7話 リンス令嬢、メイド達の謎の信頼を得る
週に一度の勉強や鍛錬、ダンス等のレッスンが無い日がついに来た。
私はお供達を複数連れて森へ入る。お祖父様には止められたが、無理やり押し通した。お兄様は苦笑いをしていたけれどね。
確かに令嬢が森に入ることなど滅多にない。お行儀が悪いと言われることもある。だが、私は何としてでも見つけたいのだ。そう...
「え?!嘘!ムクロジゲットおおお!」
「お嬢様。」
「あ、はい。すみません。」
エミリーがはぁ、と溜め息をつく。しかし、本当に驚いたのだ。
"ムクロジ"とは、別名ソープナッツと言われており、その名の通りソープ(石鹸)の代わりになるのだ。水を手に付けてムクロジと一緒に擦ると泡が出てくる。
昔から重宝されてきた物で、実際日本でも使われていた。インドでは使う人がまだいるらしい。ちなみに、漢字で無患子という。
滋養強壮、止血、消炎効果があるとして"延命皮"と言う生薬としても使われてきた。
しかし、コレは多くのサポニンと言うものを含んでおり、胃腸障害を起こす可能性がある。確か、ムクロジを使った殺人事件も起こったことがあったような...。とにかく使用には注意が必要だ。
「(まさか、この世界にあるなんて...。それもこんな家の近くの山に。)」
取り敢えずお供達と共に生態系を崩さない位のムクロジを大量に持って帰ろう。
ちなみに、お風呂場は洗う時と浸かる時用の大釜と、体を洗い流す時用の中釜を1つずつ用意したので汚れの再付着防止は出来てある。
「(さらば、私のゴワゴワ髪!荒れ荒れ肌!!そしてテカテカ肌!!!)」
私は軽い足取り(実際体は持ち帰るムクロジで重いが)で森を去った。
★★★
「う、う〜ん...。」
入浴後のエミリーによるオイルマッサージ中、私は鏡の前で髪や肌を触り、難しい顔をする。
「(匂いとテカりは無くなったけれど、髪がパサついてる...。)」
石鹸としては優秀なのだが、コレではサラサラつやつやヘアーになりそうもない。それに、忘れていたけれどリンスも必要だ。
「(シャンプーやリンスは...えっと....)」
オーガニックのシャンプーは...苛性ソーダが必要なはず。
「この世界にないわ!!」
「何がですかお嬢様?!」
「いえ、別に!!」
苛性ソーダが必要な物は駄目だ。他には...もう、リンスでどうにかするか。そうだ!
「ねぇ、エミリー家にお酢ってある?」
「お酢...?」
「ほら、こう、液体でツーンとするやつよ!」
「あぁ、もしかしてビネガーの事ですか?」
「そう、それ!」
お酢は水に垂らしてリンス代わりに出来るのだ!
「確かにありますよ。ワインビネガーやシェリービネガー、シャンパンビネガーにモルトビネガーなどが。」
どれもお酒関係じゃねぇか!
「(まぁ、一時期ワインとかカクテルの美しい色や香りの世界に憧れを抱いていた時期もあるし、悪くは無いわね。)他には?」
「あとはリンゴビネガーやバルサミコが。」
「リンゴ酢もあるのね!(バルサミコは流石に匂いがヤバそうだからやめとこ。)」
そんなに多くの種類があるなら、毎日気分によって変えれて楽しそうだ。
冬はシャンプーに困る事はない。髪がよくパサつく冬は蜂蜜シャンプーを使おうと思う。使用法は簡単で、蜂蜜を頭皮にたっぷり付けてマッサージして洗い流すだけだ。
「エミリー、さっき言っていたバルサミコ"以外"のビネガーを瓶に詰め替えて浴場に置いておいてくれる?」
「え?何をなされるんです?」
「ビネガーを水に垂らすの。それはね、リンス...髪のダメージをケアする事が出来るの。」
「?!それは真ですか?!」
「え、えぇ。」
エミリーが彼女自身のパサパサした髪を軽く触り、もの凄い目力で私を見詰める。
「この髪も、変わりますか?!」
「た、多分。エミリーは蜂蜜を使った方が良いかもだけど...。」
エミリーだけでなく、そばに控えていたメイド達もざわつく。
「それは凄い!流石でございます、お嬢様!!」
エミリーに両手を勢いよく掴まれ、思わずビクッと体が跳ねる。彼女がここまで感情を露わにするなんて。やはり、彼女達も乙女。サラサラつやつやヘアーに憧れるのだろう。
一人でウンウン頷いていたら、エミリーの顔がいきなり下を向いた。
「エ、エミリー?」
「申し訳ございません。浴場がない私共にとってそれは、叶わぬ夢でした...。」
エミリーは悔しそうに、そして悲しそうに私の手を離した。だが、私はその手を掴んだ。
「そのことに関しては何も心配することは無いわ。」
「え?」
「お祖父様とお兄様に相談して、使用人用の浴場を用意してもらったの。流石に私達程大きな所にはしてもらえなかったけど...。」
私の言葉にメイド達の顔が一気に明るくなる。
「お嬢様....!」
エミリーが嬉しさのあまり涙を流し始める。それにつられて他のメイド達も泣き出す。え。マジで?
ー後日、「クリエラ様に一生ついていく団」が結成された事を彼女はまだ知らない...。