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なんてことないただの一日

作者: 鳩梨

女性に幻想抱いちゃってる人は、多分恐らくきっと高い確立で機嫌を悪くしちゃうと思います。それでも良ければ読んでみてください。

 それはある日の午後の出来事でした。

「喰らえ! 貧民の怒りだ、か・く・め・いっ!」

「えー?!」

「うっそ、ここで!?」

「へっへーん。どうよ? さぁ、ユミ。アンタのターンよ」

 もはや勝ちは頂いたと、貧民代表として革命を企てたミキがニンマリと笑いながら次のプレイヤーを急かす。

 他の二人の反応からするに残りの手札はザコだろう。伊達に連続貧民じゃないわよっ! と、ミキは気迫だけで語っていた。

「ふふん。甘い、激甘っ」

「はン。なによ、負け惜しみ? 講釈垂れてないでさっさとパスって言いなさいよ」

 おーっほっほっほ、とすでに勝った気になっているミキ。調子に乗って高笑いなんかしてみる。

「もう勝った気なの、ミキ? やっぱり甘いわ、そんなに甘いのがお好みならサッカリンでも大量に摂取してなさいっ!」

「いや、そんなの摂取したら糖尿病になっちゃうって」

「アレってたしかやばくなかった?」

 ヒートアップするあまり危ないことを口走るユミに、サキとリコがやんわりと突っ込む。

 ちなみに、サッカリンとは砂糖の五百倍の甘さがあり、発ガン性も高いことから使用量制限を定められている人口調味料だ。そんなものを大量に摂取しろというあたり、ユミのヒートアップ加減がいかがなものなのかが伺える。

「カツモクなさい! 秘技・革命返し!」

「――えっ?!」

「わ、すごいよユミちゃん」

「さっすが大富豪。手札が潤沢ね」

 再び強弱が入れ替わる。つまりは元に戻る。

 サキとリコは拍手喝采、喜色満面でユミを褒める。当人はしてやったりと得意顔。

 対して、貧民代表たるミキは

「…………」

 ハニワみたいな顔で呆然としていた。

 当然だ。革命のために不要となる強いカードは軒並み使い込み、自分のターンからの再開のために効果付与カードもほとんど使い切っているのだ。それらの努力と革命による四枚出しの結果、手札は残り三枚と少なくなったとは言え、革命の上に革命の成されたこのゲームでは全てザコ。アガル確率は絶望的だ。いや、はっきり言おう。無理だ。勝ったと思い込んでいただけにそのショックは大きい。

 結果、

「アガリよ」

「ニの、六で、アガリっ」

「ほい、九出してあーがり、と」

 ユミ、サキ、リコの順でサクサク勝ち抜けて行き、革命以降カードが減っていないミキだけがぽつんと残った。

「さぁ、ミキ」

「ごめんね〜ミキちゃん」

「ま、アンタの言い出したことだしね」


「「「Let’s 脱衣」」」


 三人の魔女の声が響き、

「い、いやぁー――――」

 哀れな敗者の悲鳴が轟いた。




 ことの発端は、

「……泣かしてぇー……」

 と言う聞きようによっては、いや、聞きようも何も十分に危ないミキの突飛な呟きだった。

 その日は学園長の結婚記念日で彼女たちの通う学園は休みだった。結婚記念日で学園を休日にするなんてどうなわけ? て言うか公私混同じゃ……と、誰もが思ったが、そこはそれ。平日が休みになるというのは素直に嬉しいし、別に文句は無かった。

 部活動も休みなため、生徒たちはそれぞれ彼氏とのデートだとか、友達と遊ぶだとか、一日中家でごろごろするとか、好き勝手に休日を満喫していた。

 ミキ、ユミ、サキ、リコの仲良し四人組もそれに洩れることなく集まって遊んでいた。

 場所はいつも通り資産家の娘であるユミの大きな家。一般家庭でのリビングが二つは入りそうな部屋を自室として持つユミの部屋だ。

 正真正銘のお嬢様であるユミの部屋は、本人に直接言ったら怒られるが、意外と少女趣味で大小の動物のぬいぐるみがたくさん置かれている。

 ミキの呟きは、どっかの有名デザイナーが作ったとか言う新作のテディベアを、ユミが皆に自慢している時にポツリと洩れた。

 得意げに語るユミはともかくとして、見た目と同じく趣味まで幼いサキや、カワイイものに目がないリコの耳にもミキの呟きは入らなかった。

 誰にも聞きとがめられなかったことを良いことに、ミキはユミの話を聞くフリをしつつ思考に没頭する。

(なんてーか、こう、恥らうような感じで泣かしたいわ)

