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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
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2話 盗賊論

よろしくお願いします。

 ミスリルが人の手で、銀に魔力を流して作られていた頃は、酷く高価な金属で、利益は(ねむ)ったままだった。

何しろ銀へ魔力を注ぎ続けられる付与魔術師が少なかった。


 だけれど、魔力を良く流すミスリルを通して広く魔力を集める者が現れ、その集めた魔力から、さらにミスリルを作り始めると、彼らだけはミスリルを簡単に作る事が出来た。


 簡単に作られたミスリルで、さらにミスリルの網は広がり、国中の魔力が盗まれた。


 そして一気に大量の魔力を流せば、鉄からでもミスリルを作れる事が解ると、彼らだけはミスリルをとても安価に作る事が出来た。


 安価になったミスリルの網はさらに広がり、魔力はさらに世界中から盗まれ、気がつけば、彼ら以外の誰もミスリルを作ろうとは思わなくなっていた。





 シジフォスは作業を投げ出し仕事から逃げ出した。

仕事どころか、魔導回廊から抜け出したかった。

魔導回廊の中では、全てが決まり切っていたから。


 シジフォスは生まれ付きの魔力を持っていたせいで、父や母のように魔力証の中に魔力を貯めたままの生活は出来なかった。

かと言って魔導回廊に貯蓄をしてまで欲しい物もない。


 魔力の回復量に比例して、魔力証に貯めた魔力が漏れ出す事に不満は無かった。

魔力が溢れる者が魔力を使い続ける方が経済が回るのも習ったし、魔力回復力を持たない者の不平等感も解る。シジフォスだって、魔力証の魔力漏出の仕組みが無かったら、魔力の無い者から(うと)まれ、友人は随分少なかったかも知れない。


 シジフォスの父親はパン屋で働く職人だった。

父親はたくさんの友人や弟子に囲まれて、任されたパン屋を繁盛させていた。

パン屋の商会から父親の魔力証に注がれる魔力と、国から母親の魔力証に注がれる“施し“の魔力だけで、シジフォスの家は満足な生活を続けていた。




シジフォスは沢山のパンを食べ、街中を走り回る快活な少年だった。


家族は父親が商会から任されたパン屋の二階で暮らし、日々の生活の中にはパンの香りが溢れていた。

シジフォスは毎朝、床下から立ち上がるパンの香りで目を覚ました。

店の周りは常に掃き清められていて、シジフォスは裸足で走り回れるぐらいだった。

通りを挟んだパン屋の向かいには大きな街路樹が立っていて、シジフォスは裸足のままその樹を登り、父親のパン屋を見渡し眺めるのが好きだった。



 シジフォスの父親は弟子に仕事を教えなかった。

「俺は技術を盗んだ」とは語ったが、「技術を盗め」と教える事も無かった。

その姿勢に不満を持つ弟子もいたが、シジフォスは父親の語る事を、なんとなく理解していた。


 シジフォスの父親は仕事を常に変えていた。使い分ける基準も進歩させていた。

仕事を教えれば、弟子はそのやり方を忠実に守ってくれるかも知れないが、来年になれば父親はその仕事の細部を変えているかもしれない。

シジフォスの父親が変化する師の仕事を盗み続けたように、弟子も盗み続けるしかない。


 シジフォスは、父親の仕事に弟子の視線が集まる緊張感が好きだった。そこに言葉は必要なかった。

その緊張感の中から、シジフォスは仕事の盗み方を盗んでいた。



 話がややこしい事になったのは、シジフォスが14才になった時だ。

両親が国を通して魔導回廊に改めて印章を収め、シジフォスが生まれた時に作られた魔力証の原本と紐付けて、シジフォスが日々使っていく魔力証を発行してもらった。


 シジフォスの真新しい魔力証にも、国から"施し"が入るようになったが、シジフォスも両親も、その"施し"の魔力が日々漏れている事に気が付いた。


 そしてシジフォスの小柄な体に隠れていた魔力が明らかになった。

自然に漂う"精霊"も、生物の体に走る"命の気脈"も見たことは無かったが、ミスリルを手に取れば形を変えてしまう事ができた。



 結局シジフォスは周囲に流されて、不自由さを感じながらも、親元から独立して宿住まいの付与魔術師として技術を磨くことになる。

元々手先も器用で要領も良く、先輩にも恵まれ、シジフォスは付与魔術師の仕事を大いに盗んだ。


 だけれど魔導回廊の中では全てが決まり切っていた。

シジフォスには、それ以上に、走り回りたい場所があった。

変化し続ける世界を走り、盗み続け、変わり続けながら生きたかった。





 デミゴブリンは雨の上がった草原を走っていた。

大穴から離れて良いのか悩んだが、結局は今まで通りに草原を走った。



 闇から力と言葉を与えられた事で、もう人間のように二本の足で走れるような気もしていたが、今まで通りに四本脚で走っていた。

左前脚に比べて短い右腕では速くは走れないし、不恰好な気もしていたが、生まれた頃からやって来た通りに四本脚で走っていた。



 デミゴブリンは自分の育った部族の集落へ向かっていた。

闇から力と言葉を与えられた事で、もう一人でも生きていけるような気もしていたが、今まで通りに集落に帰った。



 そしてデミゴブリンが集落に戻ると、直ぐに全ての仲間達から排除された。黒い右腕は仲間の中では異質だった。

元の仲間達に一斉に襲われ、その鉤爪で殺されてしまうかと思った。



 だからデミゴブリンは二本の足で立ち上がり、黒い右腕で武器を取った。

デミゴブリンが闇から得た言葉を使い、黒い右腕で側にあった岩に触れると、岩は硬く細く真っ黒に圧縮し、人間の使う短槍のように鋭く尖る。

黒い単槍を振り回せば、元の仲間の長い前脚を弾き返すのは簡単だった。


 デミゴブリンは元の仲間を叩き殺しながら、改めて自分達について考えていた。

闇から力と言葉を与えられた事で、人間のように頭を使えるようになっていた。


 デミゴブリンという種族にメスは生まれなかった。

だから、通常のゴブリンの集落を襲い、ゴブリンのメスを拐って母親にした。

デミゴブリンは、普通のゴブリンよりも速くて強かったし、なぜかゴブリンの匂いだけは、遠くに居ても嗅ぎとる事が出来たので、拐って来るのは簡単だった。



 そうやって新しいデミゴブリンは増えたが、いつまで経ってもメスが生まれる事はなく、オスのデミゴブリンだらけになっていった。



 いつからか普通のゴブリンの数は減り、メスのゴブリンを盗んで来るのは簡単では無くなり、デミゴブリンの数も減っていた。



 襲ってきた元の仲間を全て叩き殺す頃には、デミゴブリンの短い右腕は二の腕まで真っ黒になっている。

闇が語りかけてくる言葉も、無視できないものになっていた。

そして変ってしまったデミゴブリンは、変ってしまった世界に向けて、二本の足で走り始めた。

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