14話 会合
よろしくお願いします。
スラム街でのミスリル線の修理の後、カヌーとシジフォス、ドワーフの技術者ノーリの三人は意気投合し、シジフォスの初仕事の打ち上げとして酒場で一席設ける事になった。
ノーリは二人に言いたい事があったし、カヌーはノーリに聞きたい事があった。
シジフォスにしても、付与魔術師よりも楽な冒険者としての初仕事には少し肩透かしをくらっていたが、無事に一日の仕事を終えた事には安堵できていた。
経過の報告も、報酬の受領も、魔導回廊の中で済ませる事も出来たが、わざわざ三人そろってギルドのカウンターに向かい話をつけると、ギルド職員のカヌーやシジフォスへの当たりが昼とはまるで違っていた。
ノーリの顔は思いの外に広いようだ。
カヌーがギルドのミスリル椅子に座り、魔導回廊に繋がると、直ぐに空いている店は見つかった。
カヌーがこれから三人で向かう旨の通知を送っている間に、シジフォスが浄化の魔法を手速く使えば、スラム街の埃を洗い流した三人は飲み会に向かう準備を済ませる。
ノーリはギルドを出る直前まで、ギルド職員と世間話しを続けていた。
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三人が向かった酒場は商店街の酒屋の二階にあった。店は商店街の小さな十字路の角にある。
商店街の通りに面しているのは酒屋で、二階の居酒屋へは細い路地に入った後、店の側面から階段を上がる。
細い路地をそのまま進むと、用水路に降りる桟橋があるが、桟橋の脇には空になった酒樽が山積みになっていた。空き樽の影に野良猫の目が光ったような気もする。
小船の往来が無くなった夜の用水路に目を移せば、酒場の明かりが水面に反射し揺らめいていた。
階段の手前の防犯用のミスリル床を踏めば、3人の到着は店員に伝わったようで、二階に上がると直ぐに席に案内された。
席に向かって歩きながら、カヌーは3人分の麦酒と干物の盛り合わせの注文を済ませる。
席に着いたシジフォスが南向きの窓から身を乗り出すと、用水路の先には防風林の木々が広がっていた。防風林の奥に、うっすらと小さな灯りが見える。左手に向き直すと、並びの宿屋の奥に南軍区の兵士達が休む塔が見えた。
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ドワーフの技術者と付与魔術師の仕事は似ているが、明確な違いがあった。
ドワーフの技術者達はミスリル線の修理だけではなく、むしろ拡張が本業だった。
まだ魔導回廊に繋がれていないダンジョンの中を掘り進み、掘り進んだ穴のなかで生活し、そうやって少しづつミスリル線を延伸していく。
そしてモンスターが現れれば一丸となって戦う。ノーリにも当然、戦士としての一面があった。
「ワシからすれば、お前ら二人の欠点はシジフォスの戦闘力じゃ。」
ノーリは干物の魚を頭から齧りながら話を続ける。
「シジフォスのシーフとしての適性に疑問はもたん。頭も回るし、身軽さも器用さも申し分ない。付与魔術の理解に関しては中堅の冒険者と比べても頭一つ抜けてるじゃろう。」
そう言うと、ノーリは窓から干物の残りを放り投げる。干物は桟橋の手前の空き樽の側に落ちた。すると積まれた空き樽の間から一匹の黒猫が現れ、干物を咥えて走り去る。
「ただ、剣はどうなのじゃ?理力の短剣は扱いやすい武器じゃが、流石に素人のままじゃ外では通用せんぞ。」
そこにカヌーが割って入った。聞きたかった、聞こうとしていた話だ。
「なぁノーリ、実際にこの王都でシジフォスが短剣の扱い方を習うなら誰が良いと思う?」
ノーリは麦酒を飲み干すと少し考え込んだ。
「ワシが知る限りでは アリッサじゃろうな。そもそも短剣を使うシーフやローグには人にモノを教えられるような人格の者が少ない…その点アリッサなら申し分がない。短剣の扱いも無駄がなく、初心者にも学びやすいはずじゃ。」
ノーリは視線をシジフォスに移すと、目を見ながら話しを続けた。
「シジフォスよ。シーフは存外に学ぶ事が多いぞ。その癖、死んでしまう時はあっという間じゃ。外で成長を続けられるのは、死なない術を身に付けた者だけじゃ。」
シジフォスは一度カヌーの方を見るとノーリに視線を戻し答える。
