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『Gulf Storm』シリーズ

Gulf Storm~中東の空に舞うスズメバチ~

作者: Ghost SAF

現代戦(湾岸戦争)を舞台に、作者の趣味を全開にして兵器のリアリティを可能な限り追求したシリーズの第3弾です。便宜上、シリーズものとして扱っていますが、短編なので前2作との内容的な繋がりは一切ありません。

なので、これを読んで下さるだけでも非常にありがたいのですが、よろしければ残り2作品も読んでいただけると、とても嬉しいです。

ちなみに、例によって専門用語や馴染みの無い単位が頻繁に登場しますが、演出上の都合なのでご容赦ください。



事前説明


方位:真北を0度とした時計回りの360度で表記。

例:000(北)・090(東)・180(南)・270(西)


ftフィート:0.3048m

ktノット:時速1.852km

1nm(ノーティカルマイル/海里):1.852km

 1990年8月2日にイラク軍による突然のクウェートへの軍事侵攻で始まった中東の危機は、国際社会の強い非難を受けて開かれた国連決議と11月29日の最後通牒を経て運命の1991年1月17日を迎える。

 この時、イラク・クウェート両国の周辺には国連安全保障理事会の常任理事国による制裁決議に基づいて編成された大規模な多国籍軍が展開し、彼らは充分に時間を掛けて万全の態勢を整えた上で作戦開始の命令が下されるのを待っていた。

 当然、この大規模な多国籍軍の中核を担ったのは東西冷戦の終結後も健在だった唯一の超大国アメリカ合衆国の軍隊であり、彼らは自らが保有する強大な軍事力を誇示するかのように陸海空の大部隊を惜しみなく投入した。それこそ、アメリカ軍だけで戦争を遂行できそうな程の戦力である。

 そして、そんなアメリカ軍部隊を象徴する存在と言っても過言ではないのがCBG(空母戦闘群)であり、今回の湾岸危機においては半数に匹敵する6個CBGをイラク周辺の海域に展開させていた。

 なお、いま話題に上ったCBGとは空母を中心にして複数の水上戦闘艦、それと攻撃型原子力潜水艦と補給艦で編成された艦隊の事を指している。

 ここで話を元に戻すと、湾岸危機において中東地域へと派遣されたアメリカのCBGは3個が紅海、残り3個がオマーン湾に展開して1月17日の『デザート・ストーム作戦』の発動と同時に事前の作戦計画に従って軍事行動を起こした。

 ちなみに、一方のCBGが3個ともイラク領に接するペルシア湾では無くオマーン湾に展開した理由なのだが、それは小規模な海軍(主力は高速ミサイル艇が13隻で残りも小型艦艇ばかり)とはいえイラク海軍が健在な内は攻撃を受ける可能性があり、そんな状況下では狭くて大型艦が作戦行動を実施するのに不向きなペルシア湾に入るリスクを避けたかったからである。

 さて、こんな流れでアメリカ海軍が誇るCBGと聞けば満載排水量が100000tを超える巨大な原子力空母を中心に編成された強力な艦隊を想像するかもしれないが、この時は世界規模で恒常的に行われているディプロイメント(作戦航海:長期間に及ぶ作戦行動で綿密なスケジュールに従って計画的に実施される)の都合で派遣されたCBGの大半が通常動力の空母を中心とする艦隊で、中には第2次世界大戦終結直後に就役した『ミッドウェイ(CV41)』と言う旧式艦まで含まれていた。

 その為、1月17日以降の本格的な空爆実施期間中に湾岸地域に展開していた原子力空母はニミッツ級4番艦の『セオドア・ルーズベルト(CVN71)』のみである。折角なので、ここは作戦に唯一参加した原子力空母『セオドア・ルーズベルト』のCBGに焦点を合わせてみよう。

 当然の事だが、CBGに分類されているからにはニミッツ級空母以外にも複数の艦船が随伴艦として行動を共にしており、タイコンデロガ級イージス巡洋艦、スプルーアンス級ミサイル駆逐艦、オリバー・ハザード・ペリー級フリゲート艦、ロサンゼルス級攻撃型原潜などで艦隊を組んでいる。

 さらに、CBGが有する打撃戦力の中核を担っているのが空母に搭載されたCVW(空母航空団)であり、湾岸危機に参戦した原子力空母『セオドア・ルーズベルト』にはCVW-8(第8空母航空団)が搭載され、戦争に対応した編成となった同航空団は『F-14Aトムキャット』戦闘機と『F/A-18Cホーネット』戦闘攻撃機が2個飛行隊(24機)ずつ、『EA-6Bプラウラー』電子戦機4機・『E-2Cホークアイ』早期警戒機4機・『S-3Bヴァイキング』対潜哨戒機6機・『KA-6Dイントルーダー』空中給油機4機・『C-2Aグレイハウンド』輸送機1機・『SH-3シーキング』対潜哨戒/救難ヘリコプター6機の計73機で編成されていた。

 ただし、実戦ともなれば機体トラブルや整備の都合で実際の稼動機数が搭載数より少なくなる事も充分に考えられるので、これだけの機数の航空機が常に飛行可能だった訳では無い。

 そして、陸上の基地から運用される空軍の航空機とハイテク兵器の活躍ばかりが注目される湾岸戦争おいて最も活躍した艦載機(空母での運用が可能な航空機)を1つだけ挙げるとすれば、それは“スズメバチ”という公式のニックネームを与えられた『F/A-18ホーネット』で決まりだった。


   ◆


 この『F/A-18ホーネット』として制式採用された機体だが、その直接の原型機となったのは『P-530』から発展してアメリカ空軍のLWF(軽量戦闘機)計画に提案された『YF-17』という試作機である。

 当時、アメリカ空軍では高性能だが高価で必要な機数を揃えられない戦闘機『F-15イーグル』を補完できる平凡だが安価な戦闘機が求められており、そこに制式採用を目指して『YF-16』と競う形で提案されたのが『YF-17』だったのだ。

 もっとも、途中でLWFから変更されてACF(空戦戦闘機)となった計画では『YF-16』の方が勝利を収めて『F-16ファイティングファルコン』の名称で空軍に採用されてしまうが、紆余曲折を経て『YF-17』の方も『F/A-18』として海軍に制式採用されたのだから現実は何が起こるか分からない。

 それでは、ここで艦載機と通常の航空機との構造上の違いについて簡単に述べておきたい。まずは艦載機と呼ばれるカテゴリーに分類されている事からも分かるように、基本的には空母で運用する為に必要となる装備が随所に追加してあるのだ。

 具体的にはランディング・ギア(降着装置)関連でカタパルトによる発艦とアレスティング・フックによる着艦に備えた装備の追加で、それと同時に発着艦時に機体へ掛かる強烈な負荷(機種や機体の状態によっては80tを超える)にも耐えられるようランディング・ギアを中心として機体各部の構造が大幅に強化されている。

 ついでに解説しておくと、カタパルトは短い距離でも機体を離陸可能な速度にまで加速させる装置でニミッツ級空母には機関の原子炉で発生した熱を利用する蒸気カタパルトが合計4基設置されていた。

 そして、アレスティング・フックとは機体尾部にあるフック状の装備で、空母のフライトデッキ(飛行甲板)上でも艦橋近くに設置された丈夫な金属製のアレスティング・ワイヤ(着艦方向に対して直角になるよう約15mの間隔で張られており、『セオドア・ルーズベルト』には全部で4本あってパイロット達は安全性や確実性を考慮して艦尾から数えて3番目のワイヤを狙って着艦する)を引っ掛け、陸上基地の滑走路よりも圧倒的に長さの足りない空母のフライトデッキ上で機体を強制的に停止させるのに欠かせない装備となっている。

 そんな訳で話を本題の艦載機の方に戻すと、もう1つの構造上の大きな特徴としては機体をコンパクトに出来る事が挙げられる。

 これは文字通り機体の一部(固定翼機は主翼、ヘリはメインローターの場合が多い)を折り畳んでサイズを小さくし、艦としては巨大でも陸上の基地に比べれば遥かに狭い空母のスペースを少しでも有効に使おうとした末の構造であった。

 なので、そういった数々の制約の中で開発された『F/A-18ホーネット』は艦載機として必要な性能を当然のごとく満たしていたが、なによりも特筆するべき点はF(戦闘機)とA(攻撃機)の名称が示すように対空/対地/対艦という異なる任務を同一機種で実施できる多用途性だろう。

 しかも、この多用途性こそがアメリカ海軍が次世代の艦載機に求めていた能力であり、特定の性能だけに絞って更新対象の『F-4SファントムⅡ』や『A-7EコルセアⅡ』と比較すれば劣る部分もあったのだが、翼下に重たい爆弾を抱えた状態でも敵機との空戦が可能だった事から『F/A-18』の登場によって運用の柔軟性は大幅に向上している。

 それと同時に忘れてはならないのが整備性の高さで、『F-4S』よりもエンジンを構成する部品点数を減少させた事や材料さえあれば補修部品を艦内のAIMD(航空機中間整備部門)で加工可能にした利便性、故障箇所の診断と交換が極めて容易な電子装備などの導入で整備兵の負担を減らし、軍隊特有の過酷な環境でも高い稼働率を維持する結果に繋げていた。

 次に解説するのは『F/A-18』に使われている技術の中でも従来機から大きく変わっている部分なのだが、象徴的なのは操縦システムとして新たに採用されたフライ・バイ・ワイヤだろう。

 これはパイロットが行う操作をコンピューターを介して電気信号に変換して各動翼に伝えるもので、従来の油圧方式による操作と比べてより細かい操縦を行う事が可能だった。

 ただし、パイロットが手で握る操縦桿そのものは従来機と同様でシートに座った際に両脚の間にくるような配置となっており、今まで通りの感覚で物理的に大きく動かす事も出来る構造(同じ操縦システムを採用している『F-16』ではサイドスティックと呼ばれ、その配置場所もコクピット右側にあるサイドコンソールになっていた。おまけに、フライ・バイ・ワイヤ方式では圧力を感知できれば良いのでサイドスティック自体もほとんど動かない)になっている。

 さらに、コクピットにもグラスコクピットと呼ばれるタイプが本格的に導入され、デジタル表示装置をメインにしたコンソール(計器盤)が正面にあってパイロットが任意で表示内容を変更できる3基のMFD(多機能ディスプレイ)が一際目立っていた。

 それと、機体の外見的な特徴としてはLEX(主翼前縁付け根延長部)が存在し、真上からだと主翼の付け根からコクピット付近までの部分に細長い翼が追加されているように見えなくもない。

 ちなみに、アメリカ海軍の艦載機では洋上を飛行中に何らかのトラブルでエンジンが停止しても直ぐに墜落しないようにする(陸上に比べて救助が難しい)為、エンジンを2基搭載した機体を好んで採用する傾向があったので『F/A-18』もA/B(アフターバーナー:エンジンから発生した高温の燃焼ガスに追加で燃料を吹き付け、燃料消費量の増加と引き換えにエンジン推力を増加させる装備)付きのターボファン・エンジンを2基搭載していた。

 最後に同機の武装についても簡単に紹介しておくと、固定武装としてアメリカ軍機では標準的な6銃身の『M61A1』20mmバルカン砲(装弾数578発で発射率は4000発/分と6000発/分の選択式)を機首中央の上部に搭載している。

 それ以外に搭載可能な装備としては、アメリカ海軍で運用している主なAAM(空対空ミサイル)・AGM/ASM(空対地ミサイル/空対艦ミサイル)・各種爆弾(自由落下と誘導の両方)・ドロップタンク(外部燃料タンク)などを重量やサイズの許す範囲内であれば、与えられた任務内容に応じた柔軟な組み合わせで自由に搭載が可能だった。


   ◆


 現地時間で1991年1月17日午前3時の総攻撃開始が開戦の狼煙となっていた『デザート・ストーム(砂漠の嵐)』作戦は、多国籍軍が湾岸地域に展開させた多数の航空機によるイラク軍への大規模な空爆から始まろうとしていた。

 ちなみに、この大規模な空爆における第1段階はイラク軍の指揮中枢施設を始めとした戦略目標に対する攻撃であるが、これは世界で最も濃密とも言われた敵の防空態勢を警戒してステルス機の『F-117Aナイトホーク』と巡航ミサイル(トマホークやALCM)が担当した。

