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8✤Luther

 オルグレン卿から娘を連れて行くから舞踏会に来てほしいと頼まれた。命令ではなく頼みごとである。それが未だにこそばゆい。

 しかし、ルーサーはそうした社交場は苦手だった。キアランは面白がって一緒に行くと言ったけれど、正直助かった。キアランは気が向けば社交場に出席しているようだ。


 今日のプリムローズは艶やかなグリーンのドレスだった。やはり化粧をしっかりとして黒髪も乱れなく結い上げている。人当たりのいいキアランが朗らかに挨拶しても素っ気なかった。

 この婚約がやはり彼女にとっては迷惑な話だからなのだろうか。親が決めた婚約など嬉しいはずもないかとルーサーは嘆息した。

 自分たちから距離を取ったプリムローズを、キアランは笑顔を貼りつけて眺めている。


「うん、美人だ。感じの悪い美人」

「感じの悪いは余計だ」


 そうたしなめるも、彼女は事実素っ気ない。キアランはルーサーの方を振り向かずに一点を見つめながら言った。


「ほら、あっち見てみろ。あれが一番人気のメルディナ・ウィンゲート嬢だ。智天騎士(ケラブ・ナイト)の父上を持つ令嬢で、しとやかでわけ隔てなく優しい。お前、ああいうタイプの方が実は好きだろ?」


 キアランの視線の先にいたのは、淡いベージュの髪をゆるく結い上げた細身の令嬢である。空色のドレスが爽やかで、遠目にも所作は美しかった。たくさんの人に囲まれてその場は華やぎ、一人でいるプリムローズとは確かに性質の違う令嬢である。


 ああいうタイプが好きかと問われれば、嫌いではない。皆に優しいのは素晴らしいことだと思う。ただ、プリムローズと比べる気はなかった。それをできるほど、ルーサーはまだプリムローズのことをよく知らないのだ。

 考え込んだルーサーにキアランは少々気障な仕草で嘆息する。


「でもまあ舞踏会だし、オルグレン卿の目の前でプリムローズ嬢と踊らないわけにはいかないな。行って来いよ」

「ああ」


 ダンスは立場上必要になるのでひと通り踊れるけれど、得意というほどではない。それに興味もなかった。

 彼女を上手くリードできるかはわからないけれど、とりあえずは誘いに向かった。ルーサーが近づくと、プリムローズは表情を硬くした。けれど、父親の手前、渋々といった様子で手を差し出す。

 ルーサーはその長手袋の繊手を取った途端、あまりの小ささと柔らかさに驚いてしまった。ルーサーが触れるような女性の手は、城下で道案内をした時に握った老婆の手であったりする。


 深窓の令嬢の手とはこうしたものなのかと軽く動揺したけれど、幸い顔には出ていなかったと思う。

 ゆったりとした音楽が流れる中、ルーサーはなんとかプリムローズをリードする。背中には触れるか触れないかというギリギリのラインで手を保った。


 気位の高いプリムローズは堂々と体を反らせて踊るかと思ったけれど、実際のところそうではなかった。むしろ、ややうつむいてゆっくりと動く。もしかするとダンスが苦手なのかも知れない。すぐにそれに気づいた。

 だから、彼女の足がもつれてよろめいた時もすぐに対処することができた。


 細い腰を引き寄せ、体が密着したのはわざとではない。プリムローズは驚いたように、大きな瞳でルーサーを見上げた。

 刺々(とげとげ)しい彼女にも苦手なものがあった。こうして見せた隙が彼女を人間らしく見せて、それが少し嬉しかったりもする。


 プリムローズはダンスが苦手なことをルーサーに知られたのが悔しいのか、またそっぽを向いた。けれど、耳がほんのりと薔薇色に染まっていた。

 年相応に可愛らしいところもあるのだ。それがなんとも微笑ましい。

 こうしてひとつずつ、彼女を知っていけたらいい――。


 曲が切れると、プリムローズはほっとした様子でルーサーから離れた。これで義務は果たしたとでも言いたげだった。結局、ほとんど会話は交わしていない。もう少しお互いの話をするべきだろうか。

 背を向けられた男が女を追いかけるのも滑稽なので、時間を置いてから話しかけようと思う。

 すると、オルグレン卿がそばにやって来た。


「私が甘く育ててしまったのか、はねっかえりですまないな」


 そんなことを言われた。

 いえ、と短く返す。他の言葉が思い浮かばなかった。

 そうしていると、オルグレン卿が小さく嘆息してから続けた。


「五日後、私は急遽陛下の避暑にご同行させて頂くことになった。六日ほど家を空けることになる。まあ、そんなことはザラにあるのだが、家の者たちは多少不安そうにするのでな、よければたまに君が顔を見せてやってくれないか? 忙しいのはわかっている。できる時でいい」


 一家の主が不在となればそれもそうだろう。自分がオルグレン卿の代わりなど務まるとは思わないが、気休め程度にはなるだろうか。


「はい、畏まりました」


 ルーサーがそう答えると、オルグレン卿は満足げにうなずく。


「家の者に君のことは伝えておく。遅くなったら部屋を用意するように言いつけておくから、そうしたら泊まっていけばよい」


 そうまで言われた。泊まっていけとは随分信用があると思うべきか、むしろ間違いを起こして責任を取らせるつもりなのかと思ったが、まず前者だろう。オルグレン卿もこう見えて娘は可愛いはずだ。

 プリムローズが心細さに震える様子はあまり想像できないけれど、距離を詰めるためには丁度いい機会なのかも知れない。

 わかりましたと承諾すると、ルーサーはためらいがちにオルグレン卿に訊ねた。


「あの、もし差支えがなければ、彼女の好むものや苦手とするものを教えて頂けませんか?」


 そうすれば、贈り物をする時に役に立つ。好みを知っておくことは大事なことだと思えた。

 それを訊ねたルーサーにオルグレン卿はそこはかとなく嬉しそうな空気を発した。


「ああ、プリムの好きなものは魔ほ――……」


 と言いかけてオルグレン卿は黙った。何故だかルーサーにはわからなかったけれど、オルグレン卿はその続きを教えてくれなかった。気を取り直すようにひとつ咳払いをすると、


「ええと、嫌いなものは――」


 と言い直した。気にならなくはないけれど、ここは大人しく続きを待った。

 オルグレン卿はいつになく小さな声でぼそ、とつぶやく。ルーサーは耳を疑った。


「え?」


 苦りきったオルグレン卿の顔で、それが冗談ではないのだと見て取れる。


「あの年になってまだそんなものが怖いなどとは可笑しいだろう? けれど、ある時から一切受けつけなくなってしまったのだ」

「はあ……」


 好悪は人それぞれである。ルーサーは何が好きかと訊ねられれば鍛錬が好きだと答えるだろう。嫌いなものは犯罪者や魔物、平穏を乱すものだ。人によってはそれが面白みのない答えに映るだろう。

 だから、プリムローズが何を好きでも嫌いでも、それだけで彼女を判断することはない。


 しかし。

 取り澄ました美人かと思えば、ダンスが苦手で照れもする。少し変わったものが好きだったり嫌いだったりする。彼女のことを知るにはまだまだ先が長そうだけれど、それをどこか楽しみにも思うのだった。

 

ちなみに、プリムの好きなものは魔法書です(え?)

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