<三日目>
その日、少年は少し早めに準備をして、太陽が真上に上がる前に丘の上に上った。
「今日は早いんだね」
少女は表情を変えることなくそう言った。
「まあね。それより、はいこれ」
「これは?」
少女の目の前には布に包まれた直方体の物体が差し出されていた。
「開けてみて」
少年に促されるまま布の結び目を解く。
布の中身は弁当箱だった。
「君、朝から来てるのに何も食べていないんでしょ?」
これが少年が今朝準備をしていたものだった。
朝から来ていると言った少女は昨日も一昨日も弁当らしきものを持っていなかった。もしかしたら昼に何も食べてないのではないかと思って、昼食用の弁当を作ったのだ。
「食べてもいいの?」
「どうぞ、召し上がれ」
おしぼりと箸を少女に渡す。
弁当のふたを開けた少女は、普段はあまり変わることのない表情を輝かせたように見えた。
しばらく迷うように空中で動かしていた箸を卵焼きに伸ばして口に含む。
「おいしいっ……」
「それはよかった。料理は得意なんだ」
小学生の時の家庭科の調理実習の授業が思っていたより楽しかったときから、少年はよく料理をするようになった。
今ではレシピさえあればたいていの料理は作ることができる。
少年も隣に座り、自分の弁当を広げる。
二人で黙々と食事をする時間が続く。
「「ごちそうさまでした」」
弁当を食べ終わると、これも少年が持って来た小ぶりの保温ポットから紅茶を二人分の紙コップに注ぎ、片方を少女に渡す。
「おいしかった。ありがとう」
紙コップと交換するように空になった弁当箱を差しだす。
「そう言ってくれると作ってきた甲斐があるよ」
「この紅茶もいい香りがする。バラの香り……」
「紅茶を作ってる知り合いが引越祝いにくれたんだ」
「それをわたしが飲んでもいいの?」
「全然構わないよ。うちで紅茶を飲むのはぼくしかいなくてさ。でも一人で飲むにも量が多かったから困ってたんだ」
少女は桜色の唇をコップのふちにつけると、こくこくとお茶を飲んだ。
「これもおいしい……」
「お口に合ったようでなによりだよ」
少年は安堵の表情を浮かべる。
ベンチに座り穏やかな春の街を高台から見下ろしていると、心地よい春風が草木を揺らす。
しばらくすると「すぅ……」という、静かな寝息が聞こえてきた。
隣を見れば春の魔法にあてられた少女がすやすやと眠っている。
起こすべきか迷った少年はそのまま眠らせておくことにした。
そして、そろそろ太陽が見えなくなるという頃になって少女は目を覚ました。
「おはよう。よく眠れた?」
半分ほど開けたままの目で周囲をきょろきょろと見渡し、最後に少年の顔をじっと眺める。
「どうかした?」
「……わたし、寝てた?」
「うん、ぐっすりね」
「そう」
「ちょうど日も暮れてきたし、そろそろお開きにしようか」
「そうだね」
少年が解散を提案すると少女もそれに賛同した。
立ち上がり、大きく伸びをする。ずっと座っていたため凝り固まっていた体の筋肉が少し痛む。
「明日も来るの?」
「うん」
もうお約束となった言葉のやり取りを交わす。
「なら、また明日」
「うん、また明日」
少年と少女は別々の方向へと歩いて行った。
少女は昼に食べた弁当の味を、少年は弁当を食べた時の少女の笑顔を思い浮かべながら。




