12話 長い話
よろしくお願いします。
カヌーは井戸のある広場まで戻ると、水位計に触れ魔道回廊に接続した。
鎧の下では、重労働相応の汗が肌着を体に貼り付けている。
井戸水を飲んで腰を下ろしたい所だったが、冒険者ギルドへの通知は、なるべく手早く行いたい。
カヌーは立った姿勢のまま水位計のミスリルから魔導回廊へ潜った。
井戸を使いたいのか何人かの女性がコソコソとこちらを見ている。
カヌーは自分がスラム街の女性から、良い印象を持たれていない事を自覚していた。
女性が体の大きい武装した冒険者へ警戒心を持つ事は自然な事だ。
中級冒険者としての依頼の提案にはまだ慣れていなかったので、どれだけ時間がかかるのかも分からない。ダンジョンの調査が片付いて何の問題もないなら、 このまま修理まで行ってしまうのが一番安全だと思うが、判断するのは軍やギルドだ。
ここで待っていても井戸を使う家事の邪魔になるだろうし、居心地も悪い。
カヌーはギルドへの"切れたミスリル線の修理とその護衛"の提案を終えると、その返信は大通りの幹線から受ける事にした。
ついでに食事の調達を行っても良い。
カヌーが一口だけ井戸水を口に含み、商店街の方へ戻ろうと振り返ると、こちらを見ていた周囲の女性達は皆、物陰に隠れてしまう。
カヌーはスラムの住人の邪魔にならないよう、足早に井戸の周りから離れた。
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カヌーの提案は簡単に通った。ミスリル線の断線や老朽化の復旧には、対応のための定型が軍にもギルドにもあり、上役の判断も必要ないそうだ…ただ、その分カヌーが期待していた程の報酬は無かった。
幸い、ちょうど午前中で仕事を終わらせてしまった技術者が空いているそうで、彼が遅い昼食を取っているカフェにカヌーが迎えに行く事になる。
カヌーは商店街の端にある、待ち合わせのカフェに向かった。
この王都の西側のカフェを使うのは久しぶりだった。
城壁があったはずの跡地は、その重さが作った窪みを生かして小さな運河になり港と商業区を繋いでいる。
小さな運河は商店のバックヤードがある商店街の裏側を沿うように通っていた。港から荷揚げされた商材を運ぶ小さな船が行きかい、それぞれの商店に納品している。
また、元々城壁の外側にあった城の外堀は、東の丘の地下で作られたミスリル製品を出荷するための大きく深い運河になり、王都の外側を東西に横断していた。
カフェはその二つの運河に挟まれた不安定な細長い土地で営業していた。
商店街から架かる小さな橋と、街の外から架かる大きな橋のそれぞれが二つの運河を跨いでいる。その二つの橋からカフェのテラスへ直接つながっていて、大勢の人々が行き交い、足を止め、カフェは常に賑わっていた。
カフェは非常に開放的な店で、店を囲う壁は殆ど無く、海からの潮風が吹き付ける南西側にだけ壁とカウンターがあり、カウンターの内側に地下室への階段があった。
この場所は、昔は王族が緊急時に脱出するための出口の一つだったそうだ。その脱出口も今では王都で最も開放的なカフェの倉庫になっている。
長い時間の中で、変われば変わるものだ。
風下には簡単な馬宿があり、ここに馬を留めたまま、提携した近くの宿にそのまま泊まる事も出来た。
旅装のまま気軽に使える店は、冒険者にも行商にも人気があり、情報交換や取引の場所にもなっている。
そして店の床一面は防犯用のミスリル床で出来ていた。椅子もミスリル製のみで木製は無い。
天井を支える柱に客が寄りかかり、それぞれ簡単な食事や休憩をしている。テーブルは全て埋まっていた。
客は常に魔導回廊に繋がりっぱなしで、寛ぎや安らぎとは無縁の場所だったが、仕事の待ち合わせには好都合な店だった。
カフェの周りには他にまともな建物はなく、馬宿の奥には防風林が続き王都に緑の影を作っている。
芸術家が集団で暮らす小屋が、この木々の奥にあるという話も聞いた事があったが、カヌーには全く興味が持てなかった。
ドワーフの技術者とは直ぐに落ち合う事ができた。店に付く前から魔道回廊ごしに挨拶も終わっていた。カヌーは自分とシジフォスの分の食事と、技術者の分のお茶を買うと、技術者を連れて直ぐに依頼の現場へ引き返した。
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ドワーフの技術者ノーリは、ギルドから紹介された大柄な冒険者に連れられて修理の現場に向かった。
現場に付くと、冒険者の連れがダンジョンの中で素足になり装備も外し突っ立っていた。どうやら軍の尋問があったらしい。
あの"巫女擬きのジル"だ。ノーリもジルが嫌いだった。超常の力は魔法だけで十分。訳の分からない力を使う者は寺院に閉じ込めておけばいい。
