Conspiratorial - 陰謀の、共謀の
今日は久々の飲み会。新人研修が終わって、みんな競争心を秘めながらも解放感からか楽しそうな表情を浮かべている。希望通りITのベンチャー企業に入社できた私は、研修中は数学とプログラミング、データベースの勉強に追われて孤独な毎日を過ごしてきた。いわゆるリケジョだった大学時代も競争が激しかったが、社会人になれば心を許せる友人ができるのではないかと楽観視していた。当然のことだが、それは大きな間違いだった。
「あれ、飲まないの?」
同期の一人、鈴木和海がビール片手に声をかけてきた。体育会系の鈴木君は、確か営業に配属が決まったはずだ。
「飲むよー、カクテルでも頼もうかな。」
笑顔で、笑顔でと心の中でつぶやく。マナー研修の時、先生に笑顔が足りないと指摘された。それ以来、鏡の前で笑顔の練習をしているのだがあまり上手に微笑めない。
体育会系の鈴木君は人と接するのが上手だ。営業に配属されたのはプログラミングが苦手なことも一因だが、話し相手を楽しませる才能が評価されたのだろう。酔った勢いもあり、ついストレートに言ってしまった。
「鈴木君はいつも楽しそうだよね。私は人見知りな方だから、うらやましいよ。」
一瞬、鈴木君の目が鋭くなった。幸せそうに見えても、何も問題を抱えていない人は存在しない。私は自分の失言を悔やんだ。
「ごめん、無神経なこと言っちゃった?」
「いや、いいよ。ところで、高橋さんは開発に決まったんだよね。プログラミング得意そうだし、自信持てば?」
鈴木君は優しい人かもしれないと思った。自信か…普段あまり考えていなかった。
「ありがとう!」
「せっかく同期なんだし、LINEで友達になろうか?」
私は友人が少ない方だ。断らない方がいいかもしれない。
「そうだねー、スマホ出すから待ってて。」
急いでスマホをバッグから取り出す。LINEは一応インストール済みだ。ほとんど使ってないけど。ふるふる機能を使って鈴木君を友達として登録した。
それ以降、鈴木君から毎日のようにメッセージが送られてくるようになった。最初は面倒な人だと思ったが、少しずつ心惹かれていった。でも、後から思えば、私には彼の本音が全くわかっていなかった。
「どうしても許せない女がいるんだ。」
何回目のデートだっただろうか、遊園地に行ったとき、観覧車の中で鈴木君は切り出した。
「高橋さんに手伝ってほしいことがあるんだけど。」
正直言って、何のことかわからなかった。
「何を手伝えばいいの?」
「その女の悪い噂を立てたいんだ。SNSとか掲示板を使って。」
「そんなことをして何になるの?できないわけじゃないけど、私、いいことだとは思わないよ。」
「高橋さんにはわからないよ、俺がその女をどれだけ憎んでいるか。」
「憎しみからは何も生まれない気がするんだけど。」
「それならいい、別れよう。」
はっきり言って私はあまりモテないし、同性の友人も少ない。また独りになるのは怖かった。
「そこまで言うなら、やってみるよ。で、その人の名前と電話番号、メルアド、住所はわかる?」
ダメだ私、この人のためなら、どんなことでもできてしまう。恋愛感情は本当に恐ろしい。今まで、こんな気持ち知らなかった。
「ありがとう。これから晴香って呼んでもいい?」
私は嬉しかった。もう独りじゃないかも。
帰宅後、私はパソコンを1台壊す覚悟をしてSNSと裏サイトに和海が憎んでいるという女性の個人情報を書き込み、嘘の噂を流した。どんなオトコとでも簡単につきあうとか、仕事ができないらしいとか、そんな内容だ。和海のためとは言え、心に澱のようなものがたまっていく気がした。
和海の要求はエスカレートしていった。
「晴香、話があるんだ。」
ある日の昼休み、一緒にランチを食べていると突然和海が改まった口調で話し始めた。
「何、話って?」
和海は声を潜めて言った。
「銀行をハッキングしてほしい。」
「えっ?」
思わず大きな声で言い返した。和海のことは好きだ。でも犯罪者になってしまう。
「あの女の口座から、全財産を引き出してほしいんだ。」
「そんなことできるわけないじゃない?」
「晴香のスキルがあればできるだろ。頼むよ。」
なぜ和海がその女性にそこまでの憎しみを抱くのか。そちらが気になった。
「わかった、考えさせて。」
そう答えたものの、理由を調べる必要があると思った。
帰宅してからSNSを駆使してその女性のことを調べ上げた。彼女は中学時代にいじめの加害者だったらしく、何人かが悪意のある書き込みをしていた。被害者と付き合っていたのは和海だったことも分かった。
本当に好きな女性のために復讐したいのはわかる。でも、私を単に利用したのだと思うと、強い憤りを覚えた。それでも彼の見せかけの好意にすがりたくなっていた。
言われた通り、銀行をハッキングする準備をした。自分なりに試行錯誤した結果、管理者権限でログインし、加害者女性の口座番号を知ることができた。ハッキング用のツールを別の端末にコピーできるよう、準備も整えた。
でも、私だけが悪者になるつもりはなかった。
土曜日、誰にも言わずに出勤した。本来そんなことは許されないのだが、幸い誰も来ていなかった。
和海のPCを起動した。こっそり持ち込んだUSBメモリからハッキング用のツールをコピーし、銀行のシステムに侵入して女性の預金を和海の口座に振り込んだ。急いでツールを削除し、すぐに帰宅した。痕跡が残るのはわかっていたが、あえて消さなかった。
和海には「ハッキング成功したよ」とメッセージを送っておいた。
その後、和海は加害者女性の自宅周辺で待機して彼女がATMを使うのを待ったそうだ。日曜日に私は和海と会った。
「あの女叫んでたよ、ATMで。残高見た後、俺と目が合ったんだ。俺がIT業界にいるのを知ってたんだろう。俺にとってはあの女を発狂させるのが正義なんだ。」
「そう。」
私は冷ややかに答えた。
「ありがとう。でも晴香とはもう距離を置きたい。」
「そうね、私もそろそろ別れようと思ってた。」
和海は驚きもしなかった。
数人の男女が、私達に近づいてきた。和海と私は逃げようとしたが、間に合わなかった。
「高橋晴香。電子計算機使用詐欺罪容疑で逮捕する。」
逮捕状を見せられた。どうしてこんなに早く分かったのか、不思議だった。銀行と警察に追跡されたのだろうか。
「どうして私だってわかったんですか?私、ハッキングする時に鈴木君のPCを使ったのに。」
和海の顔色が変わった。私の方をまっすぐ見て、刑事は言った。
「鈴木さんには、ハッキングするだけのスキルがないんですよ。調べればわかることなんですが。」
その後、私の供述に基づいて鈴木も教唆犯として逮捕された。私達の行為はマスコミに報道され、家族に迷惑をかけただけでなく、会社のブランドイメージにも傷がついた。
本当に、憎しみは何も生み出さない。私は私のままでいればよかった。




