二つ名を付けるとしたら雷帝か雷神を希望したい
「……体現者」
声の主はアリサだった。目を大きく見開いて俺の方を見ている。
一拍の後、意を決したように立ち上がり、俺の方に駆け寄って来る。
「今のって魔法よね? あんた、どうやって使ったの?」
「え、どうやってって……」
「あんた、魔力がないって言ってたじゃない。なのに、どうやって使ったの?」
アリサに詰め寄られるがどう答えればいいかわからずまごついてしまう
「いや、その……。そもそも、俺は魔法を使った覚えが……」
「何言ってるのよ! 現にさっき使ったじゃない。それも、あれだけのものを詠唱なしで!」
あの影をかき消した光。アリサはそれを俺がやったと言う。
だが、俺にはまるで自覚がない。それに、ヨハンに魔力量を量ってもらったとき、俺に魔力は無いと言っていた。魔法というのは、魔力が無ければ使えないものなんじゃないのか? 仮に魔力なしで使えるのだとしても、俺は発動の方法さえ知らないのにどうやって? 頭の中を疑問符が支配していく。
「……あの、私も見ました」
いつの間にかそばに立っていたサラが口を開いた。
「見たって、何を?」
「ハジメさんの掌から、ものすごい光が放出されるのをです」
俺は自分の掌を見る。何の変哲もなく、普段と少しも変わらない。
だが、二人が口を揃えている以上、俺が何らかの力を行使したと考えるのが自然だ。
「ちなみに、魔法っていうのは魔力なしで使えるものなのか?」
「使えないわ、普通はね……」
となると、アリサたちから普通の方法を教わっても意味はないだろう。
自分なりに考えてやるしかない。
思い返す、先程の瞬間を。影狼を止めようと手を伸ばしたときのことを。
目に見えない何かを練り上げるように、右手に力を籠める。
掌に柔らかな光が集まったかと思うと、次の瞬間、それはバチバチと音を立てて変化する。
雷光。無彩色の稲妻が迸る。
「なっ……⁉」
絶句する。見間違いじゃないかと思い、今度は左手で同じことをする。
再び同じ現象が起こり、俺はようやく自分が魔法を使ったことを理解した。
「けど、どうして使えるんだ? その理由が分からん」
「それはきっと、あんたが体現者だからよ。ううん、絶対そう、間違いない! やっぱり、お祖父様は正しかったんだわ!」
先程までの態度が嘘のように、アリサは一人で舞い上がり始める。
再び一人で考えようとしたとき、サラが話しかけてきた。
「あの、体現者って何のことですか? お話を聞く限り、ハジメさんがそうみたいですけど……」
「そう、だな。じゃあ、簡単に説明するよ」
困惑している様子のサラに一連の説明をすると、驚きながらも黙って聞いてくれた。
「じゃあ、ハジメさんが別の世界から来たっていうお話は本当だったんですね。私、てっきりヨハンさんの冗談かと」
サラがそう思うのも無理はない。俺が最初、アリサの話を信じられなかったのと同じことだ。
しかし、現実に俺は次元を超えてこの世界に来た。
そして、俺がこの世界に来た理由が今ここにある。
未だ戦闘が続く場所、俺はそこへと足を向ける。
そうだ、この力があるのなら俺は戦える。最初の約束を果たすことが出来る。
もう一度だけ、力の発動を確認する。……問題ない。
「行くか」
二人に町へ戻るように伝える。俺は、戦場へと走る。
嗅ぎ慣れない臭いが近づいてくる。見慣れない光景が迫ってくる。
それらを振り払い、人垣へと突入し、兵士たちを押しのけ、一気に最前線へと躍り出る。
視界を覆い尽くす影の群れ。だが、一片の恐れもなく、一抹の不安もない。
両手を前へと突き出し、集中。瞬きの後、雷鳴の轟と共に群れの大半が跡形もなく消え去った。
――いける。
胸の内に確信と自信が溢れだす。唖然とする兵士たちを尻目に、残党へと目をやる。連中も俺を標的にしたらしく、一斉に飛び掛かってくる。前後左右、加えて上空からの襲撃。両手を使っても間に合わない。必要なのは全方位攻撃。
雷の華。全身から放たれたそれが、空を舞う鳥、地を這う獣、その一切合切を葬り去った。
……そして、静寂が訪れる。俺は戦いの終わりを感じながら、心からの安堵の息を漏らした。