 それと時を同じくして実施されたのが第2段階の攻撃で、こちらは防空態勢そのものの弱体化とイラク空軍の無力化を最終目標に多数の多国籍軍機が参加して早期警戒レーダー・防空部隊・航空基地などを一斉に攻撃する計画になっている。

 そして、この第2段階の空爆に参加した航空部隊の中にはオマーン湾に展開する空母『セオドア・ルーズベルト』に搭載されたCVW-8所属機が含まれていた。


「艦長、時間です」

「そうか」


 巨大なニミッツ級空母における唯一の艦上構造物とも言えるアイランド(艦橋)内のブリッジでは、傍らに控えていた副長の言葉を聞いて小さく返事をした艦長が艦内放送用のスピーカーに繋がったマイクを右手で掴むと、はっきりとした声で全乗組員に対して開戦後初の命令を発する。


「艦長より全クルーに達する。作戦開始時刻となった。直ちにストライク・パッケージ(攻撃隊)の発艦に取り掛かれ」

「作戦開始時刻である。総員、直ちにストライク・パッケージの発艦に取り掛かれ」


 副長が艦長の発した命令を復唱して艦内に流すと、緊張状態が続いていたものの多少は穏やかな雰囲気も残っていた空母の艦内が一気に慌ただしくなり、今までとは違うピリピリとした緊張感を肌で感じられるようになる。

 すると、それまで20kt前後の速力で緩やかな楕円形の航路を維持して特定の海域を周遊していた空母が大きく針路を変え、さらに機関出力も最大近くにまで上げて30ktを超える最高速力での直進航行に移ってフライトデッキ上を強い向かい風が吹くようにした。

 これは向かい風を受けた状態の方が航空機の発艦(離陸)に適しているからで、陸上の基地と違って洋上を自由に移動できる空母ならではの動きだった。

 もっとも、こんな風に大型艦が周囲を気にせずに最高速力で航行できるのは艦隊を構成する各艦の距離が充分に離れているからで、現実の陣形はニュース映像や写真などで目にするような密集陣形とは大きく異なる形をしている。

 その理由は各艦の距離があまりにも近いと1度の攻撃を受けただけで多数の艦に被害が出るかもしれないし、迎撃行動時に味方艦が射線に入ってくると誤射を起こしてしまう可能性も高く、自由な回避行動すら出来なくなるからだ。

 そして、どのような任務内容が与えられていたとしても、最初に空母から飛び立つのは発艦に失敗して海に機体が墜落した場合に備えてパイロットの捜索や救難も担当するヘリコプター(CVW-8所属機では『SH-3シーキング』)だと規定で決められている。

 だが、今回は既に周辺空域の索敵を担うAEW(早期警戒機)『E-2Cホークアイ』とCAP(戦闘空中哨戒:敵機の襲来に備えた作戦空域の警戒飛行と迎撃)を行う戦闘機『F-14Aトムキャット』が上空でそれぞれの任務に就いていた。

 だから、それらの機体が発艦する際に飛び立ったヘリが現在も定期的に交代しながら空母の近くで空中待機を続けており、直ぐにストライク・パッケージを構成する航空機部隊の発艦となる。

 そういった事情もあってデッキクルー(艦内の各デッキで艦載機の運用に携わる兵士)による機体の最終確認と燃料補給、各種兵装の搭載が終わった多数の戦闘機がフライトデッキ上には所狭しと並び、その状態でパイロットやクルーの搭乗とプリフライ(航空管制所)からの発艦指示を待っていた。


「いよいよ、作戦が開始されるのか……。まあ、この日の為に厳しい訓練を積んできたようなものだから後は自分を信じて飛ぶだけだぞ、ドミニク。ただし、何が起こるか分からない以上、油断だけは絶対にするなよ」

「ああ、分かってるさ。それよりも、お前の方こそ油断するんじゃねえぞ、ライアン」

「まさか、“ドジのドミニク”に心配される日が来るとはな……。こいつは何か良くない事が起きる前兆か?」

「言ってろ。そいつは昔の話だ」


 そんな慌ただしさの増す空母艦内のフライトデッキに向かう通路ではフライトスーツと耐Gスーツ(必要に応じて空気圧で下半身を締め付け、Gの影響で下半身に血液が集まって身体機能が低下するのを緩和する装備)を身に付け、ヘルメットを被った2人の男が軽口を叩き合いながら足早に歩いている。

 彼らは開戦初日の攻撃作戦に参加するCVW-8隷下のVFA-87(第87戦闘攻撃飛行隊:ゴールデン・ウォリアーズ)に所属する『F/A-18Cホーネット』のパイロット、ライアン・ギャレット大尉(TACネーム:Guy)とドミニク・オリバレス大尉(TACネーム:Duck)だった。

 ちなみに、ここで登場したTACネームとは同じ飛行隊所属の先輩パイロットが新入りに対して付ける公式のニックネームで、仲間になった証であると同時に大抵は任務中の無線通信(聞き間違いを防ぐのと本名を使うのを避ける目的がある)において使用される。

 少し話が脇道に逸れてしまったが、空母のフライトデッキでは陸上の基地よりも安全基準が厳しく設定されている為に誰であろうとヘルメットを被ってバイザーを下ろさなければならないので、彼らは艦内を移動している段階からコクピット内にいる時と同じような仰々しい格好をしているのだ。

 そして、全ての準備を整えた彼らが艦内から外へ出てフライトデッキに上がると、そこでは既に一部の機体の発艦作業が始まっていた。

 もっとも、発艦する順番は各機体の航続距離・飛行速度・攻撃目標までの距離といった様々な情報を基に厳密に決められているので、効率よく作業が行えるよう各機体は使用するカタパルト近くに設定された発艦の邪魔にならないスペースに整然と駐機されていた。

 なお、アングルドデッキ(舷側部分に斜めに張り出した甲板)を採用している空母であっても安全上の理由から発艦と着艦を同時に行う事は無く、当面の間は着艦の予定も無い(着艦が優先だから)ので今は4基あるカタパルトをフルに活用して迅速にストライク・パッケージを構成する機体の発艦作業が最優先で行われている。

 そこでギャレット大尉は今回の出撃において自分が搭乗する事になっている機体へ近付くと早速、あらゆるパイロットが搭乗前に必ず実施するよう義務付けられている作業に取り掛かった。


「いつものように機体には何処も問題が無かったので、このままコクピットに乗り込んでエンジンの始動に向けた操作を始める。だから、そちらも準備してくれ」

「了解です」


 最初に機体の周囲をゆっくりと歩きながら各動翼やアクセスパネル類を中心にパイロットが自分の目と手を使って不具合が無いかを確かめるプリフライトチェックを実行し、何処にも異常の無い事を確認した大尉が整備担当のデッキクルー(曹長)に声を掛け、それからコクピットに乗り込んでシートに座ると彼の手を借りてハーネス(シートベルト)をしっかりと締める。

 ちなみに、彼が搭乗予定の『F/A-18C』には自衛用の『AIM-9Lサイドワインダー』AAMが翼端に1発ずつの計2発、主翼下の翼端寄りにあるパイロン(兵装を搭載する為の懸架装置)に『AGM-88B』HARM(高速対レーダーミサイル)が1発ずつの計2発、同じく主翼下の胴体寄りパイロンにドロップタンクが1本ずつの計2本という組み合わせで搭載されていた。

 そして、曹長が機体から離れると大尉は外部から供給される電力を使ってチェックリストを見ながら第1段階の手順としてコクピット内の各種計器に異常が無い事を確かめ、そこから先の手順は機体の傍らに立つデッキクルーの1人とインターコム(機体にコードを差して使う直通の有線通信)で緊密に連絡を取り合いながらエンジンを始動させるのに必要な操作を行う。

 なお、そういった何段階にも及ぶ手順を確実に踏んで作業をする理由は、エンジンノズルやエア・インテイク(空気取り入れ口)付近は特に危険が大きくて事故も多い事で知られており、フライトデッキ上でエンジンを始動させる際には機体の周囲にいるデッキクルー達との細かな連携が欠かせないからだ。

 しかも、今回のような夜間ミッションでは必要最小限しか用意されない明かりの下での発艦準備となるので、その難易度は昼間と比べると格段に跳ね上がる。

 そうして最終的に大尉が手順に従って右エンジンのスタートボタンを押してエンジンの回転数が10%に達したところでスロットルをアイドリング・ポジションへ押し込み、そこで回転数が60%でエンジン内温度・油圧といった数値が基準値内に収まって安定しているのを確かめ、何も問題が無ければインターコムに向かって声を発する。


「引き続き左エンジンの始動に取り掛かる」

「了解です。いつでもどうぞ」


 こうしてデッキクルーから再度の許可を受けると、彼は同様の手順で左エンジンも始動させて2基のエンジンが推力60%のアイドリング状態で正常に稼動しているのを改めて確認すると、次の段階へ移行する事をインターコムで報せる。

 ちなみに、艦載機の運用に何らかの形で直接関わるクルー達は着用するジャージ・ライフベスト・ヘルメットなどを色や記号で区別して一目で分かるようにしてあり、それは安全性と作業効率を同時に高める効果があった。


「エンジンの始動を完了した。これより、機体各部のチェックに入る」

「了解」


 その後、暗闇の中で光を発するワンドを持ったデッキクルーの指示に従ってフラップやエルロンといった動翼やライト類、スピード・ブレーキやギア・ブレーキといった箇所の点検を省略せずに行う。

 それに続いて通信機器の確認と航法装置のセッティングやミッション・データの読み込み、各種電子装備や搭載兵装のチェックなども含めた諸々の準備を済ませたところで仕上げとばかりにキャノピーを下ろし、次にインターコムのコードが機体から引き抜かれて連絡を担当していたデッキクルーも機体から離れていく。

 すると、別のデッキクルーによって機体を固定していた鎖やタグの付いた大きな安全ピンなどが次々に外されてゆき、最後にタキシングの準備が全て完了した事を機体正面に立つデッキクルーがワンドを大きく振ってパイロットに報せる。

 そして、それを受けた大尉が無線を通じてFDCLOR(フライトデッキ管制・発艦オペレーション・ルーム)にカタパルトまでのタキシング(自力でのフライトデッキ上の移動)許可を求めると、ほとんど間を置かずにFDCLORからタキシングの許可が下りた。


「ゴールド11(大尉が搭乗する機体のコールサイン:任務に参加する機体に与えられる識別コード)よりオペレーション・ルーム。機体の出撃準備が完了した。なので、カタパルトまでのタキシング許可を求める」

「オペレーション・ルームよりゴールド11。タキシングを許可する。1番カタパルトへ向かえ」

「ゴールド11、了解」


 大尉はタキシングの許可が下りた事をライトの点灯で誘導を担当するデッキクルーに報せると、左手でスロットルを慎重に操作して彼の指示に従って駐機場所から艦首右舷側に設置された1番カタパルトへと移動していく。

 その頃、カタパルトの制御を担当する艦内の部署では1番カタパルトに進入した『F/A-18Cホーネット』の発艦に備え、各要員が手際よく自分のするべき作業をこなしていた。

 なにせ、カタパルトで機体を発艦させるには蒸気圧を発艦機の重量に合わせた適正値にしなければならない(不足すれば加速しきれず海上に墜落、高すぎれば機体が破損する)のだが、制御室に発艦に必要な圧力の適正値が伝わるのには多少の時間を要するので、カタパルト使用時は常に全ての搭載機の中で最も重い発艦重量になる機体に必要な値にしてあった。

 これは圧力を高めるよりも下げる方が短時間で済むからで、限られた人員と装備で効率よく発艦作業を行う為に考え出された方法である。そんな訳で1番カタパルトから発艦する今回の任務における『F/A-18C』の機体重量が伝えられると、制御室では直ぐに圧力の調整が行われて適正値となった。

 それが行われている間、フライトデッキ上のカタパルト付近ではデッキクルーによる機体と搭載兵装の最終チェックが行われ、彼らによって問題の無い事が確認されると担当者がホールドバック・バー(カタパルト上での不意の前進を防止する部品)をノーズギア(前脚)へと装着する。

