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7✤Primrose

 それからというもの、父は常に機嫌がよかった。目に見えてニコニコとしているわけではないけれど、いつもより眉間のしわが薄い。我が家で一番の問題が解決したと思っているのだろう。


 長いテーブルの向こうの方で食事を摂る父に、エリィが可愛らしく小首をかしげて訊ねた。その様子は物語の天使さながらである。


「おとうさま、プリムねえさまの婚約者になったルーサーさまってどんな方なのですか?」


 自分だけ会えなかったので、エリィは気になるらしい。プリムは口を挟まずにマスタードソースがかかったホタテの貝柱を頬張る。けれど、耳は会話に集中していた。

 父はああ、と答えた。


「勤勉な男だよ。新人たちの模擬戦で優勝したこともある。魔物相手に最初は誰しも竦んでしまうものだが、彼は初戦から堂々としたものだったな。自分の身長ほどもある両手持ちの大剣を振るう姿はなかなか壮観だったぞ」


 ベタ褒めである。父が主君以外の誰かをこんなにも褒めたことなど今までにない。

 きっとプリムをもらってもいいと言ってくれたから、父らしくもなく舞い上がっている。


「僕の義兄様になるのはすごい方なんですね!」


 エリィまでそんなことを言った。そうだ、この年の男の子なんて強いと言われたらそれだけで尊敬できるのだ。プリムはその好青年にこれから顔を合わせるたびに暴言を吐かなくてはならない。胃がキュッと縮む思いだった。


 魔王は手をひと振りしただけで木をブロッコリーのように切ってしまったのだから、彼がそう言う目に遭わないようにしなくてはいけない。

 控えめな母は終始ニコニコしていた。 




「――うぅん、何かいい術はないかなぁ」


 プリムは浴室でさっぱりすると、レースをふんだんに使用したベッドの上に寝転んだ。そうして、ネグリジェから出た足をぱたぱたと動かしながら魔法書をめくる。

 ルーサーに嫌われて婚約破棄するのも大事だけれど、それは根本的な解決にはならない。だからできればあのうさぎ男を倒す方法を早く探したい。


 プリムの魔力は、宮廷魔術師長だったという母方の祖父がいるせいか、まずまず高い。といっても、ずば抜けてというほどではない。それは自分でわかっている。プリムよりもエリィの方に才能があると現段階でも言われている。


 父はできればエリィには騎士になってほしいようなので、魔法よりも剣術に力を入れたカリキュラムを組んでいる。エリィは可愛らしい外見に似合わず優秀なのだ。エリィが成長したらもしかすると魔王を倒してくれるかも知れないけれど、一年後ではまず無理だ。


 パラパラ、とページをめくる。本のかび臭さが湯上りの香料の匂いを掻き消した。


「ん?」


 目で文字を追っていると、少し気になる記述にぶつかった。

 退魔の力を持つ石、ロードクォーツ。

 国中の護りに使われてる、ガラスみたいに透明な石。でも、じっと覗き込むと光がチラチラしているのがわかる。それを加工して売られるのだ。

 その石の強化に最適なのは夏至の夜である、と書かれている。プリムはページをめくった。


 石が発掘される場所は基本的に洞穴の中であり、そのままではいけない。夏至の夜、聖なる森の泉のほとりで妖精王に会い、その加護を得ることができれば、その石は魔王さえも退ける大きな力を持つであろう。


 その一文を見た瞬間に、プリムはぞくりと鳥肌が立った。

 探し求めていたものはこれだと。

 体を起こし、慎重に慎重に、本に食い入るようにしてそこを読む。用意するものはリンゴ以上の大きさの球状になったロードクォーツ。――小遣いをはたけば買えるだろうか。


 聖なる森、が少し曖昧だけれど、妖精王がいるとされるような森なら限られて来る。ここも追々調べよう。ただ、夜間の外出なんて父に見つかったら大変なことになる。そこを上手く抜け出す方法も考えておかなければ。