 今更言うことではないのかもしれないが、危ない。色々。

(けど、どうすれば……)

 むぅ、と唸りながら真剣に考える。

(力任せに無理やり……、は返り討ちよね)

 ユミは護身術として合気道なんかを嗜んでいるので下手なことをすると手痛いしっぺ返しを喰らうことになる。最悪、

(わたしが泣くことになる)

 本末転倒。

 サキの場合は小学生をいじめているような錯覚に陥りかねない。それはそれでまた愉しそうだけれど、機嫌を直すのが非常に難しい。

 リコは……先の二人とはまた別次元の問題で無理。食べられてしまう。

 云々。

 ミキはそんなことを本人としてはかなり本気かつ真剣に悩んでいるのだが、客観的にはあーでもないこーでもないと悩む姿は百面相をしているだけにしか見えないので、非常に面白いことになっている。当然、本人に自覚は無い。

 そして、ミキはどういう思考の果てにか、

(よし! 脱がそう!)

 というぶっ飛んだ考えに至った。

 その結果が




「いーやぁー! やーめーてー」

「ほら、大人しくなさい」

「はわわ、危ないよ暴れちゃあ」

「コラ、アンタの言い出したことなんだからちゃんと脱ぎな」

 左右からユミとサキに羽交い絞めにされ、リコに薄布を剥ぎ取られそうになっているミキは今、必死になって抵抗していた。

 花が咲いていた。

 それと同時に、花が散ろうともしていた。

 ともあれ、もう本当に危ない。見た目だけなら平均をやや上に行く四人の少女たちによる戯れは、第三者が見たら確実に誤解しそうなほどひたすら倒錯的だった。

 ミキは上と下の薄布と靴下だけ。ユミはブラウスを剥がされてブラを晒し、サキはスカートが無く、リコに至っては見た目被害が無いようでキャミソールの下には何もつけていないし、スカートといっしょに穿いていたパンツも脱がされているため非常にきわどいミニスカート状態だ。

 皆一様に、決して外どころかこの部屋からも出られないような状態であった。

 そして今、室内であろうとも人様の前では色々とマズイであろう姿にされそうになっていた。言い出しっぺであるミキ本人が。

 自業自得と言えばそれまで。

 しかし、だからと言って、同姓で仲の良い親友たちだけしか居ないとは言え、上半身を晒すのは恥ずかしい。と言うか、ショーツと靴下だけと言う狙ったような格好になるのが恥ずかしい。

「て言うかなんで靴下脱ぐのは無しなの?!」

「つまらないからに決まってるでしょ!」

「て言うか、靴下の脱ぐのは最後ね、って言ったのはミキちゃんだよぉ」

「御託は言いからさっさと脱ぎな!」

 ぐぅの音も出ない。一人だけ明らかに同性の裸を見たくたまらないような者がいるが、やはり何もいえない。

 そもそも、皆が言うように言い出したのはミキなのだ。

 最初は良かった。脱ぐのは服やスカート、パンツ等だったのだから。四人ともが同性で気心の知れた親友だし、くだらないと感じながらもドキドキ感があって楽しめていた。

 しかし、一枚、また一枚と脱いで、脱がして行く内にだんだんと雲行きが怪しくなってきた。

 皆がマジになり始めたのだ。

 脱衣ゲームをしていると言う僅かな背徳感と高揚。大富豪と言う単純でありながらも奥が深く、のめり込みやすいゲームによる勝負の熱。何より、勝負事につきものの『罰ゲーム』を皆が一人に強要するという緊張。それらの相乗効果により、皆が皆、一戦一戦に全力をもって挑み、互いの心理を探り、等々。