 そして、再びデッキクルーの誘導に従って大尉が機体を所定の位置までゆっくりと前進させると、カタパルト担当のデッキクルーがノーズギアとカタパルトシャトルの連結作業と点検を実施した。

 すると、発艦位置についた機体後方ではJBD(ジェットブラスト・ディフレクター:高温のエンジン排気から後方の機体やクルーを守る板状の防護装置)がせり上がり、作業の終わったデッキクルーは全員が安全な場所まで直ぐに退避する。

 そこで機体周辺の安全確保を担当するデッキクルーが進路上の安全を確認し、身体の動きで安全が確保されているのをノーズギアの所で作業をしていたクルーに伝えると、彼も準備が整った事を示す合図を発艦作業を指揮する担当者に送ってから駆け足で安全な場所へと退避していく。

 それと同時に機体周辺の安全確保を担当するクルーからも新たな合図が上がり、コクピット内で彼らの迅速かつ的確な作業を見守っていた大尉が敬礼をしてデッキクルー達に感謝の意を表す。

 そうやって発艦準備が完了した事がデッキクルー経由で全ての作業を統括するプリフライにも届けられると、そこで周辺空域の安全と他の発艦機の動きも確認して問題なく発艦させられる事が分かると間隔を空けずに発艦するよう指示が出た。


「1番カタパルト、発艦を許可する」


 すると、デッキクルーの1人が片膝を付いた姿勢で左腕を真っ直ぐ伸ばして艦首を指し示し、彼の動きを確認した別のクルーが手元のコンソールにある射出ボタンを押した。

 その途端、ホールドバック・バーが外れてカタパルトシャトルに連結された機体が艦首方向へと勢いよく加速してゆき、ほんの2秒足らずの時間で発艦に必要な速度である140ktを軽々と超えて弾薬や燃料を満載した『F/A-18Cホーネット』を闇夜の空へ飛び立たせる。

 なお、映画やゲームなどの娯楽作品で描かれる発艦シーンでは射出前からエンジンのA/Bに点火しているような演出がされている場合もあるが、それが現実の発艦作業で行われる事は無い。

 なぜなら、必要以上に高温のエンジン排気をJBDに浴びせれば傷みが進行して補修の頻度が増す事によって運用効率の低下を招くだけでなく、発艦機の方でも出撃前の段階で燃料を消費して作戦の柔軟性に影響を与える(空中給油回数の増加や戦闘行動時間の減少など)からだ。

 なので、発艦時のパイロットはデッキクルーとカタパルトを信じて彼らに全てを任せ、それこそ操縦桿やスロットルから手を離すぐらいの気持ちで射出されるのを待つのが任務だった。


「ゴールド11、テイクオフ」


 こうして射出される時に発生する強烈なG(重力加速度)によって身体がシートに押し付けられる状態の中、ギャレット大尉は機体が発艦したのをキャノピー越しに見える周囲の景色の変化と全身に感じる浮遊感のようなもので認識すると、任せきりだった先程までとは打って変わってパイロットの負担が一気に増加する。

 具体的には、最初に左手でスロットルを最奥まで押し込んでA/Bを作動させるのと共に右手で操縦桿を僅かに手前に引いてピッチ角(機体の地面に対する上下への傾き)6~8度の緩やかな上昇機動で速度と高度を同時に稼ぎ、それに引き続いて左コンソールにあるレバーを操作して飛行中は空気抵抗にしかならないランディング・ギアを出来るだけ早く機内へと格納して高速飛行に備えた。

 さらに、無事に発艦が完了した事を示すコールを無線越しに発して状況を報せるだけでなく、次に出される指示にも迅速に対応しなければならない。

 その結果、発艦に伴う作業を全て終えたのを見計らったかのように絶妙なタイミングで航空管制の実務を担うCATCC(空母航空管制センター)から新たな指示が届く。


「コントロールよりゴールド11。発艦後は速度400kt・高度26000ftを維持して方位280へと向かえ。なお、作戦空域に到着した後の指示は空軍所属のAWACS(早期警戒管制機:機種は『E-3Aセントリー』)、コールサイン“ガード05”が担当する」

「ゴールド11、了解」


 こうしてCATCCからの指示を受けた彼はHUD(ヘッドアップ・ディスプレイ:飛行に必要な情報を投影する透明なプレート状の表示装置で、正面コンソールの上部に設置してある)を見ながら操縦桿とスロットルを巧みに操り、発艦直後の上昇旋回で最初に方位を合わせた後は一気に高度26000ftまで上昇していく。

 そして、所定の高度に達して水平飛行に移ったところでスロットルを戻して推力を90%以下にまで落とし、対気速度(機体に取り付けられたセンサーに流入する空気の速度から算出される航空機における速度表示の基本)を指示された値に合わせる。

 その後、やや遅れて発艦したオリバレス大尉の操縦する『F/A-18Cホーネット』とも高度26000ftの上空で合流して編隊を組むと、彼は空軍のAWACSの管制下にある作戦空域を目指して夜の空を飛行し続けるのだった。


   ◆


 湾岸戦争において多国籍軍が実施した大規模な空爆の先陣を切ったのは、『AH-64Aアパッチ』攻撃ヘリと『MH-53Jペイヴロウ』特殊作戦ヘリの混成部隊であり、1月17日の午前2時に国境を越えてイラク領内へと低空から侵入し、西部にある2箇所のイラク軍早期警戒レーダー基地をミサイル・ロケット弾・機関砲による攻撃で完膚なきまでに破壊した。

 それから僅か12分後には、イラク各地にあるレーダーに探知される事なく領空の奥深くへと侵入したステルス攻撃機『F-117Aナイトホーク』がIOC(迎撃作戦センター)に最初のレーザー誘導爆弾を投下したのを皮切りに攻撃が激しさを増し、バグダット周辺にあるイラク軍の指揮通信システムの中枢を担う重要施設が次々に『F-117A』の爆撃を受けて機能を奪われている。

 さらに、防備の固い重要施設には間髪を入れずに巡航ミサイルによる追撃が行われ、ヘリ部隊の切り開いた監視網の穴から侵入したストライク・パッケージはスカッドミサイル陣地を攻撃した。

 しかし、この程度の打撃ではイラク軍の防空態勢を完全には破壊できず、生き残ったIOCや早期警戒レーダーは依然として稼動を続け、空に監視の目を光らせていた。

 そして、アメリカ軍の飛ばした多数の電子戦機による激しいジャミング(電子妨害)が実施されている最中、イラク軍のレーダーが西と南から首都バグダッドへと迫る多国籍軍の大規模編隊を捕捉する。


「敵の大編隊がバグダッドに接近しているのをレーダーが捉えました!」

「未だに中央からの命令は無いが、ここを通す訳にはいかん! 全力で迎撃するんだ!」

「了解!」


 当然、これらの航空部隊に対してイラク軍は首都を防衛するSAM(地対空ミサイル)部隊を総動員して迎撃を開始する。その決断によって捜索レーダーが捉えた無数の反応に射撃用レーダーが照射され、得られた情報を基に無数のミサイルが夜空を切り裂くように地上から次々に発射された。

 だが、彼らは重大なミスを犯している事に全く気が付いていなかった。実は、彼らが多国籍軍の航空部隊だと思って攻撃した無数の反応は本物の航空機みたいに電波を発するデコイ(囮)やドローン(無人標的機)だったのだ。

 そして、迎撃している気にさせてイラク軍にミサイルを盛大に撃たせる事こそ、SEAD(敵防空網制圧)任務で出撃した本命の航空部隊が待ち望んでいた状況であった。


   ◆


 私は作戦計画に従って途中の安全な空域で『KC-130ハーキュリーズ』からの空中給油も受け、ほぼ予定通りの時刻にクウェート領空近くに設定された待機空域へと進出して作戦が発動されるのを待っていた。

 勿論、顔を動かして周囲に視線を巡らせればウイングマン(僚機)のドミニクが操縦桿を握る『F/A-18Cホーネット』を始めとしたストライク・パッケージを構成する機体が集結しているのは確認できるし、そのコクピット内では誰もが私と同じように緊張した面持ちで作戦が開始される瞬間を待っているのかもしれない。

 ただ、こうして周囲を見回した時に感じるものを1つだけ挙げるとすれば、空中衝突を避ける為とターゲットの位置が広範囲に散らばっているという2つの理由を差し引いても肉眼で視認できる機数が少ない事だろう。

 なぜなら、私達はオマーン湾に展開する空母から出撃しているのだが、それだと目標までの距離が長くなるのでタンカー(空中給油機)による万全の支援体制の構築が不可欠であるにも関わらず、充分な機数のタンカーを揃えられなかった所為で出撃機数が制限された経緯があるからだ。

 もっとも、こうなった背景にはアメリカ空軍と海軍/海兵航空隊における空中給油方式の違いが大きく関わっていた。実は空軍の空中給油はフライングブームと呼ばれる方式で、これは海軍や海兵隊が採用しているプローブアンドドローグ方式とは全く異なる装備と方法で行われるものだった。

 当然、本来ならどちらか一方に統一した方が運用上の制限は回避できるのだが、フライングブーム方式は大型機への給油に適しており、その特性が多数の大型爆撃機や大型輸送機を世界規模で運用する空軍にとっては大きなメリットとなっている。

 おまけに、この給油方式の違いはアメリカ空軍と同系の機種を主力として運用する世界中の同盟国にも広がっているので、急場凌ぎで作戦地域に展開する他国のタンカーから空中給油を受けるにしても限界があった。


「ブラックホール(航空作戦を担当する指揮所の識別コード)より当該空域で待機中の全航空部隊に達する。嵐は稲妻と共に吹き荒れる。もう1度、繰り返す。嵐は稲妻と共に吹き荒れる」


 そんな中、所定の空域で待機を始めてから僅か数分で私達に行動を開始するよう命じるコールがAWACSに搭載された通信システム経由で機体の無線を通じて私の耳に聞こえてきた。

 なので、命令を受けた私は素早く周囲を見回して友軍機の動きと位置関係を把握して空中衝突の恐れが無いのを確かめると操縦桿を動かして機首を目的の方位へ向け、それから左手でスロットルを奥へと押し込んでエンジン推力を90%以上にまで上昇させて戦闘に備えた速度での飛行を開始する。

 さらに、その一連の操作に併せてウイングマンに無線で司令部からの命令の確認も兼ねた短い指示を伝え、彼の操縦する機体を先導する形での編隊飛行へと移行した。


「ダック、今の通信は聞いたな? このまま私に付いて来い」

「ウィルコ(了解)」


 ちなみに、私も参加するストライク・パッケージに与えられた任務はクウェート領内に展開するイラク軍防空部隊に対する航空攻撃、いわゆるSEADと呼ばれる非常に難易度が高くて危険度も高い攻撃作戦である。

 なにせ、こちらから敵の防空部隊を挑発して相手の攻撃を誘発し、その際に得られる電子情報を逆探知してSAMやAAA(対空火器)の潜伏地点、レーダー関連施設といったものを特定すると直ちに反撃を加えて更なる追撃が実行される前にターゲットを撃破していくという戦術だったからだ。

 そんな訳で私はターゲットを捕捉でき次第、間髪入れずに直接的な攻撃行動に移れるようコンソールの表示を改めて確かめ、ロックオン完了後にトリガーを引くだけで主翼下に搭載した『AGM-88B』HARMを発射できる態勢になっている事を敵の防空圏内深くへと侵攻する前に確認しておく。

 さらに、敵の発する電子的な脅威に対抗する為にレーダーをSIL(逆探知回避)モードにした上で機体に内蔵された警戒システムやECM(電子妨害)が正常に機能し、何かあればコンピューターが自動的に最適な対抗策を起動させる状態になっている事も攻撃が開始される前に確認しておいた。

 勿論、こうやってターゲットへの接近と捕捉を目的とした飛行を続けている間も作戦の方は事前の計画に従って着々と進行しており、何も問題が発生していなければ先行するドローンやデコイが我々の代わりに敵の防空部隊に捕捉される時が迫っている筈だった。


「レーダー・コンタクト!?」


 すると次の瞬間には、そんな私の思考さえも読み取ったかのようにコクピット内には耳障りな警告音が激しく鳴り響き、今が正真正銘の実戦である事を強く意識させられて張り詰めていた緊張感が極限まで高まる。

