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26✤Luther

 両親との顔合わせが済んだ後もプリムローズはニコニコと朗らかに微笑んでいた。

 彼女はオルグレン卿の娘として国でも指折りの贅沢な暮らしをしているはずなのだ。だから、こんな田舎の小さな館で田舎料理を食べて、楽しいことなど別になかったと思うのに、何故だか彼女は楽しげに見えた。エリィも楽しげであったけれど、彼は子供だから本当に楽しかったのだと思う。


 プリムローズは、ルーサーの家族を前に、あれでも気を遣ってくれたということだろうか。きっと、そうなのだろう。


 ささやかな晩餐を終え、プリムローズは義母のシエナと紅茶を飲みながらソファーで談笑していた。エリィは弟たちと気が合ったようで遊んでいる。ルーサーは父に呼ばれた。

 そうして、書斎に入るなり言われた。


「オルグレン卿のご令嬢と聞いて思い描いていたタイプとプリムさんはまるで違った。いや、なんとも可愛いお嬢さんだ。よかったなぁ」

「……」


 最初にルーサーもイカツイ女性を想像していただけに何も言えない。父は心底嬉しそうに続ける。


「礼儀正しく可憐で優しくて、お前には勿体ない。引く手数多だっただろうに、どうしてお前みたいなのに縁談が降って湧いたやら知らないが、婚約は言わば『仮』だ。結婚するまで気を抜くなよ」

「……」


 婚約破棄の常習犯との噂は王都止まりか。

 彼女を気に入った風な父母に諸事情は上手く言えそうもない。それくらいにプリムローズはしっかりと『育ちのよい令嬢』の顔をしている。いつものような奇行はどこかに置いて来たらしい。


 ルーサーはぼんやりと父を見た。オルグレン卿よりも少しばかり年上であるけれど、退役したためか鋭さは随分薄れて、今は穏やかな中年男である。

 しかし、今は亡き母に加え、かなり年の離れた義母を射止めた父だ。何か学べることもあるだろうか。


「父さん、女性に喜んでもらうにはどうしたらいいんだろう?」


 参考までに聞いておきたい。

 すると、父はニヤニヤと嫌な笑みを漏らした。


「そりゃあ色々あるけれどな、そうだなぁ、ああいうご令嬢に贈り物は難しいな。高価なものなんていくらでも手に入るだろうし。甘い言葉――は、お前には無理か」

「……」


 そんなことはない、とは自分でも思わなかった。

 父もまったく期待していないらしく、さっさと話を進めた。


「そうだ、明日、散歩にお連れしろ。この辺りは自然が豊かだからな。ここからカナスタ街道へ向かう途中、少し奥まった林の先、湧き水の綺麗な池のほとりに睡蓮の花が咲くから、そこへ行くといい。かくいう私もあそこでお前の母さんを口説き落とし――」


 た、らしい。

 睡蓮の花が咲き誇るその風景を見たら、プリムローズはあの夏至の夜のように笑ってくれるだろうか。

 そうだったら、多分、ルーサーはすごく嬉しいのだと思う。


「それでな、少しいい雰囲気だと思ったら、焦らずにだな――」


 父はまだ何かを言っていたけれど、ルーサーはその続きをあまりよく聞いていなかった。明日、プリムローズを誘って出かけてみよう。そうしたら、ひとつ言いたいことがあるのだ。

 それができなければ前に進めない、そんな気がする。


 彼女と一向に打ち解けられていないのも、まずはそれ(・・)がいけないのだとルーサーは今日になってようやく気づいたのだ。

 騎士としての務めもある、そう実家でのんびりと過ごすわけにも行かないけれど、明日一日くらいは許されるだろうか。



 父の書斎を出ると、外には五人の弟のうち真ん中の十一歳、イングリスがいた。ルーサーのすぐ下の弟とその次の弟は騎士見習いであって実家にはいない。このイングリスが残った弟たちの中では年長になる。亡き実母に一番容姿が似ているのはこの弟かも知れない。

 たっぷりとした黒髪をルーサーはなんとなく撫でる。イングリスはシエナが産んだ幼い弟たちとも仲はいいけれど、残った弟たちの中で一人だけ母が違うのだから気苦労はあるだろう。


 それにしても、しばらく見ないうちに背が伸びた。どうやらプリムローズと同じくらいかそれ以上はあるようだ。

 イングリスはつり目がちな黒い瞳をキッとルーサーに向ける。


「にいちゃん、本気であのオンナと結婚するの?」


 あまり友好的とは言えないセリフがイングリスの口から飛び出す。ルーサーは少なからず驚いてイングリスと視線を合わせるようにして屈み込んだ。


「どうした? 女性に対してそんな言い方をするものじゃない」


 そうたしなめると、イングリスはしょんぼりとうつむいた。


「だって、裏表激しいよ。みんなの前ではネコ被ってるけど、到着してすぐの時にギャーギャー喚いてたじゃないか。あれが本性だろ? セーカク悪くない?」


 ああ、とルーサーは思わず零した。

 そうして、あの時のプリムローズの様子を思い出したら自然と笑みが零れた。涙を浮かべて、赤い顔をして、それは自分を心配して飛んで来てくれたからだとエリィは言った。ほわりと胸があたたかくなる。


「あれは俺の方が怒らせることをしたからなんだ。彼女は何も悪くないから、そんな風には言わないでくれ」


 すると、イングリスはムッとした。かと思うと、すぐに萎んでしまった。消え入りそうな声でボソボソと言う。


「にいちゃんにはもっとお淑やかなのが似合うと思ったのに、にいちゃんってオンナの趣味悪かったんだ。いいよ、人間それくらいの欠点はあるよね」

「うん?」


 トボトボと歩いて去る背中に、ルーサーはなんと言えばいいのかわからずに手を伸ばしたけれど、イングリスは気づかずに去って行った。ルーサーは複雑な心境である。

 趣味は、悪いのだろうか。そんなことはないつもりなのだが。


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