<一日目>
少年は街を見下ろしていた。
海に面した大きくはない自分の故郷を、自宅から自転車で二〇分ほどの場所にある丘の上にあるベンチに座り眺めていた。
今年で一六歳になる少年は隣の県の私立高校を受験し、晴れて合格した。それに伴い、家を移すことになった。
そして引っ越しの作業もあらかた片付き、来週にはこの街を離れる少年は、自分の好きな丘の上からの風景を目に焼き付けておこうと思ったのだ。
昔はよく親と弁当を持って来たものだった。
春には花見に。夏には虫を捕りに。秋にはドングリを集めに。冬には雪だるまをつくりに。
頂上付近にある古ぼけた屋敷だけは、なんとなく気味が悪いので近づかないようにしていたが、学校帰りに寄ることも多かった。
一年を共に過ごしていたこの丘は中学生になっても、たまに足を運ぶことがあった。なぜかふと、この景色を見たくなることがあるのだ。もっとも最近は、高校受験への勉強のため学校以外ほとんど家に閉じこもっていたのだが。
水平線に沈もうとしている太陽が海面と街を赤く染める。この光景は幼い頃から見てきたが、飽きることなどない。むしろ見る回数を重ねるごとに好きになっているようにも思える。
そうして少年がぼ―っとしていると、
「今日は先客がいるんだね」
後ろから抑揚のない声が聞こえた。
少年は声のした方へ顔を向ける。
そこにはリュックサックを背負った、小柄な少女の姿があった。
身長は一五〇センチ前後くらいだろうか。ふわふわした柔らかそうな薄い茶色の髪は肩のラインでカットされている。肌は白く目鼻立ちはかなり整っていた。
顔は小さく鼻筋はすっと通り、唇は艶やかな桜色で、瞳は碧く澄んでいた。
その容姿に五秒ほど見とれてしまい、少年ははっ、と顔を背ける。
「す、すみません。お邪魔でしたらすぐ帰るので……」
「いえ、別に邪魔ではないけど。それと、敬語じゃなくていいよ。多分そんなに歳は離れていないと思うから」
そう言いつつ、少女は少年の隣に腰を下ろした。
そしてリュックサックからスケッチブックとペンケースを取り出すと、鉛筆をスケッチブックに走らせ始めた。
この風景を描いているのだということを少年は聞かなくても理解した。
何気なく少女の方を見る。
女の手元ではみるみる絵が出来上がってきているが、絵を描いている本人の視線は夕日に染まる街の方へと向けられていた。いったいどれほど絵を描いていれば手元の感覚だけで絵を描けるのだろうか、と少年は思った。
「あなたはどうしてここへ来たの」
突然少女が聞いてきた。
少年は少し考えて答えを口に出す。
「思い出を残すため……かな」
「思い出?」
「うん」
「どうして思い出を残す必要があるの」
「引っ越すんだ、来週。それで、ぼくの好きなこの景色を目に焼き付けておこうと思って」
「そう……」
少女は鉛筆をペンケースにしまうと色鉛筆を取り出し、風景画に色をつけ始めた。
「君はいつからここに来るようになったの」
今度は少年の方から質問する。
「三ヶ月くらい前から」
ちょうど少年が受験勉強に専念するようになったときだ。息抜きに自宅の周辺を散歩することはあったが、この丘までは来なかった。当然少女のことも知らない。
そうこうしているうちに太陽が姿を消した。まだ春先だということもあり日が暮れるのは早い。丘の下では街灯が明かりを灯し、人工の星空が作られる。
少女が道具を片づけ始めたのを見て少年も腰を上げた。
「明日も来るの?」
少女が問いかける。
「うん」
少年が短く答える。
「なら、また明日」
少女が別れのあいさつを告げる。
「うん、また明日」
少年も軽く手を上げて挨拶を返す。
そして二人は逆の方向へと歩いて行った。
今作が初めて投稿する小説です。
六日間という短い期間で二人は何を見るのか。どうぞ最後までお付き合いください。
また、指摘やアドバイスなどがあれば、どんどん言ってください。