 それと同時に警告音から自分の操縦する機体が敵のレーダー照射に晒されている現実も理解でき、誰も聞いていないのに思わず声に出して捕捉された事を叫んでしまう。

 しかし、私は直ぐに気を取り直して最初に正面コンソールに視線を走らせ、ターゲットでもある脅威度の高い敵が存在する方位を確認すると右手で握る操縦桿を左に大きく傾けて垂直に近い角度にまで機体をロール(飛行軸に対する左右の傾き)させると、そこから1度中央に戻した操縦桿を手前に引いてピッチアップの操作を行う事で左旋回をして素早く針路を変更する。

 さらに、ターゲットへ接近するまでの行程ではHUDに表示される数値から対気速度と高度に敵にミサイルを撃たれても回避までの余裕があるのをしっかりと確認しておき、状況次第では私自身の判断でチャフ(レーダー誘導方式のミサイルによる追尾を欺瞞する際に使う金属コーティングされたフィルム)を放出して回避機動へと移行できる態勢と心構えをしておく事も忘れない。


「ゴールド11よりゴールド14(ウイングマンのコールサイン)。まずは私が攻撃を仕掛けるので、敵のミサイルに注意しつつ援護してくれ」

「ゴールド14、了解」


 そうやって攻撃の準備を一通り整えた後、私は無線を使ってウイングマンに援護態勢に入るよう指示を出す。

 すると、早くも主翼下に搭載した『AGM-88B』のシーカー(ミサイルの先端にあってターゲットの捕捉に重要な役割を果たすセンサー部分)が敵の発するレーダー波を捉えたらしく、その事を報せる電子音が追加という形で新たにコクピット内に鳴り響いた。

 だが、ここからだと確実に撃破する為にはターゲットとの距離が離れているとシステムが告げていたので直ぐには操縦桿に付いているトリガーを引かず、そのまま安全圏とされる12000ft以上の高度を保ちながら暫くは水平飛行での接近を続けた。

 そして、一向に鳴り止まない警告音がもたらす強烈なプレッシャーの所為で僅かな時間でさえ異常に長く感じられる状況下での飛行を行った末に、ようやくターゲットとの距離が縮まってミサイルの発射に適した状態になった事を電子音の変化とHUDの表示によって直感的に理解する。


「ターゲット、ロックオン」


 なので、それを認識した私は操縦桿を奥へと倒して機首下げ姿勢を取ると、まずはピッチ角がマイナス10度程度の降下機動に機体を入れた後で僅かに操縦桿を手前に引き、その操作によって意図的に機体にGを掛けた瞬間に右手の人差し指で操縦桿に付いているトリガー(ミサイルとバルカン砲で共用。使用時のモード切り替えによって変更する)を引いてミサイルを発射した。


「ゴールド11、MAGNUM」


 訓練時からの習慣もあって私はトリガーを引くのと同時に『AGM-88B』HARMの発射を意味するコールを行い、それが終わった瞬間には一撃離脱の要領で危険なSAMから距離を取る為に必要な行動を起こす。

 なぜなら、このミサイルには完全な撃ちっ放し能力があるので発射後に私が特別な操作をする必要は無く、それなら危険な空域に止まる理由も無くなるからだ。

 そんな事情もあってミサイルの発射後は敵からの反撃を何よりも警戒した私は、操縦桿を大きく手前に引いてピッチ角が60度以上の上昇機動に入るのと共にA/Bも作動させて15000ft以上の安全な高度を目指す。

 幸い、今回は反撃が無かったので所定の高度に達した段階で機体を水平に戻すと直ぐにA/Bも解除してミリタリー推力(A/Bを使用しない状態での最大推力)に変更し、そこで改めてRWR(レーダー警戒受信機)が捉えた情報を表示するよう事前に設定したMFDと目視によって周囲の安全を確認した上でウイングマンに次の指示を出した。

 なお、上昇途中で私の発射したミサイルが着弾した事に伴う爆発の閃光を視界の片隅で捉えたような気もするが、戦果確認までは任務に入っていないので直ぐに余計な考えは頭の中から追い出す。


「ゴールド11よりゴールド14。今度は私が援護するから、お前が攻撃を実行しろ」

「ウィルコ」


 次に私は攻撃役と援護役を交互に行うというセオリーに従ってウイングマンに攻撃を指示するのに併せてスロットルを僅かに手前に引き、エンジン推力を落とす事で彼が操縦する機体の後方にある所定の位置へと移動する。

 そして、そこから先は視野を広く持って周辺を監視する事を優先しつつ彼の機体からは一定の距離を保ち、その機動を何処までも追従するような形での飛行を続けた。

 ところが、静かだったのは僅かな時間でコクピット内には再び耳障りで嫌悪感を激しくかきたてる警告音、具体的にはレーダー照射を受けている事を警告する不快な電子音が鳴り響く。

 しかし、こうしてレーダー照射を受けたとしても実際に敵のSAMからミサイルが発射されるまでは回避行動を取るつもりは無く、今の状況ではぎりぎりまでウイングマンの援護に徹すると私は心に強く決めていた。

 そんな風にして飛行を続ける中、彼の操縦する『F/A-18Cホーネット』の右主翼下から『AGM-88B』HARMが発射され、それに続いてウイングマンがチャフを撒き散らしながら離脱機動に入ったのを見て私も空中衝突を避けるように操縦桿を動かし、着弾の閃光を視界の片隅に捉えつつウイングマンが離脱したのとは逆方向に機首を向けて安全な高度まで一気に上昇する。

 さらに、そこから態勢を立て直して編隊を組んだ私達が攻撃に移ろうとターゲットの捜索を開始した途端、この空域一帯の指揮管制を担当するAWACSに搭乗するオペレーターより通信が入ってきた。


「ガード05よりゴールド11、ならびにゴールド14。攻撃をキャンセルし、そのまま安全な高度で待機しろ。先に別の編隊が攻撃を行う」

「ゴールド11、了解」

「ゴールド14、了解」


 そういう指示だったので、私達は直ぐに短い返答を返すと高度15000ftを維持したまま編隊で旋回を続けて待機していた。すると、空中待機を始めてから5分程で攻撃の許可が下りる。


「ガード05よりゴールド11、ならびにゴールド14。攻撃を許可する」

「ゴールド11、了解」

「ゴールド14、了解」


 こうして改めて攻撃の許可を貰った私の決断は早く、ほとんど条件反射でウイングマンにも直接の指示を出していた。


「ダック、さっきと同じ要領でいくぞ! 援護してくれ!」

「ウィルコ!」


 私は目視で彼の操縦する機体が所定の位置に就いた事を最初に確かめておくと、まずは操縦桿を奥へと倒して機首を下げると正面のHUDを見ながら高度12000ftまで機体を一気に降下させてから水平に戻し、そこからはMFDに表示される情報を基に素早くターゲットが存在する方位を割り出して針路を合わせた。

 そして、当然のように敵からの反撃を何よりも警戒しつつ高速での接近を続け、主翼下に搭載したミサイルのシーカーが敵のレーダー波を捉えて発射態勢が整うのを緊張と共に待つのだった。


「ターゲット、ロックオン」


 そうして機体に組み込まれたシステムが敵の照射するレーダー波を捉えた事を示す電子音を耳にした私は、半ば反射的に操縦桿を奥へと倒して1度は機首下げの姿勢を取り、そこから改めて操縦桿を動かして機体にGを掛けるとトリガーを引いて2発目のミサイルを捕捉したターゲットに対して発射する。


「ゴールド11、MAGNUM」


 それに合わせる格好でHARM発射のコールを行うと同時にスロットルを目一杯奥まで押し込んでA/Bも作動させ、その操作に続いて操縦桿を大きく手前に引いてピッチ角60度以上の急角度で安全な高度を目指して機体を一気に上昇させた。

 ところが、今度は機体に内蔵されたセンサーが敵の発するレーダー波を捉え、それを瞬時に解析してSAMの照準や誘導に使用するものだと判断したコンピューターが新たな警告音を発すると共に敵ミサイルの誘導を妨害するべくチャフも放出する。

 しかし、この程度の対抗策では危機は完全に去っておらず、上昇途中で無線を通じて聞こえてきた友軍機パイロットからの逼迫した声によって事態の深刻さを最悪の形で突き付けられる。


「ガイ、ミサイルに追われてるぞ! 5時方向だ!」

「何だと!?」


 当然、そんな警告を受けた私は正面コンソールにあるMFDに素早く目を走らせてRWRを始めとする各種警戒システムが捉えた反応の有無を確かめるが、不思議な事に警戒システムは正常に稼動しているものの射撃レーダーの照射に代表されるミサイルが追尾しているような兆候は見当たらなかった。

 だが、それこそが最も危険なミサイルに狙われているという確かな証拠であり、その所為で思わず口から悪態が零れ出る。


「くそっ、『ゴーファー』か!」


 我々がNATOコードで『ゴーファー』と呼ぶ自走式SAM『SA-13』はイラク軍が保有する対空兵器の中でも特に危険だとの報告があり、今回の出撃においてもブリーフィング(事前説明)で充分に注意するよう飛行隊長から念を押されていた。

 なぜなら、このSAMは赤外線誘導方式を採用している関係でミサイル本体がレーダー波を発する事は無く、それゆえ狙われた方は僅かな時間で目視を始めとする限られた手段で発見して回避行動を取るしかないからだ。

 なので、私は大急ぎでスロットルを手前に引いてエンジン推力を95%程度にまで下げる(A/B作動時のエンジンは最大の赤外線発生源)と同時に操縦桿を右に倒して機体を90度近く右ロールさせ、そこから一旦は中央に戻した操縦桿を勢いよく手前に引く操作によるピッチアップでブレイク・ターンを行って機体の針路を急激に変え、高速で接近するミサイルに対して常に自機の針路が直角になるよう飛行するビーム機動での回避を試みる。

 当然、A/Bを作動させて加速しながら上昇している途中で急旋回を伴う機動を行えば強烈なGに襲われ、その所為で全身が鉛のように重くなった上に視界まで暗くなって意識も遠のきそうになるが、ここで気を失ったら確実に命は無いので全力で抗いつつ極度に重くなった身体と鈍くなった頭を必死に働かせて最後まで操縦を続ける。

 さらに、ブレイク・ターンを行った際に咄嗟の判断でスロットルに付いているノブを操作して手動でフレア(エンジンと同じ波長の赤外線を放出する囮の熱源)も断続的に空中へとばら撒き、それらの対抗策によって後は追尾してくるミサイルが目標を見失ってくれる事を神に祈った。

 すると、ありがたい事に立て続けに講じた回避機動のお陰で『SA-13』の発射したミサイルは私の操縦する機体を見失ったらしく、それを確認した友軍機のパイロットが無線で報せてくれた。


「ガイ、安心しろ。ミサイルは君の機体を見失ったぞ」

「そうか……。警告に感謝する」

「そんなの、仲間なんだから当たり前だろう」


 こうしてミサイルの回避に成功した私が短いながらも感謝の言葉を述べると、彼は恩に着せるような雰囲気は微塵も出さずに淡々とした口調で告げてきた。実際、私と彼の立場が逆であったとしても同じ事を言っただろう。


「ああ、そうだな。で、そのミサイルを発射した奴はどうなった?」

「それだったら、たった今、我々の編隊が片付けたよ」

「流石に仕事が早いな」

「だが、それについての礼なら不要だぞ。なにせ我々の任務は、そうやって隠れ潜んでいる厄介な連中を炙り出して徹底的に叩く事だからな」


 そんな訳で私は自分を攻撃してきたSAMがどうなったのかを尋ねたのだが、返ってきた答えは半ば予想した通りのものであった。

 なぜなら、この状況下で彼が私の操縦する機体に向かって上昇するミサイルを発見できたのなら、それは同時に発射地点を特定できたという事にも繋がり、そうなれば脅威度の高い目標を敢えて放置しておく理由など無くなるからだ。

 そして、危険度の高いSEAD任務を遂行中に余計な事に気を取られると命取りになるので、必要最小限のやり取りを行っただけで私達は自分の任務へと復帰する。


「ゴールド11よりゴールド14。態勢を整えたら、また攻撃に移るぞ」

「ウィルコ」


 そこで今までの出来事は考えないようにし、私はウイングマンにも簡潔に次の指示を伝えながらも周囲を見回して彼の操縦する機体を夜空の中から探し出し、今度は彼を援護するべく自機を所定の位置へと就けて攻撃行動への移行に備える。

