第5話 親子で鬼ごっこ!
おれは3歳になった。
セリスに倉庫を見せてもらってから早2年。
体も大きなって、身長は100cmに届かないくらいだ。隣の家のユーリが70cmくらいなので、おれはかなり大きい気がする。
おれとユーリは同い年のようだ。
最近はよくユーリと遊んでいる。赤毛で線が細く、色白のイケメンである。大きなタレ目の瞳が、柔和な印象をかもしだしている。
(関係者がイケメン美女なのは、異世界のテンプレだな)
そんなリゲルも自分では気付かないものの鮮やかな茶髪で切れ長の目をしたイケメンだ。
身長以外でも変化したことがある。
それは筋力だ。
倉庫での一件以来、知識を得ようと一度セリスにお願いして倉庫の本を読もうとしたことがあった。
何となく手に取った本であったが、目次を見てソッとその本を閉じたリゲル。
(……、字が読めない……)
転生したとき言語がなぜか理解できたから、字も読めるだろうと高を括っていた。
(そんなわけない……か。 そもそも言葉だって赤ちゃんの時から聞いていれば理解できるようになるんだし。 普通に読み書きの勉強をしなきゃいかんのかぁ~)
はぁ……、っとため息をついたリゲルは、気持ちを切り替え、知識の習得ではなく" 筋トレ "に励むようになったのだ。
筋トレをしてきて分かったことが2つある。
おそらくこの2つは、「限界突破」のスキルに関係している。
それは、
① 限界まで筋肉を追い込むと、前回の限界を超えることができる
② 限界を超えるためには、前回の限界を超えなければならない
ということだ。
例をあげよう。
①に関して言うと、腕立て伏せ5回で限界を迎えた場合、回復後に腕立て伏せを行うと6回できるようになる。
腕立て伏せで考えると大したことがないように思うかもしれないが、これが100キロのベンチプレスで考えるとどうだろう。
死ぬ気で上げた1回を経験すると、次は2回上がるようになるのだ!
まだイメージがわかない?
ではこう考えてみよう。
1トンの重さをぶら下げて1回しか懸垂ができなくても、次は " 必ず " 2回懸垂できるようになる。要は、たった1回でも限界を経験したら、" 必ず " その限界を超えることができるのだ!
前世でおれは、消防士として、それこそ人命救助のために死ぬ気で体をいじめ抜いてきた。だからこそ、断言できる。
こんな簡単に限界は超えられない。
いくら頑張っても、懸垂を1000回ぶっ続けで出来ることはないし、それこそ " 雑巾がけ " で42.195kmを完走できるわけがない。
それが、できる可能性がある。
これが、今判明している「限界突破」という、とんでもないスキルの能力だ。
ちなみに今のおれの筋トレステータス(略して " 筋ステ " )はこうだ。
【筋ステ(自重)】=======
腕立て伏せ(連続) : 117回
にぎにぎ(連続) : 418回
スクワット(連続) : 165回
腹筋(連続) : 151回
==============
にぎにぎは、1歳から続けていたので400回以上連続で行うことができるようになった。3歳にしては、なかなかの記録を持っていると思う。
ただ、にぎにぎ以外は前世のおれよりも弱い。これからに期待だ。
②に関しては、話は単純で、妥協しても限界を超えることはできないということだ。
例えば、今まで100回腕立て伏せができて(次の限界は101回)、今日は調子が悪くて50回が限界でした!って感じでは、いくら限界を感じても102回腕立て伏せができるようにはならない。
前回の限界を突破して、101回腕立て伏せをしなければ102回という新たな限界を超えることはできないという仕組みだ。
常に限界に挑戦しなければならないストイックなスキルである。
そんな感じで、スキルの使い方を徐々に理解してきたリゲルは、毎日ユーリを巻き込んで筋トレに励むのであった。
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「はぁはぁ……リゲルく……ん、ちょっと……、待って~……」
「ユーリ遅いって! 鬼なんだから、もっとボクを追いかけてよ!」
家の前の草原を一直線に猛ダッシュで駆け抜けるリゲル。草原といっても腰の高さまで草が生えているにも関わらず、草が避けるようにリゲルが爆走していく。
そんなリゲルの背中を、リゲルが踏み散らかした道づたいに、ユーリがゾンビのような顔で追いかけていった。
絶賛、鬼ごっこ中である。
今でも筋トレばかりしているリゲルは、前世でも筋トレばかりしていた。
そのため持久力系のトレーニングをおろそかにしていた経緯もあったため「雑巾がけ」を編み出したのだ。
持久力も大事だからな!!
そんなわけで、今はユーリと楽しく持久力を鍛えられる鬼ごっこの真っ最中である。
しかし、
(ユーリはそんなに脳筋じゃないから鬼ごっこは難しいのかなぁ)
リゲルとユーリは、身長以外そんなに体格差があるわけではない。しかし、リゲルに付き合っているユーリは、いつも瀕死の状態で健気にリゲルを追いかけている。
……、リゲルの身体能力がおかしいのだ。
そんなリゲルと対象的に、ユーリは頭が良いらしい。
リゲルは、本を開いてもソッ閉じの人で、筋肉で会話をする生き物であるため、魔法の教育を諦めたセリスは、今ユーリの家庭教師をしている。
この前の夜、寝室で川の字で寝ているときにセリスは、
「あの子は天才よ、スコール! ユーリったら、初技魔法を3歳にして納めたのよ! これから私の全てを叩き込んでいくわっ!」
「お前、寝てるとはいえリゲルの前で言うなよぉ」
と鼻息を荒くしてスコールにたしなめられていた。
俺寝てねぇし! いいよ! おれには筋肉があるし!