 要約すると、熱中するあまり前後不覚な状態になっているのである。

 もっと端的に言うと、『脱衣・大富豪』というゲームに皆が酔っていたのである。酔っ払いほど怖い者は居ない。

「きゃ、ちょっとどこ触って……!」

「……ミキ、アンタ胸大きくなったでしょ、生意気ね」

「え、ウソ!? いいなぁ、ミキちゃん」

「まぁ、私には誰も敵わないけどね」

「「黙れ牛女」」

 きゃーきゃーと。

 女三人寄れば姦しいと言うが、四人になるとなんと言うのだろう。一つだけ言えるのは、女性を足す場合、既存の計算方法では正確な解は導かれないと言うことだけだ。現状が、何よりも雄弁にそれを物語っている。

 ともあれ、

「わーん、もうお嫁にいけないー」

「ウッサイわね。あたしがもらったげるわよ」

「ミキちゃん、きれいなおわん型だね」

「うっわ、なんかこれから全員でマワすみたいね」

 抵抗のかい空しく、結局ミキは自らの防備をはたす薄布の一枚を剥ぎ取られた。

 なにやら二人ほど、特に一人は非常に気になることを言っているが、自分の関心ごとに精一杯で、誰も気にしちゃいなかった。

「くそぅ、こうなったら全員裸に剥いてやる!」

 そもそも泣かしたくて始めたことなのに、企てた本人がすでに半泣きだった。

「はっ。これ以上やるとスッポンポンになるわよ?」

 呆れた、と言わんばかりに鼻で笑うユミ。やれやれと米国人風に肩をすくめる姿が妙に上手い。

「ま、まだやるの〜? もうやめようよぉ」

 一番弱そうなくせに不思議と一番被害の少ないサキが、服のすそを伸ばしてショーツが見えないように悪戦苦闘しながら止めに入る。

「最後の一人以外が裸になるまでやるべきよ! で、裸になってその後も負けた奴は勝者が食べることにすべきね」

 ミキ、ユミ以上に熱くゲームの続行と罰ゲームの追加を主張するリコ。言ってることが完全に百合な人のそれだが、もはや今更なので皆スルーした。

「うっさいうっさい! わたしだけ恥をかいて終わるのは絶対にイヤなの! もうなにがなんでもアンタら裸にして泣かしちゃるっ!」

 より一層の決意を固めそう叫ぶが、目に涙をためた半泣き状態な上に、半裸状態で胸を腕で隠しながらの雄たけびは滑稽を通り越していっそ痛々しい。別な意味で。

 ともかく、どんどん墓穴にはまりそうな脱衣・大富豪が再開された。なんだかんだ言いながら誰か一人が確かな『勝者』となるまで、降りる気など皆さらさらないのである。

 最初に決めたルール通り、敗者――今回はミキ――から順に時計回りで皆が一回ずつカードを切る。

 順番は、ミキ、ユミ、サキ、リコだ。配るのは最後にカードを切った人なので、リコが一枚ずつ今度は時計とは逆周りで配っていく。配り終えるまでカードを見てはいけないというのもルールの一つだ。

 皆にカードが行き渡ると、いっせいにカードの確認をする。

 大富豪のルールとして、大富豪と大貧民、富豪と貧民間でのカードトレードがあるが、今回は罰ゲームがあるし、人数的にバランスが偏ることもあるので、大富豪と大貧民のみのカード交換となる。本来であればカード二枚ずつの交換だが、ここでは一枚だけ、しかも最強と最弱ではなく、二番目に強いカードと不要なカードの交換だ。

 ミキは手札からハートのAを抜くと、忌々しそうにそれをユミに渡した。受け取り、ユミは手札からクラブの9を渡す。

(び、びみょー……)

 数字が高ければそれだけ強い大富豪において、9と言うのは非常に半端な数字だ。何か特別な効果があるでもなく数字が高いわけでも低いわけでもない。それでも、ただ弱いだけのカードよりは幾分マシだが。