 すると、程なくして彼の操縦する機体が右旋回に入って針路を大きく変え、ターゲットがいると思われる方向へ飛行していくのを視界に捉えたので互いの位置関係に気を使いつつ私も追従する。

 ただし、先程とは違って今回は反撃を受ける事も無くHARMによる攻撃を実行できたので、攻撃後は単純に加速をしながらの急上昇で2機揃って安全な高度15000ftへと達したところで私が代表してAWACSのオペレーターに通信を入れた。


「ゴールド11よりガード05。我々の編隊はHARMを全弾発射し終えたので、このまま上空で待機して周辺空域の警戒行動へと移行する」

「ガード05よりゴールド11。そちらの状況は理解した。一応、現時点では周辺空域に脅威となる存在は確認されていないが、別命あるまで当該空域で敵機の接近に対する警戒に当たれ」

「ゴールド11、了解」


 もっとも、HARMの発射後もクウェート領空に留まって警戒を続けるのは作戦計画に記された予定通りの行動でもあったので、機体に問題が無い以上は最終確認みたいなものである。そして、彼から出された指示を私の方でウイングマンにも伝えておく。


「ゴールド11よりゴールド14。予定通り、次の命令があるまで現空域で警戒に当たるぞ。このまま私に付いて来い」

「ゴールド14、了解」


 こうして私達は5分ほど作戦空域で緩やかに旋回しながら待機を続けて敵機の襲来に備えていたが、状況はAWACSのオペレーターからの報告にあった通りで次の指示が出されるまでの間に警戒を要するような事態にはならなかった。

 その為、リスクの大きいSEAD任務だった割りには出撃した時と同じ機数のまま空母への帰還の途に就く事が出来たのだが、実際はストライク・パッケージを構成する個々の機体の状態(残燃料・残弾数や損傷具合など)の関係から私はウイングマンとの2機編隊での帰投となった。

 そして、空母の管制圏内が近付いた所で私は正面コンソールの一角に視線を走らせて燃料の残量に多少の余裕がある事を確認し、それからウイングマンへと通信を入れて先に着艦するよう指示を出す。


「ダック、お前が先に着艦しろ」

「了解しました」


 こうして彼の操縦する機体が徐々に高度を下げて着艦コースに入るのを見届けた私は自分の着艦する順番が回ってくるまでの間、空母から15nm以上離れた地点に設定された空域で高度6000ftを保って一定のパターンで旋回しながら待機を続けるのだった。

 すると、楕円形をした旋回飛行を何度か行ったところでCATCCからの通信が届き、事務的な口調で着艦の許可が下りた事を簡潔に伝えられる。

 ちなみに、機種ごとに着艦時の機体には明確な重量制限があるので使用しなかった兵装の量によっては事前に投棄する必要があったのだが、幸いにして今回は兵装を投棄しなくても良かった。


「コントロールよりゴールド11。着艦を許可する。着艦コースへ進入しろ」

「ゴールド11、了解」


 そういった事情もあって最低限の確認作業だけで着艦の許可を得た私は、それまで続けていた待機飛行を終えると空母から12nmの距離を保ちながら緩やかな弧を描く左旋回で艦尾の方へと接近し、着艦用モードに切り替えたHUDに表示される幾つかの情報から状態を的確に把握して最初に機首方位を空母の進行方向と同じになるよう合わせる。

 そんな感じで飛行方位を合わせた後は、空母から8nmの地点で対気速度240kt以下・高度1200ftになるようスロットルの調整やピッチアップ操作、スピードブレーキの作動といったものを適宜組み合わせて対気速度と高度を段階的に規定値へと近付けていく。

 ただし、空母への着艦は陸上の基地に着陸するのと違って降下先の空母そのものが波に揺られながら移動している為、こうして対気速度と高度を合わせている間も針路調整をし続ける必要があったので、私はHUDに表示される数値を頻繁に確認すると同時に操縦桿やフットペダルを細かく操作して微妙に修正を加えていた。


「ギア・ダウン」


 その後、私は目的の地点へと到達した段階で対気速度240kt以下・高度1200ftという着艦に必要な基準を問題なく満たしている事をHUDの表示で素早く確認し、次に左コンソールにあるレバーを操作してランディング・ギアとアレスティング・フックを下ろして着艦態勢を整える。

 さらに、そこから先はフライトデッキの後端から3nmの地点で対気速度135kt・高度325ftになるよう細かいピッチアップ操作とスピードブレーキの適切な作動で速度と高度を限られた距離の中で下げていくのだが、ここでは着艦時にアレスティング・ワイヤを捉え損なった場合に備えてエンジン推力は80~84%を維持しておくのが常識だった。

 なお、着艦コースに機体を乗せて海上を航行する空母の針路に機首方位を合わせた後はHUD上に表示されるベロシティ・ベクター(機体の進行方向を示すマーカー。表示モードの種類に関わらずHUD上に常に表示されている)をずっとフライトデッキの中央付近に合わせていたが、距離が縮まって今までよりも空母の艦影をはっきりと視認できるようになってからはフライトデッキの後端に近い位置に合わせるようにしていた。

 そして、更に接近を続けて空母から3nmとなる地点でFLOLS(フレネルレンズ式光学着艦システム)を視認した事を伝えるコールも行う。


「ボール」


 ここでパイロットや空母クルーの間でライトの形状から『ミートボール』と呼ばれているFLOLSとは、配置を工夫した複数個ある3色のライト(赤・黄・緑)の見え方によって着艦時のコースや高度が適正であるかどうかをパイロットが視覚的に分かるようにする為の装置である。

 当然、コクピット内の私から見える現在のミートボールの光は着艦に支障が無い事を示す見え方をしているので、このままの姿勢とコースで進入していけば問題なく着艦できる筈だ。


「ガイ、高度は問題ないが、ほんの少しだけ機首を左に向けろ」

「了解」


 すると、そのタイミングで無線からフライトデッキ脇にいるLSO(着艦誘導士官:着艦機と同じ飛行隊に所属し、その日は出撃しないパイロットが配置される)の声が聞こえてきて機体の針路や高度が着艦に際して適正な状態が保たれているかどうかを第3者的な視点で教えてくれる。

 勿論、こうして艦上から誘導してくれる事は着艦時の大きな助けになるので私は彼の指示に従って直ちに左のフットペダルを強く踏み込み、ヨーイング(機体を水平に保ったまま左右に移動する機動。高速飛行中は効果が極端に低下する)によって針路を僅かに左に向けようとする。


「よし、完璧だ。そのまま進入して来い」

「了解」


 このLSOの『進入して来い』という指示が無線から聞こえてきたところで私はフットペダルを踏むのを止め、対気速度135kt・ピッチ角10度という着艦姿勢を維持する事を意識してフライトデッキ後部(その中でもアングルドデッキ方向の軸)を目指し、そこに4本が設置されているアレスティング・ワイヤの1本(艦尾方向から数えて3番目)を捉えるべく様々な数値に気を配りながら機体を一定のペースで降下させていく。


「接地まで後5ftだ。衝撃に備えろ」

「分かった」


 そうやって失速しないギリギリの速度での降下を続ける中、徐々に空母の広大なフライトデッキが視界一杯に迫ってくるのに合わせてLSOの細かく高度を読み上げる声も聞こえてくる。

 なので、それを耳にした私はアレスティング・フックがアレスティング・ワイヤを捉えた後、ランディング・ギアが甲板に接地する直前にスロットルを奥へと押し込んでエンジン推力が90%を超えるところまで上昇させた。

 なぜなら、もし4本あるワイヤを1本も捉えられずに決められた距離で制止できなかった場合はLSOから『ボルター』との宣言が出されるので、私は止まりきれずに海上へ落下するのを避ける為に直ちにエンジン推力をミリタリー推力にまで上げて一気に加速し、最低でも機体を高度1200ftまで上昇させなければならないからだ。

 つまり、この段階でエンジン推力を極端に落とし過ぎていると機体を上昇させるのに必要な速度が得られない可能性があるので、こうして接地する直前にエンジン推力を一時的に上げておいて再発艦に備えるのが着艦する際の常識だった。

 しかし、今回は接地の瞬間に強烈な力で機体を後ろに引っ張られて急減速するような感覚に襲われ、それによって無事にワイヤを捉えた事を否応無く実感させられたので直ぐにエンジン推力を60%にまで下げると、着艦のコールを行うのと同時に次の作業に取り掛かる準備をする。


「ゴールド11、タッチダウン」


 そうやって機体が完全に停止すると共に引っ掛かっていたワイヤも外れた事を確認したデッキクルーからワンドを大きく振る動きで合図があり、それを見た私はコンソールにあるレバーを操作してフックを引き上げて固定する。

 そして、僅かにスロットルを奥へと押し込んでエンジン推力をアイドリング状態より少しだけ上昇させると、そのまま今度はデッキクルーの誘導に従って着艦エリアを空ける為のタキシングを開始する。

 なにせ、空母への着艦は着艦機の重量に応じて圧力を調整した油圧シリンダーに繋がったワイヤをフックで引っ掛けるという方式の都合で1機ずつしか行えない上に、状況によっては複数の機体が着艦コースに進入する許可を貰う為に旋回待機を続けているかもしれないので、いつまでも着艦エリアを占拠している訳にはいかないからだ。

 それどころか、こうしてタキシングを行っている最中にもしなければならない事が幾つかあり、まずはコンソールに手を伸ばしてスイッチを操作して主翼の折り畳みを開始し、駐機エリアへの移動途中で主翼端が完全に折り畳まれたのをコンソールの表示で確認してからロックも掛けて勝手に開かないよう確実に固定しておく。

 その後もデッキクルーの誘導に従ってタキシングを続け、駐機エリア内の一角に辿り着いたところで停止の合図を受けてエンジンをアイドリング状態に戻し、ギアブレーキも掛けて機体を安全に停止させると改めてコンソールに一通り目を走らせて機体の状態を把握する事に努め、特に大きな不具合などが発生していないのを確かめてからキャノピーを開けてエンジンを切った。

 それから私は酸素マスクや通信機のコードといった物の接続を解除して身体を固定していたハーネスも外すと、規則なのでヘルメットは被ったままコクピットから出てフライトデッキに降り立つ。

 すると、そこでは既に機体の整備を担当する曹長がクリップボードを片手に待機していたので、そんな彼に機体の状態や飛行中に感じた事などを手短に纏めて報告してから最後に管理権限も委譲し、整備や補給といった各種作業の全てを任せるのだった。


「とりあえず、私の把握している範囲では目立った不具合などは確認されなかったが、ミサイルに追いかけられたのでエンジンや動翼といった箇所は念入りにチェックしておいてくれ。それと、チャフとフレアの補充も頼む」

「了解しました」


 こうして報告を聞き終えた彼が立ち去るのを見送ってから私も機体の傍を離れてフライトデッキを後にすると、デブリーフィング(事後報告)に参加するべく足早に目的地へと向かった。


   ◆


 入念に練られた作戦計画に基づいて開戦初日に実施された多国籍軍によるイラク中枢への空爆とSEADが与えた効果は非常に大きく、イラク軍防空部隊はドローンやデコイに混ぜて発射されるHARMから生き残る為に対空レーダーの稼動を控えるようになった。

 それどころか、徹底したSEADによって空爆開始から3日目にして中~高高度の攻撃を担当するイラク軍防空部隊のSAM制圧にも目処が付き、結果的にイラク上空(高度3000m以上)は多国籍軍機が自由に飛行できる聖域と言っても過言では無い状態となっていた。

 なお、この初日に実施された大規模空爆の際、イラク空軍機は各地の基地から約120機が出撃したとされているが、大半の戦闘機は多国籍軍機に戦いを挑むどころか戦力温存という名目で国境を越え、3年前まで戦争をしていたにも関わらず隣国のイランへと逃亡している。

 もっとも、多少は組織的な抵抗というものを見せた連中も存在しており、公式には2度の交戦が記録されていた。ちなみに、その2度の交戦では共に紅海に展開する空母『サラトガ』に配備された飛行隊所属の『F/A-18Cホーネット』が深く関わっている。

