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プリムローズには棘がある  作者: 五十鈴 りく


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53/54

53✤Primrose

 プリムは魔王の城の中、魔王に迫られてかなり絶望的な状況であった。それなのに、意識が遠退いて、目が覚めたら目の前にはあちこちに擦り傷を作ったルーサーがいた。そんなはずがない。そんな簡単にだまされるわけがない。


 ――そう思ったのに、ルーサーは本人であると。言われてみればプリムは自分の部屋にいた。まるで、あれはすべて悪い夢であったとでも言うように。

 けれど、着ている黒いドレスはプリムのものではない。あれはやはり夢ではないのだ。


 取り乱して喚いたプリムに、ルーサーは改めて求婚してくれた。それは、上官である父に言われたからではなく、自分がそれを望むのだとルーサーが示したがっているように思えた。

 真面目で気の利かない堅物のルーサーが、告白とキスをしてくれた。それがプリムには信じられないほど嬉しかった。


 見詰め合うのは少し照れくさく、プリムはルーサーの胸元に額をつけた。そうして、蕩けるような頭でぼんやり考えた。

 ルーサーが言うところの協力者とは、妖精王のことだろう。なんだかんだとお節介だった。――いや、助けてもらったのならお節介などと言っては失礼だろう。

 擦り傷だらけのルーサーの様子からして、間に入ってくれなかったら大変なことになっていたかも知れない。


「……ルーサー、この怪我は魔王にやられたんですの?」


 恐る恐る訊ねると、ルーサーは苦笑した。


「いえ、ちょっと他の魔物の相手をしていて……」


 魔王の城まで来るのに大変な思いをしたのかも知れない。そう思うと嬉しい反面、本当に無事でよかったと思えた。魔法で癒そうとしたら、杖がなかった。魔王のところに置いて来た。取りに戻るつもりはないので、新しいのを作り直そう。


「ごめんなさい、杖があれば治してあげられましたのに失くしてしまって」

「ああ、大したことはないので大丈夫です」


 と、ルーサーはそっと笑った。その笑顔にドキドキした。

 そうしてプリムはいつまでも仮とはいえウェディングドレスらしきものを着ていることを思い出し、ルーサーにためらいがちに告げる。


「それならいいのですが。あの、着替えたいので少しだけ外で待っていて下さいませんか?」

「え、ああ、はい」


 ルーサーは照れた様子で立ち上がると、早足で部屋を出た。その後姿や足音にさえドキドキするのは重傷だろうか。ほんわかとした気持ちになったけれど、ぼうっとしている場合ではない、とプリムはそこから大急ぎでドレスを脱ぎ捨て、ルーサーを待たせないように簡単に着られる自分のワンピースに着替えた。これでようやくひと息つけた。


 そうして部屋の外へ出ると、廊下ではルーサーと一緒にエリィがいた。身長差があるのでエリィは首を精一杯上に向けている。プリムに気づくと、エリィは駆け足でプリムのそばにやって来て飛びついた。


「プリムねえさま! プリムねえさまには僕がついてるって言ったじゃないか! 僕のこと信じてくれてなかったの?」


 ぐすん、と鼻を鳴らすエリィ。どうやら心配をかけてしまったみたいだ。


「ごめんね、エリィ」


 よしよし、と弟の頭を撫でる。ルーサーはそんな姉弟を何か言いたげに真顔で見守っていた。何故そんな表情なのだろうか。まさか弟に妬いているなんてことはないはずだが。



 そこからルーサーとエリィと一緒に階段を降りると、慌てた母が部屋から飛び出して来た。お淑やかな母が走っているのを初めて見た。


「プリム! あなた、いつの間に戻ったの!? まったく、あなたって子は!!」


 怒鳴られたけれど、泣きそうな母の顔に申し訳なさしかない。


「ご、ごめんなさい、お母様……。少し頭を冷やして来ました」


 プリムがしょんぼりとそう告げると、母はプリムの隣のルーサーにチラリと目を向け、それから微苦笑した。


「まったく、いい加減にしないとルーサー様に愛想を尽かされますわよ」


 その言葉にルーサーも照れたように笑った。その笑顔がとても好きだと、胸がトクリと鳴った。

 ただ――。


「プリム、ちゃんとお父様にお詫びしなさいね」


 母のそのひと言は、浮かれたプリムの頭に冷水を浴びせたようなものだった。

 ここでプリムはようやく自分の置かれている状況を冷静に考えることができたのだ。

 無断外泊をしてしまった。あの父になんの断りもなく。

 なんと言って弁明すればいいのか、今になって冷や汗が滲んだ。


「は、は、はい……」



 その後、ルーサーは仕事に戻った。怪我は軍医に見てもらうと言う。それから、父にも軽く報告はしておくという話だ。魔王うんぬんはあまり信じてもらえなさそうなので、町の中を徘徊していたことにする。町は隈なく捜したからそんなはずはないと言われても、絶対それを押し通そう。



