馬車というのは思ってた以上に乗り心地が悪くてケツが痛い
戦いが終わり、余韻に浸る。すると、後ろから低く重い足音が聞こえてきた。
「貴様、何者だ?」
あの男だった。浅くはない傷を負いながらも、力を失っていない眼が俺を見据えている。
周囲を見渡すと、兵士たちも困惑した様子で俺を見つめている。
「答えよ。貴様は何者か」
再度、同じことを尋ねられる。何と答えたものかと頭を捻らせていると、次第に周囲がざわめき始め、男も警戒の色を強めた様子で追及してくる。
「答えられぬのか?」
不味い。このまま黙っていると不審人物扱いだ
「えーっと、俺はいわゆる旅行者というかなんというか……」
「旅行者だと? どこから来た?」
日本です、と答えても通用しないだろうな。
答えに窮していると、彼方から聞き慣れた声が飛んできた。
「お待ちください!」
アリサだ。サラと一緒に此方に向かってくる。どうやら、町に戻らず残っていたようだ。
男を含め、周囲の視線がアリサたちに向けられる。
「閣下、その男は私が招き入れました」
「貴様は?」
威圧的な目を向けられながらも、アリサは毅然とした態度で答える。
「私はアリサ・ラステンクール。オーギュスト・ラステンクールの孫です!」
アリサが答えた瞬間、周囲にどよめきが起こった。
「ラステンクールの⁉ では、まさかこの男……」
「はい、お察しの通りかと」
男はなぜか納得した様子を見せ、俺の方に向き直った。
「先程の無礼については、どうかご容赦願いたい。貴殿の事を知らされていなかったものでな」
――何だ? 急に態度が変わったぞ。アリサのじいさんはそんなに偉い人なのか?
「はあ、俺は別に気にしてないですけど」
「それはありがたい。貴殿の懐の深さに感謝する」
言葉と共に軽く頭を下げてきたため、戸惑いつつも返礼する。
男は頭を上げると、周囲を見渡しながら口を開く。
「それはそうと、斯様な場所に女子供がいるのは好ましくない。詳しい話は後程ということにして、とりあえず、貴殿はこちらの娘二人を連れて、先に町に戻っていただけないだろうか?」
「あ、はい。そうですね、分かりました」
確かに、女子供がいるような場所じゃない。現に、――アリサはどうか知らんが――サラは周囲に横たわっているものを見て怯えている。早く離れた方がいいだろう。
男に一礼し、アリサとサラを連れてこの場を後にする。
町に戻ると、通りは活気を取り戻していた。
「まるで、何もなかったみたいだな」
「みんな、もう慣れてるからよ。それより、これからどうするの?」
「そうだな、とりあえずヨハンの所に戻るか」
じっとしていても仕方ないし、他に行く当てもない。
「サラはどうする? 一緒に来るか?」
「え、は、はい。そうですね……」
笑顔で返してくれてはいるが、少し気分が悪そうに見える。先程の光景を目にしたせいだろう。アリサもそんなサラの様子に気づいたらしく、心配そうに声を掛けている。
「サラ、大丈夫? 辛いんだったら、寮まで送るよ?」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう、アリサ」
結局、サラもついて来るということになり、三人で研究所へと歩き出す。
「改めて見てみると、随分大きな町だな。広い通りがいくつもあるし、店も多い」
飲食店、呉服店、本屋に雑貨屋。武具や魔法関連の店を除けば、俺たちの世界と変わらない。
「当然でしょ? この町は王都なんだから」
「へえ、じゃあパレードなんかもあるのか?」
「そうですね、年に数回。他にお祭りなんかもありますよ」
祭り、か。やるべきことを終わらせたら、参加してみるのもいいかもしれない。
しばらく歩き続け、研究所の通りに入った辺りで、知った顔が近づいてくるのが見えた。
「ヨハンか、会いに行く手間が省けたな」
「でも、何だか慌ててるみたい。何かあったのかも」
「まあ、話を聞いてみればわかることだ」
ヨハンと合流し、何かあったのかと尋ねてみると、ヨハンは息を切らしながら答えた。
「実はね、女王様がハジメ君のことを呼んでるから、僕と一緒に来て欲しいんだ。あと、アリサちゃんも一緒に」
「え、私もですか?」
「うん、もう馬車も待たせてあるから。さあ、早く行こう」
