6話 豪邸を買って最初にすること(閑話)
俺はチートを手に入れてギルドの依頼を片っ端からクリアした。そうしてゲットした大量の金貨は豪邸を購入するために使った。相場は分からんが格安だったと思う。多分。
「うわあ、中もキレイだね」
「あのおっさん、適当なこと言ってちゃんと掃除してるじゃないか」
エントランス、というのだろうか。二階への階段があり、シャンデリアが吊られている。ほこりっぽさも感じない。
「とりあえずどの部屋で過ごすか決めようよ」
「どの部屋に何があるのかも分かんないしな。まずは調べなきゃならん」
2人で歩き出す。すると上空から異音が聞こえる。上を見ると落ちてくるシャンデリア。やべえ。天井に手のひらを向けて気合いを込める。
ピタッ、と落下するシャンデリアは空中で止まった。チートで魔法が使えてよかった。このままゆっくりと床に下ろそう。
「おいシェフィ、ちょっとどけ。シャンデリア置くから」
「いきなり何言って、うわあ! 落ちてくる!」
「落ちねえよ。落ちないけど下ろすからどけ」
すぐに彼女は飛び退いた。俺は丁寧にガラスの塊を接地させる。
「見た目では分からんが、館全体でかなり劣化が進んでいるのかもしれないな。シェフィも気をつけろよ」
「分かった。気をつける」
その他にこれといって危険な場面はなかった。館はすみずみまで手入れが行き届いていた。最初のビックリも忘れて、シェフィはハイテンションで妄想を全開にし始める。
「ここは私の部屋で、隣はリリの部屋。こっちは寝室で、クローゼットで。あっちは子供部屋!」
あちこちの扉を開けて、その部屋の用途を決めてゆく。
「子供部屋? よく恥ずかしげもなく俺の目の前でそんなこと言えるな」
「ここも子供部屋で。ここは赤ちゃん用の部屋。男の子の部屋に、女の子の部屋。双子が産まれたらこの部屋」
ダメだ話を聞いてない。妄想の世界でありえない未来を見ているぞ。今だけは彼女の紅い目がピンク色に輝いている、気がする。
「ここはクローゼットで、私が女の子にお揃いの服を着せるの。2人でペアルックの服を着て部屋を出たらリリが待ってて 『はあ、ペアルックなんてお前もまだまだ子供だなあ』って言われちゃって『ならばこれを見るのだ!』 って部屋の奥からリリとペアルックの男の子が出てくると『えへへ』ってリリまでデレデレし始めて......」
「もう帰っていいか?」
「ここがリリの家! そして私の家!」
「はあ...... まあいいや。腹減ったからなんか食おうぜ」
「食べ物、はまだお家にはないかな。買いにいこうか」
シェフィは突然マトモに戻った。オンオフの切り替えが早すぎるだろ。
ーーーーーー
買い物を終えた俺とシェフィはキッチンに立っている。
「近くに商店街があって助かったね」
「俺はそれを分かってこの豪邸を買ったのかと思ったよ」
「違うよ。今まで見た中で一番大きかったから欲しくなったの」
理由がシンプル過ぎる。もう遅いけど
「で、飯は何を作るつもりなんだ?」
「お金はいっぱいあるので、良さそうな食材をたっぷり買ってきました!」
「お前ってホント興味ないことには1ミリも計画性を示さないよな。どうでもいいことには用意周到なくせによ」
「はいはい、今すんごいご飯作るから待っててね」
頭の中で黒炭となった肉が思い出される。こいつに料理を任せる訳にはいかない!
「いいよ、俺が作るから。シェフィは館の探検でもしとけよ、な?」
いつもならこれで『あっそう? ありがとー』と言って立ち去るはずなのだ、しかし。
「いや、今日は私が料理するよ。いっつもリリにはお世話になってるし、今日は私の為にお家まで買ってもらっちゃった。だからお礼として私が働かなきゃね」
うむ、気持ちは嬉しいのだが料理はやめて欲しい。しかし俺に恩返ししようとするシェフィの気持ちを無下に扱うのも...... ほとんど見せない健気な表情が俺の心に突き刺さってズキズキと痛む、胃も痛いのはこの際置いておこう。
「大丈夫大丈夫、私には完璧な食卓計画ができてるんだから。ほら楽しみに待っててね」
彼女が俺の背中をグイグイと押す。俺は最後まで迷ったあげく、全てを任せることにした。後は野となれ山となれ、とでも言っておこう。
飯ができあがるまで暇だな。そうだ、落ちたシャンデリアでも修理するか。まだ綺麗だったし、きちんと直せば使えるだろう。
エントランスに戻って、シャンデリアを細かく観察する。よく見ると天井に繋がれていた鎖が途中で切れている。
劣化している風でもないから、切れた理由はよく分からん。とりあえず魔法で空中に固定しておいた。空間に浮かぶキラキラの輪っかを見ていると無性に楽しくなってくる。不思議だ。
優しい風が頬を撫でた。窓から外の庭を眺める。池にはさざ波一つなく、木々は大人しげに立っている。振り返ると正面の部屋の奥で燭台が青く燃えている。美しい風景だ。
俺は時を忘れてたたずみ、側の椅子によりかかる。そして少し、まどろんで、いたようだ......
「リリ、起きて起きて。ご飯できたよー」
ぼんやりとした頭にこうばしい香りが届く。
「ほら、こっちこっちー」
手を引かれ、まだはっきりしない俺は素直にシェフィについていった。
「そうだよな、お前パンは作れるんだったよな」
テーブルの上にあったのはパン、パン、パンパン! ところ狭しと並ぶパンだ。
レパートリーは豊富。普通のパンに、レーズンパン。ベーコンパン、これは、割ったらクリームパンだ。スライスされたパンの脇には瓶詰めジャムと肉と生野菜、自分で取り合わせて食べろってことか。
「私パンしか作れないから......」
シェフィは顔を赤らめてモジモジしている。ちょっと恥ずかしいと思ってるんだろうか?
「いや、パンが作れれば十分だよ。俺の大好物はパンだからな」
「ホント?」
「本当だとも。ほらこいつなんて」
パンを掴んで一口かじる。ムグムグ。
「うん、親父のパン屋に置いてたって違和感ないな。そのうち親父は俺を追い出して、お前を養子にしようと躍起になり始めるぜ」
「そうかなー、そうかなー。そしたら私が毎日パンを作って、リリの朝ごはんも昼ごはんも夜ごはんも、」
「今はそのへんにしとけ、さあ一緒に食べよう」
「そうだね。ユート=ゴナン=リリックさん、今まで本当にありがとうございます」
「なら俺もだな。シェフィ=タミル=アマルガムさん、これからもよろしくお願いします」
「えへへ」
「いいから食べようぜ」
「うん、いただきます」
「いただきます」