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プリムローズには棘がある  作者: 五十鈴 りく


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27✤Primrose

 その晩、プリムは客室を用意してもらい、そこでエリィと一緒に眠った。二部屋も用意させるのは申し訳なかったのでエリィと一緒でいいと言っただけなのだけれど、変な誤解を招いたかも知れない。


「ルーサーさんは紳士ですから大丈夫ですわよ」


 ホホホ、と義母のシエナが上品に笑った。別にルーサー相手に夜這いの心配なんてしたつもりはない。

 いつになく気を遣って過ごしたせいか、プリムも疲れていたのでぐっすりと眠れた。エリィもよく寝ていた。

 別荘以外でこんな風によその屋敷に泊まったのは初めてのことかも知れない。


 さて、ルーサーもピンピンしていたことだし、いつどのタイミングで帰ろうかとプリムは身支度を整えながら考えた。今日、すぐにでも帰りたいけれど、言い出しにくくはある。ルーサーが王都へ戻るならそれに便乗するのだけれど、しばらくは療養するつもりだったりするのだろうか。


 薄い水色のワンピース。白いリボンで髪をまとめ、プリムは鏡の前でくるりと回った。化粧をしていると逆に似合わない格好である。


「プリムねえさま、おはよう」


 目を擦りながらエリィが金髪に寝ぐせをつけて起き出した。目を擦る仕草がなんとも可愛い。


「おはよう、エリィ。さあ、着替えましょうか」


 プリムはドレスシャツに着替えたエリィの髪をブラシで丁寧に梳いた。綺麗な金髪はすぐに収まりよく整う。

 朝食の席でルーサーの家族は朗らかにプリムとエリィを迎え入れてくれた。使用人も少しくらいはいるようだけれど、食事の支度はほとんどシエナの役割のようだ。当人がそうしたくてしているのだとすぐにわかる。料理を振舞う彼女はとても楽しげだから。


「この新作ディップどうかしら? 前回の試作に改良を加えたのよ」

「うん、舌触りがよくなった。それから、ぼんやりとしていた味が引き締まったな」


 薄い黄緑色のディップをバゲットに乗せたルーサーの父がそれを頬張りながら言った。シエナは嬉しそうに微笑む。


「ベースを裏漉しした後、アクセントにピクルスを細かく切って混ぜ込んだのよ」

「ああ、なるほど」


 仲のいい二人である。プリムの両親の仲が悪いとは思わないけれど、こんな他愛のない会話をしているところをあまり知らない。こういう家庭もまた幸せそうだとぼんやり思う。

 子供たちはガッツリガッツリ食べ、本来お上品なエリィもそれに倣った方がいいと思ったのか、ガッツリ食べていた。


「プリムさん、こんなものしか出せなくて申し訳ないけれど、お口に合うかしら?」


 シエナがそう声をかけて来た。プリムはよそ行きの笑顔で答える。


「ええ、とっても美味しいですわ。どれも愛情のこもった優しい味がしますもの」

「まあ、ありがとう」


 可愛らしい人だとプリムも思う。こういう女性を見て育ったルーサーは、やはり彼女のような女性が理想だったりするのだろうか。チラリとルーサーを見遣ると、ルーサーは難しい顔をして朝食を食んでいた。何故そういう顔になっているのかは知らないし、プリムは考えないことにした。

 基本的にルーサーの家族は友好的なのだが、イングリスという弟の一人だけはよそ者を見る目つきでプリムを見る。プリムとしてはまあいいかと思う程度であった。



 朝食を終えて、プリムはルーサーにいつ王都に戻るのかを訊ねようと思った。食堂の入り口付近で立っているルーサーに近づくと、プリムが切り出す前にルーサーが口を開いた。


「すみません、少しつき合ってほしい場所があるのですが」

「どちらまでですの?」


 当たり前のことを当たり前に訊ねただけだというのに、ルーサーは曖昧なことを言った。


「……ちょっとそこまで」


 そこってどこだと訊いているのだ。はっきりしろと密かに思う。

 ふぅ、とひとつ嘆息するとプリムは言った。


「でしたら、エリィとご一緒しますわ」

「……」


 黙った。何故黙る。

 そんな二人を見ていたのか、エリィがプリムの後からニコニコと言うのだった。


「僕、お留守番してるよ。みんなと遊びたいし、プリムねえさまはルーサーにいさまと出かけておいでよ」


 プリムにつき合ってくれないらしい。明らかにしょんぼりしたプリムに、ルーサーも困った様子だった。


「いや、その、そんなに長くかかるわけではないので、すぐ戻れます」

「わかりました。すぐに参りますの?」

「……昼過ぎに」


 またよくわからない時間指定がある。

 結局、なんとなく時間を潰しつつ、またシエナの作った昼食を頂き、そうして屋敷を出たのである。すぐそこだというので歩いて向かった。夏の日差しはまあ強い。プリムはシエナが貸してくれたつば広の帽子を被って出かけた。


