22話 十字路
砂漠から吹く海風に瓦礫の土煙が混ざり、空気はざらついている。
カフェの屋上で銃を構え、腹ばいの姿勢のまま、巨大な黒い両足を待つジルの喉は乾いていた。
冒険者から借りた隠蔽の外套に身を包んだジルは、朝日が照り付ける影一つない屋根の上にあっても、周囲から気が付かれる事もない。
冒険者の改造した銃の銃身は、北の要塞直属の銃騎隊の物に近かった。
暇な儀礼の際に遠目に見た事があるだけだが、長い銃身や特徴的な照準はジルの印象に残っていた。おそらく銃弾も銃騎隊の仕様なのだろう。
兵士たちからは競技用といってバカにされている代物だが、弾倉の構造はジルが普段使っている実用的な作りになっている。
初めて使う銃ではあるのだが、その負い革はジルの肌に馴染んだもので、いつものように背中に回されていた。
射程に入った巨大な黒い両足を見ると、表面には人の腕ぐらいはある突起物がビッシリと生え、ウネウネと無秩序に波打ち、黒い粉のような闇を振りまいていた。
ジルが生唾を飲み込むと喉がヒリヒリと痛い。
引き金を引くと、想像以上に重い音と、反動を感じ、2射目に備えて咄嗟に足を開き体を安定させる。
続けて2射目、3射目と撃ったが、弾丸は腕のような突起物の間に吸い込まれるだけで、なんの反応も無い。
黒い両足が進路を変える事もなかった。
進む黒い両足に合せて銃の向きを直すと、次は黒い両足とミスリルゴーレムの繋ぎ目を狙って3発の銃弾を発射する。
2発は黒い両足の中に手応えなく消えていったが、一発がミスリルゴーレムの体に当たると鋭い金属音が響いた。
すると無造作に振るわれていた黒い巨大な尻尾が緩やかに大きく振るわれ、広く周囲に黒い粉のような闇の粒子が降り注いだ。
カフェの上から射撃を続けていたジルにも黒い粒子が降る。
周囲は墨をまき散らしたように真っ黒になった。
「バレたみたいですね。下がりましょう。」
ジルは射撃を諦めた訳ではなかったが、背後から聞こえた冒険者の声に、銃を持ったまま肘を立て、胸の下に自分の膝を折り畳むと姿勢を膝立ちに戻す。
次の瞬間、黒い巨大か尻尾の先端が千切れ、圧縮された鋭い槍になりジルを狙って飛んで来た。
ジルは畳んだ膝を勢いよく伸ばし右に飛んで避けた。空中に体を投げ出したジルの足先を真っ黒な槍がかすめ、背後の防風林に着弾する。
ジルはそのまま転がったのち体制を立て直し、素早くカフェの屋上から商店街の通路へと飛び降りた。
黒い両足の目の前に降りた事を悔やんだが、追撃が来る事は無かった。
巨大な黒い尻尾も両足も、邪魔さえしなければジルの事はどうでも良いようだ。
背後からは冒険者の走る足音も聞こえる。ジルはそのまま酒屋のある小さな十字路まで走った。
十字路の角に身を隠すと、ジルは銃を構えて向き直り、ミスリルゴーレムの背中に向けて銃を構える。
自分に追いついた冒険者が背後に隠れるのを待つと、ジルは銃弾を放った。
立った姿勢で撃つと、慣れない銃の照準はブレたが、ブレていても、狙っている的が大きかった。
再びミスリルゴーレムへの着弾に金属音が響くと、巨大な尻尾は両足を追い越すようにジルの方に向かって来る。
ジルは咄嗟に十字路の奥に身を隠した。次の瞬間には、角にあった酒屋に黒い槍が突き刺さり土煙が舞う。酒屋の一階は黒い槍が直撃し、壁や酒樽がはじけ飛んだ。周囲に酒の匂いが充満する。このままでは2階も倒壊するだろう。
「なんだかミスリルゴーレムを傷つけると怒るみたいですね。」
冒険者の問いかけにジルは即答できなかったが、巨大な黒い両足と尻尾がミスリルゴーレムを守っているのは間違いなさそうだった。
ジルと冒険者の二人は、そのまま用水路の方へ走り、桟橋の手前で左に曲がると、高級宿レセンティブスの裏庭の前を走り抜け、南軍区の塔に向かった。
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ティトは自分の定宿に戻ると、いつものように全身に浄化の魔法をかけ、魔導回廊に魔力を貯蓄し、穏やかな気分で眠りについた。
