらと声は聞こえるが、自分は捨て置かれたまま荷物のように扱われている。
命を救われた事も理解していたし、物事を整理する時間がある事もありがたい。
むしろ体が動かない事も、自らの力不足が身に染みるまでは分相応にも思えた。
きっと体が動けば、カヌーは暴れたくなっただろう。
視界の先を行き来しているのは特級冒険者のキャトスと宰相のラスキンだろう。
王に印章を預けた王都最強の剣士と、その夫であり王国の頭脳である宰相。
キャトスの回復魔法を食らうと、体が酷い筋肉痛で全く動けなくなるという話は聞いたことがある。
この技で、キャトスが一瞬で敵集団を無力化できるとも。
その身で味わう、でたらめな実力に、カヌーは盛大にため息を吐きたくなったが、口は上手く開かず、代わりに鼻から情けない吐息が零れただけだった。
以前、麻痺毒を受け体が役に立たない状況でも、魔導回廊には繋がれる・・・という話を聞いた事があったが、カヌーが探しても魔導回廊は見つからなかった。
ここはどこだろう?あの光の塔の内部なのだろうか?役所や宰相の邸宅なのだろうか?
自分のような身分には相応しくない場所なのでは?と思う反面、今回の惨事に自分の血筋が関係しているのでは?と不安もある。
カヌーは何を隠す気もなかった。そもそも大した事は知らないのだ。
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あの時、シジフォスは大怪我をしていた。そして地中に吸い込まれてしまった。
あの時のカヌーには、闇の魔力の流れの全てが見えていた。いくつもの影が泡立っていた。
泡立つ影が縦に回転し始め、まずはシジフォスの影を巻き取り、そしてシジフォスの体を巻き込んだ。
不思議な事だが、カヌーはあの時、初めてみた影の泡立つ働きや役割を理解する事が出来ていた。
根拠は希薄だったが、おそらくシジフォスは生きていると思う。あの時、あの影の力であればシジフォスを殺してしまうのは簡単だったはずだ。
泡立つ影はシジフォスをくるみ込むように、丁寧に扱っていた。
床に転がるカヌーには照明らしき灯りと家具が作る薄い影が見える。その泡立ちはいつもに増して弱々しい。
カヌーは時間を持て余す中、泡立つ影に縦に回転できないか?思いを投げてみる。すると影の泡立ちは身を起こし、縦に回転し始めた。
回転する影はするすると周囲の埃を集め、それを圧縮していく。
次の瞬間、バチッと破裂音がすると、家具の下にあった小さな影の世界に光が走り、泡立つ影は霧散する。
カヌーは眩しさに視線を逸らす事も出来ず、視界を奪われ眉間にシワを寄せた。
光に目が慣れ、視界に色が戻ってくると、カヌーの顔を見下ろすように、宰相ラスキンがしゃがみ込んでいた。
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キャトスが大柄な冒険者を見下ろしていると、冒険者は鼻からプスッと息を漏らした。
キャトスは冒険者の間抜けな姿に、幼い頃に兄から回復魔法を受け、身動きが取れなかった事を思い出す。
兄は「弱いから悪い」と、悔しさに涙を流す間抜けなキャトスに言い放った。
実際に、今はキャトスが兄から回復魔法を受けて硬直する事はない。体が強くなったのだ。
キャトスは目の前に転がる弱い冒険者に興味は無かった。
魔導回廊から夫の存在を感じる事が出来なくなり、慌てて夫の下に飛んで来て”捨て忘れた”ようなものだ。
そんな事で、夫が働く場所に余計な荷物を持ち込んでしまったが、キャトスに後ろめたさはない。
魔導回廊は夫が預かってるものだ。使えなくなったのは夫が悪い。
夫は天井から机に差し込む光を見上げながら、羊皮紙に何かを書き留めていた。キャトスは夫が紙に文字を書くのを初めて見た。
夫の字は美しくはなかったが、キャトスよりはずっとマシだった。
