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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
18/73

18話 自信

よろしくお願いします。

 地中に逃がしたワームを理解する事も出来ないままに、ジルの視野の外から突然黒い二本の足が立ち上がり、重々しいミスリルゴーレムを担ぎ上げている。


 ジルは自分の強化魔法に自信があったが、どれだけ魔法で強化しても、ジルが走る速さよりも状況の変化はずっと速かった。


 ミスリルゴーレムを背負うような巨大な黒い足を見ていると、港の倉庫群はどれも小さく、この王都も狭く感じた。


 ジルは足を止めると、ミスリルゴーレムの背中と、そこから生える真っ黒な尻尾を仰ぎ見た。

ミスリルゴーレムは仰向けになり、腕と片足を振り回しては無力な姿をさらしている。

対して余裕をもって振るわれる黒い尻尾の力強さには鋭い悪意を感じた。

ジルには抱えているミスリル銃がひどく重かった。身に着けている鎧は息苦しく窮屈だ。

ゆっくりと黒い足が歩き始める。

この両足の歩みは遅く、ジルには自分の時間も引き伸ばされたように感じた。


 そして土煙が上がり、倉庫の一つが踏み潰される。

倉庫に詰め込まれた様々なモノがそれぞれの音と声で弾けていった。

その細かく多彩な音を遠くに聞いて、ジルは我に帰った。


 問屋の入り口のミスリル床に戻り、まずは近くの住民の気配を探す。

スラム街には魔導回廊から探れる範囲にも、まだ人は残っていたが、幸い黒い両足の進路からは外れていた。


 黒い両足は真っ直ぐ東に向かって歩いている。

港の労働者にも、スラム街にも、住民が逃げ込んだ北東の王城にも興味がないようだ。


 ジルはスラム街の住人の何人かに、下手に動き回るよりは家の中に退避しているように情報を流した。


黒い足がこのまま進めば、南軍区の塔の前を通るだろう。

塔の前を横切る際の砲撃と銃撃に僅かなチャンスがあるかも知れない。

その機会を無駄にしないよう、まずは通用しない事をハッキリとさせておきたい。


 ジルは今出来る事を見定めると、体や頭に熱が戻って来るように感じた。

ミスリル床から南軍区の塔の同僚に向けて、黒い足の進路について通知を送る。

そして素早く強化魔法をかけ直すと、見晴らしのきくカフェの屋上まで駈け戻った。



 強化魔法のかかった脚力でカフェの屋上まで飛び上がると、ジルは立膝で銃を構え、黒い両足を待ち構える。カフェの手前はテラスになっていて、商店街からと街の外からの二本の橋を繋いだ広い空間となり、ジルに広い視界を与えていた。


 すると背後から人の足音がする。

振り返ると、先ほど宿屋レセンティブスで再会した冒険者だった。


 冒険者は無言のまま着ている外套を脱ぐと、付与魔法でそれを大きく引き伸ばした。

そして大きな布地に戻った外套の中央を魔法の光が走ると、それは二枚の毛布のように両断される。

その一枚をジルに手渡して来た。


「とりあえずは隠れましょうか。」


 ジルは隠蔽の外套だったものを受け取ると、魔力を流し自分も姿を隠してみる。

視線を戻しても、もう冒険者の姿は見えない。でも気配は感じる。


「凄い足ですね。なんであんなに黒いんだろう。」


 冒険者の呑気な問いかけに、ジルは余計な力が抜けたような気がした。

東から照らす太陽が、海に向けて黒い両足とミスリルゴーレムの大きな大きな影を作っていたが、黒い両足と尻尾の黒さは影と何も変わらず、そのまま影と繋がっているように見えた。

