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プリムローズには棘がある  作者: 五十鈴 りく


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12/54

12✤Luther

 やってしまった、とルーサーは自分の浅はかさに愕然とした。

 屋敷の中で護られて育った令嬢が、血腥ちなまぐさい戦闘に慣れているはずもなかった。そんなことまで考えもせず、ただ魔物が出たから斬った。それはもちろんプリムローズを護るためではあったのだけれど、余計な苦痛を与えるようなやり方を護ったとは言えない。

 差し伸べた手に魔物の血が僅かながらに染みていて、この手が恐ろしいものであると示しているようだった。


 もともと、この婚約には少しも乗り気ではないプリムローズ。

 顔をしかめて、あるいは怯えてルーサーの手を振り払うだろう。そう思えたから、ルーサーは彼女にそれをさせる前に手を引こうとした。

 けれど、プリムローズはルーサーの手を握ったのだ。細い指にぐっと力を込め、大きな瞳には意志が宿っている。弱々しく可愛らしい外見であっても、やはり彼女はオルグレン卿の娘なのだとぼんやりと思う。


「大丈夫ですわ。連れて来てと言ったのはわたくしですもの」


 いつもツンと澄ましていて、好意的な姿勢はまるで見せてくれなかった。なのに、どうしてだか今はルーサーを思い遣り、手を跳ね除けることで傷つけると心配してくれたと、そう思うのだ。

 そうした思い遣りが、彼女の中にはあるのか。


 だとするなら、プリムローズには謎が多い。高飛車な態度の裏に、繊細な優しさを持つ。

 まだ十九年しか生きておらず、女性慣れしているとは言えないルーサーにその謎が解けるだろうか。もしかすると解けないかも知れない。それでも、解きたいと思えるのは、今、ほんのりと胸に宿る灯のような熱のせいだ。


「……次からは気をつけます」


 ルーサーがそうつぶやくと、馬の嘶きが近づいて来た。騎士見習いのイヴァンが、なんとかして馬を宥めているけれど、相当に気が昂っている。魔物に噛みつかれた脚のこともある。帰りの道に耐えられるだろうか。

 プリムローズはルーサーの手を離すと立ち上がった。立ち上がっても背は低いのだが、それでも背筋を伸ばして暴れる馬へと近づく。もう帰りたくなったのかも知れないけれど、今はまだ走らせることはできない。


「危ないですから、下がっていて下さい」


 ルーサーが声を上げると、プリムローズは振り向かずに腰に挿してあった短い杖を抜き取る。あれは魔法を扱う者のための道具だ。

 プリムローズは馬に向けて杖を構え、両手を添えて唱えた。


「காயத்தை குணப்படுத்த வேண்டும் என――」


 不思議な発音は、ルーサーの耳にはまるで液体のように流れて、形としては少しも残らなかった。

 ふわり、と柔らかな光の輪が荒れ狂う馬の頭上に降る。その光の輪がたてがみに染み込むようにして消えた時、馬は急に大人しくなってまぶたを閉じた。よく見ると、足の怪我が薄れているような気がした。


 魔法で癒したのだ。キアランならこうしたこともできたとは思うけれど、ルーサーにはできない。令嬢にしておくには惜しい才能である。

 プリムローズは童顔をキリッとイヴァンに向ける。


「とりあえず傷は塞ぎましたわ。後は気を落ち着けてあげて下さい」

「は、はい」

「では、参りましょう」


 こちらに顔を向けられた瞬間、ルーサーはぼんやりとしていた。ハッとしてうなずく。


「ええ、わかりました」


 低いながらに背筋をピンと伸ばし、愛玩動物のような顔立ちをキリリと引き締める。そんな彼女をルーサーは複雑な心境で見つめた。

 イヴァンにそこで待つように指示すると、ルーサーはプリムローズに続いた。そう、彼女はズカズカと薄暗い森に向かって行くのである。


 あんなことがあった後だというのに、臆した様子もない。女性というのはああいう局面で怖かったとすがりついて来るものだと思っていたルーサーには、プリムローズのその気丈さが不思議であった。女性とはいざとなれば強くあるのか、プリムローズが特別なのか、どちらだろう。


