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9✤Primrose

 この日ほど神に感謝した瞬間はない。父を護衛に連れて急にあちこち出歩く王様にも。

 父が六日間も留守にする。つまり、プリムは断然動きやすくなるのだ。これなら屋敷を抜け出して聖なる森へ行くこともできるだろう。

 期待で胸が踊る。


 それでも支度はしっかりとしなければ。プリムは究極のロードクォーツ作りの準備に取りかかる。

 まず、動きやすい服にしよう。庭師のような格好をしたいけれど、さすがにそれは持っていない。フリルの控えめな丈のやや短いワンピースにした。靴も今回ばかりはヒールを捨て、ぺたんこな靴にする。


 それから、魔法を使う時に補助をしてくれる杖。小枝ほどの大きさの杖の先に青い宝玉がある。こうしたものは魔術師たちの間で普及しているけれど、令嬢の持ちものではないかも知れない。プリムがそんなことを気にしているゆとりはないのだが。これがなくても魔法は放てるけれど、杖があった方が疲労感が少なくて済む。


 肝心のロードクォーツは明日にでも町へドレスを新調するとか言って探し回ろう。

 それからプリムは地図で聖なる森を調べた。妖精王が棲むとされる森は王都からそれほど離れていない。馬車を使えばすぐだ。けれど、家の馬車を使うと後で父に知られてしまう可能性があるから、町で雇う方がいいだろう。


 色々と物入りだけれど、これが上手く行ったらプリムは少しくらいは気が休まるだろう。

 毎日、あのうさぎ男の幻にうなされるようにして過ごしている今が変わるなら、そのための努力は惜しまない。

 もし、これが上手く行ったなら、プリムは普通の生活を望んでも許されるだろうか。


 普通に恋をして、結婚をして、子供を産み育てて。

 その時の相手はやはりルーサーなのだろうか。このままの流れで行けばそうなるはずだ。

 けれどもうすでに散々な態度を取ってしまっている。やっぱり無理ですと断られる可能性だってある。

 そう思うと、やはり少し悲しいかも知れない。




 その次の日、プリムはさっそく外へ出た。ドレスを新調したいと言ったら、父はあっさり許可した。ルーサーに少しでも見栄えのする姿を見せろと言うのだろう。

 馬車に供をつけて外へ出された。実際、ドレスも新調した。サイズを計っている間も、プリムはそわそわする心をなんとかして落ち着けていた。

 それが終わると、さあ帰りましょうと言う供を丸め込み、魔法用品店へ足を向けた。杖もここで買ったのだ。


 大きいロードクォーツがほしいと言うと、店主は棚に並んでいる品をプリムの前に並べてくれた。

 一番大きいものはリンゴどころかカボチャほどの大きさがある。けれど、値段も目が飛び出すほどに高価で、そして重たい。これを持って森の奥までは行けないだろう。

 プリムは予定通りリンゴほどの大きさのものを購入した。これだけでも魔除け効果はあるとされるけれど、これだけでは足りない。魔王除けと書いてあったらプリムは大金をはたいてでも手に入れただろうけれど。



 そうして、準備は整った。プリムは父が出かける日を心待ちにした。

 父が出かける日、家族家人すべてが見送りに出る。父は皆に留守を頼むと言った。けれどふと、父はプリムに目を留めた。プリムが目に見えてウキウキしてしまっていたのだろうか。顔に出さないように努めていたつもりなのだが。

 ドキドキしながら父に何か言われることを覚悟すると、父は、


「プリム、私が留守の間に――」


 そう言いかけて止めた。


「いや、まあいいだろう。行って来る」


 花嫁修行に励めとか言いたかったのかも知れない。


「行ってらっしゃいませ、お父様」


 プリムは満面の笑みで父を見送った。

 これでよし。夏至は明日だ。がんばらなければ。



 プリムはその翌日、ゆったりと過ごしていた。気持ちは急くけれど、夜になるまでの辛抱だ。

 夕食を終えた後からが勝負である。

 プリムはさっさと風呂に入り、今日は早めに寝ると言って部屋に引っ込んだ。そこでサッと動きやすい服に着替えた。スカートの中に隠れるように杖とポシェットを太ももにベルトでくくりつける。

 そして、通りかかった使用人たちには少し寝苦しいからやっぱり中庭で涼んで来ると言っておいた。


 服装は簡単なワンピースである。ネグリジェで歩くのははしたなく、かと言ってドレスではコルセットが暑くて苦しいため、その格好なのだと思われたくらいだろう。

 プリムは中庭のベンチでふぅ、とひと息ついた。夏至の日の暮れは明るい。プリムはそこからなるべく人目につかないルートを考えた。垣根の陰を通ってみると、庭師たちもすでに仕事を終えたようで誰もいなかった。プリムは周囲を気にしつつ、中庭から建物の陰に潜んで、そこで隠し持っていた杖とポシェットを腰へくくりつけ直すと表へ出た。


 番兵はいない。防壁シールドが外からの侵入者を制限するのだ。だから、内側から抜ける分にはなんの問題もない。

 正面玄関の大階段の脇をすり抜け、こそこそと門へと向かう。その時、急ぎ足で敷地の外へ抜け出そうとするプリムの耳に馬の蹄鉄の音が聞こえて来た。一瞬、父が帰って来たのかとゾッとしたけれど、音が家の馬車とは少し違う気がした。


 けれど、こちらに向かって来ているということは我が家への客人である。プリムはこんな夜遅くにやって来る客人に腹が立った。戻るべきか考えたけれど、ぐっすり寝ていて気づきませんでしたということにしておこう。とりあえず見つからないようにそばの茂みの中へ身を隠した。けれど――。


 馬車はプリムの潜む辺りでぴたりと止まったのだ。心臓が止まりそうな衝撃だった。

 今更逃げられる場所もなく、おろおろするプリムに、馬車から降りて来た人物は低く厳しい声で言ったのだった。


「そこに隠れた者、速やかに出て来い。賊の類でなければやましくはないはずだ」


 ルーサー・アーミテイジ。

 何故父の留守中のこんな時間にやって来たのかがプリムにはまるで理解できなかった。けれど、ルーサーならばプリムが素っ気なく突き放せば追い返すことができるかも知れない。プリムは意を決して茂みから出た。堂々と胸を張ってルーサーをにらみつけると、プリムは高飛車に言った。


「我が家に何か御用ですか? 何もこんな時分に来られずともよろしいのでは?」


 ルーサーは不思議そうに眉根を寄せ、それからプリムの方へ歩み寄った。こうして見ると、やはり大きな人だと改めて思った。ルーサーはいつになく、食い入るようにプリムを見る。その不躾なほどの視線にプリムはキッと睨み返した。


「何か?」


 刺々しく言い放ったけれど、ルーサーに効き目はないらしく、ぽつりとつぶやかれた。


「……我が家、と。それからその物言いにその声、いつもと装いは違いますが、プリムローズ殿なのですね?」


 何故そんなことを言うのかとプリムはいぶかしんだ瞬間に思い出した。十二センチヒールも履いていなければ、すっぴんである。

 要するに、まったく迫力のないちっさい童顔女子が凄んでいる、ただそれだけのことであった。


「あ……」


 いきなりの失態である。

 

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