23話 南塔
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王都南側の大通りは2種類の人々でごった返していた。
片方は、王国の兵士に導かれて王城へ避難する王都東の丘陵地帯で暮らしていた住民たち。
突然の危機に晒された王都の西側の民に比べて、彼ら東側の住民の荷物は多かった。肩が触れ、荷物がぶつかり、避難は混雑を極めそうなものだが、その割に歩みは整然としている。
気持ちに焦りはあったが、既に視界に巨大な黒い両足が入っており、誰もが青い顔のまま緊張に包まれて歩いていた。
彼らは軍の南塔から少し離れた北側で大通りを横断し、そのまま避難先である王都中央の王城に向かっていた。
もう片方の人々は、王都に新たに入ろうとしていた旅人や行商たち。
黒い両足は城壁のない王都西側を歩いているため、彼ら外からやって来る者たちからも、防風林越しに真っ黒い両足と、それに担がれる片足のミスリルゴーレムの姿は見えている。
保存の利かない商材を満載にした馬車でやってきた者も、王都に家族や友人を残している者も居たが、彼らは一様に冷静だった。
魔導回廊に溢れる情報を吟味し、王都の危機を客観的に見越して、この後の商機を計算していた。
直ぐに王都に入る事は無かったが、王都正門の外に遠巻きに集まり、事の成り行きを見守っていた。
そんな二つの集団の間には、ぽっかりと空間が広がっていた。これから黒い両足が通るであろう空間だ。
空間には長い影が横切っている。軍の南塔へ東から太陽が照らし、黒い帯を作り大通りを跨いだ。王都南側の大通りの中でも最も一流の店が並ぶ一等地に影が差し、今から踏み潰される事を暗示している。南塔の長い影は、まるで黒い両足を導いているようだった。
そんな空間に、高級宿レセンティブスの陰から"巫女擬きのジル"が現れた。鎧を失い、重そうな大型の銃を抱えていた。
その後ろを両脇に毛布を抱えた従者のような小柄な男がついて来ている。二人は大通りを横断すると、軍の南塔に向かったが、小柄な男はジルと一言二言の言葉を交わすと、人気の無くなった丘陵地帯へ駆けて行った。
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南塔の前まで駆け抜けたジルが後ろを振り返ると、冒険者シジフォスはしっかりと2枚に分かれた隠蔽の外套を両脇に抱えていた。
あの黒い尻尾からの攻撃の中、よく持ち出せたものだ。ジルは攻撃を避けるさいにあれを投げ捨ててしまった自分が恥ずかしくなった。
「私は塔に戻るけど、これからどうするの?」
ジルが訪ねると冒険者は明るい笑顔で語った。
「仲間と連絡を取って合流しようと思います。冒険者ギルドは今は使えないでしょうし。魔導回廊はグチャグチャですけど、上手く突っつきますよ。」
そう言うと、冒険者は二枚に分かれた外套に魔力を流して、簡素な形で着用した。ジルにはそれが雨具のように見えたが、機能に問題はなさそうだ。
もしもシジフォスが軍に印章を納めた中級の冒険者になっていたら、ジルはシジフォスを引き留めただろう。
ジルは仕方なく冒険者とそのまま別れた。礼をしたい気持ちはあったが、魔導回廊を通せば、後でいくらでも連絡を取る事は出来るのだ。
軍医のジルも冒険者のシジフォスも、この今までの習慣に何の疑いも持っていなかった。
ジルが見送る冒険者の背中は、朝日の逆光の中、酷く小さいものに見えた。
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カヌーの目にも、この丘陵地帯に向かって来る真っ黒い両足が見えていた。まだ距離は遠く、禍々しい両足は軍の南塔にも迫ってはいない。
カヌーが軍の南棟に印章を収め、中級冒険者として認められてからまだ日は浅い。
カヌーには、騎士や兵士のような国のために働く戦士に憧れは無かった。
それでも国に請われて中級冒険者として汗を流す事は、カヌーの心を高揚させた。
だけどそんな初々しい気持ちの高まりも、黒い両足を見ると吹き飛んでいた。
そして黒い両足の現実感の無さに目や頭が慣れてくると、カヌーは黒い両足の背後にあるはずの港や、その港で働く子供の頃に世話になった仲間たちの事を思い出していた。
カヌーは自分の身に着けている鎧や、それを支える自分の褐色の両足に、いつもよりも重さを感じていた。
仮にカヌーが動けなくても住民の退避は順調に進んでいたかも知れない。
住民を含めて皆が魔導回廊を通して情報を共有していて、ワガママを言う者も泣き言を言う者も殆ど居なかった。
退避に一番時間がかかっているのはシジフォスの父親だった。
彼はパン屋のオーブンから、火の魔法を模した印章の全てを外して持ち出そうとした。
もしも地下にあるミスリル工房に何かがあれば、これらの専用の機材に使われる印章の複製は出来なくなると言いはり、彼らは店に残っていた。
カヌーは焦りを押し殺してシジフォスの父親に付き合う。
パン屋とその弟子たちは、慣れ親しんだ厨房から火の印章とパンの酵母を持ち出す事に汗を流している。
シジフォスの母親は一足先に退避し、シジフォスの暮らす安宿に寄っているそうだ。
シジフォスと約束をしていたカヌーも、持て余した時間を使い、シジフォスに簡単な通知を送る事にした。
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パン屋の準備を待つカヌーの体にも、東の空から太陽が照り付け、足元には長い影を作っている。
カヌーにとっては影に重なる闇が弱々しく泡立つのはいつもの事だった。
風が吹けば草木が揺れるように、幼少の頃から自然と目にしてきた光景だった。
でも今日は少し違っていた。
遠くで黒い両足が大きな足音を響かせる度に、カヌーの影の闇が沸き立つのだ。
沸き立つ度に影の色は濃くなり、影の長さは増しているように思えた。
影はカヌーの両足を地面に縫い付けながら、西に向かって腕を伸ばしているようだった。
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砲弾が飛び交う戦争が続いていれば、こんな敵の砲撃の的になるような高い塔は作られてはいなかっただろう。
王都の南北にある軍の塔は、王城を凌ぐこの国で最も高さのある建築物だった。
王都の南北に高い塔を作った所で、魔導回廊があるこの国では見張り塔としては何の役にも立たなかったが、二つの塔は、東側にしか城壁のない王都に規律と安心感と、そして労働力をもたらしていた。
塔の最上階には古い大砲が備え付けられていた。
純銀から作られたミスリル製で、砲身に火の精霊の印章が施されており、高い火力と射程を誇っている。
今では祭りの際に南北の空へ花火が打ち上げられる際にしか出番は無かったが、王都の兵士にとっては最も高火力な武器だった。
ジルも何処かでこの大砲を頼りにしていた。
ジルは大きな廂のかかった南塔の入り口の床から魔導回廊に繋がり、錯綜する情報を掻き分けて状況を整理すると、このまま南塔の入り口で商会から派遣される付与魔術師を待つ事にした。
塔の中に残る兵士は居ない。皆、避難誘導に出ているんだろう。
ジルには、黒い両足と尻尾が何をしたいのか?は解らなかったが、あの担がれたミスリルゴーレムは破壊してしまう事が正しいと感じていた。




