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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
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1話 引継ぎ

よろしくお願いします。



 大粒の雨が作る雨音で、デミゴブリンは微睡(まどろ)みから目覚めた。

水しぶきの中、ずぶ濡れになった姿は、母熊に捨てられた子熊のようにも見える。


 激しい雨の中、デミゴブリンは左前脚を使って立ち上がろうとするが、いつものように四肢で踏ん張る事は出来ず、再び泥の中へとバランスを崩す。 


 右前脚だったはずの右肘から先は、人間のような腕になっていた。

手もあり指もある。色は真っ黒だ。


 デミゴブリンは泥水に(まみ)れた半身を起こし、濁った水溜りの上に尻をつくと、見覚えのない右腕からは視線をそらし、そのまま(おぼろ)げにたたずむ。

オオカミのような尾も、泥濘の中に埋もれたままだ。


 デミゴブリンの四肢が踏み荒らしていたはずの雑草も、今は泥水に沈んでいた。

水溜りで穴だらけになった薄暗い平原と、分厚く重なった灰色の雲の間にも、激しい雨音が広がっている。


 デミゴブリンの記憶は、仄暗い風景に混ざり合い曖昧としていた。

だけれど激しい雨に打たれるにつれ、雨が体毛に染み込むにつれ、なぜ自分が昏倒(こんとう)したのかを、ゆっくりと思い出していった。



 いつものように、厄介な人間の居ない草原で餌を求めて駆け回っていると、突然地中から大きな銀色のワームが現れ、デミゴブリンの右前脚を食いちぎったのだ。

 

 デミゴブリンの目には、液状になった地中をワームが泳ぎ、水面のように柔らかくなった地面から飛び跳ねて来たように見えた。

その右前脚は、地面についたまま食いつかれた。


 デミゴブリンからすれば、仲間が他の魔物に一方的に殺される光景も見てきた。

だから同じように、自分にも、死んだ仲間が味わったであろう苦しみが襲って来ただけの事。

死の恐怖を前にしても、今更、それを受け止める余裕もない。


 デミゴブリンは少しの疑問を持つ事も無く、銀色のワームの真っ黒な口が自分の前脚を咀嚼(そしゃく)する痛みに、あっさりと細い意識を手放した。



 泥の中から立ち上がったデミゴブリンの周囲を、さらに雨粒が叩きつける。

デミゴブリンは泥まみれになっていたが、真新しい右腕は全く汚れていない。


 目の前では、まだワームが現れた大きな穴が口をあけ、雨水を飲み込み続けている。

大穴の奥に続く闇は沸々と泡立ち、デミゴブリンと新しい右腕に、語りかけているようだ。


 デミゴブリンは吸い込まれるように、右腕で穴の内壁で泡立つ闇に触れてみる。

そうすると、穴の内側を満たす闇がデミゴブリンの神経と繋がった。

闇はデミゴブリンに言葉をかけ、その言葉は亜人の亜種の神経を侵食し、体中に響いていった。


 体中に響き渡った闇の言葉が収まり、再び泥を跳ね飛ばす雨音が聞こえてくる頃には、デミゴブリンはこの闇を理解していた。

狭い穴の中を進んで行ける、小さな自分が選ばれたのだ。


 デミゴブリンは、闇が語った言葉を忘れてはいけない大切なものだと感じていた。

だけれど、それをどうして良いかは解らなかった。





 昼過ぎから降り出した大雨で、窓の外は何も見えない。

分厚い石の壁は雨音も(さえぎ)っている。

薄暗い部屋の中では、魔導具のミスリルから魔力の(ちり)が光を映し、ムズかしい顔で話をする初老の魔導士を描き出す。


 付与魔術師のティトは、長く働く商会の作業机に右肘を付き、一人でその放映を見ていた。


『私たちは新しい魔法を必死に記述しているが…』

『それは新しい魔法を考える事にすら苦労しているという事だ…』


 ティトからすれば、魔導師の話こそ理解に苦労する。

記述するのが魔導師ならば、言葉を語るのは誰なのだ?


