29話 王都の輪郭
よろしくお願い致します。
王都の東の城壁の先には、”空堀り町”と呼ばれる場所があった。
王都に入らない行商人や、王国民ではない流れ者などが、水の抜かれた東の空堀りの壁面を共有して、小屋を建て暮らしている。
町並みは貧民窟のようだったし、そこで暮らす人々は身綺麗とは言い難いが、国に頼らず生きていける魔力をもった野良の技術者や魔術師ばかり。
仕事と遊びの境目も、教師と生徒の境目も、素面と酩酊の境目もない、酒と議論と、妙な高揚感に溢れた場所だった。
元々は、まだ魔導回廊が不安定だった頃に、捨て置かれたままの緩衝地帯。
そこに国が作ったものは、気休めの雷帝廟と、地下のミスリル工房から不要物が搬出される坑道だけ。
今の現状は不法滞在者のたまり場でしかないのだが、宰相の出身地という事もあり、退去を迫られる事もない。
むしろ、この遊学者のたまり場から、新しい発明がなされる事すらある。
そんな空堀り町の住民達は、魔導回廊が止まってなおさら、議論の花を咲かせていた。
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不謹慎な話だが、ミスリル工房とその坑道は、王家の墓所を掘り返して作られた。
しかしてその王家の墓所にしても、魔物の巣穴に望んだ戦士の墓が由来になる。
そして、そんな魔物の巣穴が広がったのも、鉄を掘り出す地下鉱山の採掘中に巣を突っついたのが発端だった。
自然の洞窟だったものから鉄鉱石が見つかると地下鉱山が広がり、それが魔物の巣窟と連結すると冒険者を集め、そんな冒険者の中からは英雄が生まれ、そして英雄が死ぬと墓所と王家が作られた。
ミスリル工房はそんな立体交差の奥にあった。
ミスリル工房内の作業は小型のミスリルゴーレムが行っていた。
立体交差の中は、今でも魔物が徘徊していたが、魔物はミスリルゴーレムを無視した。
魔物からすればミスリルゴーレムは物と同じなのだ。
空堀り町の住人達の話題は、もっぱら立体交差の今後の安全性だった。
小型のミスリルゴーレムに関心はなくとも、あれだけ巨大な大型ゴーレムが突っ込んで、立体交差の下層や中層に居るタチの悪い魔物が大人しくしているのだろうか?
住人達の議論はいつまでも白熱していたが、それは恐怖や保身というよりは、知識欲と好奇心からのものだった。
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クリッサは空堀り町でコイン商を営んでいた。
祖父の代までは魔導回廊の布設の際に稼いだお金を元手に、両替証として生活していたらしいが、どこの国も物理的なコインなどを使う事はなくなり、一家は路頭に迷いかけた。
幸い、先祖の稼ぎを食い潰す前に、無駄と思われていた各国の硬貨が古美術として価値を持つようになり、一家の暮らしは持ち直した。
クリッサと娘の二人は魔力を持って生まれた事もあり、生活に苦労した覚えもない。
昨夜は、転がり込んできたドワーフの友人としこたま酒を呑み、まだまだ体は重かったが、クリッサもミスリル工房の崩壊に巻き込まれる事は無かった。
空堀リ町の住人達のそれは、避難というよりは探索に近い。
空堀りから外側の地上に登っても、魔物に担がれたミスリルゴーレムは東の城壁に邪魔をされ良く見えなかったが、見えない故に妄想の議論は盛り上がる。
空中を飛ぶミスリルゴーレムが東の丘に落下した事をピークに、激突の轟音にも負けない驚嘆の声が響き、ミスリル工房の出入り口から粉塵やガラクタに変わった警備や運搬のゴーレムが溢れ出すのを見るに、堰を切ったように、また議論の声が高まる。
クリッサは、埃まみれになりながら口から唾を飛ばして激論を続ける隣人達に呆れると、瓦礫に埋まってしまった空堀り町の自宅を見下ろし、朝早くに王都をたってしまった穴掘りの得意な友人を思い出していた。
王都の中が、どれだけグチャグチャになっているのか?は、クリッサには解らない。
空を見上げると、舞い上がった粉塵が太陽の眩しさを和らげていた。
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アリッサは太陽を見上げていた。空には薄い雲がかかり、太陽の眩しさを和らげている。
日の光は暖かく、黒い獣の恐怖に怯えて引いていた汗が再び肌を伝う。
汗が流れても体は動かなかったが、汗で流れた水分を水筒で何度も補ううちに、体はゆっくりと解れていく。
アリッサが座る切り株からは、森の入り口の枯れかかった低木が見える。