 夜になって家に戻って来た父は、食事もすべて後回しにしてプリムを書斎に呼びつけた。凄まじい怒りのオーラを放つ父は、ドスの利いた声で問うのだった。


「お前の話ではルーサーに他の女に想う女がいるのだったな?」


 プリムは顔面蒼白で、祈るように両手を組みながら突っ立っていることしかできなかった。


「そ、それなのですが、どうやらわたくしの早とちりで……っ」


 やっとそれだけを言うと、父は机を叩き割りそうな勢いで手をつく。


「この馬鹿娘が!!!」


 ヒッ、と涙を浮かべながら固まったプリムに、怒りの収まらない父はそれでも言った。


「それで、実際のところはどうなのだ。お前、まだルーサーとは結婚したくないと言うのか?」

「そんな! 違います! あんなに大切にして下さる方は他におりませんもの。わたくし、もう他の方は考えられません。予定通り結婚させて頂きますわ」


 今まで嫌だ嫌だとそればかりを言って来た娘が、急にそんなことを言うから、父の方がびっくりしてしまったようだ。予想外の答えに父の方が戸惑い、どう返していいものか困っていたように思う。フン、と顔をそむけた父に、プリムは今とても感謝していた。

 そう、この父がルーサーを選んでくれたのだから。



 その翌日、ルーサーが改めてプリムのもとにやって来た。そうしてプリムは父がものすごい剣幕でルーサーに、お前に娘はやらんと怒鳴ったのだと聞いた。その発言は無事に取り消してもらえたそうだが。

 中庭のベンチで二人、仲良く並んで話した。


「オルグレン卿も娘が大事だということですよ」

「そ、そう、ですわね」


 怒鳴られてばかりだけれど、プリムを心配してくれていたのだ。早とちりを怒られたのも仕方がない。そして、一番ルーサーに申し訳ない。


「ルーサーが魔王に命を狙われたら困りますし、嫌われなくちゃとわたくしはひどい態度ばかりでしたのに、よくわたくしのことをその……好きになったりしましたわね」


 なんとなくつぶやくと、ルーサーは大きな体を揺らして笑った。


「そういうところも俺には可愛く思えましたけれど」


 可愛いとか、好きとか、ルーサーは案外あっさり口にするようになって来た。言わないとまた気持ちを疑われると思うのかも知れない。それに戸惑うプリムの様子を楽しんでいるような気もするけれど。


 プリムは照れて顔を背けた。もう可愛げのない態度を取る必要などどこにもないのに、急に素直で可愛い自分にはなれない。まだ少し時間がかかりそうだ。

 そうしていると、ぽつりとルーサーが言った。


「けれど俺は少しだけ魔王に感謝しなくてはいけないようです」

「え?」

「魔王の存在があったせいで、プリムは他の婚約者を遠ざけ続けたわけですから。そうじゃなかったら、プリムには俺じゃない婚約者がいて、俺には声もかからなかったでしょう。でも、感謝は少しだけです」


 そう言って、ルーサーはプリムを抱き寄せた。ルーサーの力強い腕の中はとても安心できる、大好きな場所だ。


「プリムに触れたり、泣かせたり、腹立たしいことの方が多いので」


 これはヤキモチなのだろうか。だとしたら嬉しいと、プリムはクスクスと笑って、ルーサーの腕の中からその頬にキスをした。



 それからしばらく、プリムはメルディナやウィンゲート卿の動きには目を光らせていた。逆恨みで報復されそうな気がしたのだ。けれど、これと言って何もなかった。それどころか、向こうがプリムたちに関わりたがっていない様子だった。随分とおとなしくなったものだ。

 もしかすると、害意を感じた父が何かしたのかも知れない。


 プリムはこれでやっと心配事から解放されたと思えた。ルーサーの職務上、しばらくは実家のそばに屋敷を構えることになるから、エリィや両親にはすぐに遭える距離である。

 後は、ルーサーとの結婚を指折り数える日々だった。


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