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5✤Primrose

 父と娘の攻防の末、次の犠牲者(婚約者)がつれて来られることになった。

 どうやら父は家柄を無視し、とにかく強さを重視することにしたらしい。今度は父の部下だという。上官の娘婿なんて息苦しいものにさせられようとしている相手がとにかく可哀想だった。きっと自分からは断れないのだろう。


 でも、大丈夫。

 断っても角が立たないように傍若無人な娘を演じてあげるから、どうぞ断って下さい。


 とりあえず、プリムは化粧をした。自分を売り込むつもりはあるのだと父母はほっとしていたけれど、それは違う。迫力のない顔をごまかすためである。

 侍女に手伝ってもらってコルセットの背中の紐を締め上げてもらった。痛いし苦しいし、こういうのは好きじゃないけれど。


 髪もすっきりと結ってもらって、これでよし。準備は整った。心構えもした。

 今回もなんとかして乗り越えてみせる。相手の命がかかっていると思えば、手を抜いたりなんてできないから。



 ――もうすぐ着く。もうすぐ着く。

 約束の時間が近づくごとにプリムは憂鬱になる。部屋のソファーに腰かけて魔法書を読もうとしたけれど、同じ行を目で追うだけで少しも頭に入って来ない。

 そうこうしているうちに馬車が止まった音がした。プリムは立ち上がって窓辺へ駆け寄る。やはり着いたようだ。自家用の馬車が一台そこに戻って来ている。


 客人が降りるのを待たず、プリムは部屋を出た。カーブを描く階段を降りると、そこにはすでに母がいた。不安げな顔をしているのはプリムのせいだろう。


「今度こそちゃんとしなくては駄目よ。今に貰い手がなくなるわよ。そうなったらどうするの?」


 どうもしない。だって、最初から無理なことだから。

 普通の人とでは幸せになんてなれない。だから、そういう普通の幸せは諦めてる。

 今はただ、うさぎ男の花嫁という道を回避することが先決なのだ。

 プリムは母に苦笑すると横に並んだ。そうして、扉は開かれた。


 影になった体は大きかった。隣の父が小さく見えたくらいだ。

 少しずつ、少しずつこちらへ近づいて来る。そうして、顔立ちがはっきりと見えた。

 プリムはドクドクとうるさく鳴り響く心音を意識しないよう、まっすぐに彼を迎え入れた。


 精悍という言葉がこれ以上似合う男性もいないのではないだろうかと思わせるような青年だった。

 短い髪も通った鼻筋も涼しげで、その目は職業柄のせいか鋭かった。背は長身の父よりも更に高く、逞しい身体を騎士の制服がより魅力的に見せている。


 プリムは自分が低身長であるくせに背の高い男性が好きだったりする。それから、ナヨっとしている優男が嫌いで、こういういかにもな武人らしさをしている方が好ましい。

 つまり、迂闊にも結構好みのタイプだった。


 しかし、ドキドキしている場合ではない。好ましい相手なら尚のこと、その命は護らなくてはならない。

 婚約なんてとんでもない。悲しいかな、それが現実である。プリムの隣は、あのうさぎ男が諦めでもしない限りからでなければならないのだ。


「プリム、彼はルーサー・アーミテイジ、お前の婚約者にと考えている。お前が強い男でなければというから彼を選んだのだ。今度こそ問題を起こすな」


 父がそんなことを言った。

 この父が強さを見込むのなら、ルーサーの強さは相当なのだろう。見かけ倒しでないことにプリムは内心キュンとした。

 けれど、それを顔には出せない。

 心とは裏腹に、精一杯意地悪く笑ってみせた。


「お父様、わたくし強い男性とは申しましたけれど、肝心な言葉が抜けておりますわ。わたくしは魔王よりも強い男性と申したのです。この方は魔王を倒せるのでしょうか?」


 気取って言い放つ。ルーサーは唖然としてしまった。

 それはそうだろう。

 けれど、これは仕方がない。仕方がない。


 ルーサーが不快そうに顔を歪めるところはなるべく見たくないと思ってそっぽを向いた。父がとんでもなく怒っているのが空気でわかった。とっさに声も出ないほど怒っている。後が怖い。

 ただ、その険悪な空気の中、一番最初に口を開いたのはルーサーだった。


「魔王ですか? ええ、いずれは倒さねばならぬことでしょう。精進致します」


 淡々とした低い声だった。少しも動じていない。大抵の男性はこれで引いたというのに。

 見かけに違わず、中身も落ち着いたものだ。しかし、それを褒め称えている場合ではない。

 プリムは焦りながら次の手段を考え始める。けれど、いつになく嬉しそうな父の声がそれを邪魔した。


「ルーサー、この話を受けてくれるつもりはあるか?」


 ルーサーは真顔でこくりとうなずいた。


「はい。私でよろしければ異存はございません」


 プリムは嬉しい気持ちと恐ろしい気持ちとがない交ぜになって卒倒しそうだった。

 こんなにもキツイ顔でキツイ性格の小娘と結婚できるほど、ルーサーにとって父は絶対なのだろうか。


「そうか、それではこの縁談を進めることにするが、本当にいいのだな?」


 そんなに念を押すほど不安なら、押しつけるのはやめてあげてほしい。それがプリムの素直な気持ちだった。ルーサーは一瞬何かを考えた。そうしてつぶやく。


「はい、けれどまず、プリムローズ様の承諾が得られなければ――」


 そのひと言に誠実な人柄が表れた。娘の結婚など、父親の意向ひとつである。当人の意思など関係ない。どんなに嫌でも嫁げと言われたらそれまでだ。

 それを、こちらの気持ちを案じてくれている。気は優しくて力持ちというやつだろうか。

 ふわふわした気持ちになったプリムに父は冷水を浴びせるようなことを言う。


「そんなものはいらん。私が決めることだ」


 怒ってはいけない。これがむしろ普通なのだ。ルーサーが優しいのだ。


「わたくし、承諾しておりませんわ」


 試しに言ってみたら父に刃物で斬りつけられる勢いで睨まれた。けれどそれで済んだのは、やはり機嫌がよかったということだろう。


「では、この話は成立した。今日からお前たちは婚約者同士だ。式の日取りは――」

「い、一年! せめて一年の猶予を下さいませ」


 プリムは思わずそう告げた。一年後、それは魔王が宣告した期限である。

 父は渋ったけれど、ルーサーはうなずいた。


「ええ、もちろんです」


 一年など式の準備や花嫁修業に明け暮れたらすぐである。父もそれくらいはうるさく言わなかった。母もひどくほっとした様子だった。


「では、巡回の仕事がありますので今日はこれにて失礼致します」


 そう礼儀正しく挨拶すると、ルーサーはプリムに背を向けた。本当に忙しい中を父が無理を言って連れて来たのだろう。本当に、許容範囲が広いというのか、動じない人だ。

 しかし、ここでうっとりしていてはルーサーが魔王にられてしまう。それだけはなんとかして回避しなくてはいけない。


 大丈夫、人から嫌われるのには慣れている。

 今回もすぐに破談にしてみせる。

 プリムはそう拳に力を込めた。


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