改めて見直しても理不尽な光景だった。


 また一つ黒い足が建物を踏み潰すが、もう人の声は一切上がらない。

逃げられる者は、皆逃げたのだろう。魔導回廊からの避難指示も機能しているようだ。


「あなた、高火力のミスリル銃の弾丸は作れる?」


 ジルが冒険者に尋ねると、透明な空間から答えが返って来る。


「散々作りましたよ。弾丸のお尻でミスリルを硝石に変化させる所の割合も変えられますよ。」


 ジルは答えを聞くと軍から支給されたミスリル製の鎧の胸甲と手甲、肩当を外し、丁寧に冒険者の立っていた足元に置いた。


「弾倉の形状はどうしますか?」


 冒険者からの質問に、ジルは弾帯から空の弾倉を外し、また冒険者の足元に置く。


「ミスリル銃の方も改造してしまえば、形状の長い弾丸も使えますが、どうします?」


「やってちょうだい」


 ジルは即答すると、肩にかけた銃の負い革を外し、ミスリル銃も冒険者の立っていた足元に置いた。


 そして冒険者からもらった隠蔽の毛布に身を包み、何も装備のない自分に気が付く。

だけど不思議と不安は無かった。心が落ち着き、周囲の細やかな変化も感じ取る事が出来ている。

カフェの奥にある馬宿で馬が暴れていたが、疲れたのか少し落ち着いて来ているようだ。

隣で作業する冒険者の事も目では全く見えてはいないが、その気配と悪意の無さは完全に把握出来ていた。


ジルは、命の気脈から感じる事が出来た動揺や違和感を、命の気脈を見る事もなく感じ取る事が出来るようになっていた。


 隣の空間から、付与魔法の光が漏れている。

ジルは殆ど待たされる事もなく、銃身が伸び弾倉が大型化した改造ミスリル銃を手渡された。

以前よりもだいぶ重くなっているが、走り回りながらこれを撃つ機会もないだろう。

そして少しの間が空いて、大型の予備弾倉が二つ出来上がる。


「ありがとう。相変わらず器用ね。」


 ジルが礼を言うと、冒険者が答えた。


「僕は付与魔法が扱えますがシーフとしては駆け出しですからね。戦えませんよ?いざとなったら逃げますから。」


ジルは笑ったが冒険者には見えていないだろう。

頭から隠滅の毛布をかぶったまま、うつ伏せになり、重く長く改造されたミスリル銃を構える。

ジルは改めて黒い両足が射程に入るのを待ち構えた。



 王都の南西からの海風は強く、カーディナル王が西側の城壁を壊した直後から、王都に砂が舞ってしまう事は住人の苦情になっていた。

南西の海の先にある砂漠の国の影響も強いのだろう。

カーディナル王は対策として、港の工事や用水路の工事と並行して、防風林の植樹を行った。

植樹には生育の速い樹木が選ばれていたが、王は砂塵を嫌う王都の住民に急かされて、樹木の生命の気脈に魔力を注ぎ、さらに成長を促進させられる一人のウッドエルフを雇った。

ウッドエルフは怪我の治癒や強化魔法も巧みで、危機の際には王都の民を良く助けていた。


 長い間の平和が続き、防風林の木々が鬱蒼と茂るようになると、ウッドエルフの暮らす小屋は王都の殆どの民からは忘れられて行った。

防風林は人工的な森林だったが、それでもウッドエルフが一人で生きていくだけの森の恵みを得る事は出来た。


 それから数十年の時間が過ぎ、老いたウッドエルフは絵を描いていた。

獣人の子供が老エルフのキャンバスに背中を向けて座っている。


 古い友人から預かったミノタウロスの子供の背中からは、不自然に筋肉が盛り上がっていた。

このままでも生活に支障はないが、金属鎧などを着るのは苦労しそうだ。


 生まれつきの才能のある術者が、魔力に任せて使った回復魔法に、獣人の強い生命力が重なってしまったんだろう。

老エルフは、不自然に盛り上がった筋肉を観察し、丁寧に絵に書き留めていく。

それは命の気脈が溢れた現象で、回復魔法と強化魔法の中間のような姿だった。


 その時、港の方向から重い金属がぶつかり合うような激しい音が聞こえる。


 ミノタウロスの子供は一度港の方向に振り返ると、汗をダラダラとかきながら震え始めた。

老エルフの小屋の壁には、素朴だが温かみのある不思議な絵画が飾られていたが、ミノタウロスの心は冷たく震えるままだ。

それでも老エルフは絵を描くのを止めなかった。港からの轟音など気にもしていないようだった。

それよりも、ミノタロスが怯えるにつれ、背中の筋肉のコブが光り、生命の気脈から魔力が漏れ出ていく。その姿を書き留める老エルフの筆は速くなった。


 この背中のコブを中心に、ミスリルを混ぜた墨で魔法陣の入れ墨を彫るのはどうだろう?

遠くに人々の逃げ惑う喧噪も聞こえて来る中、老エルフは怯えるミノタウロスに、新しい力は必要ないか?と諭していた。


 それはミノタウロスの少年に、自信を与えるはずだった。

老エルフは港の騒動は後回しにして、過剰な魔力を流してドロドロに溶かした銀色の粘土のような溶液を作ると、滑るように霊木を焼き込んだ炭を流し込み、入れ墨の準備を始めていた。

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