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僕の事を褒めてね

作者: 織田よしみ

 あれだけあった雪もすっかり溶けて、土筆が顔を覗かせ、広がる真っ青な空に桜のピンクがよく映える。


 ぽかぽか陽気に誘われ、蝶やミツバチがダンスを始め、それに釣られるかのように子供のはしゃぎまわる声を聞いている·······遮光カーテンで外光を一切入れさせず、ここで唯一許される光の存在はこのテレビの光だけの聖域って事にしてる僕の部屋で!


 そして、聖域のテレビにかじりつくように見入り、必死にボタン操作をしている僕と、隣でチョコパイ咥えて余裕の表情で同じように···もとい!華麗な指捌きで操作して······僕を今負かした神宮寺真理。


 僕の幼なじみだ。


「何度挑んで来ても結果は変わらないわね? 飽きてきちゃった。 」


「くっ···! 次だ! 次こそ勝つ! 」


「はぁ···。懲りないわね隆一も。 」


「負けてばかりで諦められるか! 」


「514対0」


 手を突然目の前にかざされ、視界を遮られる。


「?」


「私は514勝! あなたは0勝! 」


 こいつ今までずっと数年間数えてやがったのか!?


 な、なんて嫌な女なんだ!?


「圧勝なのよ私が。 諦めずに挑むのは良いけど、何の進歩もなくがむしゃらに突っ込んでくれば良いってもんじゃないでしょ? 」


「それは···」


 かざされていた真理の手が引っ込められ、そのままテーブルに置いてあったお茶のペットボトルを掴み口へと運ぶ。

 ごくごくと美味しそうに飲み、プハー!っとおっさんみたいな事をして突然真剣な顔つきになりこっちを睨み付けてきた。


「だけど、これからは挑戦を簡単に受けれそうにないんだよね」


 突然の啓示に口を馬鹿みたいにポカーンと開けてしまい、何とも間抜けな顔をしていたに違いない。真理がクスクス笑っているから。


「なっ!? 勝ち逃げか!? 卑怯だぞ!」


 ちょっと声が震えてしまったが、真理の方は逆に凄い落ち着いた口調···というか···そう、これは。


「卑怯って何? 隆一が勝手に対抗心燃やして勝手にライバル心むき出しにしてるけど、1勝どころか引き分けにも持ち込めない男が生意気言ってんなよ! 」


 バタンッ!!


 ドスを利かしたような声を発し、捨て台詞にも似たような言葉を吐き突然立ち上がりドアを勢いよく閉めて真理は部屋を出て行った。


 ~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~


 喧嘩?をしたあの日から僕達は顔も合わせてなければ連絡も取っていない···いや、連絡しても無視されている。そんな時を過ごし、気づいたら学校の始業式だ。


 今年の春から高校2年生になり、後輩も入ってくる。


 もっぱら男子の話題は可愛い新入生がいないかの話で持ちきりだが、僕は好きな人がいるから興味がなくいつもこの手の話の時は席を外す。


 久しぶりの授業を受け眠気と戦いながら昼を迎え、満腹になったからか午後の授業は睡眠学習になってしまった。


 気づいたら放課後。誰か起こしてくれても良いもんだと思うんだが、慣れ親しんだクラスメイトだからゆっくりさせてくれたんだろう。


 ちなみにうちの高校は3年間ずっと同じクラスメイトと過ごす。みんなと仲良くなる必要はないし、限られた人と密な関係になる方が生徒が社会に出て行く為に必要なカリキュラムになってるだか何だかの根拠のない理事長のいつもの戯れ言のせいでずっと同じクラスメイト。


 今日は予定ないし、放課後だし、真理と仲直りしようと真理のクラスに向かって教室の出入口ドアに着き開けようとしたら話声が中から聞こえてきた。


「私達ってゲームや漫画、アニメの事ばかりしか話出来なくてそれ以外の話だと間がもたないんだよねぇ。」


「でもそれが貴女達って事だし、それで良いんじゃないのぉ? 別に隆一と付き合いたいとかそんなんじゃないんでしょ? 知らんけど。」


「うっ···」


「え!? 何々!? 真理ってもしかして隆一の事好きだったりすんの!? マジでぇ!? ウケるんですけど!」


「ち、違うって!! 隆一とはそうじゃなくて幼なじみってだけ!! 」


 どうやら声から察するに真理と大沢か。

 この大沢は尻軽でちょっと名前が通っているから本当は真理に近づいて欲しくないが、真理の人間関係をとやかく言う権利もないし、僕が嫌でも真理には良い人かもだし人間関係については口を出さないのが吉だ。


「だよねぇ。 真理ってオタクな女子高生だけど細くてそれでいて胸はCカップで目はパッチリの色白美少女!! 隆一はマッシュルーム頭でメガネかけたチビな青ひょたん君!! 典型的なオタク男子!! そんな奴好きになれないわよねぇ。 それに真理は告白されたわけだしね。」


「そこまで言わなくっても···」


 本当にそこまで言わなくても良いって思うが、真理さんもうちょっとそこは僕をフォローして。


 しかし、廊下でドア越しにJK二人の会話を盗み聞きしている今の俺の姿って絶対誤解されるよな。


「それでどうすんのよっ? バスケ部キャプテンのイケメン将来有望の松下君に告白された神宮寺真理さん。」


「わからない。 私交際した事は一度もなくて、そもそもオタク話以外全くわからないし興味もないから話合わないから松下君につまらない思いさせちゃうんじゃないか?って悩んでる。」