 ただし、2度記録された交戦の内、片方では攻撃を仕掛けてきた『MiG-21フィッシュベッド』戦闘機の2機を空中戦で撃墜するという華々しい戦果を上げたのだが、もう一方の空中戦では逆に『MiG-25フォックスバット』戦闘機によって1機の『F/A-18C』が撃墜されてパイロットも戦死していた。

 そして、多種多様な航空機が航空作戦に参戦する中、この『F/A-18C』が湾岸戦争においてイラク空軍機との空中戦で撃墜された最初の多国籍軍機となってしまった。


   ◆


 イラク軍の防空体制が急速に弱体化したのを受けて多国籍軍の航空作戦も次の段階へと移り、ようやくイラク海軍を殲滅してペルシア湾の安全を確保すると共に3個あるCBGを湾内へと進入させる事を目的とした攻撃が昼夜を問わず実施されるようになっていた。

 そんな事情もあって私やドミニクが搭乗する『F/A-18Cホーネット』にも左右の主翼下パイロンに1発ずつの『AGM-84Dハープーン』ASM(空対艦ミサイル)と1本ずつのドロップタンクを吊るし、両主翼の翼端には自衛用として『AIM-9Lサイドワインダー』AAMを1発ずつ搭載した状態の機体で昼間に編隊を組んで飛行していた。

 すると、空母『セオドア・ルーズベルト』のCDC(戦闘指揮所:出撃した作戦機の指揮を担う艦内の部署)経由で緊急の通信が入り、当初の攻撃目標が変更となって新たに発見されたターゲットの攻撃に向かうよう命じられる。


「コントロールよりゴールド11、ならびに14。ターゲットの変更を伝える。現在の高度を維持したまま方位290へと向かい、東へ航行中の敵艦隊を攻撃しろ」

「ゴールド11、了解」

「ゴールド14、了解」


 当然、CDCからの指示を受けた私は短い返事を返した後で操縦桿を左右に動かす事で翼を振ってウイングマンに合図を送り、それから機体を右にロールさせてピッチアップ操作を行い、HUD上部に表示される数値を見ながら機首が方位290を向くよう右旋回で針路を変更する。

 そして、新たな針路に機体を乗せたところでターゲットについての詳細な情報を得る為にCDCとの交信を継続する。


「ゴールド11よりコントロール。いま分かっている範囲で構わないから、ターゲットに関する情報を出来るだけ詳しく教えてくれ」

「分かった。まず、ターゲットである敵艦隊は6隻が確認されている。現在、速力18ktで東へ航行しているとの事だ。おそらく、イランへの逃亡を図ろうとしているものと思われる。なので、イランの領海に接近して面倒な事態になる前に撃沈するか、最悪でも逃走は阻止して現場海域から逃がすな。そうすれば、残りの敵は増援として駆け付ける航空部隊が片付ける。なお、発見した部隊からの報告によると敵艦隊は全て小型艦艇で構成されているそうだが、携帯SAMぐらいは撃ってくるかもしれないので攻撃する際は充分に警戒しろ」

「ゴールド11、了解。詳細な情報の提供に感謝する」

「それが我々の役目なんだ。気にするな。それで、他に訊きたい事はあるか?」

「いや、もう無い」

「そうか。なら、これで通信を終了する」


 それを最後に機体に搭載された無線は静かになり、ターゲットに関するCDCとの交信は終了した。しかし、私は直ぐに無線の周波数をウイングマンへと切り替えて先程のCDCとのやり取りを簡潔に纏めて伝える。


「ゴールド11よりゴールド14。今回のターゲットは小型艦艇が6隻だ。そして、お前も任務内容は理解していると思うが、こいつらを全て撃沈するか増援の到着まで足止めをする。ただし、SAMによる反撃があるかもしれないから警戒は怠るなよ」

「ゴールド14よりゴールド11。状況は理解した。反撃を警戒しつつ攻撃する」


 ところが、それから5分と経たない内に再びCDCから通信が入った。


「コントロールよりゴールド11、ならびに14。たった今、当該空域を監視中のAEWから諸君らの前方60nmの位置に敵機を発見したとの報告があった。そこで、この敵機もターゲットに追加するので直ちに撃墜しろ。なお、敵機は単独で飛行している模様だが、移動速度からみてヘリだと思われる」

「ゴールド11、了解」

「ゴールド14、了解」


 なので、それを聞いた私はHOTAS(操縦桿やスロットルから一切、手を離さずに使用頻度の高い機器の操作を行えるよう設計された操縦装置)によってスロットルに付けられているレーダー操作ノブを左手で動かし、まずは機体に搭載されたレーダーをRWS(空中測距)モードに切り替えて敵機発見の報せがあった前方の空域を索敵した。

 すると、HUDと正面コンソールに3つあるMFDの中の1つに前方の空域に敵機が存在する事を示す表示が直ぐに表れ、それが非常にゆっくりとした速度で移動しているのも同時に判明する。

 当然、そのまま接近を続けて双方の距離が一定の値を下回るとHUD上に新たなマーカーが出現するので、それを確認してからレーダーをSTT(単一目標追跡)モードへと切り替えた。

 ちなみに、IFF(敵味方識別装置)による判断が正しければレーダーの捉えた反応は敵機を示すものなので視界外から攻撃をしても問題は無いのだが、これだけで対象が100%敵機だと断定するには少しばかりリスクが伴う。

 なぜなら、こうしてIFFが本格的に導入されるようになってからも誤射は幾度となく発生しているからだ。もっとも、いま私達の機体に搭載されているAAMは全て射程の短い『AIM-9Lサイドワインダー』なので、発射時は敵機を目視で確認できるほど接近しているから多少は気が楽だった。


「ダック、敵機を攻撃する際の援護は任せたぞ」

「ウィルコ」

「よし、このまま私に付いて来い」


 そんな中で私はウイングマンにも簡潔に指示を出すと操縦桿を前方へと倒してピッチ角がマイナス15度以上になるような機首下げ姿勢を取り、それによって高度を下げつつ機体の方も重力に従って徐々に加速させるが、さらにスロットルを奥へと押し込んでエンジン推力をミリタリー推力にまで上昇させる事で一気に対気速度を稼ぐ。

 勿論、これは敵のSAMを警戒しての機動である。なにせ、今度のターゲットであるヘリは標準的な飛行高度が航空機よりも遥かに低く、それを攻撃する為には我々も安全な高度を捨ててターゲットのいる低空域に下りなければならないからだ。

 そうなると必然的に高度を生かして敵のSAMを回避するという今までの戦術は使えず、速度を利用してミサイルを振り切る(厳密にはミサイルの持つ運動エネルギーが追尾不能になるほど低下するまでの時間を稼ぐ)ドラッグ機動に頼るしか方法は無くなるので、そういった状況に陥った場合を想定しての加速であった。

 それらの一連の操作を経て高度500ftまで降下したところで私は操縦桿を手前に引いて水平飛行へと移り、ここでもエンジンの方はミリタリー推力を維持し続ける事で充分な対気速度を確保したままターゲットに迫る。

 さらに、降下機動中にFCS(火器管制システム)をDGFT(近接戦闘)モードに切り替えてあったので、後はHUDの表示を注意深く見ながら周囲も警戒しつつ真っ直ぐに飛行するだけで良かった。


「あれか……」


 すると、低空に舞い降りてから5分程の時間が経過した辺りで敵機のシルエットを視認する事に成功した私は反射的に小声で呟く。

 それと同時に、コクピット内では敵機を捕捉してミサイルの発射も可能になった状態を報せる特徴的な電子音が鳴り始めるが、今回は前方を飛行するヘリが確実に敵機だと断定できるまでは絶対に攻撃しないと決めていた。

 なので、まずは僅かに針路を変更してターゲットの右上方を通過するコースに機体を乗せると、対象の横を通過するタイミングで機体を左にロールさせて視界を確保するのと共に顔も左に向けて機種の特定を行った。その結果、ターゲットはイラク軍の『Mi-8』輸送ヘリだという事が判明する。

 もっとも、こうして目視による敵味方の識別という行動をすれば、こちらの存在も敵に露見するので敵機は当然の反応として更に高度を下げて全力で逃走を図ろうとするだろう。

 確かに、低空での機動性という点ではヘリの方が戦闘機を上回っているから戦闘機に追跡された場合は高度を下げるのが基本戦術なのだが、こういった遮蔽物も地面の起伏も極端に少ない開けた砂漠地帯では周囲の環境を利用し辛い所為で効果が薄い。

 そうなると、どう足掻いてもヘリでは音速を超える事も可能な戦闘機の速度には遠く及ばないので逃げ切るのは不可能だった。しかし、だからと言って大人しく撃墜できるような状況にならないのも訓練で得た経験から分かっていた。

 そこで私は直ぐにA/Bを作動させると同時に機体を右にロールさせて45度まで傾けると、その姿勢から操縦桿を手前に大きく引いて急上昇するシャンデルという機動で全身を強烈なGに晒されながらも針路を180度変える。

 そして、針路が無事に180度変わったところで機体を水平に戻すと共にA/Bも解除し、ターゲットとの位置関係を常に脳裏に思い描きながら暫くは直線飛行を続けた。ちなみに、私の予測通りに事態が進んでいればターゲットは4時方向を我々から遠ざかるように飛行している筈である。

 だから今度は機体を大きく90度近く左にロールさせ、そこからのピッチアップによる左旋回で大きく回り込んでターゲットを後方から追尾する形の飛行ルートへと機体を乗せるが、このままでは高度が合わないので旋回途中にロール角が90度を超えるよう操縦桿を動かして高度500ft以下を目指す。

 ただし、上昇旋回と続く円を描くような左旋回によって多少は速度が落ちていてもヘリを追尾するには速すぎるので、HUDを見て対気速度が400ktになるようスロットルを操作して相対速度の差を可能な範囲で小さくしておいた。

 そうして針路と高度を合わせたところで機体を水平飛行に戻すと、ちょうど正面の下方に遠ざかりつつあるターゲットを捉える事ができ、直後にHUD上をロックオン・シンボルが移動してターゲットの捕捉を表示の変化と電子音で私に報せてくる。


「ターゲット、ロックオン。ゴールド11、FOX2」


 当然、それを確認した私はターゲットの捕捉と赤外線誘導ミサイルの発射を告げるコールを行い、ほぼ同時に操縦桿に付いているトリガーを右手人差し指で引いて主翼端に搭載されている『AIM-9Lサイドワインダー』を発射する。

 そして、一撃離脱のセオリーを守るべくA/Bの作動に合わせてピッチアップ操作も行って加速しながらの上昇機動に入ったのだが、その途中でミサイルを被弾した敵機が爆発して火達磨になりながら地面へと落下していくのを視界の片隅で捉えていた。


「ナイス・キル、ガイ」

「サンクス」


 すると、直ぐにウイングマンから敵機の撃墜を賞賛する声が掛けられる。しかし、それに対して短い返答を返すだけに止めた私は、左手でスロットルに付いているボタンを操作して無線を切り替えるとCDCに報告を行った。


「ゴールド11よりコントロール。ターゲットの撃墜に成功した。なので、これより本来の飛行ルートに戻って当初の作戦を遂行する」

「コントロールよりゴールド11。こちらでも敵機の撃墜を確認した。よって、当初の作戦遂行に戻る事を許可する。以上だ」

「ゴールド11、了解」


 こうして飛行中に新たに追加された任務を効率良く遂行した私は、本来の飛行コースへと戻って敵艦隊の捕捉に全力を尽くすのだった。その結果、今度は何事も無く海上を航行する敵艦隊を捉える事に成功したので直ちに攻撃態勢を整えていく。


「ゴールド11よりゴールド14。今回も攻撃パターンは同じだ。私が先に攻撃を仕掛けるから、その間の援護は任せたぞ」

「ウィルコ」


 一応、海上に出た時点で対気速度450kt・高度6000ftに変更していたので速度は維持したまま高度5000ftまで降下し、その間に『AGM-84Dハープーン』ASMの発射に備えてFCSがMSL(ミサイル発射)モードに切り替わっている事を確認する。

 そして、最後にSEA(海面捜索)モードにしておいたレーダーが捉えた情報を基に針路とピッチ角を微調整してやると、いつでもミサイルを発射できる態勢になった事を機体がHUDの表示と電子音で報せてきた。