急ぎの用らしく、ヨハンはやたらと急かしてくる。
「あの、それじゃあ、私はここで失礼しますね」
「ああ、サラちゃんありがとね、代わりを引き受けてくれて。今度、お礼するから」
「い、いえ、そんなお礼なんて……。あの、ハジメさん」
サラが急に俺の方を見てくる。
「ん、なんだ?」
「先程はありがとうございました。アリサや私、それにこの町を護っていただいて。本当に感謝しています」
深々とお辞儀をする様に、俺は感じ入ってしまう。
――そうか。俺はこの町を護ることが出来たんだな。
今更になって実感が湧き起こり、少しだけ誇らしい気持ちになった。
「ああ、どういたしまして」
返した言葉はそれだけ。サラに別れを告げて馬車へ向かおうとすると、サラがアリサと少しだけ話したいと言うので、俺とヨハンは先に行って馬車で待つことにした。
研究所前に停めてあった四人乗りの馬車に乗り込み、ヨハンと向かい合って座る。
「そういえばハジメ君、さっきの戦闘で体現者の力に目覚めたそうだね。それに、その力を使って影の軍勢を倒してくれたとか」
「ああ、なんとかな。でも、なんでヨハンが知ってるんだ?」
「王宮に出向いてる上司から連絡があってね。『強大な雷魔法を使う者が影の軍勢を単騎で殲滅した。心当たりはないか?』ってさ」
「俺のことは話してあったんじゃないのか?」
「話す前に警報が発令されて、大騒ぎになっちゃったからね。おかげで、大目玉を食らったよ」
そう言ってヨハンは肩をすくませる。上司に怒られたらしいが、沈んだ様子は少しも感じられない。
「なんにしても、この町を護ってくれてありがとう。心からお礼を言うよ」
「気にしないでいいって。そういう約束で来てるんだから」
急に真面目な顔でお礼を言われたので、少し照れ臭くなってしまう。
それを誤魔化すためもあって、俺は話の続きを促す。
「ヨハンの上司ってことは科学局の局長さんか。今、王宮にいるのか?」
「うん、向こうに着いたら紹介するよ。あ、でもその前に確認しておくように言われたことがあるんだ」
「確認しておくこと?」
「ハジメ君の能力についてだよ。最初に話をしたときに言ったと思うけど、体現者の能力は元の世界とのつながりを象徴するものだと僕らは考えてる。つまり、ハジメ君にとってはそれが雷だということになるね」
「まあ、そうだな」
「そこで聞きたいんだけど、元の世界とのつながりが雷だと言い切れる程のエピソードはあるかな?」
雷にまつわるエピソード。今までの人生を思い返してみるが、何一つ思い浮かばない。
「なんでもいいんだ。頻繁に雷に打たれてたとかでもいい」
「そんな不幸な経験はない」
きっぱり言い切ると、ヨハンは考え込んでしまう。
また、俺も自分自身の事なので少し真面目に考えてみる。
雷から連想できるもの。
稲妻、山火事、自然災害、地震、津波、台風、断線……断線?
「電気か!」
考えてみれば、現代人である俺が最も強く依存しているものなんて電気に決まっている。
「ハジメ君? もしかして、分かったのかい?」
「ああ、確かに強いつながりのあるものだったよ」
「それは何なんだい?」
「電気、電力だよ」
自信満々に答えるが、なぜかヨハンはポカンとしている。
何かおかしなことを言ったかと思い、尋ねようとしたところで馬車の扉が開く。
「あ、アリサちゃん」
「遅くなってすみません、ヨハンさん」
ヨハンにだけ謝って、アリサは席に着こうとする。可愛くない。
まあ、今更こいつに可愛げなんて求めてないから別にいいんだけど。
「待った。アリサちゃんの席はハジメ君の隣だよ」
「「は?」」
不本意にもハモってしまった。
「ヨハンさん、なんで私がこいつの隣なんですか?」
――全くだ。お前なんて御者の隣にでも座らせてもらえばいいのに。
俺の思いが届いたのか、アリサが思い切り睨みつけてくる。
「まあまあ、二人とも今のうちに仲良くしておいた方がいいと思うよ」
「「?」」
仲良くしておいた方がいいってどういうことだ?
「さあ、早く座って座って。あんまり女王様を待たせ過ぎるのは不味いからね」
ヨハンに押し切られ、結局アリサが俺の隣に座る。
そして、ようやく馬車が出発する運びとなった。