「悩んでる? 悩んでるならとりあえず付き合ってみなよ。 嫌いじゃないって事じゃん? それともまさか隆一に気を使ってんの? 」


「とりあえず付き合うとかそんな軽い気持ちでなんて付き合えないよ! 私初めての彼氏になるんだよ? そんな簡単な事じゃないよ。」


「あんた本当に堅いわねぇー」


「堅い事の何がいけないの?」


「慎重になりすぎて石橋叩きまくったあげく壊しちゃって後悔するよ? 」


「それならそれで良い、私は恋愛感情とかわからないし、キスしたいとかタレントさん見てカッコいいとかみんなが言う好きなタイプとかも全然わからないの。 だから···だからこそちゃんと考えたいの。 」


「え? 恋愛感情どころか好きなタイプまでわかんないの? それちょっと普通じゃないよ。」


「普通じゃないってなんだよ大沢? 」 


 カチン!ときてしまいドアを勢いよく開けて大沢を睨み付ける。


「た、立ち聞きしてたの!? 趣味悪ッ! 」


 わかってる。ぶるぶる僕が今震えているのは怒りもあるが、いまの頭の中は"やっちまったー"って思考が大部分を占める。


「そんなのどうでも良いわ、それより真理に謝れよ! 勝手に周りや世間が決めた物差しで計れないから普通じゃないっておかしいだろ! 」


「私は真理の事を思って···恋愛したら、人を好きになる素晴らしさを教えようと。 」


「その恋愛経験して素晴らしさを教えようとしてる人が謝る事すら出来ねぇの? 理由はどうあれ、まずは真理を不快にさせた事実は変わらないんだから先にごめんなさいだろ!? 」


「も、もういいよ隆一。 」


「なんなのあんたら!? ゲームばっかしてオタクのあんたらに下げる頭なんかないわ。 バカらし、帰る。 」


 大沢はそう言うとショルダー型になってるカバンを肩にかけて、そそくさと教室を出て行ってしまった。


「そういう言い方って···! 」


 いや、さすがにこの捨てセリフはないだろ?って思い食ってかかろうとしてしまった。

 しかし、その気持ちを落ち着かせてくれる声に宥められ矛を納める。


「もういい···もういいよ隆一。 ありがと。」


「ってかお前告白されて付き合うから俺とはゲーム出来なくなるって言ったのか。 そりゃ彼氏持ちと二人で部屋に籠ってゲームは誤解されちまうもんな。 」


「隆一はそれで···良いの? 」


「真理はずっと誰とも付き合う気にならなかったのに松下の事は考えたんだろ? だったら気にはなってるし少なからず自分も気づかずに好意持ってるんじゃないか? 幼なじみが···大事な友達がやっとそういう男に出会えたって事が嬉しいに決まってんだろ? 」


「そ、そういう意味じゃなくて···」


「本音言ったらスゲー嫌だよ。 」


「それってどういう···?」


「も、もう帰ろうぜ? 日も沈み始めてきたからそろそろ校門閉められちまう。 」


 暑い。顔や背中から汗が吹き出ているのがわかる。


 僕は素直すぎる気持ちを口から漏れてしまい、慌てて荷物をまとめてなんにもなかったようにやり過ごそうと、まとめた荷物を持ち出入口のドアの前で待機した。


「ねぇ! 私やっぱり付き合わない! 断る! 私はあんたとゲームしたり、アニメや漫画の話してるのが好きだから! 」


「お前の好きにしろよ。 お前の人生なんだから。 」


 そう言ってもらうとやっぱり嬉しい。絶対顔が笑ってしまっている。

 ポーカーフェイスに徹しようとも笑みがどうしてもこぶれてしまうんだよね。


「なーんか嬉しそうじゃない隆一? ねぇ? 本当は私の事好きなの? 」


「ばっ!? そ、そんなんじゃねーよ!? 幼なじみだからって惚れる展開に必ずなるわけないだろ!? 」


「なーんだ、隆一となら恋人なっても良いかな? って思ったけどその気ないなら仕方ないねー。 」


「えっ!? マジ!? 」


「もう手遅れでーす! 私の気持ちはまた隆一をゲーム仲間兼幼なじみって認識しなおしましたー。 」


 無邪気な笑顔をして、ふざけてるのか本気なのかわからないが突然手を握られ、僕も振りほどく事はしなかったから久しぶりに童心に戻って、そのまま僕らは帰路に着いた。




 ───────今日はあの日みたいにぽかぽか陽気で、天気にも恵まれている。


「あれからもう10年か······僕ももう28歳でアラサーで立派なおじさんだよ。 」


 場所は違えど桜は咲き乱れ、子供達がはしゃぎまわる声が近くから聞こえてくる。


 もうゲームもやらなくなってしまって、何の楽しみもなくなり、考える事は毎日毎日君を家までちゃんと送り届けなかったのか?と自分を憎しみ、獣を憎しみ、運命を、神を、司法を呪っていた。


 それもやっと()()()()()()()、こうして真理に報告をちゃんと出来たし僕ももう疲れた。


「僕の事を褒めてね···真理。 」


 僕はそのまま膝から崩れ落ち、手にした包丁を自分の喉に突き刺した。


 真っ青な空に桜が舞う。


 散った桜は地面に敷き詰められていた。


 地面を隠すほどに。

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