キャトスは汗ばんだフェイスガードを外すと、フェイスガードを手持ちぶさたに夫の横顔を睨みつける。
すると夫は右手でペンを持ったまま、左手で浄化の魔法を飛ばすと、キャトスのフェイスガードを洗浄してくれた。
キャトスを含め、殆どの魔導士は魔力を飛ばすのに風の精霊を使うが、夫は光の精霊を使役する。
するとこの光の精霊は、キャトスのフェイスガードに魔力を運んだ帰りがけに、不機嫌そうに部屋の家具に向けて体を捻った。
その姿を見せるために、フェイスガードへ運ぶはずだった魔力を少し拝借したようで、光の精霊と仲が悪いキャトスにも視認できるほどだった。
光の精霊に催促され、キャトスと夫が家具に興味を持つと、その家具の影が揺れスルスルと短くなり、部屋の埃をかき集めている。
夫は咄嗟にペンを置くと、右手で立ち上がりざまに光の魔法を放った。
光弾は床で弾み、細かい粒子になって部屋の隅々で輝く。すると家具の下の影で炸裂音が響き、闇が黒い粉のような形を持ち、そして立ち消えた。
夫は机に振り返ると、元の椅子には座らずにインクの瓶の蓋をしめた。
そしてキャトスの前を横切り大柄な冒険者の下まで歩くと、その眼前にしゃがみ込んだ。
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王都の貴族は皆、テネブリス家を国のお荷物だと考えていた。
国の伝統的な経済は東の大河を中心に回り、魔導回廊を通した貴族の管理の下、美しい循環を見せていたのだ。
なのに、テネブリス家は貴族で在りながら西の港に居を構え、魔導回廊も繋がらない辺境の国と物資をやり取りしていた。
確かに王国の造船技術は発展したし、王国にはない輸入品で国は潤った。
それでも、基本的には王国のミスリル製品を他国に横流ししているのが本質だ。
それで莫大な魔力を稼いでいたとしても、貴族たちにはテネブリス家のやっている事が王国の豊かさを切り売りしているように見えていた。
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魔導回廊がなくなった今、王都の貴族の大半は自分の邸宅から出られなくなっていた。
そもそも有力な貴族は王都を離れ、まだ魔導回廊では管理できない仕事をしている。
だけど王都で暮らす貴族の仕事は、既に出来上がった魔導回廊の上での管理と監督が大半だった。
王都と農地を往復する荷馬車を安全に、盗賊から・・・そして運ぶ商人達の怠惰や裏切りから守ってくれていた魔導回廊は無くなってしまった。
貴族たちは自分が魔導回廊の上に蓄えた財産も、陸路の上にあるはずの財産も、それがどこにあるのか?全く分らなくなっていた。
貴族の屋敷は魔導具の塊で、魔導回廊に蓄えた魔力が無ければ生活の重荷にしかならなかった。
家を出入りするのも、”防犯の扉”を開閉するのに魔力を使う。
貴族の殆どは魔力を持っていたが、湯水のごとく豊富に使える存在は稀だった。
そうやって魔導回廊に甘えなくても済む魔力があれば、とっくに王に登用され前線の領地を与えられていた。
貴族達は誰かを呼びつけて、この難題を押し付けてしまいたかったが、それを行う手段は無くなっている。さりとて自分から頭を下げに行くのはまっぴらだ。
そうやってイライラと邸宅の使用人に癇癪を起しながら、何度も何度も、使えなくなった貴族専用回路への接続を試していた。
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テネブリス家がまとめる港の自警団は、着々と港の治安を取り戻していた。
巨大なワームが去っていった大穴は封鎖され、今は常時、歩哨が立っている。
混乱で持ち主が解らなくなった荷物は全てテネブリス家が買い取った形を取り、荷車に分けられると、すぐさまスラム街や王城で夜を待つ難民の下へ届けられた。
一章を俯瞰して見ると15話の出来が酷いので加筆・修正を行う予定です。