 夏至まで後何日だろう。暦を指折り数えてみると、後十日もない。これは慌てて準備しなければ。


 その日、プリムは満ち足りた気分で眠りについた。

 あのうさぎ男がこれで自分に近づけなくなるかも知れない。もちろん、それだけでは駄目だろうけれど、将来に向けて明るい兆しが見てきたような、そんな気分になったのだ。



 その間も社交界に出席しろと父に言われた。婚約者がいても行かなくちゃいけないのかとガッカリした。

 そうして出向いてみると、ルーサーがいた。初対面の時と同じ騎士の制服を着こなした長身は誰よりも目立つ。友人らしき青年と一緒に壁際で何か話していた。プリムの到着に気づくと、ルーサーの隣にいた青年が彼をせっつく。そうして、二人でこちらに来た。

 ルーサーよりも先に、細身の青年がにこやかに口を開く。


「こんばんは、プリムローズ様。私はルーサーの同期でキアラン・ケアードと申します。以後お見知りおきを」


 ナヨっとした優男だ。これで騎士だなんて思えない。こういうタイプは一般女性に人気だとしても、プリムはルーサーの方が素敵だと思う。扇でパタパタとあおぎながら嘆息してみせた。


「そうですか、ご丁寧にありがとうございます。それでは失礼致しますわ」


 素っ気なく、ルーサーとは言葉も交わさず、目も合わさずすり抜ける。父に睨まれているかと思ってちらりと目を向けると、どうやら父は挨拶回りでそれどころではなかった。父はせっせと娘が婚約したと言いふらしているのだ。周りから固める戦法だ。断りづらい状況を作ったらルーサーが死んでしまうとは思いもしないからこそのことだけれど、プリムは恐ろしくなった。

 ざわざわ、と周囲が騒がしい。皆がプリムとルーサーとを交互に盗み見ている。間違いなく婚約のせいだ。


 ルーサーはというと、平然としている。本当に感情が表に表れないタイプのようだ。

 皆、好奇心から話を聞きたそうにしているけれど、ルーサーもプリムも近寄りがたさ満載である。

 そうこうしているうちに音楽が変わった。すでに約束を交わしていた男女が円舞曲を踊り出す。くるりくるりと女性のドレスの裾が花のように開いた。

 壁際の女性たちはそわそわと誘いを待つ。


 プリムは立場上、ルーサーと踊らないわけにもいかない。もし回避したなら、激怒した父に今日は屋敷へ入れてもらえない気がする。

 今日も履いている十二センチヒールで踊れるだろうか。ゆっくりとしたテンポの円舞曲くらいならなんとかなるだろうか。考えているうちにルーサーがやって来た。


「踊って頂けますか?」


 真顔で白手袋の手が差し出された。言葉も飾り気がなく、さっぱりとしている。


「ええ……」


 プリムはイヤイヤといった素振りでその手に自らの手を重ねた。そうすると、ルーサーの手の大きさに驚いた。日々剣を握る手は、大きく逞しい。

 密かにドキドキした。顔は見ないように、見られないようにややうつむきながら踊り始める。

 しかし、ルーサーは特に何も言わなかった。恋人たちは甘く語らいながら踊ったりするものらしいけれど、そういう雰囲気ではない。淡々とダンスをこなしている。そんな印象だった。


 やはり、ルーサーにしても自分が見初めた娘との結婚ではない。そういう恋人たちと同じ風に考えてはいけないのだ。

 そんな風に考えて足捌きが疎かになってしまったプリムは前につんのめった。マズイ、と思ったところで手遅れである。間違いなく、父は見ている。ダンスもろくに踊れないのかとまた父に怒られそうだ。


 けれど、大事には至らなかった。とっさにルーサーがプリムの腰を支え、転倒を防いでくれたのだ。

 体が浮くほどの力だった。とっさにルーサーを見上げると、ルーサーは小さく微笑んだ。

 プリムは、自分の胸が高鳴る音を聞いた気がした。それをそっぽを向いて振り払う。それでも、顔が赤くなっていないかが心配だった。

 

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