33✤Luther
プリムに連絡を入れ、次の宮廷舞踏会には参加する旨を告げた。だから一緒に出席してほしい、と。
オルグレン卿から娘を連れて行くと返答をもらった。多分、嫌々やって来るだろう。ふて腐れたプリムの表情を想像して思わず口元が綻ぶのだから、重傷かも知れない。
しかしその当日、オルグレン夫妻と共にプリムがやって来た時、ルーサーは愕然としてしまったのだった。
黒と赤のコントラストのはっきりとした、薔薇モチーフのレースを使ったドレス。大人っぽいドレスは、隙なく黒髪を結い上げてコサージュで飾ったプリムにとてもよく似合っていた。目にした人々がほぅと息をつくほどには美しかった。
ただ、ルーサーはそうしたプリムが作り上げた美を久々に目の当たりにしたのである。一瞬、誰かと思ってしまった。ルーサーがすっかり馴染んだプリムの顔は、あの可愛らしい童顔である。あの顔が化粧ひとつで美人顔になるのだからすごいなと感心してしまうものの、一瞬プリムと認識するのに時間がかかってしまった。
誰もが綺麗だと見惚れるのは化粧をした顔だとしても、ルーサーはプリムの素顔の方が好きなのである。童顔なのにキリッと表情を引き締める、そのアンバランスさがすごく好きだったりする。
会えて嬉しいのは事実だけれど、化粧をしていて少しだけ残念ではあった。
「ルーサー」
オルグレン卿の方からルーサーを見つけて声をかけてくれた。ルーサーが畏まって一礼するも、オルグレン卿はあっさりとプリムを押し出した。
「では、私たちはあちらにいるから、娘を頼む」
「はい」
ルーサーのそばに取り残されたプリムは、ムッとしてルーサーを睨んだ。
「わたくし、こういう場があまり好きではありませんの」
「俺もです」
そう答えると、ルーサーはプリムの手を引いた。今日の手袋はドレスに合わせて黒かった。
プリムは振り払わずについて来る。そこでルーサーはふと気づいた。
「何か急に背が伸びたような?」
「そこはヒールのなせる業ですわ」
しれっとそんなことを言う。靴で身長を補正していると。しかし、随分高くなっている。
「よくそれで歩けますね」
「歩くくらいなら平気ですわ。ただ、走ったり踊ったりが難しいのですけれど」
「ああ……」
なるほど、と思った。
プリムと初めて踊った時、ダンスが苦手なのだと思ったけれど、確かにその靴では難しいだろう。
「そのままのプリムでいいと思うのですが」
本当にそう思う。化粧もしない方が可愛いし、小さくてちまちま動く姿も楽しい。
けれど、プリムはすぅっと目を細めた。
「そのまま? 小さくて童顔の方がいいと?」
これはもしかするとプリムにとってはコンプレックスだったりするのだろうか。そんなことを気にしているのも可愛いと思うけれど、言ったら怒られそうだ。
ルーサーは笑ってごまかした。
「ええと、踊りましょうか」
「へっ」
「いや、舞踏会ですし踊らないわけにもいかないでしょう?」
「……」
面白い。目に見えて固まった。
ルーサーは弾む心でプリムの手を引いた。
「大丈夫、ちゃんと俺が支えます」
化粧をしていてもわかる、ほんのりと紅潮した頬。愛しいと思う気持ちが、繋いだ手からではきっと伝わらない。
だから、正式に結婚をする前にはちゃんと告げなければと思う。これは自分が心から望んだことで、プリムとこれからの人生を歩んで行きたいのだと。
プリムは何か言い返したそうな顔をしたけれど、それでもルーサーに寄り添って、覚束ない足取りでダンスを続けた。頬を優しく撫でるような音楽が二人の間を通り過ぎて行った。
プリムはあまり他の令嬢たちと話し込むのは好きではなさそうだった。あの性質なら浮いてしまうのかも知れない。それでも、オルグレン卿の娘という立場なのだ。令嬢たちは放っておくこともできないのだろう。なんやかんやと声をかけている。壁際から眺めると、プリムはにこりともせずに応対していた。
