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プリムローズには棘がある  作者: 五十鈴 りく


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46✤Luther

 婚約者であったルーサーでも、プリムの居場所に心当たりはない。

 宮廷魔術師団でさえ居場所が突き止められないと言う。プリムには魔術の才能があった。もしかすると、探索の目をすり抜ける術を会得しているのだろうか。

 もしくは、力のある協力者か――誘拐犯がいるとも考えられる。


 それから、生命活動が絶たれている場合。これも捜し出すのは困難だと聞いたことがある。

 けれど、それだけは絶対に認めたくない。あってはならないことだ。

 プリムは無事だと信じるしかない。


 まず、ルーサーはキアランと合流すると軽く事情を説明した。しばらく留守にすることを詫びると、キアランは眉根を寄せ、自分も行こうかと言ってくれた。

 けれど、仕事に穴を空けるのだ。つき合わせてしまってはいざという時に民衆にまで迷惑がかかる。ルーサーは礼を述べつつ断った。

 食堂で引きつる胃を黙らせるように食事をしっかりと摂り、それから宿舎へ戻った。今日は十分に休んで明日の朝出立することに決めたのだ。


 まずはどこから向かおうか、それもぼんやりと考える。

 そうして、ルーサーはプリムの夢を見ながら眠った。どこかで心細い思いをしているのだと思うせいか、夢の中のプリムは泣いてばかりいた。



 宿舎の誰も目覚めていないような早朝。まだ夜と言ってもいいような時間であった。

 日の出前、ほんのりと薄暗さが残る。ルーサーは皆の迷惑にならないように物音を抑えて支度を整えた。どの程度の長旅になってしまうのかは予測もつかないけれど、少しでも早く探し出したかった。

 気を引き締めつつ、騎士の制服を着込んだ。これが一番動きやすい上にいざ戦いとなった時に丈夫だからだ。


 父から借り受けた剣の柄を腰に装着し、ベッドに腰を下ろしてブーツに履き替える。すると、扉ではなく窓が叩かれた。ルーサーの部屋は一階である。とはいえ、この時刻だ。

 とっさにプリムかと思った。けれど、こんなところにいるはずもない。


 ルーサーは立ち上がって窓を開けた。けれど、窓の外には誰もいなかった。気のせいかと思って窓を閉めかけると、随分低い位置から声がかかった。

 その声は、プリム以上に信じがたい人物の声であった。


「ここだよ、ルーサーにいさま」


 ぎくりとして視線を落すと、窓枠にさえ身長の届かないエリィがそこからルーサーを見上げていたのである。精一杯背伸びして手を伸ばし、窓を叩いたのだろう。

 オルグレン卿に連れて来てもらったにしてもおかしな時間だ。ルーサーは驚いて窓から身を乗り出す。


「エリィ、どうしてこんなところに」


 なんとか声を潜めて問うと、エリィはそっと笑った。普段ならば眠っている時間だろうに、眠たそうにはしていない。


「プリムねえさまのためだもの、仕方なくね。ルーサーにいさま、とりあえず中に入れてよ」

「え、ああ」


 窓から引っ張り上げるべきなのか、宿舎の入り口から出て迎えに回り込むべきかルーサーが考え込むと、エリィはその場で飛び上がって窓の縁に手をかけた。


「少し下がってもらえる?」


 ルーサーは言われるがままに下がる。すると、エリィはそこから壁を蹴って体を浮かせ、浮いた体を捻って着地するという荒業を決めた。窓枠に腰かけ、僅かに目を細めてみせる。その顔に子供らしさは窺えなかった。エリィは優秀だと耳にしたことはあったが、大した身体能力である。


「驚いた……。さすがと言うべきか」


 その賛辞にエリィはにこりともせずに部屋に降り立つと、扉を閉めた。そうしてルーサーに向き直る。


「プリムねえさまを捜しに行くつもりはあるの?」


 妙に大人びた、冷めた瞳である。いつもとはあまりに違う、これが本来の彼なのだろうか。


「もちろんだ。これから向かうつもりをしている」

「どこへ?」

「それは……」


 思わず言いよどむルーサーに、エリィは小さく嘆息した。そうして金髪の頭を軽く振ると、大きな瞳でまっすぐにルーサーを見据える。


「まず、話しておかなくちゃいけない事があるんだ。ただ、この話を信じたのは僕だけ。父さまも母さまも信じなかった。だからプリムねえさまは誰にもこの話はしなくなったんだ」


