泉 鏡花「龍潭譚」現代語勝手訳 (4) 逢う魔が時
逢う魔が時
思ったとおり、お堂の前を左に回り、少し行ったところの突き当たりに小さなお稲荷の社があった。その前に青い旗、白い旗が二、三本立っていて、社の後ろはすぐ山の裾になっている。そこからは雑木が斜めに生えて、背後から社の上を隠すように蔽っているのだが、その雑木の下に怪しく暗いところ、一見して穴とも見える空き地があった。美しい女はそこを私にそっと目配せをした。その目配せは、いったん私の顔を見てから、そのまま水が滴るように瞳を斜めにちらっと動かして空き地を見るというやり方だったから、この人はきっと私に子どもたちが隠れている場所を教えてくれているに違いないと思った。
だから何のためらいもなかった。教えられたと思うとおりに、つかつかと歩いて社の裏をのぞき込むと、瞬間、鼻先に冷たい風がサッと当たった。そこには人の気配などまるで感じられず、落ち葉や朽ち葉がうずたかく積もって、水臭い土のにおいがするばかりだった。と、襟元に何か冷ややかなものを感じ、ゾクッとして思わず振り返ると、ほんの一瞬のことだと思ったのに、女の人はいなくなっていた。どこに行ってしまったのだろう。気がつけば、辺りはもう薄闇に包まれていた。
肌が粟立ち、身の毛がよだち、私は「あぁ!」と叫んだ。
「人の顔がわからなくなるような頃は、隅っこの暗い場所には行っちゃいけないよ。黄昏時の片隅というのは、怪しいものがいて、人を惑わすものだからね」と姉が教えてくれたことがあったのを思い出した。
私は茫然とした。目を見開いてはいたが、何も見えていなかった。足がガタガタ震えて動くことすらできず、ただただ身体を固くして立ちすくんでいた。
ふと見れば、左手に坂があり、その下は禍々しい暗闇を湛えた穴になっているようだった。そんな坂の底からは風が吹き出ており、何か厭なものが這い上がってきそうに思えた。私は「ここにいては捕まってしまうのではないか」と怖くなり、何も考えず、思いつきで社の裏の狭いところに逃げ入った。目を塞ぎ、息を殺して隠れていると、何だろうか、四つ足で歩くものの気配がした。どうやら社の前を横切ったようだった。
私は生きた心地もなく、見つからないようにとただひたすら手足を縮めていた。しかし、こんなに怖がっている最中でさえ、さっきの女の人の美しい顔、優しい目が頭から離れなかった。私をここに連れてきたのは、今にして思えば、子供の隠れた場所を教えるためなどではなく、何か恐ろしいものが自分を捕まえようとするのを助けるためだったのではないか。幼い頭はそういう風に解釈した。
しばらくすると、小さな提灯の赤い灯りが坂の下から急ぎ足に駆け上ってきて、そのまま私のいる場所を通り過ぎ、遠くに行ってしまうのが見えた。そして、しばらくしてからまた、引き返してきて、私が隠れている社の前に近づいてきた時には、一人ではなく、二人、三人と連れだって来ているようだった。
彼らが立ち止まったちょうどその時、また別の足音が聞こえ、坂を上ってきて、さっきの者たちと合流した。
「おいおい、まだ見つからないか」
「不思議だな、何でもこの辺りで見かけたという者がいるんだが」
後からそう言ったのは私の家に仕えている下男の声に似ていた。その声を聞いて、私は危うく出て行きそうになった。が、いや待て、もしかしたら恐ろしいものがそうやって私をおびき出そうとしているのかもしれないぞと考えると、一層恐ろしくなった。
「もう一度、念のために田んぼの方でも回ってみよう。お前も頼む」
「それでは」と、上と下にバラバラと分かれて行った。
再びしんとしたので、そっと身体を動かし、足を伸ばし、板に手をかけて目だけを出すような感じで顔を覗かせ、外の様子をうかがったが、何事もないので少しホッとした。
怪しい奴らめ、自分を見つけることなどできはしないぞ。本当に馬鹿な奴らだ、と冷ややかに笑ったその時、思いがけず、誰かが叫びに似た声を上げ、慌てふためいて逃げるものがいた。その声に驚き、私はまた身を隠した。
「ちさとや、ちさとや」
坂の下辺りで悲しげに私の名を呼ぶのは、姉の声だった。
つづく