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プリムローズには棘がある  作者: 五十鈴 りく


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24/54

24✤Luther

 くどくどと三時間ほど父から説教を食らった後、ルーサーはようやく父の蒐集品コレクションの中から剣を借り受ける許可をもらった。


 ただ、説教をしてはいたけれど、父の顔はどこかゆるんでいた。あれは相当に喜んでいる。長男が嫁を迎えるつもりになったのだ。しかも、その相手が国王の覚えめでたいオルグレン卿の娘であるのだから、まあ嬉しいだろうとは思う。

 父は退役したけれど、オルグレン卿の活躍は王都を離れたこの領地でさえ耳にしていて、ルーサーがその部下となった時も密かに嬉しそうだった。お前もいつかはああなれと無茶なことを言われもした。


 三時間の説教を終えたルーサーに、下の弟たちは遊んで遊んでとまとわりついた。それらをまとめて小脇に抱えつつ廊下を行くと、義母が一通の手紙を両手を添えて差し出してくれた。


「はい、ルーサーさんに速達よ」

「え? ありがとうございます」


 速達とは、一体誰からだろうか。その手紙に押された封蝋を見遣ると、それは鷲の印――オルグレン卿であった。ルーサーはなんとなく青ざめた。

 崖から転げ落ちるような軟弱な男に娘はやらんとでも書いてあるのだろうか。

 軽くかぶりを振ってルーサーは弟たちを放り出すと手紙の端を手で千切って開封した。


 そこに書かれていた内容は――。

 崖から落ち、怪我をして実家に運ばれたと聞く。すぐに娘をそちらに送るから養生しろ、と。

 要約するとそういうことであった。


 娘を送る。


 そう簡単に来るだろうか、プリムローズが。それは渋々、嫌々、怒鳴られて仕方なしになら来るかも知れない。

 案外ピンピンしてますのね。そう言って呆れて帰るだろう。

 わざわざ足を運ばせて、余計にややこしいことになる。しかし、父にそろって挨拶するには丁度いい機会だろうか。



 ――そも、『すぐ』という言葉は非常に曖昧である。

 互いの認識が噛み合い難い時間の表現であるのだ。速達を受け取ったルーサーは、すぐとは言っても早くて明日くらいだろうと思った。それに対し、オルグレン卿は迅速であったのだ。手紙を送ってすぐさまプリムローズを送り出したらしい。


 ルーサーがのん気に屋敷の裏手で父の蒐集品の中から手に馴染むものを探して剣を振るっていた時、いつの間にやら背後にプリムローズが立っていたのである。

 化粧っ気のない童顔。髪も後頭部にくるりとまとめ、上質だけれどシンプルなワンピースの裾を小さな手で握り締めて無言で戦慄わなないている。その強い怒りがルーサーを振り向かせたのであった。


「プ、プリム……ローズ様!?」


 プリムローズの放つオーラがあまりにどす黒いので、ルーサーまで顔が引きつった。

 これはやはり、崖から転げ落ちるような軟弱な男は――という怒りだろうか。どう取り繕ったものかとルーサーが冷や汗を流していると、プリムローズはぼそりと言ったのだった。


「ルーサー様、崖から転落されたと窺ったのですが、誤報だったのですね?」


 誤報ではない。実際に落ちた。


「いえ、落ちたのですが、自力で這い上がりましたし、かすり傷程度で済んで大事ありませんでした」


 仕方がないので正直にそう言ったら、プリムローズはうつむいたままツカツカとルーサーのそばまで歩み寄った。制服を脱いでシャツを一枚着ているだけのルーサーの、そのシャツをプリムローズは両手で鷲づかんだ。そうして、憎々しげに前後に揺するのだった。


「崖から落ちてピンピンしている方がいらっしゃるなんて誰が思いますか!!」


 と、臍の辺りで喚かれた。プリムローズの力で揺すったくらいではルーサーに効き目はない。シャツが少し皺になって裾が乱れただけである。


「それはお騒がせして申し訳ありません」


 素直に謝ったのに、プリムローズは顔を上げなかった。シャツを握り締めたまま動きを止めたかと思うと、急にルーサーを小さな手の平で突き飛ばした。よほど腹が立ったのだろう。ただ、突き飛ばしたところでルーサーはびくともせず、プリムローズが反動でひっくり返りそうになった。


「ひゃっ」


 とっさにルーサーはプリムローズの背中に手を回して転倒を防いだ。転びやすい令嬢だと思う。

 わざとではないけれど、顔が少し近づいた。その距離で見たプリムローズのつぶらな瞳は、薄っすらと涙に濡れていた。え、とルーサーは声にならないつぶやきを漏らす。

 プリムローズの顔が真っ赤に染まって、瞳は更に潤んだ。


「離して下さい!!」


 甲高く叫ばれて我に返った。手を放すと、プリムローズは小動物さながらに素早くルーサーから距離を取る。手の甲でぐりぐりと目尻の涙を拭うプリムローズを、ルーサーは呆然と眺めていた。

 あの赤い顔と涙のわけはなんだろう。


 けれど、プリムローズはキッとルーサーを睨むとスカートを翻してズカズカと行ってしまった。

 あれではまるで――。


 高鳴る胸をぼんやりと押えたルーサーは、とっさに気配のした建物の陰にハッと目を向けた。そこには弟たちに加え、エリィまでもが一緒になって覗いていたのである。気まずいことこの上ない。


「…………」


 まだよくわかっていないファリスはともかく、他の弟たちからルーサーはなんとなく目をそらした。すると、その建物の陰からエリィが抜け出してルーサーの前にやって来た。そうして、姉とはまるで真逆の笑みを浮かべてルーサーを見上げる。


「ルーサーにいさま、無事でよかった」

「ああ、ありがとう、エリィ」


 決まり悪く思いつつも平静を装って返したルーサーに、エリィはニコニコと笑っていた。


「プリムねえさま、ルーサーにいさまが崖から落ちたって聞いて、すっごく心配してたんだよ。それで無事な顔を見たらほっとしたんだと思う。かわいいでしょ?」


 あの涙にはそういう理由があったと。本当だろうかと疑いたくはなるものの、あのゆとりのない様子は嘘ではないだろう。

 プリムローズがルーサーのことを少なからず心配してくれたというのが事実なら、素直に嬉しい。崖から落ちた甲斐があったと思ってしまうほどには。


「ああ、そうだな」


 と、心なし顔がゆるんでしまう。もとがもとなだけに、そんな些細な変化を見分けられることはなかったけれど。

 

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