 ああ、とルーサーはつぶやく。


「心配事があるなら話してほしいと言ったことがある。そうしたら、自分でなんとかするから、笑い話になった頃に聞いてくれと言われた。プリムの失踪は――その、俺のことでの勘違いの他にそれと関わりがあるのか?」


 エリィはハッと鼻で笑った。天使のような外見が急に悪魔のように歪んで見えた。姉のプリムすらエリィのこんな表情は見たことがないのではないだろうか。


「まあいい、とりあえず話すよ」


 薄ら寒くなるほどの冷笑に、ルーサーは何も言えずに続きを待った。すると、エリィはひとつ息をつき、それから肘を抱えるようにして語り出す。


「プリムねえさまは六歳の時、魔王に会ったんだ。その魔王から、プリムねえさまは魔王の嫁の生まれ変わりだから、十年経ったら迎えに来るって宣告されたって」

「え……」


 それはあまりに荒唐無稽と言える話である。誰も信じなかったと言うけれど、六歳の子供の口からそんな言葉が漏れた時、ルーサーは信じてやれただろうか。

 エリィはプリムと同じ飴色の眼をスッと細めた。


「プリムねえさまは断ったらしいよ。自分の結婚相手は父さまが決めるからって。そうしたら、魔王は、プリムねえさまの結婚相手なんて全部消し去ってやるって怒ったらしいんだ。それが嫌なら、誰とも親しくするなって」

「それは……」


 それは子供心に恐ろしい体験であっただろう。そう考えて、プリムの言動がエリィの話に照らし合わせてみると、そう外れた行動でもなかったのだと思えて来た。


 婚約破棄の常習犯だったと聞く。

 初対面の時から、魔王を倒せるくらい強い男じゃないと嫌だと告げられた。

 好かれてはいないだろうと思っていたのに、ルーサーが崖から落ちた時のプリムの反応――。

 エリィは首を斜に構えてルーサーを見上げた。


「ねえ、わかる? プリムねえさまはいつも、誰も自分には近づけないようにして来たんだよ。相手の命に関わるからって。そんなの、プリムねえさまのせいじゃないもの。相手にひどいこと言ったりして遠ざけて、それがどんなに寂しかったかわかる?」


 苛立ちがそこにある。ルーサーは不甲斐ないという言葉の意味を再び噛み締めていた。

 エリィは少なくとも、ルーサーがプリムの救いになると一度は信じてくれたのだ。その期待に応えきれていないルーサーを腹立たしく思うのはそのせいだ。


「傷つけたのなら何度でも謝るしかない。そのために捜し出さないと……」


 けれど、エリィの言葉通りなら、プリムは魔王のもとにいると考えるべきだろうか。

 その考えを見透かしたようにエリィは言った。


「プリムねえさまは魔王のところ。取り戻そうと思ったら魔王を倒さなくちゃ。そんなことできるの? 無理っぽいなら諦める?」


 諦めたらプリムには二度と会えない。

 それから、迎えがなければプリムは魔王の花嫁になるのか。

 魔王はどんなおぞましい姿をしているのだろう。プリムはずっと恐れて来たのだ。

 すでに手遅れなんてことになっていたら――と、そこまで考えてルーサーは体を震わせた。


「行く」


 魔王を倒せるのかどうかなんてわからない。返り討ちに遭うのかも知れない。

 だからと言って、他の選択をしてルーサーはこの先のうのうと生きていける気がしない。この決断を軽率だと謗られたとしても、自分や亡き母に恥じるようなことはしたくないのだ。


 エリィはルーサーの短い返答を聞いてようやく表情をゆるめた。ルーサーに話を信じてもらえないと思っていたのかも知れない。それとも、プリムを見捨てると思っていたのだろうか。そこまで見くびられたくはない。


「プリムねえさま、きっと喜ぶよ」


 喜んでくれるだろうか。再び笑顔が見れるなら、どんな苦労だって厭わない。

 ルーサーはそれだけの覚悟をしたのだから。

 

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