「んじゃ、始めるわよ」

 二人がカードを交換したのを確認すると、リコがそう宣言しダイヤの3を出した。

 大貧民から始めると言うルールもあるが、満場一致でそれは無しになった。

 序盤は何の面白みも無く進んでいく。

 ……。

 ……。

 ……。

 三順目、サキが2を出してからゲームに変化が訪れた。

「ジョーカー、出さない? なら、流して……、えいっ。4・5・6でハートの階段!」

「無いわ、パス」

「パス」

「ハン、甘いわね。9、10、J!」

「えー! そんなぁ……。うーパス」

「パスパス」

「甘いのわ貴様だ、喰らえ! Q、K、A!」

「あら? 大丈夫なの大貧民さん。そんなに無駄遣いして?」

 パスよ、と言いながらせせら笑うようにユミはミキを挑発する。普段ならここで言い返すミキだが、この時だけは違った。

 ニンマリ、と底意地の悪そうな笑みを浮かべたのである。

 さすがに誰もカードを出せず、ミキのターンになった。

「ほい、5のダブル」

「ふーん、じゃあ、8のダブルで流すわ」

 特定のカードには効果がついている。8の効果は出した時点で場を強制的に流せるのだ。

「3のトリプル」

「うわ、ユミかぁ、残りの3全部所持してたの……」

 今まで最初のダイヤ以外、3がまったく出ていなかったことに対してリコが思わずそう呟いた。

 3は本来一番弱いカードだが、こうして三枚同時に出されると微妙に強い。いくら四人でも同じ数字のカードがそろうことは少ないのだ。

「う〜ん、パス」

「ほい、んじゃあ7のと・り・ぷ・る」

 リコがいやあな笑みを浮かべながら7を三枚出した。

「うげ」

 それを見たミキが即座に嫌そうな声を出した。

 7にも効果がある。次の番の人に手札から不要なカードを渡せるのだ。つまり、この場合だと合計三枚の余計なカードがミキは増えてしまう。

 7の三枚出しとそれに伴うカード譲渡により、リコの手札は残り一枚となった。

 その後、当然と言うか皆パスしていき、リコが一抜けをはたした。

 リコのアガリ札は4。もしあの後、誰かがトリプルを出していたら確実にあがれなくなっていたところだ。

 カードが増えてしまったミキは必死に勝つための計算をする。渡されたカードは6、9、Aとばらばら。Aは上位の強さを持つし、9は交換した時のがまだ残っているのでまぁ、良しとするが、6が非常に邪魔だった。

 ここで6を出せばいいのかもしれないが、それをすると手札にある5が残ってしまう。どうしても弱いカードが残ってしまうのだ。

「ほら、さっさとしなさいよ」

 ユミがニヤニヤと笑いながらミキを急かす。

「わかってるわよ!」

 先ほどの余裕はどこえやら、勝算が薄くなったことにミキは内心で非常に焦っていた。 

 一方、挑発したユミはミキの反応を見て嬉しそうに微笑んだ。

 悩んだ末、5を出した。

 ユミは10を出し、その効果でカードを一枚手札から捨てる。

 10にも効果があり、手札からカードを捨てられるのだ。ただし、必ず捨てなければならないと言う強制だが。

 サキはQを出して、ミキはKを出し、ユミがAを出すとサキが2を出した。

 大富豪ではジョーカーを除くと2が一番強い。ただし、2でアガルことは出来ないが。

 二人がパスすると、サキは手札の残り四枚全てを出してアガッた。

 二人の顔が歪む。

 四枚出し。大富豪においてのそれは革命しかありえない。最後の最後でサキはとんでもないものを置き土産にしていったのだ。

「サキっ! アンタえらい!」

 革命という言葉が単純に好きなミキは大喜びだ。

 だが、

「この子は、本当に余計なことを……」

「ひっ」

 ユミは怒り心頭だった。なまじキレイな少女なだけに射抜くような視線が尋常じゃなくキツい。おそらく、そこらの不良程度ならビビらすことが充分にできるだろう。そう思わせるほど眼光が鋭い。まるで鍛えぬかれた刃物だった。

