15話 失踪
よろしくお願いします。
王都の南軍区の兵をまとめていた騎士、セルジュ・クワリテが死んだという話を聞いた時、王は酷く落ちこんだ。穏やかで緩やかだった王の日常が引き締まる。
殆どの騎士は、領地や部下の管理を魔導回廊のみで行い、自身は野山や訓練場に出向き、狩りや模擬戦に明け暮れている者ばかりだが、セルジュ・クワリテは実践的な男で、王はその働き方が羨ましかった。
報告では新種の魔物を発見し、その巣穴と思われる大穴の調査中に仲間と共に殺されてしまったとの事だ。
セルジュ・クワリテには"探す者"という家名があり、代々、優秀な密偵を排出する家柄だったが、セルジュ・クワリテが集める情報は上手く王には伝わって来なかった。
魔導回廊にある情報にどこまで触れる事が出来るか?それは印章による契約で決まる。
魔力を払えば誰でも購入できる印章もあったし、王が何を積んでも手に入れられない印章もあった。
本来"回廊"は寺院の軒先で信者の交流を育む宗教に特有の物だった。そこには貴賤も差別も無かった。
国が一つの宗教の下にまとまり、皆がいつでも寺院の回廊の下に集まり、お互いの顔を見ながら交流し情報を共有できていたのは、今となれば贅沢な話だったと思う。
今では魔導回廊の中に様々な細かい回路が作られ、人々を切り分けているようにも見える。
今でも巫女を守る寺院は存続しているが、魔導回廊の中に自分に相応しい仲間との回路を持つと、人は寺院の回廊には足を運ばなくなった。
王は以前から、情報の垣根など全て壊して、丸出しにした方が清々しいだろうと考えていたが、宰相から区切られた空間こそ機能であり文化なのだと諭されて、日々の煩わしさに耐えている。
確かに騎士団用の回路が貴族専用の回路から分離した事は、騎士にとっては便利になっただろう。
作戦の指示のやり取りの中に、貴族の愚痴が混ざったのではやり難い。
王も情報に触れていれば口を出したくなるだろうし、実際に過去の王族は口を出しては問題をややこしくしていた。
セルジュ・クワリテを殺した新種の魔物の討伐と、その巣穴の再調査も気になるが、今回も王は騎士の専用回路に繋がる事が出来ない。
王は南の島の小さな城の庭先で、裸のままで剣を振り、騎士団からの報告をヤキモキしながら待ち続けた。
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ギルドは冒険者の情報を売っていた。
自分の依頼を少しでも成功させたい依頼者は、ギルドから購入した冒険者のリストから吟味し、仕事を頼む冒険者を選んでいた。"ファイター"や"シーフ"といったクラス分けが無くなったのは、その方がギルドが儲かり、支払い能力を持つ依頼者にとっては便利だったからだ。
依頼者は魔力を払って冒険者のリストを観覧できたが、そのリストの原本は魔導回廊の中にあり、依然として売り手であるギルドの所有物だった。
ギルドは騎士団からの要請で、上級冒険者セルジュの情報を魔導回廊の冒険者リストの中から全て削除した。
誰に文句を言われる事もなく、これで冒険者リストにセルジュの名前が上がる事は無い。
同時に、ギルドは行方不明になった上級冒険者アリッサとトーマックの捜索依頼をミスリル札の公開依頼として提示版に出していた。セルジュに何かがあった事は察する事が出来る。でもアリッサが依頼を投げ出して行方を暗ますのは初めての事だ。
ギルドとしてはアリッサの捜索は最優先事項だったが、最も指名依頼をさばいていたアリッサが失踪すると、他の上級冒険者も仕事で手一杯になっており、その捜索に目途は立っていなかった。
そしてギルドの職員も他の上級冒険者も、誰もトーマックの顔を知らなかった。
誰もがトーマックとの付き合いを、魔導回廊の上でしか行った事がなかった。
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ジルがスラム街の捜査から帰って来ると、南軍区の同僚の兵士達が騒然としていた。上官のクワリテ士長と連絡が付かないと言うのだ。
そして夜になると、その件で南の要塞から騎士団長ジェリウス様が直々に王都にやって来るらしい事が解った。
ジルはジェリウスという騎士があまり好きでは無かったし、騎士団長を迎える儀礼は大嫌いだった。
南軍区の塔の前を、王都でも最も人通りの多い大通りが通っているが、その向かいは一般の商店街なのだ。
大通りに面した宿屋に防犯対策として歩哨を立てなければならず、一時的に接収しておく必要がある。
宿の予約が空いていれば何の問題もないが、他国の貴族のお忍び旅行などが被っていると最悪だった。
普段から、民に人気がある…という事になっているジルが矢面に立たされ、宿屋と交渉する事が多かったが、その差配をしていた上官とは連絡が付かない。皆は今回もジルが宿屋と交渉するものだと考えているだろう。
気が進まない仕事を自分から率先してやるというのは、いつもにも増して気が重いものだった。
ジルは、まだ儀礼の日程は何も決まっていなかったが、先に宿屋の予約を押さえてしまおうと考えた。
後から振り回されて苦労するぐらいなら、多少の出費は厭わない。
奴隷売買の捜査の進捗も気になるが、一旦、北軍区に任せてしまっても良いのだ。
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シジフォスは思っていたよりも多かった初仕事の報酬に戸惑っていた。
新しい装備も必要ないし、修理も自分で行える。
ノーリからシーフとしてやってく上で役に立つと勧められた情報源の印章も直ぐに買うつもりだったが、それでもまだまだ余裕がある。
王都の過去の地図や、犯罪者リスト、高額納税者リスト、ギルド登録された冒険者リスト…などを買ってもたかが知れていた。
居酒屋から出ると、カヌーは一旦宿に帰り、明日の昼に冒険者ギルドで待ち合わせをする事になった。
ノーリは明日早朝の駅馬車で田舎に帰郷するそうで、今日は友人の家に泊まるそうだ。
二人と別れた後、シジフォスは用水路の脇を歩いていた。
殆どの商店の灯りは消えていたが、まだ裏口の灯りがついている店もある。
灯りに近づくと、王都で一番の大通り沿いの高級宿の裏庭だった。
用水路は大通りの地下に吸い込まれている。
裏庭は用水路の水辺に下るような作りになっていて、白い砂利が庭全体から用水路の中にまで敷き詰められていた。
庭の木々も用水路から覗く水草とバランスが取られていて、白い砂利の中の緑が美しい。
庭を大通りから隠すようなオレンジの木には濃い緑の葉が繁り、ポツポツと実がなっている。
庭先の灯りに照らされるオレンジは輝いて見えた。
シジフォスは一目見てこの裏庭が気に入った。
正面に回って宿に入り、料金の高さには驚いたが、今のシジフォスにはそれも丁度良かった。
シジフォスに限らず付与魔術師は荷物が本当に少ない。必要な物はミスリルで作ってしまえば良いし、衣類の洗濯も浄化の魔法で済ませてしまうので、普段の買い物も極端に少なかった。
その気になれば、いつでも引っ越せてしまうのだ。
そして安宿からシジフォスは居なくなった。
手直しをしました。




