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少年は大航海へ旅立たない

少年は、大航海に旅立たない -4.97-


私はサエノキ アスカ が何を言っているのかを理解するのに多くの時間を要した。


「カナエが……いない……?」


私は心が、どんどんと(ざわ)めき立つのを感じていた。


アスカが私の顔を見て、ひぃ……と小さな悲鳴を上げた。


どうやら自分では分からないが、いつも以上に怖い顔をしてしまっている様だ。


私はいけないと思い直し、にっと微笑んでみた。


しかし、逆効果だったらしく彼女はその場にへたり込んでしまった。


これには、流石の私でも少し傷ついてしまう。


何で、こんな怖い顔に生まれてしまったのだろうか。


「アスカ、ごめん。少し驚かせてしまったようだね」


私が手を差し出すと、アスカは、私の指先を摘まむようにして、恐る恐る握った。


「す、すいませんマネージャー……まだ、ちょっと慣れなくて……」


アスカは立ち上がると申し訳無さそうに俯いたまま、謝罪を述べた。


「いや、構わないよ。それより……」


私は腕時計で現在時刻を確認する12:50…...イベントの開始まであと10分だった。


(これは、間に合いそうにないな……)


「アスカ、カナエがどこにいるのか、知っていることはないかい?」


とりあえず緊急事態なので、何故逃げ出したのかは考えないことにした。


それに、逃げた理由なら少し見当が付いている。


アスカは えっと、えっと……と必死で頭を悩ませているようだった。


「焦る必要はないんだ……何か、ヒントのようなものがあると嬉しいんだけど……」


ものの10秒ほど待っていると、アスカが何か心当たりを思いついたようだった。


「そ、そういえばカナエちゃん。船がいつ出るのか気にしてた……みたい……」


「船……?」


「うん、居なくなるちょっと前に、メンバーの子たちに聞いて回ってたの。船の時間を誰か知らないか……って」


今会場があるハマベシティ から、一番近い民間の船着き場はここから数キロ離れた場所にあった。


確か首都へと向かう定期船も出ていたはずだ。


そこに向かっているということだろうか……


「で、でも……誰かが船の時間を教えたら、カナエちゃんがっかりしてたみたい」



「となると、船には乗れなかった可能性が高いか……」



私はカナエの性格の分析を始める。


カナエは船に乗ってどこかへ逃げるつもりだった。しかし、船は使えない……


カナエは諦めが悪い。船で逃げると決めたなら、別の手段を取る可能性は低いだろう。


漁船に乗り込むつもりなのか、はたまた民間船に乗り込む気なのか……

ともかく、そんな危ないことをあの子にさせるわけにはいかない。



「アスカ、カナエはどんな格好をしている?」


「え……し、私服は全部楽屋にあったから……多分ステージ衣装だと、思う」


「分かった、ありがとう」


ステージ衣装なら、目立つから沢山の人間に目撃されるだろう。


此処から直線距離で一番近い海岸に向かいながら、目撃情報を当たるとしよう。



「アスカ、すまないが今日のステージ、カナエが戻るまでセンターをお願いしてもいいか?」


「え、ええ!?わ、私が……」


「大丈夫だ。カナエの歌のパートと振付は覚えているだろう?あとは、自信を持ってやればいい」


サエノキ アスカが一番近い位置でカナエを見てきている。

努力家のこの子なら、きっとカナエの動きを見て、覚えているはずだ。


「で、でも……いきなり、センターなんて……私自信ないよ……」


「アスカにしか、頼めないんだ。カナエを見つけたら、すぐに此処へ連れてくるから……それまで、どうにか……頼む」


私がそう言って、精一杯頭を下げると、アスカは戸惑った様子ではありながらも、覚悟を決めてくれたようだった。


「わ、わかりました。じゃあ、カナエちゃんが戻るまでの間だけ……私、頑張ってみます……!」


「ありがとう、アスカ。恩に着る」


イベント5分前に迫り、アイドル達が続々と舞台袖に集まって来る。


皆、カナエが居ないことに気づいてるようで、ざわざわと落ち着きがなかった。


私は手を鳴らして、皆の注目を集めた。


「皆聞いてくれ。皆気づいてると思うが、カナエの行方が分からなくなってる。だが、安心してくれ。俺が必ずここへカナエを連れ戻すから。だから、それまでの間のセンターポジションをアスカに任せようと思う。皆、アスカのサポートをよろしく頼む!」


私は皆に聞こえるように大きく、そして深刻に聞こえないように明るく声を出すように努めた。



皆、各々の戸惑いの表情を浮かべて、じっと立ち尽くしている。


そうすると、私の隣にいたアスカが一歩前に踏み出した。



「本日は皆さん。どうか、よろしくお願いいたします」


そう言って、深々とお辞儀をした。



少しの間、時間が止まったように、シンと静まり返ったが、先頭にいたメンバーのクズキ アズサが静寂を断ち切った。


「よーし、皆気にせず、いつも通りベストなパフォーマンスをやっちゃおうぜー!」



クズキ アズサがそうメンバーに鼓舞すると、アイドル達はおーっと掛け声を上げた。


彼女たちはいつもの活気ある様子で、ステージ前の準備を始めた。



「マネージャー、ここは大丈夫ですから、早くカナエちゃんを……」


アスカにそう促されて、私は”じゃあ、頼んだよ”とアスカに応えた。


(皆なら、きっとカナエが居なくても大丈夫なはずだ)


そう思い、私は舞台袖を後にした。








少年は、大航海に旅立たない -4.97- -終-

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