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プリムローズには棘がある  作者: 五十鈴 りく


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16/54

16✤Primrose

 神聖なる森の奥、泉の澄みきった水面みなもに月の光が揺らめく。

 取り囲む木々が装飾すると表現したいような泉の手前には、何十体もの妖精がいた。姿かたちは様々ではあるものの、人に近い姿が多い。そう口にしたならば、妖精たちは顔をしかめるだろうか。人とは比べるべくもない美しさではある。


 それも、その妖精たちはほぼ女性であった。妖精の美女たちは真珠のように艶やかな肌を大きく露出し、薄い布を巻きつけた程度の装いである。少し尖った耳と淡く透き通る瞳、絹糸を思わせる髪。美しい歌声を持つのもうなずける容姿だ。細い手足で妖艶に舞う様子は、男性ならば目をそらすことなどできないだろう。


 これはルーサーが来れなくて正解だったとプリムは密かに思った。――本人は残念がっただろうか。顔には出さなかっただろうけれど。


 その美女たちを侍らせている存在が妖精王らしい。ほっそりとはしているけれど、男性だと身体つきでわかった。薄く煌く布地を羽織っただけの素肌が覗く。装飾は派手ではないものの、大粒のエメラルドが胸元にあった。そのエメラルドに劣らない美貌を備えた王である。


 光を放つような銀のまっすぐな長い髪。通った鼻筋にアーモンド形の整った眼。彫刻のように美しい姿の王は、木の根が絡んで組みあがった椅子に腰かけていて、女性たちがそんな王に擦り寄っている。


 王は人間のプリムがそこにいても何も驚いてはいなかった。脚を組み、ただ頬杖をついたまま、プリムに月のような金色の瞳を向けた。その存在感はやはり他の妖精とはまるで違う。プリムは縫い留められたように動けなかった。隣でハーバルが背伸びをするようにして跳ねた。


「王様、このニンゲンはプリムと言って、王さまにお会いしたいというので連れて来ました!」


 せっかくハーバルが取り成してくれたので、プリムは妖精王の持つ雰囲気に飲まれてしまわないように気持ちを強くして口を開いた。


「プリムローズ・オルグレンと申します。あなたがたにとって神聖なる夏至の夜に訪れましたこと、まずはお詫び申し上げます。それでも、どうしても今日でなければならなかったのです」


 意を決して言ったというのに、妖精王は口の端を持ち上げてくすりと笑った。周囲の女性たちはプリムに侮蔑の眼差しを向けている。けれど、そんなことはどうだってよかった。この時、プリムは必死であったのだ。

 その心を見透かしたように妖精王は言う。


「この森にいても、私には世間のことはよく見える。お前の願いも今更聞くまでもない。けれど、叶えてやれるのはひとつだけだ」

「え?」


 妖精王の澄んだ瞳は戸惑うプリムを見据え、そうして少しの甘さもなく言い放つ。


「お前はふたつの願いを胸に抱く。叶えてやれるのはどちらかひとつだ。さあ、選ぶといい」


 プリムは何度も目を瞬かせた。けれど、どうやらこれは幻ではない。プリムの置かれている状況は現実だった。

 魔王を退けるためのアイテムを作りに来た。それを作るために妖精王に会いたいと。

 けれど、ルーサーが覚めない眠りに陥ってしまったから、それを起こしてもらわなくてはならない。

 つまり、プリム自身かルーサーか、どちらかを選べと言うのだ。


 この選択はひどく意地が悪い。プリムが呆然としていると、隣でハーバルが心配そうにプリムを見上げていた。短い道のりを共に歩いただけでも僅かながらの友情を感じてくれているのだろうか。

 プリムははぁ、と大きくため息をついた。


「魔王を退ける力をロードクォーツに込めてほしかったのですけれど、人の命には換えられませんもの。ルーサー様を目覚めさせて下さいませ」


 すると、妖精王はフ、と目元をほんの少し優しく細めた。それがプリムには意外でもあった。妖精王が手をひと振りすると、ほんのりと紫に色付いている大振りの花が、ふわりとプリムの前に舞い落ちて来た。プリムが手を差し出すと、その尖った花弁の花はプリムの両手に収まった。花の中心には露が溜まっている。