 その恐ろしさに、サキはたまらずリコの後ろに隠れた。余程怖かったらしく半泣きになっている。

「え? なになに、突然。サキ、コレは私に身を捧げますって言うサイン?」

 鈍感と言う言葉すら生ぬるい鈍さを誇るリコは、ただサキが後ろからしがみついていると言う状況だけを見て勝手に都合よく解釈した。当然、ユミの睨みなどには全く気づいていない。

「きゃんっ」

 リコにいきなりお尻をなでられたサキがかわいらしい悲鳴をあげる。リコはセクハラにとてもアクティブだ。

 せいぜいセクハラ魔の慰みモノになるといいわ、と胸やお尻を触られまくっているサキを見ながら思い、一応はそれで満足した。

「もう、いい?」

 ニッコニッコと上機嫌で見守っていたミキがユミに尋ねる。

「ふん。ほらミキのターンでしょ、早く出しなさい」

 へいへい、とミキは手札からもはや不要に成ったAを出す。

 きゃあきゃあと言う、半分マジっぽい悲鳴をBGMに二人はカードを出していく。

 ミキは革命に喜んでいたが、実はそこまで手札の強さに変化はなかった。

 それはユミも同じで、互いに腹を探り合うような一触即発のぴりぴりした緊張感で二人はゲームに挑んでいた。

 一枚を出すのが非常に遅々としている。

 コレを出せばこう……いや、もしかしたら……

 云々。

 流れたカードは即座にケースに収められてしまうため、相手がどのカードを持っているかがいまいち判然としないのだ。

 お互いに、おそらくコレは持っているだろうと思うものはある。残りの手札が少ないし、当然と言えば当然。しかし、だからこそお互いに決め手にかけていた。

 特に、ミキはもう後が無いのだ。これで負けたら最後の一枚も脱がされ、靴下一枚だけの姿にされてしまう。付き合いが長いからわかる。こいつらは絶対に容赦しないと。いくら泣き叫んでも絶対に脱がせると。そもそも自分が言い出したことで、その自分がいくら嫌がってもそれは絶対に受け入れられない。わかっているのだ、嫌と言うほど。

 ――ここでの負けは貞操の危機にダイレクトに繋がる、と。

(負けられないっ!)

 もう本当に後の無いミキは普段では絶対にありえないほど脳を酷使し、ついにこの現状を打破する妙案を思いついた。


「あ、カカシが全力疾走してる!」


 まず、騒がしかったBGMが消えた。

 セクハラをしていた方もされていた方も、一様にポカンとしている。

 そして、張り詰めていた緊張の糸がブチ切れた。

 思わず、ユミは手札を落としていた。

「……あれ?」

 所詮こんなもんだった。

 第一、ミキが言いながら指差したほうに窓は無く、そこにあったのは皇帝ペンギンのぬいぐるみだった。ユミの一番のお気に入りで名前は『かいざー』。間違ってもカカシなどではないし、そもそも誰がそんなわかりやすいウソに乗せられのかと。

