6✤Luther
ルーサーはオルグレン家の馬車に揺られ、騎士の詰め所への帰り道でぼんやりと考える。
プリムローズ・オルグレン。
外見は女性らしく、華やかな美人ではあった。けれど、それに見合った気位の高さを窺わせる言動が、今まで婚約をまとめきれなかった理由だろうか。
可愛げというものからは程遠い女性ではあるけれど、そうはいっても女性である。男の自分から断ったりすれば深く傷つくだろう。女性はどんな女性でも根はか弱く、護るべきものだとルーサーは未だに考えているのだった。
そういうところが女性に夢を見ているとされるゆえんなのだろうか。
王宮の端の端、騎士たちの詰め所に戻ると、あの華やかな令嬢と会っていたのは夢のことではないかと思わせるほどに男臭かった。
休憩中の騎士仲間が顔を出したルーサーを取り囲む。その中にキアランもいた。キアランは優美な容姿をしていて、この艶やかな銀髪と緑の瞳に侍女たちが大騒ぎしている。それだけ女性慣れした男で、ルーサーとは真逆のタイプと言えたが、ルーサーは親友だと思っている。
「なんだ?」
ルーサーが皆に囲まれつつ小首を傾げると、キアランが訳知り顔で言った。
「どうだった、プリムローズ嬢は?」
その問いかけにルーサーは唖然とした。今日プリムローズに会いに行くことは誰にも告げていないのだ。
キアランは整った顔でプッと噴き出す。
「やっぱりな。いや、お前がオルグレン卿の自家用馬車に乗ってどこかへ行ったのを見たってヤツがいたんだ。それで、もしかすると彼女に引き合わされたんじゃないかって推測したわけだ」
変なところで勘がいい。ルーサーは呆れて嘆息した。
そんな彼にキアランは煌びやかな笑顔を崩さずに言う。
「プリムローズ嬢は婚約破棄の常習犯だからな。ちょっとした噂にはなってる。まあ美人だけど、何か問題を抱えてるんじゃないかってな」
「問題……」
性格の悪さだろうか――などと思ってしまったのは失礼極まりないことである。少し考え込んだルーサーにキアランは問う。
「で、どうしたんだ? お前、彼女を嫁にもらう話になったとか言うなよ?」
「……そうだ。一年後という話になった」
げぇ、と詰め所で男たちの野太い声が上がる。
キアランはニヤリと勝ち誇ったように口の端を上げていた。そうして、白手袋の手をヒラヒラと上下させてみせる。その仕草の意味がルーサーには謎だった。
「さ、払った払った」
「くっそー、絶対ないと思ったのに!」
「マジかよ……」
騎士仲間たちはキアランの白手袋の上に銀貨を一枚ずつ乗せた。キアランは悪びれた様子もなくそれを懐に収めると、銀髪を掻き上げながら言うのだった。
「こいつに女をフれるわけないだろ。例え相手が誰だろうと」
つまり、自分の縁談が賭け事になっていたようだ。ルーサーは静かに青筋を立てると、手前にいた一人の首根っこをつまんで片手で吊るし上げた。大の男一人である。
ルーサーは猫の子のように彼をキアランの方に放り投げた。けれど、キアランは受け止めなかった。彼の腕は美女しか受け止めないのかも知れない。ギャ、という声を上げた友人の一人は派手な音を立てて倒れた。
「わ、悪かったよ。でもさ、いいのかほんとに?」
騎士仲間がルーサーを獰猛な肉食獣か何かと勘違いしているような仕草で宥める。
「自分で決めたことだ」
ルーサーは苛立ち混じりに言い放った。
確かに可愛げはなかったし、顔もきつかった。けれど、ここまで言われるほどにひどい相手だとは思わない。大体、女性を陰で笑うなどとは騎士のすることではないと思う。
でも、とキアランは嘆息した。
「お前の好みって、どっちかというと小柄で小動物系というか、思わず護ってあげたくなる弱々しさがある娘だと思ってたんだけどな。ま、理想と現実ってヤツか」
余計なお世話だ。
他のやつらまで途端に憐れむような目をルーサーに向け始めた。
「ほら、これでオルグレン卿の娘婿になるわけだし、昇進はきっと早くなるぞ。な、人生捨てたもんじゃない」
こいつらは何故素直におめでとうのひと言が言えないのだろう。
ルーサーは仏頂面で仲間たちを睨んだけれど、皆の目はルーサーを励まさねばと語っている。ただ、ルーサーに励まされる覚えはない。
「別に人生捨てるつもりで選択したわけじゃない。これが縁だったと思うだけだ」
そう言っているのに、仲間たちはうんうんうなずく。
「そうだな。まあ、好みかどうかは別にして、せめて美人でよかったな」
「縁だった。そうだ、縁だったんだ。そう思わないとやってられないよな」
もう、相手をするのが疲れて来た。ルーサーはさっさと巡回に出る支度をする。
そうして、あの勝気な瞳を思い出す。キラキラとよく輝いていた大きな瞳は確かに美しかった。
これから少しずつ彼女を知って、そうすればいずれあの高飛車なところも可愛く思えるようになるのだろうか。こうなった以上、ルーサーとしては彼女に愛情を持てるように努力したいと思う。そうして誠実に接していけば、彼女もいずれは心を開いてくれるのではないだろうか。
剣ばかり振り回して過ごしていた自分だから、女性の扱いに長けているとは言えない。会話にも面白みなどない。不愉快な思いもきっとさせてしまうことだろう。だから、決して焦らず、時間をかけて行こうと思う。
そうして詰め所を出ると、キアランがついて来た。城下の巡回に行く際、大抵はキアランと一緒に組むことが多い。ルーサーは剣を振り回す方が得意なのだが、キアランは宮廷魔術師ほどではないにしても多少の魔法も使えるというバランス型で、組み合せとしては相性がいい。
キアランはルーサーの横顔をじぃっと見上げたかと思うと、女性ウケのいいその顔で優美に微笑んだ。
「まあ、お前みたいなヤツならきっと、プリムローズ嬢も幸せにできるだろう」
意外な発言にルーサーは少し戸惑ったけれど、照れを隠すようにしてボソリと言った。
「ああ、精進する」
おめでとう、とキアランは言った。
その言葉を聞いた瞬間に、自分が本当に結婚するのだという実感が僅かながらに湧いた。
彼女に相応しくなるために、今は職務を全うし、恥ずかしくない男であろうと思った。それくらいしか思い浮かばなかったのである。
それをキアランはすぐに察したようだ。
「なあ、贈り物ぐらいしろよ? それから、女性が喜ぶ言葉を学べ。釣った魚と称するにはまだ早い」
「……」
これから、キアランから学ばなければならないことがもしかすると多いのかも知れない。