作戦4:距離感
ども。
ラーメンが好きです。
リンと初対面した次の日。
結局夜も遅いからと飲みに行くことはしなかった。
今日俺達は上からの任務で基地の便所掃除をしている。
多分前線に戻されるまでの間こうやって辛い仕事をさせられ続けるんだろうな。
「というわけで皆、便所掃除はりきっていこー」
「おー…」
「元気ないぞー」
「だってここすごいくさいですもん」
「くさすぎぃ…」
「ひぃ!変な虫!」
「便器が…便器が…」
「うぅ…吐きそう…」
これは大変なことになりそうだ。
【今からちょうど一時間前】
「貴様らは便所を掃除しろ」
「はっ、どこのでしょうか」
「この基地全てのだ。貴様らのような屑どもには糞尿掃除がお似合いだろう」
おまっ、まじかよ、めんどくせー
って思っても顔に出さないのが優秀な兵隊の条件。
どんな戦闘においても、
どんなに目の前の上官を撃ちたくなっても、
どんなに目の前の上官を刺したくなっても、
どんなに目の前の上官を長年誰も洗っていない臭い便器の中に突っ込みたくなっても、
優秀な兵士というのは冷静さを失わないんだぜ。
「は、はっ」
「今日中にな」
「…はっ」
このクソチビデブハゲ絶対ぶっ○してやる………
【現在】
「五十嵐!そのブラシをこっちに向けんな!」
「あぁ、すまん」
「いやあああ!今なんか飛んだ!今なんか飛んできた!」
「望月落ち着け!」
「大便の代弁者」
「酒巻!それ面白くねぇぞ!それよりこっちに洗剤を追加だ!」
「隊長、助けてください!寺門が立ったまま気絶してます!」
「リン!寺門が倒れる前にあいつを外へ連れ出せ!倒れたらウンコつくぞ!」
「いやあああ!今なんか通った!今なんか変な虫が通った!」
「次行くぞ!小隊突撃!」
「いやあああ!便器が詰まってる!なんかが便器に詰まってる!」
「洗剤!洗剤!洗剤!」
「ブラシ向けんじゃねぇ五十嵐!」
「あぁ、すまん」
「リン!窓開けろ、窓!」
「小隊で便所掃除、略して小便、なんちって」
「酒巻!そんなクソつまらねぇこと言う暇があったら手伝え!」
「いやあああ!髪にウンコついた!髪にウンコついたああ!」
「望月落ち着け!」
「小隊突撃!」
「小隊突撃!」
…
全ての便所掃除が終わる頃には日が暮れていたし、基地の食堂と風呂もしまっていた。
結局合計10ヶ所の便所、場所によって男女両方を掃除することになった。
一番大変だったのは床一面にウンコが広がっていた時だった。
あれは本当にひどかった。
ともあれ、ひとまず命令を完遂した俺達は近所の銭湯に向かっていた。
本当はこの時間に外出しちゃいけないんだけど、
望月は髪にウンコついたとかなんかでどうしても行きたいらしく、
結局小隊全員で隊舎に一番近い裏山経由で街に行くことにした。
バレると間違いなく処分されるから、お忍びで基地のフェンスを抜けようと決めた。
「よし、行くぞ」
「あの…本当に基地を抜け出したら…」
「リン、静かに。俺達を信じろ。俺たちは今日一日、働きまくったのにも関わらず風呂に入りそびれた。便所掃除した日に風呂へ行かないなんて不潔の極みだぜ。朝までに帰ってくれば誰にも分かりはしないんだ。急げ」
「でも…これは本当に…」
「俺を信じろ」
リンはまだ躊躇してるみたいだけど、
こんな基地のフェンスの前で時間かけてたら本当に見つかってしまう。
時間がないからリンの両肩を掴んでいかに俺達が真剣かを両目で訴えた。
俺達は風呂に入りたいんだと。
「分かりました…」
「よし、行くぞ」
共犯ゲット。
…
そのあと街中で軍の巡回を見かけたけど無事に銭湯に入れた。
その銭湯には閉まるギリギリに着いたけど、番台さんと交渉して高めの入浴料を払ったら一時間だけ入れさせて貰えることになった。
こういうときに寺門の柔軟さと酒巻のひょうきんさが交渉に生かされるわけだ。
ちなみに「あんたら糞尿を泳いで来たのか。すごい臭うぞ」と番台さんに言われて望月は女としてのプライドがずたぼろにされてた。
リンと望月が女湯へ行くのを見送って野郎組もちゃっちゃと脱衣所へ向かった。
一時間しかないからね、急がねば。
ほんと、五十嵐がブラシで便器を擦ったときに汚い水が飛んでくるから大変だった。
早く体を洗って臭いを落としたい…。
と思いながら服を脱いでたら酒巻と目が合った。
なんだ?って思ったけど酒巻が目をそらしてとっとと風呂へ行っちゃった。
なんだったんだ?