「……とりあえず、訊いてあげるわ。なにが、したかったの?」

 痛む頭を抑えながら、丁寧に一言一言区切ってユミが問う。

「ええっと、気が逸れたウチにこう、なんていいますか……」

「ああ、イカサマしようとしたのね?」

「まぁ、ぶっちゃけると」

「はぁ。バカなんだからそんなことアンタには無理よ。第一、できてもあたしには通用しない」

 わかった? ならさっさと再開するわよ、とユミは完全に馬鹿にした態度でミキを一蹴した。

 しかし、さすがのミキもこれにはムカッときた。何がなんでもイカサマして勝ってやる、とまたもや変なことを考える。

 落としたカードをユミは手際よくさっさと拾っていく。ちょうどよく裏側を向いていたためミキはユミのカードがわからなかった。

「ユミっ」

 カードを拾い終えたところで、ミキがユミの名を鋭く呼んだ。

 今度はいったいなにをしようというの、と呆れながら顔を上げると、

「――――っ」

 ミキの顔がすぐ近くにあった。

 ユミがそれに対して何かを思う暇も無く、ミキはそのまま顔を近づけて、ユミの唇と自分の唇を重ねた。

 触れ合いは一瞬。

 子供同士が見よう見真似でするような、本当に唇を重ねるだけの行為。

 それでも、ユミにはミキのマシュマロのように柔らかな唇の感触が、充分に伝わってきた。

 けれど、ユミには何が起きたのかわからなかった。

 呆然とする。

「おーい、ユミのターンだよん」

 なぜだかいつもよりもやけに明るく軽いミキの声に、一応反応する。

「へ? あ、うん」

 混乱を極め、何も考えられない頭で、ようやく今は大富豪の最中だったと思い出す。

 手札を見る。場に出ているカードよりも少ない数字のカードを探す。抜き出し、出す。

 出されたカードを見て、今度はミキがカードを出す。

 手札には少ない数字が無かった。

「……ぱす」

 出ていたカードが流されて、ミキが新たにカードを出した。

「はい、あっがり〜」

 やたー、とミキが笑顔で宣言した。

 見てみると、確かにミキの手札はすでに無かった。

 ああ、負けたのか、とぼんやりとした頭で思う。

 ――思い、ユミはようやく気づいた。

 手札がおかしい……。

「……ちょっと、おかしくない?」

「なっにが〜?」

「なんでアガってんのよミキ」

「そりゃわたしが上手だったからに決まってるじゃんっ」

「……イカサマしたでしょ?」

「えー? まっさかぁ。だぁってわたしとは違って頭の良いユミにはぁ、わたし程度のイカサマは通用しないんでしょお?」

 にやにや。

 笑いながらミキは言う。よほど頭にキていたらしい。それだけに、こうまでイカサマが上手くいったのが嬉しくてたまらないようだ。今にも小躍りしそうだ。

「あー、とだ」

 こほんこほん、とわざとらしい咳払いをしながら、ガシリ、とリコがユミを後ろから羽交い絞めにする。

「なんかどきどきなもの見ちゃったけど、それはさておき脱ぎ脱ぎしようねぇ」

「そ、そうだね! さ、さぁ、ばつげーむっ!」

 リコに便乗するようなカタチで、サキが明るく罰ゲームの開始を宣言する。

 先ほどの光景は、さすがに二人とも驚いた。

 サキは禁断の世界が展開されるのかもと、どきどきしながら。

 リコはまさかこんないいモノがみられるとは、うきうきしながら。

「ちょっと待ちなさいっ。今のは無効よ! ミキはイカサマしたのよ!?」

「いいがかりだにゃー」

 あくまでもしらばっくれる気でいるミキ。よそを向いて下手くそな口笛なんかを吹いている。

「バカねぇ、ユミ」

「なにがよ! いいから離しな――ひゃんっ」

 抗議の声はユミの耳を甘噛みしたリコのせいで、途中から可愛らしい悲鳴に変わった。

「ひははまひひゃひへひゃいひゃんへひっへひゃいひゃん」

「ひゃっ、ちょっとリ――んっ、やぁ――あンっ……、もう、耳噛んだまま喋らないでぇ」

 耳を甘噛みしたまま、むしろ耳を口に含んだまま喋るもんだから、その度に絶えず絶妙な刺激がユミを襲い、いつもの強気な態度が取れないでいる。そのせいか頬に少し朱が差し、目尻に涙が溜まっている。

「は――ん。やぁ、ユミって意外とかんわゆい反応すんのねぇ。いつも大した反応しないから不感症なのかと不安になっぐぁっ」

「お、お黙りなさい、この歩くセクハラ! それで、なにがバカなの?」

 親友の溝尾に情け容赦なく肘鉄をぶち込むという荒業で、戒めから開放されたお嬢様は両手を腰に当てぷりぷりと怒りながら、倒れてのた打ち回るエロ女を見下ろす。気のせいではなくはぁはぁと息が荒い。