「そうですね…頑張ります。死にたくないですし。」
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カヌーはシジフォスの横顔を見ながらアリッサの事を考えていた。
王都の上級冒険者の中では最も地味で特徴が無かったが、最も忙しくしている女性だ。
彼女から剣を習うのに、きっとシジフォスは支払う魔力に糸目はつけないだろう。
最初に短剣使いの初歩を教えて貰えるだけでも良いのだ。
居酒屋の席は全て木製で、魔導回廊から逃げたい酔っ払いを集めていた。
カヌーは店員を呼ぶと、追加の酒と三人でつまめる大皿の魚の焼き物を頼む。
シジフォスとノーリは、アリッサの新人時代について話をしていた。
ノーリとアリッサの付き合いは以外に長いらしい。
カヌーは二人の話を聞き流しながら、明日からの予定にシジフォスの訓練とアリッサへの依頼の段取りを組み込み、窓の外の夜空を見上げていた。
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この国の王に名字は無かった。民にも名字は無かった。
生まれや血筋は魔導回廊で揺るぎなく証明されていたので、個人は自分の名前だけで、自分らしいまま生きていた。
そして最も優れた個人が王に選ばれた。血筋は考慮に入ったが、家柄は考慮されなかった。
王は家柄や前例に縛られる事なく、王が個人として判断を下していた。
そして貴族と騎士だけが名字を持っていた。
自分達の一族に課せられた責任を家の名前として代々引き継ぎ、生涯その役割に縛られて生きる事になった。
貴族や騎士が王になる事もあったが、その際には名字は捨てられて、家柄に縛られない公正な統治を求められた。
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南の要塞都市を治める騎士団長ジェリウスには、ムールスという名字があった。古い言葉で"壁"の意味があった。
父親も騎士団長だったが、ジェリウスは養子だった。
これまでも、これからも、ジェリウスはムールス家の者として南の要塞を守るために生きていく。
夜分に要塞を訪れた上級冒険者のアリッサからの報告を聞いた時、ジェリウスは耳を疑った。
あのセルジュ・クワリテが魔物からの奇襲を受けて監視対象と共に死んだと言う。
しかも場所は王都と、この南の要塞の中程にある草原だ。そこに謎の大穴が開いた。
確かに嫌な位置だった。軍のミスリル線を知り尽くしたかのように位置を外されている。
ジェリウスは模擬戦でセルジュと戦った事を思い出していた。
風の精霊魔法も、気脈に対する強化魔法も、どちらも専門家には及んでいなかったが、それらを王都で老エルフに習ったと言う独自の組み立てで戦っていた。
自身の剣風や誘因の剣の作る振動から風の精霊に働きかけ、自身の魔力を運ばせると、敵の命の気脈に干渉し、強化魔法を逆流させて敵の能力を弱体化して行くのだ。
騎士の間では卑怯者と罵られたが、それは最終的に敵を傷付けずに無力化させる、セルジュらしい戦い方だった。
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『危機がやって来ると、最も優秀な者が誰よりも早く気が付き、誰よりも早く死んでしまう。』
ジェリウスは父親の言葉を思い出していた。
目の前に跪く女性は、セルジュが将来の妻にと話していた者だ。彼女の話を疑う余地はない。
ジェリウスは自身が精鋭を率い、訓練も兼ねて平原の大穴に向かう事を即断した。
大穴が開いた事自体が異常事態なのだ。
話に上がる黒い獣が簡単な相手だったとしても、その後そのまま王都に出向いて、宰相に直接の報告を行えば行軍は無駄にはならないだろう。
王都防衛の兵士を魔導回廊から束ねていたセルジュの後任を話し合う必要もあった。
あの平民上がりの老獪な男との話は、やはり顔を見ながら行いたい。
ジェリウスはアリッサを労うと、大穴までの道案内を命じた。
騎士団の準備の後。日の出を待たずに出発となるが、アリッサが休む時間も取れるだろう。
アリッサが下がった後、要塞の文献に"黒い獣"に関する情報がないか調べるよう部下に指示をする。