ノーリは二人の冒険者に協力してもらい、断線したミスリル線の周りの土を少し掘り直すと、まず使われているミスリル線の状態を調べる。
ミスリル線は銀の割合が多い古い時代の物だった。
切れているのは直接バルコニーが衝突し露出した部分だけだったが、やはり地中に埋もれた他の部分にも衝撃があったようで魔力の流れは良くない。
ノーリはカバンから一番純度の良いミスリルインゴットを取り出すと、まずは形を変えずにそのまま断線した部分に重ねた。
そしてインゴットの上から、切れたミスリル線の両端に向けて魔力の流れが生まれるよう、少しだけ魔力を流し、ミスリル線がインゴットを吸い込んでいく事を促した。
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「これで一旦作業終了じゃ。断線の先、地中の中のミスリル線もだいぶ痛んでおる。無理に流し込むのではなく、ミスリル線にインゴットが馴染むのを待つ必要がある。」
インゴットは柔らかく光ながら、見る見るうちに小さくなっているが、それでも時間はたっぷりあった。素足で突っ立っていた若者は、付与魔術にも造詣が深いようで、ノーリの作業を興味深そうに見ている。少し話をすると、飲み込みも良い。ノーリは、ジルの捜査に巻き込まれてしまったこの小柄な若者の事が気に入っていた。
「古いミスリル線は鉄ではなく銀が使われているのですか?いつからそれは切り替わったんだろう?」
若者の質問にノーリは答えた。長い話になると前置きをしながら、ミスリル線が張り巡らされる事になった経緯を、ノーリが知る限り語って聞かせた。
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「当時二つしかなかった特級冒険者のパーティーに、雷帝ベイトソンは所属し、王都で生活しておった。もう1つの特級パーティーの魔術師ガラハムは、南の要塞都市で武具や要塞の設計をして暮らしておった。」
「高位魔術師同士は仲が悪いものじゃが、二人はとても仲が良く、魔術の議論のために二人が魔導通信を行うミスリル線を、王都と南の要塞都市の間に引いたのじゃ。
当時ミスリルは高価だったが、冒険者として成功した二人は使いきれない金貨を持っておった。」
「そしてある時、南から敵国が急襲してくる。ガラハムは、ミスリル線を使ってベイトソンに救援を依頼し、正規軍と共に援軍に駆けつけたベイトソンは敵を押し返す。
二人は受勲を受けて、二人が作ったミスリル線は正式に軍に採用され、北の要塞とも接続される事になった。」
ここでドワーフは、少し冷めてしまったお茶をすすった。
「この時、軍の通信にガラハムとの魔術議論を邪魔されないようにベイトソンが作ったものが最初の魔導印章と言われておる。
そして受勲で与えられた巨額の報酬で、ベイトソンとガラハムはミスリルゴーレムの開発を始めたのじゃ。」
「南北二つの要塞都市がミスリル線を通して王と直接繋がった事で、危機感を感じたのが首都周辺の貴族達じゃった。
自分の街には中級冒険者しかおらず、万が一の際に民のために救援を呼べるように…というのが建前じゃが、本音は、今までは首都に近いほど王に近く、自分達が権勢を振るえていたのに、ミスリル線が使われる事で話も権力も素通りしてしまうのを恐れたと言われておる。」
「そして貴族が一通りミスリル線で繋がった事で、同じように焦ったのが冒険者ギルドじゃ。
ギルドは自分達を通り越して、貴族から特級冒険者へ、大口の仕事が直接依頼されるのを看過は出来なかったのじゃ。」
ドワーフの話が過去の冒険者ギルドの事になると、今まで興味がなさそうだったカヌーも顔をあげる。
「ギルドはベイトソンとガラハムに頼みこみ、各地のギルドもミスリル線で接続してもらった…と、ここまでが確かな話じゃ。
ここまでで使われているミスリルは、全て銀から付与魔術師が手作業で作ったものと言われておる。ワシらドワーフは、この時たいそう儲けさせてもらった。」
「その後、巨大になったミスリル網の管理を行う組織が作られたらしいが、防衛機密となり、その組織の存在は伏せられたまま80年の月日が経っておる。
貴族の合議制で運営されてるとか、雷帝ベイトソンが精霊になって魔導回廊の中で生きてるとか、知恵のあるゴーレムが管理しているとか、様々な噂があるが、真偽はミスリル技術者風情には解るはずもないわい。」
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ドワーフの長い話が終わる頃には、インゴットは魔導回廊に溶け込み、ミスリル線は細く美しい姿になって輝いていた。
そこにドワーフは魔力をかけ直し、ミスリル線の表面を硬化させる。
そして三人は土をかけ直して作業を終えた。
カヌーが井戸の水位計にまで戻って確認してみたが、廃墟はちゃんと魔導回廊に接続されており、スラム街からダンジョンは無くなっていた。