「ターゲット、ロックオン。ゴールド11、シュート」


 なので、それを認識した私はミサイル発射のコールを行うのと同時に操縦桿に付いているトリガーを引き、主翼下に搭載された『AGM-84D』を捕捉したターゲットに向けて発射する。

 ありがたい事に、このミサイルにも完全な撃ちっ放し機能があるので発射後に特別な操作をする必要は無く、すぐさまスロットルを奥へと押し込んでA/Bを作動させてから操縦桿を動かし、襲ってくる強いGに抗いながらシャンデルで右方向へと上昇しながら反転してターゲットより一目散に遠ざかると次の攻撃に備えた。


「ゴールド11よりゴールド14。ターゲットの攻撃に移れ。私が援護する」

「ウィルコ」


 こうして安全な空域に達した所でウイングマンと攻撃役を交代した私は彼の操縦する機体後方の援護位置に就き、そこから先はウイングマンの機動に追従するような格好で全身に強烈なGを感じつつスライスターン(機体を左右どちらかに135度までロールさせ、その姿勢からピッチアップによる操作をして針路を180度変える下降旋回機動)を実行してターゲットへの攻撃コースに機体を乗せる。

 その後、機体のレーダーと目視を使って彼がミサイルを発射するまでの間は付近の海上や空域の警戒を担当し、ミサイルが発射された後は左方向へのシャンデルで直ちにターゲットから離脱した。

 これで次は私が攻撃を仕掛ける事になるのは確実なので、安全な空域に達した途端に私の時と同様に彼から通信が入ってきて援護位置に就くとの旨が簡潔に告げられる。


「ゴールド14よりゴールド11。援護するから攻撃に移ってくれ」

「ウィルコ」


 勿論、その要請を断る理由など何処にも無かった私は直ぐに了承すると、行動を起こす前に素早くウイングマンの位置を目視で確認してからスロットルを操作して僅かにエンジン推力を下げつつ鉛のように重くなった腕で操縦桿を動かしてスライスターンに入り、最初に大まかに機首方位を合わせた上でHUDを見て細かい針路修正と高度の調整を行って機体を攻撃コースに乗せた。

 すると、前方の海上に2本の黒煙が立ち上っているのが視界に映った為、先程の攻撃が成功して敵を撃破できたと確信するが、現在進行中の攻撃行動に集中するべきだという判断が瞬時に働き、既に終わってしまった事は無視して新たなターゲットを捕捉するのを静かに待つ。

 それから僅かな時間でHUD上のロックオン・シンボルがレーダーで捉えたターゲットの位置情報を表示したマーカーと綺麗に重なり、目標をミサイルの射程内に収めてロックオンが完了した事を小さな『SHOOT』の表示と電子音の両方で報せてくる。


「ターゲット、ロックオン。ゴールド11、シュート」


 なので、それを認識した私は迷う事なくミサイル発射のコールを行うのに合わせてトリガーを引き、もう1発の『AGM-84D』を主翼下のパイロンより発射してから上昇旋回に伴う速度低下を見越して直ぐに必要となる推力をA/Bの使用で確保し、次は当然のように襲ってくるGに逆らう格好で腕を必死に動かしてシャンデルでの離脱機動に入る。

 そして、この後に取った行動も先程と全く同じでターゲットから多少は離れた安全な空域でウイングマンに通信を繋いで攻撃と援護のポジションを交代すると、Gの影響で僅かに暗くなった視野で彼の操縦する機体を追従する形でスライスターンをして編隊を組んだまま攻撃コースに戻り、彼がミサイルを発射して離脱するまで周辺の海上と空域を警戒して援護に当たった。


「ダック、敵のSAMを警戒しつつ私に付いて来い」

「了解」


 お互いに搭載していたASMを全弾撃ち尽くしたので、これまで通り私がウイングマンを先導する格好で海上の各所から黒煙の上がる方角へと対気速度450kt・高度6000ftでSAMを警戒しながら接近し、必要に応じて何時でもチャフやフレアを手動で放出できるようにしておく。

 そうすると徐々にではあるが、海上に立ち上る黒煙の本数から4発の『AGM-84Dハープーン』で4隻の敵艦艇を撃破するという戦果を上げていた事が判明し、一部の敵艦に至っては既に海中へと沈んでいるのも分かった。

 しかし、海面に浮かぶ残骸や黒煙の位置から判断すると敵艦隊は我々の攻撃が始まると同時に全力で逃走を開始していたらしく、生き残った2隻の小型艦艇は想像していた以上にイランの領海へと近付いているような気がした。

 ただ、その所為なのか反撃を仕掛けてくる様子も見受けられなかったので、私は報告にあった援軍が到着するまでの時間を稼ぐべく更に低空へと舞い降りる決断をする。


「このまま敵艦の逃走阻止に移るぞ。私に付いて来い」

「了解した」


 そうして決断を下した私はウイングマンに通信を繋いで簡潔に指示を伝えると、HUDに映る表示を見ながら操縦桿を前方へと倒してマイナス20度のピッチ角になるよう機体姿勢を変え、一気に高度2000ftまで降下していく。

 そして、その降下機動中にFCSをGUN(機関砲射撃)モードに素早く切り替えると前方に2隻いるターゲットの内、よりイラン領海に近付きつつある方を選んで本格的な攻撃態勢に入った。

 まず、高度2000ftに達した段階で操縦桿を手前に引いて機体を水平に戻した後は敵艦の針路に対して出来るだけ直角になる形の攻撃コースに機体を乗せ、そこからはミリタリー推力に上げてバルカン砲の射程に入るまでの距離を一気に飛行してHUDに表示されるエイミング・シンボル(照準の目安となるマーカー)とホットライン(機関砲弾の弾道を示すライン)を参考に射撃箇所をターゲット本体よりも移動速度の分だけ前方の針路上に定めた。

 こうして全てが完了したところで最後に僅かに機首を下げ、HUDに示される数値によって射程内である事を確認してから操縦桿に付いているトリガーを指先で弾くように引き、発射速度を4000発/分に設定した『M61A1』による射撃を実施する。

 当然、攻撃は一撃離脱が原則なので射撃を実行した後は操縦桿を手前に引いてピッチ角が15度程度の上昇機動に移り、最終的に高度が4000ftを超えるまで上昇してから水平飛行に移って右旋回を行うと敵艦の様子を目視で確かめた。

 ところが、多少の針路変更は見受けられたものの依然として2隻の敵艦はイラン方面へ逃走する事を諦めていなかった。そこで私はウイングマンにも射撃指示を出そうと無線を操作したのだが、こちらが言葉を発する前にCDCから通信が入ってくる。


「コントロールよりゴールド11、ならびに14。あと5分で友軍機が現場に到着して攻撃態勢に入るから、君達は飛行高度を10000ftに変更して待機しろ」

「ゴールド11、了解」

「ゴールド14、了解」


 結局、CDCの指示によって機銃掃射は私が行った1回で終了となった。だが、命令は絶対なので主翼を軽く左右に振る動きでウイングマンに合図を送ると、その指示に従って高度10000ftまで上昇して空中待機の為の緩やかな旋回飛行に移行する。

 すると、連絡にあった通りのタイミングで接近する友軍機のパイロットだと思われる人物から無線が入り、接近する流れで予備動作を挟まずに攻撃を仕掛ける事が告げられた。


「ジュノー02よりゴールド11。このまま低空で進入して対艦攻撃を実施する」

「ゴールド11よりジュノー02。そちらの行動は了解した。その間、こちらは上空で待機を続けるから何かあったら連絡してくれ」

「ウィルコ」


 こうして互いに無線で状況を確認していると眼下を友軍機の反応を示す2機編隊、おそらくは『A-6Eイントルーダー』攻撃機が通過するのに気付いた。多分、この2機編隊を先導している方が“ジュノー02”のコールサインで呼ばれる機体で私と話した人物が操縦桿を握っているのだろう。

 そこで私が上空で待機を続けつつ彼らの動きにも注意を向けていると、少しして海上で立て続けに小さな爆発が起きて2箇所から激しく黒煙が立ち上った。

 どうやら、尚も逃走を続けていた敵艦は2隻とも撃破されたようだ。そして、それが事実である事を示すかのように再びCDCから通信が入り、私達に空母へ帰投するよう命令が下る。


「コントロールよりゴールド11、ならびに14。諸君らの帰投を許可する。現在の高度を維持しつつ方位170へ向かえ」

「ゴールド11、了解」

「ゴールド14、了解」


 命令を受けた事もあって私達は戦闘空域を後にして空母への帰還の途に就いたのだが、今回は何かとエンジン推力を上げる機会が多かった所為か途中で燃料がビンゴ(基地や空母に帰還するのに必要なギリギリの量しか残っていない)になってしまったので、空中給油の為にタンカーを手配してくれるよう頼んだのを除けば至って順調な飛行だった。


   ◆


 当初の作戦通りに140隻を超える艦艇を撃沈してイラク海軍を壊滅に追い込み、ペルシア湾の制海権を確保した事でCBGもホルムズ海峡を越えて湾内へ展開できるようになった3日後、航空団司令部よりCAP任務を与えられた私達の編隊は中東特有の強い日差しが照り付けるクウェート沖合の上空を飛行していた。

 ちなみに、命令で湾岸地域に派遣されてから今日に至るまでの短い期間に絞ってもCAP任務は何度も実施しているが、どういう訳か敵機(固定翼機)との交戦や遭遇といったものは1度も無かった。

 まあ、イラク空軍機との遭遇率の低さに関しては多国籍軍に参加する戦闘機部隊に共通する現象だったので大して気にはならなかったのだが、そんな考えが私の脳裏を過ぎったタイミングで空軍のAWACSから耳を疑いたくなるような通信が入ってくる。


「こちらは空軍のAWACS、ガード05だ。飛行中の海軍機ゴールド11、ならびに14、こちらの声が聞こえているか?」

「ゴールド11、聞こえている」

「ゴールド14も同じです」

「では、時間が無いので手短に指令を伝える。このまま現在の高度で方位290へと向かい、方位085への針路を飛行中の敵機を捕捉次第、直ちに撃墜しろ。ちなみに、敵機は2機だ」


 なぜなら、今となっては滅多に遭遇する事の無くなったイラク空軍機が2機で戦闘地域上空を堂々と飛行していたからだ。

 ただ、こちらに攻撃指示を出したAWACSからの報告によると2機の敵機は明らかにイラン方面に針路を向けているので、おそらくは戦力温存という名目での逃走と考えて間違い無いだろう。もっとも、相手の事情や思惑がどうであれ、私達は命令通りに任務を遂行するだけである。


「ゴールド11、了解」

「ゴールド14、了解」


 なので、いつものように短く返事をすると直ぐに高度15000ftを維持したまま右へと旋回して機首を指示された方位に向けた後は、接敵するまでの時間を利用して敵機との交戦を見据えて戦闘態勢を万全な状態にしておくのだった。

 そして、以降も敵機との相対的な位置関係に関する情報を適宜AWACSより受けつつ針路を微調整しながら飛行を続けていると、現在の接近速度に目立った変化が無ければ5分後くらいにターゲットまでの距離が主翼下パイロンとエア・インテイク外縁に搭載する『AIM-7Fスパロー』AAMの最大射程と重なる状況になった。

 ちなみに、CAP任務という事で私達の操縦する機体には中射程AAMの『AIM-7Fスパロー』が4発と短射程AAMの『AIM-9Lサイドワインダー』が2発、それと航続距離を延ばす為のドロップタンクが2本搭載されている。


「ガード05よりゴールド11、ならびに14。そのまま方位030を維持しろ。敵機は変わらず、君達の正面をイラン方面に向かって飛行中だ」

「ウィルコ」

「ウィルコ」


 AWACSによる航法支援としては最後になると思われる情報提供を受け、私達は簡潔に返事をするだけで指示通りに現状の針路を維持したまま敵機へと接近していく。

 実は、最初に撃墜の指示を受けて針路を変更してからは奇襲効果を最大限に高める(敵機の搭載するRWRに探知される可能性を下げる)為に機体のレーダーをSILモードにしていたのだが、こうしてAWACSの全面的な支援を受けられるので不便さは感じていない。

