Suicidal - 自滅的な
全てを悟って叫び声を上げた女を見て、俺は無上の喜びを感じた。これは至高の正義だ。10年近く前の中学時代を鮮やかに思い出した。
「どうして酒なんて飲むんだよ―」と問い詰めた俺に、優佳は言った。
「飲んでる間だけ、全て忘れられるから。」
同じクラスの優佳は吹奏楽部でサックスを担当していた。初めて優佳の演奏を聞いたのは、運動会の予行演習の時だ。中学に入学してから楽器に触れる部員が多い中、小学生の頃からサックスを習っていた優佳の音は際立っていた。一生懸命演奏する横顔と、ストレートの髪が印象に残って、いつか話しかけてみようと思った。チャンスは以外と早く訪れた。席替えで同じ班になり、給食の時間に気軽に話せるようになったのだ。少しずつ距離を縮めて自信を深めた俺は、思い切って放課後優佳を呼び出した。
「用事って、何?部活が始まるからあまり時間は取れないけど、話があるなら聞くよ。」
「俺と、つきあってほしい」
「えっ!?」
優佳はとても驚いた表情を浮かべた。
「ちょっと、考えさせてもらってもいい?」
そう言って、優佳は音楽室へと走って行った。言わなければ良かったと後悔しながら、失敗を忘れるため陸上部の練習に励んだ。練習後携帯をチェックすると、着信履歴が残っていた。
優佳からだった。そして、俺たちは付き合い始めた。優佳は、自分の意見をはっきり言うが聞き上手で、一緒に居て安心できた。俺と優佳は勉強も比較的得意で、図書館で一緒にレポートを書いたり、問題集を解いたりした。
優佳が壊れ始めたのは、2学期の始めだった。俺達は何も考えず、放課後の教室で話していた。俺はそれを今も心から悔やんでいる。マックとかファミレスとか、他の生徒が誰も聞いていないところで相談に乗ればよかった―
「私、芸大附属を受けたらどうかってサックスの先生に言われたの。ピアノも弾けるし、勉強も得意そうだからって。どう思う?」
「大事なことだから、自分で決めた方がいいよ。家族には相談した?」
「まだ言ってない。」
その時、誰かが駆け去っていく足音が聞こえた。嫌な予感がした。廊下に出て、俺は言った。
「誰?」
優佳も教室から出てきた。
「誰か聞いてたのかな?」
「気にしなくていいよ。」
そう言って、優佳を安心させた。だが、予感は的中した。
その翌日から、優佳は段々自信を失っていった。理由を聞いても答えない。他のクラスメート達も最初は心配していたが、優佳への風当たりは徐々に強くなった。
俺は昼休み、同じクラスの男子に屋上へ呼び出された。
「お前、あいつと別れた方がいいよ。」
「何だよ、それ。いい加減にしてくれよ。それに、お前に干渉される理由ないし。」
「とにかく、やめとけ。」
俺は無視して教室に戻った。優佳が泣いていた。
「どうした?」
声をかけると、優佳は言った。
「もう別れよう。私なんて生きてるだけで迷惑かけるから。」
「意味がわからないよ。何があった?」
「もういいよ。私が存在するだけで、みんなを傷つけてるの。」
「お互い様だよ。誰も傷つけずに生きられる人なんていない。何か言われたのか?」
「いいよ、関係ないでしょう?」
優佳は午後の授業に出ないで泣きながら帰ってしまった。放課後、クラスの女子に思い切って話しかけ、優佳が吹奏楽部でいじめに遭っていたことを突き止めた。
トランペットパートとクラリネットパートの女子が偶然同じクラスにいて、話を聞くことができたのだ。
「みんなでいじめ始めたんだよね、生意気とか、暗いとか、聞こえよがしに言って。」
彼女達は少しうつむきながら打ち明けてくれた。
「それでも優佳が部活辞めないから、楽器を壊した人がいたの。」
「誰が?」
「誰かは言えない…優佳、泣いてた。あの楽器、もう使えないかもしれない。」
「優佳が言ってた、生きてるだけで迷惑って、意味わかる?」
「ごめん、私達にもわからないよ。」
俺は部活をサボって優佳に電話をかけた。優佳の家は共働きなので、優佳が一人で取り乱しているところを想像しただけで心配になった。優佳が電話に出なかったので、思い切って、優佳の家に行くことにした。チャイムを鳴らすと、優佳が顔を見せたが、明らかに酔っていた。
「優佳、どうした?」
「ちょっと飲んじゃった。毎日、お母さんのワインを飲んでるの。昨日バレちゃって、優佳は家の恥だって言われた。」
恥という言葉を聞いて、愕然とした。
「こんな娘がいるなんて、親戚に顔向けできないって言われた。」
「だからって、生きてるだけで迷惑だなんて考えすぎだよ。」
「私、恥ずかしい存在なのかな?」
「そんなことない、優佳のお母さんだって、きっと優佳のことを大切に思ってるよ。それより、楽器のこと、クラスの女子から聞いた。家族には話したのか?」
「まだ言ってない。でも、気付いてると思う。最近楽器、吹いてないし。」
「優佳から言わないとだめだよ、いじめがエスカレートするから。部活は辞めてもいいんじゃないか、優佳は成績いいし、内申点が少し低くなっても大丈夫だよ。」
「私、サックス吹けなくなった。もう1本買ってなんて言えない。」
優佳はまた泣き始めた。
「どうして?言ってみれば?」
「言えないよ、家のローンも残ってるし、これ以上迷惑かけられない。」
「少し甘えてみれば?」
「無理。和海にはわからないよ。」
その時思った。俺は優佳を理解できていなかったのかもしれない。優佳の手はかすかに震えていた。
「優佳、もしかして酒の量、多くないか?」
「もう私のことなんか心配しないで。和海には和海の人生があるでしょう?」
「どういう意味なんだ!」
思わず声を荒げてしまった。
「どうして酒なんか飲むんだよ。」
優佳は微笑を浮かべて答えた。いじめが始まる前のように。
「飲んでる間だけ、全て忘れられるから。幸せになれる気がするの。」
「もうやめてくれ。優佳が自分を責めることない。少し疲れてるだけだ。」
そう言いながらも、この場から逃げ出したい衝動に駆られた。俺は優佳から逃げるのか?本音が顔に出ていたのだろう、優佳は昔のようなハキハキした口調で言った。
「私のこと、嫌いになっていいよ。じゃあね。」
これが俺と優佳の最後の会話になった。
翌日、ホームルームの時間に担任から優佳が父親の実家近くの学校に転校したと報告があった。しかし、優佳のアルコール依存症は治らなかったようだ。翌年の夏、優佳は療養所に入った。
俺は優佳と別れた後、淡々と勉強と部活に打ち込んだ。
優佳を陥れた人物は誰だったのか、それとなく探りながら。