女性だから武器の開発に関わらないなんて事は無いし、武器の開発者が私情を挟まないなんて事もない。
高位の魔導士にしかできなかった魔力の中和を、魔道具の形で実現した事で、付与魔術の可能性をしっかりと広げた手応えがあった。
広がった可能性は貴族の理不尽さを薄めてくれたし、仕事の手応えは残業続きのストレスを忘れさせてくれた。
試作品を見せた時、マルフェオは喉にモノを詰まらせたような顔をしていたが、量産されなくても良いのだ。
ミスリルの魔導具がミスリル線の中に溶け、それが宛先で再構成される事で、魔導具はミスリル線の中を移動できるが、その時の遅延がずっとアイデアとして引っかかっていた。
細いミスリル線では流れる魔力も遅延する。それのズレを使って複数の魔法陣を連続的に起動する…ティトはその仮説が正しかった事に満足していた。
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昨日仕事を一気に仕上げた事もあり、いつものように昼近くまで眠るつもりだったが、巨大な硬い音と重い振動にベッドの中で目を覚ました。
目を開いてみたものの、今聞いた音や感じた振動に現実感が無い。
ティトは夢の続きである事を願いながら、ベッドでウトウトとしていた。
宿の隣の部屋の住人が、乱暴に荷物をまとめ、慌てて扉を閉めて出ていく音が聞こえる。遠くの人の声も騒がしくなってきた。
ティトは甘いものでもお腹に詰め込んで気を紛らわしたいと思ったが、あいにく手持ちの在庫もない。
枕に顔を埋めて、もう一度眠りの中に入れるか?と試していると、大きな足音が聞こえた。
足音は等間隔で聞こえ、そして少しづつ大きくなって来る。
ため息を吐き、諦めてベッドから出たティトの着る服が付与魔術で光ると、元の鎖帷子の姿に戻っていた。
ティトは改めて鎖帷子に軽量化の魔法をかけ直し、ミスリルの髪留めで髪をまとめる。
宿の扉を開け、防犯用のミスリル床の上に立つと、いつものようにマルフェオから通知が来ていた。
内容を確認すると、寝起きの頭が重く痛んだ。
また足音が大きく響く。ティトは定宿を離れると、南軍区の塔に向かった。
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黒い大きな両足は、直ぐに確認できた。右足は商店街の通りを進み、左足は北側の商店を踏み潰している。
マルフェオからの通知の通り、逃げる人には目もくれず、真っ直ぐ東の丘陵地帯へ向かっているようだ。
ティトはこのまま進むと、黒い両足の前を横切る事になりそうなので、南の塔の手前の小さな十字路の辺りで、大きな黒い両足をやり過ごす事にした。
ティトは大きな黒い左足に踏み潰されないように、十字路から2本北側の裏路地で黒い両足を待った。
王城の方へ逃げる住民に何度も声をかけられるが、一緒に逃げるわけにも行かない。
次第に濃くなっていく土煙の中、突然、十字路の先の酒屋の角に銃を持った兵士が現れた。鎧は着ていなかったが特徴的な軍靴を履いている。
兵士が酒屋の角で銃を構えると、そこにシジフォスが現れて、兵士の影に隠れた。
ティトは胸が張り裂けそうになった。遠目に見るがシジフォスで間違いない。兵士の洗練された動きに対して、シジフォスは今にも転びそうだった。
ティトは直ぐにでも助けに駆け寄りたかったが、次の瞬間、酒屋の一階に黒い石が突き刺さり、土煙が舞った。
目を凝らすと、兵士とシジフォスが逃げ出す背中が見える。
ティトが呆気に取られていると、また大きな足音が響く。その振動で傾いていた酒屋は2階ごと倒壊してしまった。
自分の前を横切る黒い両足は、港のミスリルゴーレムを担いでいた。
見上げるティトには不思議と恐れは無かった。ただ気持ちは焦り、鼓動は高まり、今直ぐに駆け出したかった。
そして殆ど反射的に、一緒に働いていた頃のようにシジフォスに通知を送っていた。