「でもよぉ、リゲルのやつもスゲーぞ? あいつ、いつも手を開いたり閉じたりしてるだろ? この前歯磨きさせようと洗面所に連れていこうと手を握ったら嫌がってさ、とんでもない握力で握り返してきたからな。ゼルより強いんじゃねぇの?」
そう言ってスコールはカカッと笑った。
すかさず息子をほめてくれる父さん最高!っと思った夜であったが、とりあえず、" あの " セリスに天才と言わせるユーリは凄い。
なんせ、" あの倉庫 "をサクッと作ってしまうセリスだ。ユーリはきっと凄い魔法を使えるようになるんだろう。
そんな感慨にふけっていると、今日もユーリが一匹のびてしまった。
「ユーリー、今日はもうダメな感じなんー?」
「も……もう、ダメな感じだよ~……うぷっ」
3歳児が友達の3歳児を吐かせるショッキングな日々の一コマであった。
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ユーリがつぶれて暇をもて余してしまったリゲル。
まだ時間は正午過ぎだ。
昼食を食べた後に、いきなり鬼ごっこをしたのがユーリをつぶしてしまった原因かもしれない。
(今度から鬼ごっこは夕方からやるか)
悪どい顔で大切なユーリがつぶれないように作戦を練るリゲルであった。
夕方まで時間があるので、以前からやりたかった懸垂にちょうどいい木を探していたリゲルは、家の周りにある木を物色していた。
家の裏は森林が生い茂っているため、手頃な木があったも良さそうだが、どの木も背が高くて掴まることができない。
なかなかいい木を探しあぐねているところに……、
「うおっ、ユーリ! またつぶれてんのか!? 」
草原に倒れているユーリを発見して驚きのポーズをとる隻眼の男、スコールがユーリに呼びかけていた。
「あっ、お父さん今日は帰ってくるの早いね! 」
「おう! 今日はデカイ獲物を狩れたからっ……、ってその前にユーリを放置すんなよ!!」
「だって、ユーリすぐにへばるんだもん」
おれは正直に答える。
「はぁ……、ユーリは肉体派じゃないから仕方ないだろ」
そう言いながら、スコールは何か気付いたように、ニヤリと笑みを浮かべながらリゲルにつげた。
「じゃあ、おれと鬼ごっこすっか?」
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ルールは簡単。
リゲルが逃げる、スコールが追いかける。
リゲルは先にスタートし、10秒後にスコールが追いかける。
そして、5秒間逃げ切ればリゲルの勝ち。
ただそれだけだ。
(絶対に勝てる。今のおれは3歳児とはいえ10秒で70mは走れる。70mのアドバンテージで5秒逃げ切るなんて楽勝だろ? というか、この条件でおれに勝てるやつはいるのか?)
スコールはおれを見くびっている。そうリゲルは結論付けた。リゲルとユーリの鬼ごっこしか見ていないから、リゲルがちょっと足が早いくらいにしか思っていないのだろう。
大人の油断というやつだ。
(びっくりさせてやるぞ~)
わくわくが止まらないリゲル。
スコールが足首やら手首やらを回していた。
「んじゃ、そろそろやるか、リゲル! 初めて父さんと鬼ごっこだな!」
「絶対に負けないからね、父さん! 」
「頑張って捕まらないようにしろよ~」
お互いニヤニヤする父子。
ちょっと復活したユーリが合図をしてくれるみたいだ。
「じゃあ、リゲルくん行くよー、よーい……、どん!」
ユーリの合図によってスコールがカウントを始めた。
リゲルが走り出したと同時に靴裏から土が水しぶきの様に舞う。
「1」
駆け出しは小さく歩幅を刻み、姿勢は前傾。
「2」
スピードが乗るにつれて徐々に体を起こし、
「3」
加速度的に足の回転が早くなる。
「4」
この間約4秒。スライドを大きくとりトップスピードに入る。
「5」
数を数えるスコールの声が小さくなってきた。
「…6」
目の前の草原は、もやはリゲルのスピードを抑えることはできない。
「……7」
スピードの一番乗ったこの瞬間。
「………8」
鬼ごっこというよりは、100m走を独走してるかのような圧倒的な確信。
「…………9」
負けるわけがない。
「……………10」
――――ズダンッッッダンッッッッッッ!!!!!!!!
背後からの衝撃波に、一瞬体が前に飛ばされるリゲル。
遅れて響く" 2回 "の爆発音。
そんな音が背後から聞こえた。
……その音が耳に届いた時には、
目の前に父がいた。
「はい、おれの勝ちー!」
にこやかに笑う父の顔。
吹っ飛ばされそうになったリゲルを支える父の手は、大きくて力強かった。