そんな様子を一緒に見ていたキアランがクスリと笑う。
「女性は群れるからなぁ。自分たちのボスにできるかどうか、プリムローズ嬢のことを品定めしているんだろう」
「ボス……」
統率力はきっとない。
「まあ、父親の力が絶大だから仲良くはなりたいだろうよ。本人全然乗り気じゃなさそうだけれど」
プリムはいざとなれば令嬢らしく振舞える。心配しなくても厄介な相手は卒なく捌けるだろう。
ただ、ストレスが溜まらないか心配である。
「ほら、メルディナ・ウィンゲート嬢の方で派閥ができてるから、対抗勢力がプリムローズ嬢を担ぎ上げたくて仕方ないんだろうよ」
何を対抗する必要があるのかは、男のルーサーにはよくわからない。はて、と首をかしげていると、キアランはゾッとするような色気を振り撒いて笑った。
「メルディナ嬢みたいな令嬢といて、自分が女として劣るって感じると、自然と彼女のことが嫌いになる。仕方ないんだよ、こればっかりは」
わかるような、わからないような。
ルーサーが首をかしげていると、視界にふわりと水色のドレスが入って来た。なんとなく顔を向けると、そこには清楚な令嬢がいた。そう、たった今噂をしていたメルディナ・ウィンゲート嬢である。ベージュの柔らかそうな髪をひと房だけ肩口に垂らし、後は結い上げている。透明感のある女性だ。そっと微笑まれると虜になる男が多いのもうなずける。
「ごきげんよう」
「おや、メルディナ嬢ではありませんか。今宵の主役とも言えるあなたにお声をかけて頂けるとは恐悦至極です」
キアランが大仰に社交辞令を並べ立てる。メルディナは控えめに口元に手を当ててくすりと笑った。
「とんでもございませんわ。主役でしたらプリムローズ様でございましょう。あれほどの華やかさはわたくしにはございませんもの」
プリムにそういうつもりはない。目立ちたくもなければ構ってほしくもない。さっさと終わってほしい、とそんなことしか考えていない気がする。
メルディナは柔らかな雰囲気でルーサーに言った。
「あんなにも素敵な方ですもの。お二方はとてもお似合いですわ。わたくし、羨ましくて」
お似合い、とそんな風に言ってもらえたらルーサーも密かに嬉しかった。いつになく照れて頭を掻く。
「いえ、まあ……」
と、あまり意味もない言葉を漏らすルーサーに、キアランは呆れたような目を向けた。かと思うと、今度はその整った顔に甘い笑みを浮かべてメルディナにささやく。
「あなたこそ素敵なご令嬢ですから。あなたのお心を射止める男が羨ましくて仕方ありませんよ。できることならば私がそれとなれれば嬉しいのですが」
「まあ」
キアランの美辞麗句に頬を両手で包み込んでうつむいたメルディナはとても女性らしく好ましく感じられた。謙虚な性質のようだと思う。
少しぎこちなく、ゆるゆるとかぶりを振ると、メルディナは優雅にドレスをつまんでお辞儀をした。
「それではわたしくしはこれで。お話できてとても嬉しかったですわ」
艶やかな唇を三日月形にしてにこり、と微笑む。その目がルーサーに向いていた。去り際も、惜しむように何度もルーサーを見た。きっと、プリムの婿がどんな男だか知りたかったのだろう。
ルーサーの隣でキアランが笑顔のまま軽く息をついた。
「……おいおい、気をつけろよ?」
「は?」
キアランの言う意味がわからなかった。そんなルーサーに、キアランは笑顔を向けるも、眼がまったく笑っていなかった。
「女は魔物だってよく言うだろ。そのまんまの意味だ」
魔物。
プリムも魔物だと言うのだろうか。
気づいたら、遠くからじっとルーサーを見ていた。何か目つきが鋭い。目で人を射殺せるようになったら確かに魔物ではあるけれど。
「なるほどなぁ」
「……いや、絶対お前わかってないだろ」
キアランが何故か呆れていた。




