20話 王と旅装
よろしくお願い致します。
王は民のために最善を尽くしたかった。
南の要塞の騎士団長ジェリウス以下、精鋭の全滅の報を聞いた時点で、王は島を出て王都に戻る事を決めていた。
南の要塞の副団長が、魔導回廊を通して王と宰相に報告を行っている最中だったが、既に王の結論は出ていた。
王都に帰る際には南の要塞に立ち寄る事も決めていた。
失った家名が多すぎる。
持て余している剣も魔力も、使うのは今だ。
南の要塞の副団長、ジェリド・ムールスはまだ未成年だ。
ジェリドからの報告の最後に、宰相はジェリドが成人するまで南の騎士は北の騎士団の指揮下へ入り、ジェリド本人には次代の精鋭を集める旅にでるよう指示を出していた。
指示を受けたジェリドの反応は、王には張り切っているようにも見えたが、宰相のジェリドへの期待は薄いようにも感じた。
王はジェリドの幸運を祈るしかなかった。
王の頭にセルジュ・クワリテやジェリウス・ムールスの顔が浮ぶ。
南の騎士団の話がまとまった所で、宰相は魔導回廊越しの副団長を下がらせて、自身は塔の屋上に向かい、屋上から改めて報告を始めた。
王都の海に巨大なワームが現れ、港から王都に上陸し、ワームが巨大な魔物を生むと、その魔物はミスリルゴーレムを担いだまま王都を横断していると言う。
ずいぶんと過激な話だが、語る宰相は冷静だった。
ミスリルゴーレムが空中に投げ出された辺りまでは、宰相へ疑問を投げ、その報告と仮説を受け取る事が出来ていたが、その直ぐ後に、魔導回廊はあっけなく切れてしまう。
おそらくは落下したミスリルゴーレムが東の丘に衝突し、地下のミスリル工房にまでも甚大な被害が出たのだろう。
王は魔導回廊があまり好きでは無かったが、無くなってしまうと、それなりに喪失感はあった。
宰相含め王都との連絡は全く付かなくなった。
それでも王には、自分の行う事は解っていた。
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王は剣を取り、ローブを羽織るだけで旅の準備を終えていた。
普段なら真っ先に飛び出して、指示は旅先からでも出すところだが、もう魔導回廊は繋がらない。
王は腕を組み目を閉じて、若者たちが準備を終えるのを待っている。
南の島の小さな城にあった全てのミスリルは、王の魔力によって大量のインゴットに変えられた。
王に隷属する若者たちは、そのインゴットを圧縮して小さくした後、軽量化の付与をかけて持ち運べるミスリル片に変えた。
浴場にあった巨大な浴槽も、訓練場の床も、全てのミスリルがミスリル片になった。
王は国一番の魔力を持っていたが、魔力を細かく使うのは苦手だったので、作業が終わるのを腕を組んで待っていた。
高密度になったミスリルの欠片は、隷属していた若者たちに分けられ、一部が王の旅の備えになった。
王都のミスリル工房はしばらく使えないだろう。そうなると、ミスリルの不足する時代がやって来る。
王はミスリル片を持たせた若者を、それぞれの部族に返した。
宰相からあった報告を過不足なくそのまま伝え、そのまま族長に報告するよう指示した。
若者たちも、このまま王に付き従っていても、足手まといになる事は解っていた。
島の桟橋には、それぞれの部族の船が停まっていたが、今では小舟が一艘浮いているだけだった。
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全ての若者を送り出すと、王は一人、廃墟になった小城を見下ろす丘の上で肉を焼いていた。
魔法で鳥を落とし、力任せにさばいた。
半獣人である王は、そもそも凝った調理や味付けの必要は感じなかった。
こうやって食べるのが一番好きだった。
王は全ての下位精霊を見る事が出来たが、王に答えてくれる精霊は一つも無かった。
王が精霊に魔力を付与しても、精霊は自然な反応を行うだけで、何も帰ってくる事はない。
受け止めてくれる精霊も、言葉を返してくれる精霊も、形や力を変化させてくれる精霊も居なかった。
風は受け流し、炎は弾け、水は波立ち、土は振動したが、それだけで全てだった。
王は命の気脈も見ることが出来たが、回復魔法と強化魔法の使い分けが出来なかった。