手にした水筒が空になる頃には、アリッサは自分が泣いている事に気が付いた。
黒い獣に殺された騎士団や団長の事だけではない。セルジュやトーマックを失った悲しみがようやくやって来ている。
アリッサは喧騒に包まれていた子供の頃を思い出していた。
自分は人と人の間に居て、話しや用事を聞いていたいだけだったのに。
冒険者になったのもその延長だったのに。
アリッサは自分一人で何かを背負う気は無かったし、それを思うと怖かった。
だけどアリッサはもう一度太陽を見上げる。
薄い雲は何処かへ流れ、眩しい太陽がアリッサを照りつけている。
今も団長と宰相の間に居るのは自分だけなのだ。
用事などと言って良い軽いものではなかったが、伝えなければならない話がある。
そうやってアリッサは立ち上がると、自分の真上にまで登っていた太陽に背を向け、王都のある北へ歩き始めた。
再び立ち上がったアリッサは、自分がまだ、セルジュとトーマックの間にいられる事を確かめたかった。
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上級冒険者アリッサは半日歩き続け、ようやく王都に帰ってきた。
まずは西側のカフェに顔を出し馬を返せない事を詫びなければならず、王都南西の運河を超える橋から王都に入る。
だけど王都の変わりようにアリッサは困惑した。馬を借りたカフェの一帯は墨を撒き散らしたように真っ黒になっていて、客も従業員も誰一人いない。
冒険者ギルドに至っては、ペチャンコに潰れていた。ギルドだけではなく、商店街の北側の店が等間隔に潰れている。
アリッサは、王都に入れば、まずは身を清め着替えを行い、ギルドや関係者に詫びを入れ、その後、魔導回廊を通じて宰相に時間を頂き報告を行うつもりだった。
速報であれば魔導回廊を経由してとっくに宰相の耳に入っているだろう。自分が宰相に伝えるのは騎士団長の礼節や名誉を含む細部だ。
でもアリッサが王都を離れていた一晩の間に、王都は全く違う場所になっていた。
そもそも幹線の上を歩いていても、魔導回廊に繋がる事が出来なかった。
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行商人のルスランには冒険者として生きていける魔力は無かったし、商人として店を構えて稼いでいける生まれついてのコネクションも無かった。
人の何倍も生きられるエルフやドワーフのような長命種ならともかく、人が一代で魔力を集め店を構えるのは難しい。
魔導回廊が計る与信の査定は完璧で、ルスランのような流れ者が何かの間違いで魔力を借り、店を構える事は不可能だった。
だからルスランは危ない橋も渡って来た。貴族街の肉屋が捕まった時は冷や汗も流れたが、そんな事は今までも何度もあった話だ。
ルスランに奪われる物は何もない。いつものように身軽に、活動していた貴族街や北の荒野を離れ、南の草原で野営をしながら、ほとぼりが冷めるのを待っていた。
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ルスランが食料の買い出しに王都の南門に近づくと、人込みと、その人込みの耳目を集める巨大な魔物が同時に目に入って来た。
少しでも商才を鼻にかける者であれば、今の南門に集る人間の顔色やこの空気を見逃す事はない。
ルスランは無欲な旅人を避けながら、それぞれの商人の抱える荷物と、その顔色の明暗を執念深く観察した。
巨大なミスリルゴーレムが東の丘に突入した時、気色の良い興奮した顔を見せたのは、武器や魔導具といったミスリル製品を扱う商人たちだった。
彼らは飛び出すように各々の倉庫や取引先に帰っていく。
逆に、悲壮感の漂う青い顔をしているのは農産物や畜産物を抱えた商人達だ。
彼らは力を無くし、南門の前で狼狽し、か弱い不安をお互いにぶつけあっていた。
魔力のないルスランには、魔導回廊もミスリルも邪魔で面倒なものでしかなかった。
だけど、今ルスランの頭に引っ掛かるのは”隠蔽の外套”だ。
魔導回廊が無くなるなら、隠蔽の外套の脅威や価値は跳ね上がる。
なんとかして隠蔽の外套を手に入れたい。できれば大量に売りさばきたい。
もしくは一つ先を考えて、隠蔽の外套を無効化できる物があれば大儲け出来るだろう。
南の塔は既に傾き、党の傾きに引っぱられるように東の城壁はネジれている。
力を無くした農家や青果商の集まるなかで、ルスランだけがギラギラした目で輪郭の壊れた王都を眺めていた。
あらすじに再び手をいれました。難しい。
ここから2章に入ってるんだと思います。