「な、ないす肘……。えっとね、最初にルール決めたじゃない? その時、イカサマについては誰も触れなかったでしょ?」

「……だからイカサマは合法だと?」

「もち。だから私やサキだって被害が少ないわけだし」


「「なんだって?」」


「はわわ、リ、リコちゃん! それシーッ!」

「あ……、」

 慌てて先が口に指を当ててしーっ、しーっとかやってるが、時すでに遅しイカサマをしていたことが露見してしまった。

「くそぅ、どうりでわたしばっかり負けるわけだっ」

「それはアナタが弱いだけよ。にしても、まさかイカサマをしているなんて、ねぇ」

 もっと早くやっとけば良かった、と前向きに悔しがるミキはともかく。

 能面のように冷たい顔で微笑するユミは、冗談抜きで背筋が凍えそうだ。

「だ、だっていくらミキちゃんやユミちゃん、リコちゃんの前でも服脱ぐなんて恥ずかしかったんだモン」

 今にも泣きそうになりながら必死に弁明するが、サキのそれは火に油を注ぐだけだと気づいていない。

「そう。だからイカサマを? 自分さえよければそれでいいや、と?」

「う、うぅ」

 とても優しく儚げで、慈愛すら感じられそうな微笑を浮かべるユミに、だからこそサキは恐怖して後ずさった。

「や、だってほら。ユミってばミキのほうにばっかり気が行ってたし!」

 今度はリコがなんとかなだめすかせようと試みる。

「な!? そ、そんなことないわよっ!」

 一転。先ほどまでの氷点下のような怒りはどこへやら、途端に顔を赤くして怒鳴るユミ。

 口では否定しているものの、これでは肯定しているのと変わらなかった。

 意外な手応えにチャンスと見たリコは、このネタを糸口に自分たちのイカサマをうやむやにして、さっさとユミを脱がせようと考えた。

「おやや? なんでそんなに慌てているのかな?」

「べ、別にあわててなんか……」

 ふんっ、と腕を組んでそっぽを向くユミ。顔を逸らしたところで真っ赤になっているのはバレバレだった。

「そう? けど、見てたよね? いや、気にしてたよねぇミキのことを。それもすっごく。そのせいで気がそぞろだったんじゃないのぉ?」

「そ、そんな……こと……」 

 消え入るような声で反論するものの、まるで心を読んだかのように的中しているので、恥ずかしさのあまり力が無い。

 なおもリコの攻めは続く。

「そう言えば、私やサキの時はそうでもなかったけど、ミキを脱がすときだけはすっごい愉しそうだったよねぇ?」

「あ、う……うう」

「よくよく思い返せば、なんか気になることも口走っていなかったっけ?」

「っ!?」

「も・し・か・し・て、さっきのキスとか、失神しそうなほど嬉しかったんじゃないのぉ?」

 にたぁ〜、とした笑みを浮かべ、冗談めかして言うリコの言葉に、ミユは憤激したように否定と罵声の言葉を――

「〜〜〜〜っ」

 吐かなかった。

 その代わりにとでも言うように、ユミは火を噴くどころか出血でもしたのかと言いたくなるほど、首から上を深紅に染めていた。

 さすがにこの反応にはからかっていたリコも、ドキドキしながら見守っていたサキも絶句する。ユミがここまであからさまな反応するところは長い付き合いの二人でもみたことがないのだ。だが、だからこそこの二人は理解してしまった。

 ――マジだ。

 と。

 しかし、そうにも関らずまったくわかっていないバカもここにはいるわけで。

「何の話して――うっわ、ユミどうしたの? 病気?!」

 一人で変な風に勝利を喜びつつ、イカサマが合法だった(本人はそう解釈)ことで、今度はどんなイカサマをしようかと考えていたミキは、呆れるくらいの鈍さでそんなことを言った。

