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51✤Luther

 エリィは戦いで傷ついたルーサーを上から下まで見回した。騎士の制服が衝撃を和らげてくれたとはいえ、あばらにヒビくらいは入っているようだ。痛みを訴えている場合ではないのでやせ我慢を続けるルーサーに、エリィはにこりと笑った。


「ほら、あんまりにも身綺麗であっさりと迎えに来たってプリムねえさまは感動しないでしょ? ちょっとくらいヨレヨレになってて丁度いいんだよ」

「……そんな理由で魔物と戦わせたのか」

「まあね」

「……」


 悪びれもせず答えたエリィに、ルーサーはもうどう言っていいのかわからない。ただ、エリィが現れた途端に魔物たちの持つ空気が変わった。敵意といったものが消えたのだ。信じがたいものを目にしたとしか言えない。魔物たちはすでに体が多きなだけの大人しい動物である。


「さあ、そろそろ行こうか」

「あ、ああ」


 エリィはサッと腕を振った。今度は直接魔王の城へ飛ぶのだろうか。ルーサーは今度こそ覚悟を決めた。

 ぼやけた風景が鮮明になった時、そこは薄暗い寝室のようであった。薄紫の壁、大窓にかかるカーテン。広い部屋だ。その部屋の中、ルーサーの立ち位置からは少し距離のあるベッドの上でもつれ合う気配があった。

 ドキリとして目を凝らすと、広がった黒いドレスが見えた。その上に細身の男が被さっている。


「わたくしが望むのは――」


 その震える声は間違いなくプリムのものである。ルーサーはカッと頭に血が上って行くのを感じた。とっさに飛び出しそうになったルーサーの制服の裾をエリィがつかんでいた。軽くルーサーを睨むと、エリィはベッドの方に向けて小さく指を鳴らした。それが何を意味するのか、ルーサーにはわからなかったけれど、急に頭が冷えた。

 ベッドの方から情けない声がする。


「ん? プリムローズ?」


 その声に聞き覚えがあった。気のせいだとしても、何故かそう思ってしまった。あれが魔王なのだろうか。


「眠ってもらったよ。ちょっと聞かれたくない話をするからね」


 エリィがあっさりとそんなことを言った。魔王らしき男はようやく侵入者に気づいたようで、ハッとして振り向いた。そこにいたのはルーサーと、金髪の可愛らしい子供(エリィ)である。


「お前は! 性懲りもなくまたヒトの恋路を邪魔しに来たのか!!」


 赤い瞳を持つ魔王は、ルーサーに向けてキャンキャン喚いた。それで思い出した。


「あの時、崖から落とされた――!」


 そう、ルーサーは一度魔王に会っていた。ヒトの恋路を邪魔するヤツは死んでしまえと。

 意味がわからなかったけれど、今になってよくわかった。

 エリィは半眼になって嘆息する。


「まあ、そんなことだろうとは思っていたけどね」


 そこでふと、魔王は整った顔をエリィに向けた。そうして小首をかしげる。


「お前はプリムローズの弟……?」


 エリィはにこりと天使のような笑顔を魔王に向け、そうして信じられないほど低い声を出した。


「ここまで敵に進入されても気づかんのか、お前は。何百年も女の尻ばかり追いかけてろくに配下の管理もせぬままなのだろうな。そうでなければこんなにも地上に魔族が漏れ出すはずがない」

「な、なんだと!」


 魔王が顔色を変えた。けれど、エリィは平然と――というよりもかなり薄ら寒く笑っている。

 そんな中、シャカシャカという足音らしき音がして扉が開いた。


「チェザーリ様、何事デスカ!」


 来たのは大きなカラスだった。カラスはルーサーの姿にイィッと叫んで目を丸くしたけれど、その隣で笑いかけて来たエリィに顔を向けると、腰が砕けたようにその場にへたり込んだ。


「も、もしヤ……」

「久しいな、マルファス」


 そのひと言に、魔王も顔を引きつらせていた。何故だか歯の根が噛み合っていない。


「ま、まさか、ち――父、上?」


 エリィはフン、と鼻で笑った。


「王座を譲る時に言っただろう、しっかり励めと。それがどうだ、お前に代替わりした途端に気のゆるんだ魔族が地上に出ては悪さをし始めた。お前の監督不行き届きだ。私の治世にこのようなことはなかったぞ」

