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48✤Primrose

 ――しかし、いつまでも泣いているわけにはいかなかった。

 プリムが魔王のもとにいることで、魔王はルーサーに干渉しないはずだけれど、こうしてプリムがルーサーを思い出して泣いていると知られたらわからない。プリムは少なくとも、魔王のそばでそれと悟られないようにルーサーを護らなくてはいけないのだ。


 そう思ったら、涙は止まった。少しは強い自分になれた気がする。

 プリムローズは運命を開く、そんな花。強く、咲いていられるはずだ。


「コーネリア様、よォっぽどチェザーリ様との結婚が嫌ナンですねェ」


 マルファスにそう突っ込まれてしまったけれど、プリムは目を擦りながらごまかした。そんなプリムをマルファスは咎めるでもない。


「マア、わからナクもないんデスケド、チェザーリ様も一途ナお方ですのデネ」


 わからなくもないんだ、とプリムは思ったけれど、苦笑してみせた。


「本当に、生まれ変わってまで追いかけて来るってよっぽどですわ。わたくしに前世の記憶があればそれも嬉しく感じられるのかも知れませんけれど……」


 やんわりと言うと、マルファスは羽をバサッと水晶玉に被せて目を泳がせた。


「え、エエト、そういえバ、この男――」


 プリムがドキリとしたその時、部屋の扉がノックもなしにバーンと開いた。プリムがヒッと声を上げたのも仕方がない。上機嫌な魔王が貴公子然とした装いに満面の笑みを浮かべてやって来た。


「コーネリ――いや、プリムローズ。そろそろドレスを合わせねばな。明日に間に合わせなければならないのだから」


 プリムは泣いていたことを悟られたくないので、とっさに顔を隠すようにして頬に手を添えた。そんな仕草は恥じらいに見えたらしい。魔王は嬉しそうだ。正直、あんまり賢くない気がする。


「ん? プリムローズ? プリム?」


 マルファスがその名に反応し、プリムはぎくりとした。ただ、ちょっと馬鹿っぽい魔王はマルファスを睨んだ。


「コラ、馴れ馴れしいぞ。そう呼んでいいのは私だけだ」


 ハア、とマルファスは呆れた目をした。それに構わず、魔王はプリムの手を引く。


「っ!」

「こちらへおいで」


 プリムは結局、逆らえもせずに魔王に連れられて行った。と言っても、隣の部屋だった。そこにはずらりと侍女たちが並んで待ち構えており、首のないマネキンが着た白いドレスと黒いドレスが半々の割合で並んでいた。


「本来なら一から仕立てるべきなのだが、予定が早まったのでな。既製のものに手を加えて間に合わせようかと。人間たちは白いドレスで式を挙げるのだろう? 魔族は黒が基本なのだが、せっかくだから両方着てみたらいい」


 ――この魔王、無邪気にすら見えて来た。


「では、私は当日を楽しみにしたいのでドレス姿は見ないでおく! 後は任せたぞ」


 ウキウキとそんなことを魔王は侍女たちに言った。侍女たちはそろって頭を下げた。魔王の足音は遠ざかるけれど、スキップしているのかと思うほどに軽やかだった。

 プリムは並んだたくさんのドレスを見たけれど、それを着たいとは思わない。特に白いドレスは嫌だ。ルーサーが隣にいないのに、白いウエディングドレスを着ている意味がない。


「……黒い方でいいですわ」


 ぽつり、とプリムがつぶやくと、侍女たちがまばらにうなずいている。


「ですわよね。白なんて花嫁らしくありませんもの」


 カタツムリのような角のある侍女がそんなことを言った。価値観がやっぱり違うようだ。魔王も黒がいいと思っているはずだが、プリムに合わせてくれているのだろう。


 コルセットの紐を締め上げられ、プリムは黒いドレスを着せてもらった。ふんわりとスカートの膨らんだ、黒とは言ってもレースが多く可愛らしいデザインのドレスである。アクセントにスパンコールが煌いて、星空のように見えた。


「コーネリア様ののお姿は大層お可愛らしいので、こういうデザインの方がお似合いですわ」


 と、肌の青白い侍女に言われた。子供っぽいと言いたいのだろう。

 カタツムリな侍女はふぅ、とため息をついた。


「コーネリア様は今生ではまだ成長しきっておられませんのに、チェザーリ様は気が逸っておいでですわね」


 魔族の侍女たちはみんな背が高かった。その中に上げ底ヒールのないプリムが紛れると確かに子供以外の何ものでもない。


「……前世のわたくしがどんな姿をしていたのか、あなたたちは知っているのかしら?」


 なんとなく訊ねてみると、侍女たちは顔を見合わせてうなずいた。


「ええ、もちろんですわ。それはもう、この城の至るところに肖像画がありますもの。このお部屋にもありますわ」

「え!」


 それは――見てみたい。

 魔王がとことん惚れ込んでいるのだから、絶世の美女だったのだろう。


「み、見せて下さるかしら?」


 思いきってプリムが言うと、侍女たちはまた顔を見合わせてからうなずいた。


「ええ、それくらいおやすい御用ですわ」


 そうして、壁際にいた侍女の一人が金糸の飾り縄を軽く引いた。すると、壁に下がっていた紫紺のベルベットの垂れ幕が持ち上がり、その下から肖像画が現れる。その煌びやかな輝石の散りばめられた額縁の中には、一人の美女がいた。

 それは確かに美しい人であった。


 けれど、たおやかな貴婦人などではない。ひとつに束ねた金の髪、長い四肢のすらりとした体躯。それに飾り気の少ない、まるで男性のようなシャツとパンツを着込んでいる。凛と引き締まったその手には剣が握られているのだ。随分古い型の剣だ。


 勇ましいという表現すらできる。

 そうして、彼女は多分、人間である。


「あ、あ……」


 プリムの中で何かが弾けた。脳裏を信じられないほど多くのものが駆け抜ける。

 こま切れになった出来事が、プリムの頭の中で掻き混ぜられたような感覚だった。その欠片のひとつひとつは、プリムになる前の魂たちの記憶である。

 コーネリアまでの道のりは遠かった。プリムはコーネリアが次に転生した存在ではなかったのだ。その間に十数回の転生をくり返した。


 そう、プリムは思い出したのだ。

 頭が破裂しそうなほど、たくさんの前世の記憶を。

 コーネリアの記憶を。

 ガタガタと震えるプリムに、侍女たちは驚いて声をかけた。


「コーネリア様? どうかされましたか」


 どうかしたも何もない。プリムは込み上げる感情を奥歯で噛み締め、そうして一度うつむいた。

 再び顔を上げた時、プリムはもう震えてはいなかった。黒目がちな瞳に強い光を宿し、前を向いた。黒いドレスをまとったまま、プリムは颯爽と部屋を出た。


「コ、コーネリア様!?」


 侍女たちがついて来るけれど、それを振り払うようにしてプリムは廊下を行く。魔王の名を呼ばわって。


「チェザーリ! 出て来なさい!!」

 

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