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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
25/73

25話 絆Ⅰ

よろしくお願いいたします。

 夫とはいつも魔導回廊で繋がっているし、夫の事は何でも知っている。自分の事だって全部丸出し。

でも、あの光の塔の事は解らない。夫や国が大切にしている物…でも自分には解らないし関係もない。



 塔の光が鈍くなる時、夫は早く帰って来る。そして放映の魔道具で遊ばせてくれる…


でも、キャトスが見たのは久しぶりに強くかがやく光の塔。

あれが強く輝く時は、たいていキャトスの知らないウチに、夫は困った事に巻き込まれていて、いくら待っても帰って来ない。


 でも今回の事はキャトスだって知っている。

あの大きな黒い両足だ。魔導回廊の中は、黒い両足の話題でグチャグチャ。

要するに、あの足をぶった斬って、直ぐに片付けてしまえば良いのだ。


 キャトスは剣を取り、ローブを羽織るだけで準備を終えていた。

直ぐに飛び出して、指示は後から聞いても良いし、間違った事をしていれば夫が止めてくれる。


キャトスは全ての下位精霊を見る事が出来た。でもキャトスに答えてくれる精霊は一つも無かった。

キャトスが精霊に魔力を付与しても、精霊は自然な反応を行うだけで、何も帰ってくる事はない。

キャトスは王の妹で、全ての人が傅いてくれた。でもキャトスを受け止めてくれるのは夫だけだった。

                                                          

 キャトスは音もなくバルコニーの欄干に飛び乗ると、しなやかに体を反らし、そのまま後転しながら屋根の上に飛んだ。

背中に背負われた巨大な両手剣はまるで重さが無いようで、キャトスの軽業の邪魔はしない。

キャトスは屋根から屋根に飛び、託児所の屋根からさらに大きく飛び上がると、王城の貯蔵塔の上に立った。


 貯蔵塔の上からは黒い両足と、担がれた可哀想なミスリルゴーレムが良く見えた。

黒い両足の動きは遅かった。まるで遊んでいるようだ。

そして、黒い両足が進む先の東の丘を見る。


 すると突然、東の丘から強い血の匂いがした。

キャトスは夜目は利くが、明るい場所で遠目が聞く方ではない。

それでも、東の丘に忍び寄った不吉な黒い塊を見逃す事はなかった。


 キャトスの体は考えるよりも速く動いていた。

キャトスの白い体毛は、普段着にしている真っ赤なビキニアーマーとフェイスガードの下で輝き、背中に背負われた両手剣からは稲光が零れている。

しなやかな体はより速く強靭に、王都の屋根の上を駆ける。


 王城に向かう避難民の上をあっという間に飛び越えると、キャトスの両手剣は、先に斬るべき相手へ迫っていた。





 カヌーはようやくパン屋の職人全員を逃がすと、パン屋の裏口周辺で最後の見回りをしていた。

この後、報告がてら詰め所になっているフレジャのカフェに向かってみようと思う。

もうフレジャ達が退避しているならそれで良い。

南塔の先に黒い両足が迫っていたが、カヌーには不思議と自分は踏み潰されないような、妙な安心感があった。


 パン屋の裏手の路地は東の丘陵地帯にしては家賃も安く、高齢者の一人暮らしも多い。

一通り見て回るが、流石に逃げ遅れている者は居なかった。


 パン屋の脇を通り、表通りの幹線に出ると、情報の塊がドッとカヌーに圧しかかった。

どうやら自宅に残った貴族たちの目にも、目視で黒い両足が映り始めたようだ。

あいつらは、こんな時でも言葉が長く回りくどい。一言も二言も多い。雑音はカヌーの感覚を埋めてしまった。

雑音にまみれ辟易としたカヌーは裏路地へ振り返ると、幹線を避けて裏道からフレジャのカフェへ戻れないか?そのルートを考え込んでいた。



 次の瞬間、カヌーは突き飛ばされた。

パン屋の脇道に、右膝を付いて屈み込むと、背後に刃物が地面に落ちる乾いた音が響いた。

慌てて振り返ると、シジフォスの背中が見える。

シジフォスの足元にあった血溜まりが黒い粉のようになって蒸発し、辺りには強い強い血の匂いが広がっていた。


 後ろから見ても、シジフォスの左手が右肘を抑え、痛みを堪えている事は解る。

シジフォスの右肘から先は真っ黒になっていた。


 見慣れたシジフォスの小柄な肩と二の腕に、太い壮年の男の腕が生えているようだ。

カヌーは海で働く日に焼けた男の腕は見慣れていたが、その黒さはまるで日の光の及ばない影のようだった。

そして黒い腕の手の平は外側に握り込まれている。

シジフォスの右肘から先に、黒い左手が生えていた。




 宰相への報告を終えたジェリド・ムールスは、自分が国から放り出されてしまった事を理解していた。

この王国の危機において、自分に出来る事はなく、むしろ南北の騎士が一丸となるには自分の存在は邪魔なのだ。


ジェリドは狩猟用の軽装備に身を包むと、自室の芯木に備えられた自分の鎧を正面から見る。

そしてムールス家の家紋の入った胸甲だけを芯木から外すと、自分の体に装備した。南の騎士団の旗印の入った盾はそのまま置いていく。

ジェリドは枕元に立てかけてあった剣を腰にさげ、従者が畳んでくれていたローブを羽織ると、母親への挨拶に向かった。



「自分を鍛え、仲間を探すことだけを目的と考えてはいけません。今がなければ次世代もないのです。」

「目で見た事、耳で聞いた事を信じる一人一人が、国に不可欠な情報を集める最前線に居ると心得なさい。」


 母親は気丈だった。ジェリドの母親である以前に、先代の騎士団長の娘であり、今は実質的な南の要塞都市の責任者なのだ。

国からの命令があれば、新しい夫を迎え、次代の騎士団長を妻として支えるのだろう。


「心得ました。このジェリド・ムールス、必ず新たな知恵と力を探してまいります。」


 ジェリドは母親への挨拶は簡潔に済ませ、足早に母の執務室を出た。

砦の内部は普段より広々と感じる。


 討伐に向かった騎士団より遅れて平原の大穴に着いた輸送部隊から、精鋭の全滅の知らせが届いた時、南の要塞は静まりかえった。

子供や夫を失った女性は、家の奥で声を押し殺して泣いていた。


 失われた家名が多い中、宰相の方針として葬儀や仕事の引継ぎは全て後回しにされているが、

それでも危機の中の守備業務は張り詰めるような緊張感をもって行われている。


 南の砦は空っぽだった。それでも、空いた席や落ちた名声は、南の砦の絆を強くしていた。

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