付き従う騎士達には、大穴の内部の探索になる事も考えて、兜と盾のみ重装備とし、あとは狩猟用の軽装備で参戦するよう指示を下した。
一通りの指示を終えると、ジェリウスは目を閉じた。
セルジュが死んでしまった事に実感はまるでない。
セルジュがどれだけ、王国の影や、自身で作った仮の姿に身を隠しながら働いて来たのか…それはジェリウスにすら解らない…。
ジェリウスは、セルジュの死を近親者以外には伏せておく事にした。もしも隠れていたセルジュが抑え込んで来た物があるなら、その死は隠しておいたままが良い。
どちらにしろ、セルジュの南軍士長としての葬儀は、この手で遺品を取り返してからになるのだ。
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ラスキンの使う街外れの塔は、元は"光の塔"と呼ばれていた
ヒネくれた建物で、雷帝ベイトソンが残したものだ。
光魔法が使えないと中に入れないが、光魔法が使える"光の精霊が見える人間"には眩しすぎて入口の位置が解らない。
日の光を魔力に変えて、ゆっくりと塔の外壁が回転しているので、入口の位置も常に変わる。
ラスキンと一緒でなければ、誰も中には近づけない代物だった。
マルフェオは夜の王都を歩き、光の塔に向かっていた。
王城の裏手から、北に幹線を進んでいるうちに、貴族用の回路を通してラスキンから通知が返ってくる。
王城北東にある役所の講堂で話を聞こうという事だ。
下級貴族であるマルフェオが光の塔で宰相と直々に話をする…それだけで貴族の間では角が立つのだ。
また距離にしても街外れの光の塔よりも近く、行きも帰りも時間を節約できる。
マルフェオに対してのラスキンのいつもの気遣いだった。
マルフェオにしても、講堂から魔導回廊へ公になっても話が進められるよう、既にティトの新型ミスリル銃の件は全て羊皮紙への筆記を終えていた。
そしてお互いに、王への報告も省けるこの会合の形が楽だった。
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「まぁ問題ないじゃろう。」
マルフェオから受け取った走り書きと図面に目を通している間、ラスキンは常にニヤニヤと笑っていた。
そして要領を掴むと、今後の対応をマルフェオに話し始める。
「これは、この(ラスキンは図面の弾丸の底部を指さす)魔法陣が小さいからバランスが取れるのじゃ。逆に言えばこの方法で大きな魔法のバランスを取ることは出来ん…歪んでしまうじゃろう。せいぜいが初級魔法までの話じゃ。」
マルフェオは"中和"という言葉を避けながら話すラスキンに質問を返した。
「では、このまま開発を進めても問題ないと? 」
「魔導回廊は電子と言われる光の魔法で動いておる。つまり光の魔法の影響で常に世界は満たされ管理されておるのじゃ。王都の中を「遠視」の光魔法が使えない空間としてしまうのもたやすい。」
マルフェオは自分の中の怯えが和らいで行く事を感じていた。
「ここ(ラスキンは再び図面の弾丸の底部を指さす)の魔法陣は3つよりも4つの方が安定しそうじゃな。一度開発者を連れてこい。」
ラスキンは図面から目を離し、マルフェオの目をみた。
「ところでマルフェオよ。お主、良い加減に正式な内務卿にならんのか?専用回路が無いと面倒でかなわん。この開発者を商会の責任者にして、お前は本来の仕事に専念したらどうじゃ?」
会合はいつものように役職から逃げるマルフェオを追い立てるように始まったが、いつの間にかラスキンの愚痴になり、それをフォローするような妻への惚気になって終わった。
おそらくラスキンの妻も魔導回廊を通してこの会話を聞いているんだろう。
講堂での会話は、一切の契約も必要なく誰でも聞く事が出来たが、興味を持っている者は少なかった。
マルフェオは、改めて役職からも嫁からも逃げ切る覚悟を確かめて役所を出ると、側にある屋台でサンドイッチを買って食べてみた。
まだ味は変わっていない。しばらく余裕はあるんだろう。
屋台の店主の顔を見ていると、獣肉の塩漬けが無くなっても屋台を止めるつもりは無さそうだ。
マルフェオは、和らいていた変化に対する怯えが、さらに緩んで行く事を感じていた。