 目的をはっきりと言いたがらないルーサーだけれど、もしかするとプリムを紹介したい人でもいるのだろうか。あまり幅広く紹介されても困るのだが、この際仕方がない。

 ルーサーなりにプリムを気遣って歩調を合わせているのか、ゆっくりと隣を歩いていた。大きな人だからプリムは上を見上げて問いかけた。


「ルーサー様、ところでいつ王都の方へお戻りになりますの? わたくしたちもその時にご一緒させて頂きますわ」

「そうですね、務めもありますので明日にでもとは思っています」


 明日。思ったよりも早くてほっとした。

 田舎ののどかな街道は道行く人たちもまばらで、ルーサーを見知っている人も多いようだった。軽く挨拶を交わす間、プリムも笑顔で会釈しては大人しくすれ違った。土の匂い、草の匂い、たまに来るにはいいところだと思う。この間の森ほどに自然がいっぱい過ぎてもまた大変だから、これくらいが丁度いい。


 ルーサーは途中、街道から少し逸れた道を選んだ。その先には何もないように見える。ただ木や草が茂っていて、下手に踏み込むと蛇でも出そうだ。


「……どうしてそんな道とも思えないところに踏み入るのでしょう?」


 思わずしかめっ面で問うと、ルーサーは気まずそうに頭を掻いた。


「いや、こっちだと聞いたので。もう少しだけ辛抱して頂けますか」


 なんのための辛抱かは知らない。ただ、ルーサーなりにどうしてもと思うことなのだろうか。ではやめておきましょうと言ってくれる気配もなかった。ルーサーがプリムを連れて行こうとする理由はちゃんとそこにあるのだろう。


 ガサガサと草を踏み分けて入る。先にルーサーが進んで草をしっかりと踏んで歩きやすい跡をつけてはくれたので、思ったほど大変ではなかった。しばらく進むと、ふわりと空気が変わったような気がした。

 それは清浄な、あの神聖な森の中に似た空気だ。自然の息吹とも呼べる心地よさである。

 プリムは自然とその空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。そうして歩くと、ルーサーが振り返った。


「ああ、着きましたよ」


 振り返った表情は逆光でよく見えなかった。ただ、そのルーサーが少し開けた先へ抜けてプリムの視界はようやく広がったのだ。そこには水辺に根を伸ばし、水面いっぱいに咲き誇る純白の睡蓮の花があった。清い水辺にしか咲かぬ花だ。青々とした葉も生命力に溢れ、開いたばかりと思わせる白い花弁の艶やかさを引き立てている。王都ではなかなかお目にかかれないような光景だった。


 プリムは言葉も出ないほどにその光景に魅入っていた。

 いつも、迫り来る時に追われてこうしたものを美しいと眺める心を持たなかった。それなのに今はじんわりとその美しさが胸に染みる。


「聞いてはいましたが、見事なものですね」


 ぽつり、とルーサーがつぶやいた。

 ルーサーはこれをプリムに見せようと思ってここまで連れて来たのだ。無骨な武人と睡蓮の花はまったく結びつかないけれど、それでもプリムが喜ぶと思ったのだろう。実際、とても綺麗だ。心が洗われるような、そんな気もする。

 ただ、ひねくれたプリムには、連れて来てくれたルーサーににこりと微笑んでありがとうとは言えないのである。


「そうですわね……」


 当たり障りなくそれだけを言った。なんとなく見上げたルーサーは少し表情を和らげていた。


「あちらで休みましょうか。……実は、話があるのです」


 ギク、とプリムの心臓は跳ね上がった。

 話とはなんだろうか。婚約破棄したいとのことだろうか。

 落ち着かない心境のまま、プリムは小さくうなずいた。ルーサーに促され、プリムは水辺のほとりに座り込む。

 

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