 ただし、今回は奇襲という事で敵編隊の後方より接近している関係もあってヘッドオン(真正面からの接近)状態でミサイルを発射するケースに比べると、離れるように飛行する敵機を追尾しなければならない分だけミサイルの有効範囲も狭くなっているので距離を縮める必要がある。

 だから私は、そのまま接近を続けて『AIM-7F』AAMの最大射程内に敵機を収めても直ぐには発射態勢に入らず、さらに近付いて回避困難な距離になるまで攻撃したいという誘惑に耐えていた。


『よし、今だ!』


 その瞬間が訪れた時、私は心の中で叫ぶのと同時に機体に搭載されたレーダーをRWSモードで作動させて敵機の精確な位置情報を入手し、2機の内でより脅威度が高いと判断した向かって右側の敵機を自分の攻撃対象として選択する。


「私が右の奴を攻撃するからダック、お前は左の奴を狙え」

「ウィルコ」


 当然、その動きに合わせてウイングマンにも通信を繋ぎ、向かって左にいる敵機を攻撃するよう彼に急いで指示を出した。なぜなら、こちらがレーダーを作動させた直後に敵機にも動きがあり、やや緩慢ではあったものの回避機動らしき行動を取り始めたからだ。

 もっとも、こうして先制攻撃を成功させた時点で我々が圧倒的に有利な状況にあるという事に疑問を挟む余地は無く、私はレーダーをSTTモード・FCSをMSLモードに素早く切り替えると、遠方にいる敵機の動きに合わせて操縦桿を操作してレーダー照射を続けて確実に捕捉しようとする。


「ターゲット、ロックオン」


 すると、10秒と経たない内に狙ったターゲットの捕捉に成功し、HUDに表示が浮かぶと共に電子音も鳴り響いて発射態勢が完了した事を報せてくる。


「ゴールド11、FOX1」


 ほぼマニュアル通りの対応で敵機のロックオンを完了した私は、セミ・アクティブレーダー誘導ミサイル(ミサイルが命中するまで発射母機がターゲットにレーダー照射を続ける必要のあるミサイル)の発射を意味するコールを行い、それと同時に操縦桿に付いているトリガーを引いて1発の『AIM-7F』AAMを発射した。

 そして、HUDを見ながら操縦桿を細かく操作して敵機の機動に自機の挙動を合わせると、僅かな時間さえもやたらと長く感じる中でレーダー照射の継続に意識の大半を集中させる。

 しかし、敵機の方も自身がレーダー誘導方式のミサイルに狙われている事に気付いてチャフを放出しての回避機動にでも入ったらしく、こちらからのレーダー照射が微妙に外れるような状態が時折り発生するようになっていた。

 その結果、私が発射したミサイルは敵機の撃墜に失敗したみたいで到達予測時間を過ぎても敵機を示す反応がレーダーから消える事は無かった。それどころか、今度は回避からの反撃を企んでいるようで敵機との距離が急速に縮まり始めた事をレーダーが報せてくる。

 勿論、そうやって積極的に戦いを挑んでくるなら私も全力で迎え撃つだけなのだが、今の相対速度だと直ぐにWVR(目視内射程:肉眼で敵機の姿を捉えられる距離)での戦闘になると判断してA/Bを作動させ、レーダーをACM(空戦機動)モード・FCSをDGFTモードに切り替えてドッグファイト(戦闘機同士が繰り広げる空中戦)に備えた。

 なお、敵機には最初から中射程以上のAAMが搭載されていなかったのかパイロットがドッグファイトになると判断したのかは不明だが、この距離でミサイルを撃ってくるような気配は無かった。

 すると、絶妙なタイミングでウイングマンから通信が入り、もう1機いた敵機の撃墜に成功して全速で援護に向かいつつある事が告げられる。


「ガイ、こっちは片付いたから今すぐ援護に向かう」

「いいタイミングだ、ダック。なら、レーダーを照射して『スパロー』を発射する素振りを見せるだけで良いから、私の正面にいるターゲットを追い立てろ」

「ウィルコ」


 なので私は彼に『AIM-7F』を発射する素振りを見せるよう命じると、そのタイミングに合わせて機体を右に90度までロールさせ、そこからのピッチアップで敵機が何らかの行動を起こすよりも先に右旋回を開始した。

 ただし、この右旋回では旋回速度や角度を抑え気味にして敵機が自機の機動に追従できる程度にしておき、敢えて敵機のパイロットに理想的な攻撃位置である機体後部を晒すような真似をする。

 すると、ウイングマンに追い立てられた事もあって冷静さを欠いたと思われる敵機のパイロットは私の仕掛けた誘いに見事に嵌まり、こちらを追尾するように遅れて左旋回に入って加速するのがヘルメットのバイザーとキャノピー越しの視界に映った。


『掛かった!』


 当然、そんな敵機の反応を目撃した私は心の中で短く叫んだ直後、相手が旋回機動の途中にあって運動エネルギーに余裕が無い状態にあるのを逆手に取って直ぐに次の行動を起こす。

 まずは操縦桿を中央に戻して旋回機動を止めると大きく左に倒して機体を180度ロールさせて今度は左に90度傾けた姿勢にすると、再び中央に戻した操縦桿を手前に大きく引いてピッチアップ操作による左旋回を始めるのだが、先程とは違って旋回速度や角度を抑えるような事はせずに『F/A-18Cホーネット』の機体性能を限界まで引き出す高G急旋回を躊躇わずに実行した。

 いわゆる『オフセット・ヘッドオン・パス』と呼ばれる空戦機動の1つなのだが、この機動は充分に旋回性能の高い機体でないと効果が得られない上に、旋回を仕掛けるタイミングも難しいので実戦で使うにはリスクが大きい。

 しかし、今回は運良くウイングマンのサポートを受けられる状況にあったのと、ターゲットが旋回性能の高くない『MiG-23』戦闘機だった事で件の空戦機動を使って敵機の背後を狙う決断が瞬時に出来たのだ。

 もっとも、機体の限界性能を引き出しての急旋回なので私の身体には旋回を始めた直後から7Gを超える負荷(訓練を受けていない人間だと4Gぐらいで失神する)が掛かり、その影響で全身が鉛のように重くなるだけでなく視野も暗くなってHUDの表示を確認するのにも酷く苦労させられる。


「ぐっ……、うぅ……」


 だが、ここで意識を失っては命が無いので私は酸素マスクの下で必死に歯を食いしばって襲い掛かるGに抗って意識を保ち、さらにHUDに表示される幾つかの情報から自機の状態を的確に把握し、最も高速で鋭く旋回できるよう操縦桿を手前に引く範囲を細かく調整した。

 そして、ほとんど拷問とも言える激しいGに耐え続けて水平方向に360度の左旋回を終えて機体を水平に戻した時、A/Bを作動させて必死に逃げようとするターゲットの後ろ姿が攻撃に最適な距離と角度で視界に飛び込んでくる。

 勿論、そんな絶好のチャンスを私が見逃す筈は無く、条件反射でミサイルを発射する態勢に移行して機体がロックオンの完了を告げてきた直後、ミサイル発射のコールをすると同時にトリガーを引いて『AIM-9Lサイドワインダー』を発射していた。


「ターゲット、ロックオン。ゴールド11、FOX2」


 一応、敵機のパイロットも当然の対抗策としてA/Bを切り、フレアも盛大に放出しながら回避機動を行って追尾してくるミサイルから逃れようと必死に足掻くのだが、今となっては全てが手遅れで主翼端より飛び出したミサイルは誘導を妨害するフレアに惑わされる事なく一直線に敵機へと向かっていき、そのまま機体後部のエンジンノズル付近に着弾して爆発した。

 なので、私は爆発によって周囲に飛び散った破片を避ける為に左上方へと機体の針路を変え、それから後方を振り返る感じで顔だけを向けて自分が撃墜した敵機の様子を確かめてみると、黒煙を空に残しながら残骸が地上へ落下していく光景だけが確認できた。

 ちなみに、被弾した敵機が激しく炎上している事や付近にパラシュートが見当たらない状況から考えて敵機のパイロットは脱出できずに死んだものと思われる。


「ナイス・キル、ガイ」

「お前もな、ダック」


 その後、私がA/Bの作動を止めて水平飛行に移行したのに合わせて所定の位置へと就いたウイングマンから通信が入り、そこで私達は互いに敵機の撃墜に成功した事を短い言葉で称え合った。

 すると、今度はターゲットに接近するまでの誘導を担当したAWACSに搭乗するオペレーターの僅かに弾んだ声が無線を通して聞こえてくる。


「ガード05よりゴールド11、ならびにゴールド14。こちらのレーダーでも敵機の反応が2つとも消失したのを確認した。ナイス・キルだったぞ、海軍のファイター・パイロット(戦闘機乗り)」

「サンクス、ガード05。撃墜できたのは、そちらの誘導のお陰だ」

「ああ、その通りだ。的確な誘導に感謝するぜ、ガード05」

「見事に敵機を墜とした君達にそう言ってもらえると、こちらも自分の誘導に自信が持てて嬉しいよ」


 どうやら、無事に任務を成功させた事に対する喜びというものは海軍と空軍という組織の垣根を容易く飛び越えて共有できるものらしい。それを普段は意識する事が無かったのだが、こうして彼の言葉として聞けたお陰で私は改めて実感するのだった。


「それでは、こちらからの指示を伝える。現在、当該空域における脅威は確認されていない。なので、諸君は方位265・高度15000ftで本来の哨戒ルートへと戻り、以後は海軍の指揮下で任務遂行に当たってくれ。私からは以上だ。グッドラック、ゴールド11、ならびに14」

「ゴールド11、了解。グッドラック、ガード05」

「ゴールド14、了解。グッドラック、ガード05」


 こうしてAWACSに搭乗するオペレーターとの交信を終えた私は主翼を軽く左右に振ってウイングマンに合図を送ると、CAP任務という事でレーダーをVS(長距離索敵)モードに切り替え、HUDを見ながら操縦桿とスロットルを操作して機体を指示された方位と高度に合わせてから本来の飛行ルートへの復帰を目指すのだった。

 そして、空中戦で燃料を思った以上に消費した所為で途中の空域でタンカーによる臨時の支援を受ける必要があったものの、それ以外では特筆すべきような事も無く、本来の哨戒ルートを順調に飛行して無事に空母へ着艦している。

 ちなみに、この日以降も私は戦争終結に至るまでの期間にCAPやCAS(近接航空支援:味方地上部隊からの指示を受けて行う対地攻撃)、BAI(戦場航空阻止:敵増援部隊に対する事前攻撃)といった任務を受けて幾度と無くイラク領空へ出撃したのだが、まるで全滅でもしたみたいにイラク軍機(ヘリも含む)とは交戦どころか遭遇すらしていない。

 それどころか、湾岸戦争が開戦した直後の短い時期を除けばアメリカ海軍と海兵隊所属の各飛行隊は敵機との空中戦を行う機会を得られず、ペルシア湾と紅海に展開した6隻の空母で任務に就く数多の艦載機パイロットの中でも敵機を撃墜した者は数える程しか居なかった。

 そんな事情もあって私の名前と実績は空中戦でイラク空軍機を撃墜した数少ない艦載機パイロットの1人であると同時に、湾岸戦争で最後に敵戦闘機の撃墜を記録した海軍の艦載機パイロットとしても後々の世まで長く語り継がれる事となった。


作者の趣味全開な小説を最後までお読みくださり、本当にありがとうございます。今回も短編と言いつつも、かなりの長文になってしまったのは完全に前半の離着艦シーンが原因ですね。まあ、それ以外に戦闘機の操縦をリアルに描写した影響もありますが……。

ですが、やはり自分には現代兵器が関わる物語で妥協は出来なかったのです。そして、このスタイルは今後も変わらないでしょう。

そんな訳で、最後まで読んでくださった方々にもう1度、感謝の言葉を贈りたいと思います。本当に、ありがとうございました!

それでは、また何かの機会でお目に掛かれる時まで。

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― 新着の感想 ―
[一言]  更新お疲れ様です(^^)  今回は空での戦いが熱かったですね☆  知らないことだらけで、航空機というものの見方が変わりました。  空母(航空母艦)というものの存在を初めて知りましたし(←…
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