「い、や、父上、その、あの、そのお姿は……随分可愛らしくおなりで。父上は魔神としてこの魔界を見守られると仰って隠遁されていたのでは……」

「お前が性懲りもなくコーネリアとやらの魂を追い続けているようだから、監視の意味を込めてその魂のそばに転生してみたのだ」


 ルーサーは唖然とするよりなかった。天使のように愛らしく、プリムが可愛がっていた弟が魔王の父親の生まれ変わりであると。

 エリィはちらりとルーサーを見上げた。そうして、にこりともせずに言う。


「人間に転生してみたのは、愚息に釘を刺すつもりと、それから人の生態に少々興味があった故のことだった。けれど、まあプリムねえさまが懸命に足掻く姿を眺めているうち、寝食を共にした家族であるから、護ってやらねばという情も湧いた」


 口調がすでに外見と合っていないけれど、こちらが素なのだろう。ルーサーはまだ、目の前で繰り広げられていることを受け入れられないでいた。


「父上、息子への情は?」


 ぽつり、と魔王が言った。その途端、エリィは目から光線を出しそうな勢いで睨んだ。


「この馬鹿息子が! お前を廃してマルファスを王座にすげ替えてやろうか!」

「ワ、私は間に合ってマス!」


 ぶるんぶるん首を振るカラスは涙目だった。いい迷惑だろう。

 魔王はものほしそうに眠るプリムに視線を落とした。何か、見られただけでプリムが磨り減るような気がするほど粘着質だった。ルーサーはとっさにベッドで眠るプリムを横抱きに抱え上げた。


「あ! このニンゲン!!」


 魔王が憎悪に滾る赤い瞳でルーサーを射るけれど、その目から逃れるつもりはなかった。真っ向から受けて睨み返した。二人の間に火花が散るも、エリィは落ち着いてひと息ついた。


「チェザーリ」


 エリィに呼ばれて魔王はぎくりと体を強張らせる。


「この先、プリムねえさまに関わることまかりならん。よいな?」

「…………」

「それから、私は今後、今のエリファレット・オルグレンの生涯を生きねばならない。私は現世の父のような高位の騎士になるつもりをしている。その時に今のような現状が続いていたならば――その首、刈るぞ」


 魔王が声もなく卒倒しそうになっているのを、カラスが両羽でなんとか支えていた。そのカラスにはエリィも優しかった。


「ではな、マルファス、達者でな。次にまみえるのは来世か。チェザーリを頼む」

「ハ、ハハァ」


 視界がぼやけたのは、エリィの転移魔法のせいだとすぐにわかった。

 ぐらぐらと揺れる感覚がするけれど、ルーサーはプリムの体をギュッと自分に寄せて耐えた。その中でエリィがつぶやいた。


「言っておくけど、プリムねえさまには僕のこと内緒だからね。言ったら承知しないよ?」


 可愛く言われても、余計に背筋が寒くなる。けれど、考えようによってはエリィは恩人――そう、思うことにした。確かにプリムには聞かせられない話である。


「……わかった」

「それでいいんだよ、ルーサーにいさま」


 害はない。きっと、害はないのだ。

 ルーサーがプリムを泣かせたりしない限りは。

 この秘密は墓まで持って行こう。

 それにしても、オルグレン家に盾突く人間がいないことを祈るばかりである。いたらきっと、ろくな目に遭わないから。


 そうして辿り着いた場所は、見知らぬ部屋だった。レースがたっぷりとあしらわれた可愛らしい部屋であるから、女性の部屋であるのだろうということだけはわかった。


「プリムねえさまの部屋だよ」


 エリィはそう言ってルーサーに笑いかけた。


「しばらくの間、人払いしておいてあげるから。じゃあね」


 そうして、エリィは今度は真っ当に扉から出て行った。プリムを抱えたルーサーを部屋に残して。

 ルーサーはとりあえずプリムをベッドに降ろそうとした。けれど、その前にプリムがう、と小さく呻いて目を覚ました。飴色のつぶらな瞳がルーサーを見据えた。

 その途端、じわりと心の奥底から感情が込み上げるようだった。


「ルーサー?」


 プリムがルーサーを呼ぶ声は恐々(こわごわ)としたものであった。


……ここで来週まで引っ張るのもなんですので、このまま6月14、15日に投稿します。

15日完結です。お付き合い頂けると幸いです(^^)

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