 すがりついてほしかったのかと問われるなら、まあそうだと思う。

 といっても、彼女相手にそれを言っても仕方がないようだ。


 ズカズカ進むとはいえ、女性の足だ。それも背の低い。だからルーサーの一歩が彼女の三歩ほどなのではないだろうか。ちょこちょこと歩く姿はやはり小動物のようだ。

 フ、とルーサーが笑みを零したことなど、必死で歩くプリムローズは気づきもしない。何をそんなに躍起になっているのかはわからないけれど、目的を達したら教えてくれるだろうか。できることならば、情報は共有したい。これから夫婦となるのなら――。



 森にはまるで入り口のように開いた道があった。木々が別れ、アーチのように見える道が一筋、薄暗い先へと伸びている。さあどうぞと言わんばかりに口を開いている。この森の中にも魔物がいないとは限らない。それなのに、プリムローズはなんのためらいもなく踏み入ろうとした。


「あ、危ないでしょう!」


 とっさに彼女の二の腕をつかんで後ろに引いた。プリムローズはまったく身構えておらず、ひゃあと令嬢らしからぬ声を上げて後ろにひっくり返りそうになった。ルーサーにしてみれば、ひっくり返るほどの力を込めた覚えもない。キアランたちならびくともしなかっただろう。


 慌てて背後からプリムローズを受け止めると、彼女はバネでも仕込んであるかのように素早く起き上がった。そうして、振り返ってルーサーを睨む。


「急に引っ張られた方が危ないですわ!」

「申し訳ない……」


 でかい図体でしょんぼりとする男などみっともないことこの上ない。そんな自分が情けなかった。

 こんなにも違うのだ。強気であっても、体は細く、頼りない。力もない。やはり、護らなければと思うのに、どうにも気持ちは空回る。


 プリムローズはふぅ、と嘆息すると、再び森へと目を向けた。そうして、やはりズカズカと踏み入るのだった。仕方がないのでルーサーもそのすぐ後ろについた。いつでも手が届く距離だ。とはいえ、不用意に引っ張ったら怒られるのだが。


 森に入ると、生い茂った木々に月明かりが遮られるかと思った。けれど、思った以上に明るい。むしろ、森の中の方が明るいのではないだろうか。何故だろうか。

 ぼんやりとルーサーが上を見上げると、プリムローズが正面を見据えたままでつぶやいた。


「今日は夏至の夜ですもの。妖精たちにとってはお祭ですわ。張りきってますわね」

「え?」

「感じませんこと?」


 そう言ってプリムローズがルーサーを見上げた。けれど、ルーサーにはプリムローズの言わんとすることがよくわからなかった。

 魔法を使うことはできないルーサーである。そうした知識はあまりないのだ。

 ただ、使えはしないけれど、体力があるせいか魔法への耐性は強いらしく、戦地でよく皆の盾にされるのだが。


「すみません、そうしたことは門外漢で……」


 正直に答えると、プリムローズはそれ以上何も言わなかった。会話はあっさりと途切れる。

 切ってしまったのはやはり自分か。

 彼女を楽しげに笑わせられるような話術は自分にはない。帰ったらキアランに相談すべきだろうかと少し心が沈んだ。


 まっすぐな道を歩き続けると、道はどこまでも続くような気がした。けれど、森にこうも歩きやすい道があることに疑問を持つべきであったのかも知れない。疑問を持って振り返れば、来た道が消えて草木に覆われてしまっていることに気づけただろうに。


プリムの唱えている呪文の文字はガラケーでは表示されないそうです。

ガラケー派の皆様ごめんなさい……m(_ _)m

なんて言っているのかよくわからない呪文を唱えたという認識で大丈夫です(え?)

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