王が自分の気脈に魔力を付与すれば、力は回復し漲るが、他人の気脈に付与すると、傷は治ったが酷い筋肉痛で半日は歩けなくなった。
王が虚空に魔法を放つと、受け止める風の精霊はなく、受け流され続ける魔力は真っ直ぐに飛んでいった。それが鳥に当たれば、鳥は筋肉を強張らせて落下した。
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丘の上で王は目を覚ました。島の周囲の海岸線に目を凝らすが何も見えない。
島の北側の海面は霧に覆われていたが、砂漠の国へ望む南側は、遠くまで見通す事も出来た。
王が南の島で無防備に暮らしていたのは、砂漠の国に対して行動で示す平和の提言でもあったが、
王国で最強の存在である王が南の島で暮らすことが、砂漠の国に対する牽制にもなっていた。
でも、それは魔導回廊で全てが筒抜けになっていればこそだ。
魔導回廊が無くなり、王の事が見えなくなった砂漠の国は不安に苛まれているだろう。
いきなり軍事侵攻をする事はないだろうが、偵察は必ず送って来る。
一度、王の確認を取れば、逃がす事なく延々と尾行を付けるだろう。王はそれが面倒だった。
それでも、もしも宰相が側に居れば、相手の出方を確認してから行動したはずだ。
王は一晩待ってみたが、砂漠の国の使者も軍隊もやって来なかった。
王は考える事を止めて丘から桟橋に降りると、一艘だけ残った小舟の先頭に剣と脱いだローブを置いた。
そのまま小舟の後方に寝そべって足を海面に浸すと、足から放った魔力で水の精霊に強い付与をかける。
水の精霊は何も答えてくれなかったが、水は王から逃げるように力強く波立ち、船は勢いよく前に進んだ。
王は寝そべったまま、上り始めた太陽の位置を見ながら北に北に小舟を進めて行った。
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港から王都中に向けて、巨大な金属音が響いた時、マルフェオは商会で仕事を始めていた。
ティト以外の部下も既に全員顔を出している。
少し魔導回廊を覗くだけで、大きな災害が始まっている事は理解できた。
マルフェオは素早く指示を出し、総出で王城での避難民の受け入れの準備を始めさせた。
王城の地下から予備のミスリルが運び出され、付与魔術師の手によって王城の中庭で使われる簡易宿泊所に変えられていった。
同時に、北の役所の役人には、食料等の物資の準備を進めさせる。
王城に集まる避難民たちは、マルフェオの目には旅装のように見えたし、部下たちの仕事も大規模な旅団の準備のようだったが、実際にはマルフェオたちは王城から一歩も出れない事になろうとしている。
マルフェオは、王城のバルコニーから自分の目で巨大な黒い二本の足を見た。
黒い足の進路については、南軍区の軍医から報告が上がっていたが、自分の目で確かめたかった。
マルフェオはバルコニーから王座の間まで急いで移動すると、王座の間から東の丘の地下のミスリル工房への専用回路を使って、出来る限りのミスリルゴーレムを呼び寄せた。
呼び寄せたゴーレムたちは、この後すぐに動かなくなってしまうが、避難してきた住民の多少の安心感にはつながったし、王都にとって貴重なミスリルインゴットの材料になった。
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王城へ避難してくる住民は増え続けていた。
どうやら貴族達は自分たちの家からは出ないようだが、商店街から逃げてくる住民だけでも相当な数だ。
そして付与魔術師たちが大量のミスリルを使い、避難所を二階建てに増築している所に、南軍区の兵士から協力の依頼があった。
マルフェオは依頼の内容に即答した。
王城から南軍区の塔に向かうよりも、ティトの自宅からの方が近い。
おそらくティトが南軍区に付く前に、あの黒い足は塔の前を通過しているだろう。
間に合わない公算が高いが、上手くいけば背後から砲撃出来るかもしれない。
マルフェオはティトに無理をし過ぎない事を念押しした通知を送ると、南軍区には間に合わないかも知れない事を念押しして、一人の付与魔術師を送る旨を返信した。
何の仕返しにもならないかも知れないが、あの真っ黒い両足を放っておく訳にもいかなかった。




