第3話 契約
エヴァから聞いた契約書の話には、不可解な点が多い。
契約書の内容を確認する。
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一つ、汝、山口滋は、テラ=シンフォニアの目的の扶助者とならん。
一つ、汝、山口滋は、テラ=シンフォニアの剣とならん。
一つ、汝、テラ=シンフォニアは、その一部を山口滋に授けん。
ただし、テラ=シンフォニアが不在の間、権限の一切をエヴァル=シンフォニアに委任する。
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以上が、エヴァルの言う契約書の内容だ。
上から①、②、③と番号をふって整理する。
①滋は、テラ(エヴァ)の目的を手伝う。
②滋は、テラ(エヴァ)を守るために戦う?
③テラ(エヴァ)は、滋に何を与える??
まあこんなとこだろう。簡単に言うと、何かいいものあげるから手伝えということだ。
それにただし書きを加えると、エヴァを手伝えということになるのだろう。
そう考えると、エヴァの言う" ご主人様 "だの" 奴隷 "だのと豪語していた理由が何となく分かる。
(だからって、奴隷はねぇだろ)
守護者とか騎士とか、もっと厨二心をくすぐるうまい表現もあったろうに……。
眉根を寄せて難しい顔をする赤ちゃんリゲルに向かって、それはね、とエヴァが言った。
「私の目的をリゲルが手伝ってくれなかったら、リゲルは消滅しちゃうからなんだよ! 消滅しちゃったら2度と転生なんてできないんだよ。だから、私が" ご主人様 "で、リゲルが私の" 奴隷 "なの!」
衝撃の事実。
気付いたら異世界転生したあげく、赤ちゃんスタート。自称「神」に契約書を見せつけられ、何かを手伝えと強要。挙げ句に、手伝わないと消滅。
なんたる理不尽だ。
神を呪いたくなる。あっ、目の前にいた。
「落ち込まなくても大丈夫だよ! そんなに理不尽なことは言わないし、こんなに可愛い女の子の奴隷なら嬉しいんだよね? こういうのを男の子は"ご褒美"って思うんだよね?」
こいつに変な知識を植え付けたやつをぶん殴りたいわ!
とりあえず、異世界に産まれたばかりで死にたくないし、消滅なんてもっての他だ。
悔しいが言うことを聞くしかない。
(じゃあ、契約書にある「一部を授ける」っていうのは何だよ?)
③の内容だ。
何か大事なものをくれる的な文言だと思うが・・・。
「やっと聞いてくれたよ!これが今日リゲルに会いに来たメインディッシュだよ!」
もうすでにフルコースを食べ終えて胃もたれしそうである。
エヴァは続ける。
「赤ちゃんのリゲル君に、私のスキルの一部を授けるんだよ!」
……、スキル?
スキルって、あのスキル?
…………、
キターーーーーーー!!!!!
スキル、キターーーーーーー!!!!!!
今までの暗鬱とした気持ちはどこへやら、赤ちゃんの体をキャッキャさせているリゲル。
(で!? で!? どんなスキルなのよ!? ねえ、どんなスキルなのよーーっ!!!)
リゲルはテンションが上がりすぎて口調がおかしくなっていた。
「それはねぇ~」
ニヤニヤしながら、勿体ぶってるこの態度が憎らしい!
「鍛えれば鍛えるほど強くなるスキルなんたよ! 別に成長速度が速くなる訳じゃないけど、剣も魔法も格闘も、どこまでも強くなることができるよ! 嬉しいでしょ? ご褒美でしょ!?」
これはつまり……、
限界突破だ。
ロールプレイングゲームの最終ダンジョン前に、ステータスの上限解除のために取得するスキルだ。
それをなんと、ゲーム序盤から入手できる!!
……、あれ?
それって意味なくね??
リゲルはこう考えている。
ゲームの序盤に限界突破のスキルがあっても、そもそも序盤は「伸びしろ」がありステータスの限界に達しない。
ドラクエの最初の町の森で、延々とスライムを狩りまくり、レベル99に上げるような苦行を行わなければ、限界を突破する意味がないのだ。
そもそも、序盤の敵は大抵弱いので、レベルをそんなに上げる必要も、限界突破をする必要もない。
(まあ嬉しいけど、そんなにチートな能力じゃなさそうだな。 はぁ……)
さっきのはしゃぎようと、打って変わって落ち込むリゲル。エヴァが来てから、まだ10分も経っていない。にも関わらず、リゲルの感情は激しく振り回されていた。
(いや、待てよ? 鍛えれば鍛えるほど強くなるってことは、赤ちゃんの限界も突破することができるのか?)
ゲームと違い、リゲルは人間だ。
ゲームは、やろうと思えば最初の町でレベル99にすることができる。そうプログラムされているからだ。
しかし人間は違う。
いくら頑張っても今のリゲルが鉄棒で懸垂することも、ましてや歩くことさえままならない。
人間は、年を重ねることによって成長し、今まで出来なかったことが出来るようになっていく。
ゲームと違って、その時々にステータスの限界が存在するのだ。
その限界を突破することができたら……
リゲルの前世は消防士。
マンガもゲームも好きだが、一番は筋トレが大好きだ。
物語の主人公は、鍛えて鍛えて鍛えまくって、強大な力を有する悪者を倒す。消防士に置き換えると、悪者が災害に変わるだけだ。そう考え、滋は、日頃から自分の体を痛めつけてきた。
そんなリゲルに、ピッタリのスキルではなかろうか……。
真剣な顔つきでスキルについて考えるリゲルに、エヴァは言った。
「気に入ってもらえたようで良かったよ!じゃあ、伝えたいことは伝えたし、そろそろ帰るよ!」
と、身支度を始めるエヴァ。
(ちょ、ちょっと待てよ!まだお前の目的が何なのかとか、この世界のこと全然聞いてねぇぞ!?)
ブラックホールを出現させ、帰る準備をしていたエヴァを引き留める。
なんせ、スキルを渡されただけで肝心な話を何もしていない。
エヴァは、一瞬顔を曇らせた。
しかしそれは瞬きの間で、今はもとの笑顔に戻っている。
「リゲルがもう少し大きくなって、その時が来たらじーっくりお話するよ。今度リゲルと会うのは何年後か分からないけど、それまで、ご主人様から奴隷のリゲルちゃんに対して任務を授けるんだよ!」
そう言ってこっちを見るエヴァ。
ドクンッ
……なんだ?
頭の中で、今の言葉が「何か」とダブっている。
聞いたことがあるような、大切な「何か」
「リゲルちゃんは、私の奴隷さん!だから、これからたーくさん無茶をしちゃうかもしれないけど」
ドクンッ
何か大切なことがすっぽり頭から消えている気がする。
思い出そうと手を伸ばしても、指の間から流れ落ちる水のように、記憶を掴みとることはできない。
なんだ?
一体なんなんだよっ!?
エヴァは、すでに半身をブラックホールに納めている。
銀髪の長い髪が、ブラックホールの風に煽られ少し顔にかかる。
薄い桜色の唇にかかった数本の銀髪を優しく払い、エヴァはリゲルを見つめる。
その表情は、先ほどと同様に、
悲しげだった。
「……自分の身体を大事にしてね。それが任務だよ」
この言葉を最後に、エヴァはリゲルの前から姿を消した。
何もない空間の先には、いつもと同じ、緩やかな速度で回るメリーゴーランドが、リゲルの眠りを誘っていた。