まあ俺も早く風呂に入ろう。
石鹸で徹底的に身体を洗って、湯船へ!
この瞬間は世界で一番最高!
「きもち~」
「錦織さん錦織さん」
「どうした酒巻?」
「背中、痛くないんですか?」
確かにめちゃめちゃ鞭でうたれたから痛い。
でもここ二週間でとても慣れたから平気。
酒巻、心配してくれたわけか。
うふふふ
「大丈夫だ」
「そうですか」
しばらく風呂に浸かっていたら酒巻が何かに気づいて声をかけてきた。
「錦織さん錦織さん、女湯覗けますよ」
「え?」
そういって酒巻が指差したのは天井近くの壁に空いた穴。
あそこまで行けなくはないけど、別にな~。
「寺門、お前行けば?」
「自分は街娘の方が好みなので」
「俺もそうだな~」
「じゃあ別に覗かなくていっか」
「そうですね」
こうして女湯を覗くこともなく風呂を楽しんだ。
…
番台さんにお礼を握らせてちゃっちゃと外に出たら本国特有の湿気がまとわりついてきた。
まだ春なのにもう夏の訪れが肌で分かった。
本当に時間が経つのは早いな。
どっかで飯食いたいな。
前線で食べた酸っぱ辛いスープはうまかったな。
とかなんか夜空に思い出を重ねてたらうちの女組が出てきた。
「お待たせしました」
「良い湯でしたね!」
「おう、じゃあ晩飯まだだし『あさひ』に行こう!」
「いいですね!」
『あさひ』は小隊ごとよくしてもらっている飲み屋。
酒と手羽先がおすすめ。
何年か前ここで飲んでたら、
「国家国民のため死地に向かう軍人に対して飯代を求めるのは」うんぬんかんぬん言う小隊がいたから、ぼっこぼっこにしてあげたのがきっかけでこの店のおやっさんと仲良くなった。
「どうもー。おやっさん元気ー?」
「おー!ゴミども!戻ってきたのか!」
「二週間ぐらい前にね。忙しくてさー」
「どうせまた何かやらかしたんだろ!お前らバカだもんな!」
「うっさい!とりあえず色々持ってきてよ!」
完全になめられているけど、これがおやっさんとウチの距離感。
悪くないよね。
…
「リン、お前も飲め!」
「いや…基地の外では…」
「隊長、女の子に無理矢理お酒飲ませようとしてるーさいてー」
「あの…基地の外は…」
「じゃあお前飲め望月!酒好きだろ!」
「錦織さん錦織さん、お水飲みましょうね」
「基地の外…」
なんかリンが言ってる気がするけどいっか。
今を、生きてることを楽しもう!
酒は素晴らしい!
…
「おやっさん、ここに置いとくよー」
「いつもみたくお釣りはとっておいてください」
「おう、あんがとな!また来い!」
飲んだ飲んだ。
久し振りに飲んだ。
こんな気持ちが良い夜は他にない
「あーすっきりー。飲んだ飲んだー」
「うちの隊長酒癖悪いから嫌い!私酒癖悪い人だいっきらい」
「望月、だいぶ酔ってるよ。お前も水飲む?」
「いらない!どうせパトリックと別れるんだもん!私お水なんていらない!」
「パトリックって誰だよ…何話してるのか分からないよ…」
望月、前世の彼氏思い出してんな?
あ~もう一回青春してぇ~
「隊長…どうしてあなたはそんなに“自由“なんですか」
「どうしたリン、酔ったか?酔っちゃったか~」
「あなたほど酔ってません。それよりも私の質問に答えてください。あなたはどうして他の帝国民とこんなにも違うのですか。どうしてナシア人である私を対等に扱うのですか。どうして、どうして…」
なんかリンが言ってる気がするけどいっか。
こいつ泣き上戸っぽいみたいだな。
とりあえずハンカチをあげといた。
ども。
つけ麺も好きです。