 放映の内容を把握する取っ掛かりは全く見えないが、それが魔導師の不手際や不親切ではなく、単純な才能や能力の差である事は、ティトも気が付いていた。

彼らが必死になっている事にティトは触れる事が出来ない。

魔導具から溢れる力強い光を、ティトの白銀色の長い髪は弱々しく照り返していた。


 ミスリルが魔導士の声を振動させ放映は続く。


『…必要なのは新しい魔法ではなく、その新しさを具体的に(つか)まえられる魔導具だ…』


 放映から目を逸らすと、ティトの前には制作中の魔導具の山がうず高く積み上がっている。

ティトは肘を付いたまま、長い溜め息を吐いた。


 ティトにとって魔導具は現実だ。具体的なのは当たり前で、むしろティトの方が魔導具に(つか)まっている。

ティトに魔法の新しさに付き合っている暇はなかったが、魔導具には付き(まと)われていた。

今更ながら、ティトにも逃げだしてしまった後輩の気持ちを、理解する事ができていた。



 ティトを取り囲んでいたのは、冒険者ギルドから注文を受けた”印章”の製造だった。

上司のマルフェオに啖呵(たんか)を切り、自ら引き継いだ仕事だったが、単調な確認と加筆の作業に嫌気がさして来ていた。


 冒険者を志す者は、この印章を使って”魔導回廊(まどうかいろう)”の自分の職歴を書き換え、ギルドに所属する初級冒険者になる。

印章はミスリルで出来た小さなスタンプのように見えるが、それは手のひらに収まる精密な魔方陣だ。

様々な種類があり、”魔力証”や”魔導具”への機能の追加や、魔導回廊(まどうかいろう)の更新でも必ず必要になった。

 

 その製造を行うはずだった後輩は自分の作業を残業の山に変え、不向きな仕事から逃げ切った。

物質に対する付与、干渉が行える付与魔術師が、シーフに身を持ち崩す事は(まれ)にある話だ。

鑑定や罠解除が出来るのだから。


 落ち着きの無さは欠点だったが、手も頭の回転も速く、使える子だった。

逃げ足も速いんだから、シーフとしてもやっていけるだろう。


 税も食べ物も宿代も、支払いは全て魔力で払う。

ゴールド…なんて単位が付いているが、実物の貨幣を使っていたのはティトが生まれる前の話だ。


 後輩の魔力であれば、自分で魔力証に生活に必要な魔力を注げるだろうし、今まで付与魔術師として魔導回廊(まどうかいろう)に蓄えていた魔力もあるはずだ。

それを崩して行けば遊んでいても一年は暮らせるだろう。


 

 

 ティトは慣れない現実逃避に見切りを付けると、こり固まった腰の姿勢を戻した。

頬杖をつき続けた右肘から先は感覚がなく、自分の腕ではないようだ。

ティトは痺れた手首をクルクル回すと、魔道具の山から未処理の印章の一つを手に取り、単調で退屈な確認と加筆の作業に取り掛かった。



 残業の山を片付け、疲れと眠気にボヤけるティトの感覚の外では、放映の魔導具が辛気臭い振動を続けていた。

魔導師の放映は謎の趣味に突っ走っていたが、ティトは聞いてもいなかった。


 ティトはもたれかかったミスリル製の椅子から魔導回廊(まどうかいろう)に繋がり時間を確認する。

この時間だと、もう行商も屋台もやってないだろう。

あれだけ降っていた大雨は止んでいたが、夜明けまではもう少し時間がありそうだ。


 職場であっても、他人が居ない空間に長く居る事は人の精神を緩めるけれど、座り続けて生暖かくなった椅子も机も、安らぎを与えてはくれない。


 ティトは少しでも自分の定宿に帰って眠りたかった。

だいぶ減ってしまった魔力証の魔力を魔導回廊(まどうかいろう)に預け、自分の体に残った魔力も魔導回廊(まどうかいろう)に預け、もう泥のように(ねむ)ってしまいたかった。

デミゴブリンは、四肢が熊のような、スト〇のブラ〇カなイメージです。

肩幅は広く、尾はオオカミのような感じです。

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