「よくぞ選んだ。眠る彼にそれを飲ませるといい。すぐに目を覚ますだろう」

「ありがとうございます」


 プリムはぺこりと頭を下げた。けれど、もちろん未練はある。じっとりとした目つきで妖精王を見ていると、妖精王はまたしてもプリムの心を見透かすようなことを言った。


「もしかして、魔王を退ける力なんて持ってないからごまかしたんじゃないかしら、とか考えているようだな」

「ギク」


 思わず心の声が漏れた。ただ、妖精王は美しい面立ちでうなずくのであった。


「その通りだ。そんなものはない」


 キッパリ言われた。じゃあ最初からそう言えばいいものを、何故選ばせたのやら。

 やっぱり意地悪だ。

 妖精王は呆れたように半眼になってつぶやく。


あの男(まおう)はそれなりに力があるのでな。こう私の力が増している夏至の夜ならばまだしも、そうそう敵うものではない」


 ――たまに、書物に裏切られる時がある。記されている情報が誤りであったと。人が記すのだ、それも仕方のないことだろう。とはいえ、この状況を思うとあの著者を少し恨みたいプリムだった。

 静かにショックを受けているプリムに、妖精王は嫣然と微笑んでみせた。


「お前に問うてみたのは、どう答えるのかを知りたかったがためだ。お前は確かにコーネリアだな」


 そのひと言に、プリムは心臓が縮み上がるようだった。ドクリドクリと早鐘を打つ心臓を抑え込むようにしてプリムはごくりと唾を飲んだ。そうして心を落ち着けると妖精王に訊ねる。


「わたくしは間違いなくコーネリアの生まれ変わりだとおっしゃるのですね?」

「ああ、そうだ。けれど、今のお前はプリムローズというのだろう? いくらコーネリアの生まれ変わりであろうとも、お前はプリムローズでコーネリアと同じ人間ではない」

「それは――」


 妖精王は神聖な森の中、細い指先を唇に添え、竪琴の調べのような声で告げた。


「我ら妖精の国に咲き誇るプリムローズの花は我らにとっても特別な花だ。そのプリムローズの花言葉は、『運命を開く』と。人が勝手に言い出したことだが、なかなかよい言葉ではないか。その名を持つお前だ。その通りの運命を生きてみせろ」


 運命を開く――。

 迎えに来ると告げた魔王から逃れ、心惹かれる人と共に過ごす運命を自らが切り開け、と。


 プリムは胸の奥にじわりと何かが沸き起こるのを感じた。強力なロードクォーツは出来上がらなかったけれど、胸にはしっかりと揺るがない芯が備わったような、そんな気がした。

 だから、ここへ来たのも無駄ではなかったのかも知れない。


「ありがとう、ございます」


 プリムは深々と頭を下げた。胸が熱く、妖精王に対する感謝でいっぱいになる。けれど、顔を上げた瞬間に、プリムの尊敬にはピシッと音を立ててヒビが入った。そばにいた美女の腰に手を回して、妖精王は熱烈に口付けを交わしていたのである。プリムは愕然とした。ハーバル(こども)も見ているというのに。

 うっとりとした美女を腕に収めながら、妖精王はプリムに向けてクスクスと笑った。


「夏至の夜に邪魔をしに来たのはお前だろうに。まったく、早く帰れ」

「はい、失礼しました!!」


 思わず声に力が入る。そうして、プリムが勢いよく背中を向けると、妖精王の声が追って来た。


「今日ばかりはこの森で起こることを魔王も見通せてはいないだろう。安心するといい」


 それを聞いてプリムは少しだけほっとした。ルーサーとの間にあったあれこれが、あのうさぎ男に見られていないのは嬉しいことである。

 そうして、妖精王はこうも言った。


「恋は楽しいものだ。今日くらいはそれを楽しんでみろ」


 何を気楽な。

 プリムはもう一度だけ妖精王に頭を下げると、来た道を引き返した。ハーバルがついて来てくれたのは、道案内のつもりだろうか。

 早く戻ってルーサーを起こしてあげなくては。プリムは花の露を零してしまわないようにじっとその露を見つめた。


 恋を楽しむ。それはあの魔王をなんとかしないと無理なことだ。

 今日だけと、そんな器用なことができるはずもない。特にあのルーサーが相手なのなら尚更だ。

 

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