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プリムローズには棘がある  作者: 五十鈴 りく


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35✤Luther

 気づいたらプリムがどこにもいなかった。ルーサーが同じ隊の同僚の両親がいて挨拶をしているうちにいなくなったのだと思う。


 先に帰ったのだとして、ひと声かけてもらえたら嬉しかったけれど、プリムがこう人目のある場所でわざわざルーサーに近づいて来てくれるわけもないかと思い直した。それとも、少し強引にダンスに誘ったのがいけなかったのだろうか。あの靴では踊り難いのは当たり前だし、嫌がっているのはわかるけれど、少しでも触れ合っていられる時間がルーサーにとっては至福なのだ。そんなことを言ったら余計に距離を置かれそうだけれど。


 一応、外まで探しに行くことにした。まだ近くにいるかも知れない。キアランもどこかの令嬢と踊っていた。リードが上手いから、令嬢はうっとりとしている。ああいうところは見習いたいけれど、なかなかに難しい。


 場の熱気から逃れるようにして夜風の涼しい外の階段を降りて行くと、華やかな世界が遠退いて別世界に来たような心地がした。けれど、静かな夜の方がルーサーには合っている。

 下まで下りると、馬車と共に控えている御者ばかりが目についた。オルグレン家の家紋はとルーサーはなんとなく眺めていた。そうしていると、ルーサーの背中に上から声がかかった。


「ルーサー様」


 鈴を転がしたような、という形容がよく似合う爽やかな声である。振り返ると、水色のドレスの裾を軽く持ち上げて階段を下りて来るメルディナがいた。柔らかそうな髪の房が彼女の動きに合わせてふわりと揺れる。


 呼び止めたのなら、彼女はルーサーに用があるのだろう。もしかすると、キアランのことだろうか。仲を取り持ってほしいというのなら、そうした頼み事はルーサーに頼むべきではない。見事に不得意分野である。


「はい、何か?」


 それでも用件くらいは聞かねばと思い、正面から向かえた。すると、メルディナは細い指を胸に当て、小さく息をついた。


「急に呼び止めたりしてごめんなさい。けれど、その……少しお話があるのです」


 やはりそうかとルーサーは思った。力にはなってやりたいけれど、多分上手くは行かない。

 ただ、キアランはこう美人に好かれたら嬉しいはずだ。真っ向から気持ちを伝えればそれでいいだけの話に思う。

 ルーサーは言葉を選びながら言った。


「キアランのことですか?」


 すると、メルディナは驚いたようにかぶりを振った。


「いいえ、違いますわ」


 違うと言う。それならやっぱり違うのだろう。

 自分には他人の色恋などさっぱりわからない。そもそも、そういう話ではなかったのかも知れない。

 そうすると、話の内容は見当もつかないものになった。


「では、なんでしょうか?」


 淡々と返すと、メルディナは潤んだ瞳でルーサーを見つめ、そうしてサッと顔をそむけてうつむいてしまう。


「ここでは人目がありますので、場所を変えてもよろしいでしょうか?」


 震える声でそんなことを言われた。か細い肩が震えている。きっとルーサーがとっつきやすい雰囲気を出せていないせいだ。

 もしそうではなくて、何か差し迫った事情があるのなら、そもそもルーサーではどうにもならない。


「人目があってはいけないようなお話でしたら、そもそも何故私なのでしょうか? 人選を誤っている気がします。そうですね、キアランの方が卒なく万事上手く収めてくれるとは思いますので、よろしければ彼に話した方が――」


 と、なるべく最善と思える方法を提示しようとした。けれど、メルディナはとんでもないとばかりに首を振る。


「そ、それはちょっと……。その、実はお話と言うのはプリムローズ様のことなのです」

「え?」


 プリムのこと。それなら、ルーサーに話すのは道理だと納得した。


「プリムの? それならばお聞きしましょう」


 人目があっては言えない話で、そこにプリムが関わってくるのなら、ルーサーが聞くしかない。


「わあ、ありがとうございます」


 と、メルディナは楚々とした令嬢の雰囲気から親しみ易い笑顔を見せた。花開くような明るさだ。


「では、こちらへ……」


 ルーサーの軍服のそでをくい、と軽く引く。ルーサーはメルディナに誘導されるままに中庭の方に歩いた。人気のないところがこの辺りだと言うのだろう。

 音楽もほとんど聞こえず、明かりがところどころにあるくらいで、確かにあまり人が潜んでいるとは思えない様子だった。けれど、静かだから声がよく響く。それを思ってか、メルディナはルーサーと向き合うと、ささやくような声で言った。


「あの、ルーサー様」

「はい」

「ルーサー様はプリムローズ様とのご婚約をどのようにお考えなのですか?」


 いきなりそんなことを問われた。プリムのことで話があるとは、婚約のことかとルーサーは小首をかしげた。


「どのように、ですか? 結婚したら大切にして行きたいと思います」


 正直に答えたつもりだった。けれど、メルディナはくしゃりと顔を歪めた。その表情の意味はなんだろうか。ルーサーが難しく考え込むと、メルディナはぽつりとつぶやく。


「お幸せな方ですわね、プリムローズ様は……」


 辛うじて聞き取れるような声だった。ただ、その次の瞬間に、メルディナの華奢な体ががくりと前に倒れ込んだ。とっさに手を差し出して彼女を抱き止める。立ち眩みを起こしたようだ。

 こんな時に不謹慎だと思うのに、プリムとは抱き止めた時の感覚がまるで違うと比べる自分がいた。そのことに多少の罪悪感を覚えつついると、メルディナはハッとしたように気がついた。


「も、申し訳ありません。その、ドレスを着るためにコルセットで締めつけていると、時々苦しくて気が遠くなってしまうことがあって……」


 心底恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「女性は大変ですね」


 そんな気の利かないことしか言えないルーサーであった。メルディナの瞳は先ほどよりも潤んでいた。やはり具合が悪いのだろう。早く帰った方がいいとは思うのだけれど、肝心のプリムの話がまるでできていない。


「あの、ルーサー様」

「はい」

「また会って頂けますか?」


 メルディナがそうささやいたのは、やはり今日は立っているのもつらいということだろう。肝心の話はまた今度にしてくれと。

 話の内容が気になるのは事実だけれど、無理をさせてもいけない。


「ええ、また今度」


 そう答えたら、メルディナはほっとしたように微笑んだ。念のために訊ねる。


「歩けますか?」

「だ、大丈夫ですわ」


 そう言って数歩歩くも、メルディナはよろよろと産まれ立ての仔鹿のような足取りだった。あ、とつまずいてよろめく。その体を支えると、メルディナは頬を染めていた。


「逞しい殿方って素敵ですわ」


 プリムがそうしたことを言ってくれるかどうか、とルーサーは少し考えた。結論だけ言うと、まず言わない。ただ、その方がプリムらしいと思ってしまうルーサーだった。苦笑しつつ、メルディナに問う。


「ええと、ご自宅の馬車はどちらでしょうか。お送りします」


 ルーサーは自分に寄り添うメルディナをなんとか馬車まで連れて行き、そうして別れたのである。

 彼にしてみれば、ただそれだけのことであった。


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