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プリムローズには棘がある  作者: 五十鈴 りく


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15/54

15✤Primrose

「じゃあ、僕について来なよ」


 ハーバルは得意げにそう言ってプリムに背を向けた。お尻に寝癖の髪のような短く跳ねた尻尾があって、それがぴこんと動いた。下半身が鹿だと全裸でも違和感がない――なんてことはどうでもよかった。


 プリムは再び、眠るルーサーに視線を落とした。さっきよりも寝顔が和らいでいる。そうしていると、精悍な顔のどこかにあどけなさもあるような気がした。婚約破棄はもちろんするけれど、このまま御伽噺のお姫様のように眠りこけているのを放置してはいけない。

 プリムは心を強く持ってハーバルの小さな背中を追った。

 正面に広がる鬱蒼としたこの森は、プリムにとって優しい場所ではないのかも知れないけれど。



 ハーバルの脚は短い。プリムの歩幅でも楽々追いつける。というよりもむしろ、蹴飛ばしてしまわないように気をつけながら歩いた。ハーバルの足取りは弾むようである。今日が夏至の夜だから浮かれているのだろうか。


「今日は夏至ですから、あなたたちには特別な夜ですわよね?」

「そうだよ」

「あなたはどうして一人だけでフラフラしているのかしら?」


 つい、思ったことを口にしてしまった。周囲に他の妖精はいなかった。ハーバルは一人で森をうろついていたのである。

 ハーバルは眉間に皺を寄せてプリムを振り返った。足が止まったのでしまったと思った。


「月がとっても綺麗だから散歩してたの!」


 妙にムキになる。これは友達いないなと思った。

 その点ではプリムも同じである。ヒトのことを言えやしない。

 プリムは枝葉を伸ばした木々たちの隙間から、皓々と輝く月を見上げた。そうして、つぶやく。


「本当ですわね。とっても綺麗」


 ハーバルはフン、とそっぽを向いた。そんな仕草が少し可愛く思えたのは、仲間意識だろうか。

 くすりと自嘲気味に笑ってプリムは歩く。

 そうして、ハーバルの足取りが再びスキップになる。やはり楽しそうだとプリムは思った。


「ねえ、後どれくらい歩くのかしら?」


 訊ねてみると、ハーバルは弾みながらプリムを見上げた。


「後ちょっとだよ。感謝してほしいね」

「え?」

「僕っていう案内役がいなかったら、君なんて永遠に森の中をさまよい続けただろうからね」


 そうなのか。確かに、妖精は幻惑の魔法が得意だという。抜け出せない迷宮をさまようハメにならなかったことはありがたい。けれど。

 ルーサーがああなったのはハーバルのせいなので、素直に礼を言うのも複雑なところである。とはいえ、プリムはひとつ大人になって礼を述べた。


「そうでしたの。助かりますわ」


 それでハーバルの機嫌が保てるのならまあいいだろう。エヘンと胸を反らせたハーバルは頭が重そうなので、よくひっくり返らないなとプリムは少々失礼なことを思いながら後ろを歩いた。


 すると、どこからともなく、プリムの耳にも楽しげな音楽が聞こえて来た。鈴を転がすような美しい歌声に、透明感のある旋律。これは妖精の歌なのだろうか。プリムが社交場で耳にする音楽も、日々練習を続ける音楽家が奏でる素晴らしいものであるけれど、それとはまるで質が違う。人に出せる音ではないと感じた。


 もし人間の音楽家が妖精の音楽に触れたなら、この世のものとも思えないような出来に夢見心地となるか、羨望に胸を掻き毟られるかのどちらかだろう。これは魅惑の歌だとプリムは思う。ただ、プリムは音楽に疎く、只今それどころではないということもあり、心奪われることはないのだが。


「お上手ですわね」


 とりあえずそれだけ言っておいた。すると、ハーバルは振り返って嫌な顔をした。はて、とプリムは首をかしげる。

 そうしているとその先に、光をまとった小さな妖精が数体、透き通る蝶の翅を持って夜の森を舞っていた。光の粉を振り撒き、歌い踊る妖精たちは、プリムが文献で見た妖精そのものであった。小さくほっそりとした少年少女の美しく、可憐な姿。プリムの手の平に乗るほどに小さい。


 うわぁ、と感嘆の声を漏らしたプリムに妖精たちは気がついたようだ。音楽はやみ、そうして妖精たちは人間のプリムに怯えるでもなく、狂ったように甲高く笑いながら飛び回った。


「あははは、ハーバルったら誰にも相手をしてもらえないものだから、ついにニンゲンと仲良くし出したみたいね!」

「あんな醜い妖精なんて妖精じゃないよ」

「そうそう、ニンゲンがお似合いだ!」


 プリムは呆然とした。可愛らしい妖精たちの残酷な言葉に、ハーバルは歯を食いしばって耐えていた。けれど、肩が大きく震えている。それなりに悔しさは感じているのだろう。


 プリムはふぅとため息をついた。プリムの言動も普段から他人を傷つけている。けれどそれはプリムを嫌って離れてもらうためである。からかいたいわけでも傷つけたいわけでもない。だから、今のハーバルのような顔をされるといつも心が痛んだ。

 それでも、プリムは謝ることもできない。傷つけることでプリムも同時に傷つく。そんな痛みを伴う言動を、この場の妖精は楽しげに行う。嘲り笑うことに抵抗などなさそうだ。


「ぼ、僕だってちゃんとこの森のためになることをしたんだ! あっちで大男が倒れてる、それは僕が魔法で眠らせたんだからな!」


 涙目になってそんなことを言う。けれど、妖精たちは笑うばかりでハーバルの言葉を何も信じていない風だった。プリムはハーバルのつむじに向けてぽつりと言った。


「あなた、あんなのと仲良くしたいのかしら?」

「へ?」

「くだらないですわ」


 ばっさりとプリムが言うと、ハーバルは目を丸くした。


「自分たちが楽しい、ただそれだけのために誰かを馬鹿にするような相手は、あなたが馬鹿にして差し上げたらよろしいのよ。さあ、さっさと行きますわよ」


 と、プリムはハーバルの手を取った。最初はびくりと手を引きかけたハーバルだったけれど、プリムが笑いかけたらフンとそっぽを向きながらも手は振り解かなかった。小さな妖精たちはうるさくはやし立てたけれど、プリムはもはやうるさく飛び回るハエのようにしか感じていなかった。ドス、ドス、と大股でハーバルを引きずるようにして先へと進む。

 甲高い笑い声を背に進むと、途中でハーバルが慌てた。


「違う、そっちじゃないよ。こっちだ」

「そっちもこっちも、一本道じゃありませんの?」

「違うよ、こっち」


 くいくい、と手を引かれた。けれど、プリムにはやはり一本道にしか感じられない。不思議なものだ。

 こうして手を繋いで歩いていると、ハーバルがエリィのように感じられた。天使のように愛らしいエリィとファニーフェイスのハーバルとでは似ても似つかないけれど、手のぬくもりが似通って感じられたのだろう。

 知らない道を行く心細さを、そのぬくもりが緩和してくれているような気がした。

 ハーバルは口数少なく、それでもプリムの手を握ってくれていた。


「もうすぐだよ。この先に王様のいる泉があるから」


 その言葉通り、先ほどの妖精の声よりも大人びた女性の、透き通るような歌声が聞こえて来た。明るい光が道の先にある。

 プリムは心構えをして、勢い余ってハーバルの手をぎゅっと握り締めた。あいだだだ、とハーバルが騒いだけれど、プリムはそれどころではなかった。


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