「なんでもないわよバカっ」

「ムッカ。人が心配してあげてんのにバカとは何よ! 本当のこと言われると傷つくんですけど」

 バカがバカと言われて自分からバカと認めた。これでもう自他共に認める正真正銘のバカへとミキはランクアップしたのだった。……いやダウンか。

 ともかく。

「うっさいバカ! アンタは自分のおつむの心配をしなさい!」

「なんだとー、わたしはおむつなんかしてないやい!」

「“おむつ”じゃなくて“おつむ”よ! そういうところがバカだって言うのよバカ!」

「だーかーらー、バカにバカって言うなー!」

 ぎゃいぎゃい、と。不毛な争いを繰り広げるミキとユミ。

「よかった。コレでユミちゃんに怒られなくてすむね」

「そだねぇ。ユミは怒ると怖いからねぇ」

 ホッと胸をなでおろすサキに、リコは苦笑交じりに同意した。

 言いながらもリコは別にユミの怒りは別に気にしていない。イカサマを自ら失言を装ってバラしたのは、不正を嫌うユミならそれに食いつくと思ったからだ。そして、それによってグッダグダになればなし崩し的にこのゲームは終了。それがリコの狙いだった。

 当然、そんなことは表には出さない。

 リコだって確かに楽しんでいたのだが、さすがにそろそろ雲行きが怪しい。このままでは本当にやばそうだと、付き合いが長いリコはなんとなく察していた。

 良い意味でも悪い意味でも、リコを含めたこの四人は負けることを嫌う。正確には、誰か一人が勝つことを。そうでいながらも誰か一人が勝ち残らないと気がすまないと言う面倒臭さだ。

「花も恥らう乙女が、さすがにねぇ」

 苦笑しながら微笑むリコ。

 表面上はセクハラ魔なリコだが、これでもちゃんと自分たちの役目は把握していた。

「ま、さすがにコレは把握してなかったけど」

 苦笑を深くし楽しそうに目の前の罵倒合戦を眺める。

「そうなの? アタシは気づいてたけどなぁ」

 リコのひとり言に、サキがぽややんとした笑顔を浮かべて言った。

「丸わかりだよぅ。ユミちゃんってば、気づかれないように気づかれないように、ってそれで逆に不自然になってるんだもん」

 おかしいけどかわいいよねぇ、とついに取っ組み合いを始めた二人をノンビリ観戦。

「おかふぃなほとひうのはほのふひかー!」

「だふぁりなふぁい、ほのあっふぁらふぁー!」

 互いに互いの口を引っ張って醜く楽しそうにケンカをしている。

 邪魔をすると飛び火しそうなので、リコは無視することにした。

 それより、サキが何か気になることを言っていたし。

「ホントに? それっていつ頃からなの?」

「んーとねぇ、確か中学の終わり頃だったかなぁ」

「そんな頃から?! よくもまぁ、たいしたもんだ」

「ホントにねぇ。アタシも最初はびっくりしちゃったよぉ。……けど、なんとなくわかるかなぁ、って」

「わかっちゃうの?」

「うん。だって、アタシもそうだもん」

「えぇ?! サキもミキが好きなの?!」

 さすがに驚きを隠せないリコ。まぁ、当然と言えば当然だ。まさか自分の親友たちがユリの人だとわ……さすがに想像していない。

 しかし、その言葉に言われたサキのほうがビックリして慌てて返す。

「わわ。ち、違うよぉ。確かにミキちゃんも好きだけど、そう言うのじゃないもん」

「あ、なんだそうなんだ。ごめんごめん、早とちりしちゃった」

 あービックリした、と思いつつ、なんだ残念、とかも思ったりするリコ。自分の周りがユリになるのはビックリだが、それ以上に面白い。それとなくからかえば、ユミは言うに及ばずサキも愉快な反応をしてくれそうだ。怒らせてしまうのはマズイが、そこらへんのサジ加減にはちょっと自信がある。

 そんなことを考えながら、ニマリと笑うリコ。

「ではでは、キミは誰が好きなのかにゃん?」

「ひぅ!?」

 チェシャ猫のような笑みを浮かべて訊くリコ。

 サキはひゃっくりのような悲鳴をあげると、顔を首まで真っ赤に染めて俯いてしまった。

「ミキじゃないってことは、もしかしてユミの方? なんてこった! 仲良し親友カルテットはドロドロとした昼ドラばりの三角関係に!? あれ? その場合私の役ってなんになるんだろ――って」

 ペラペラと言葉責めなんてものを楽しんでいると、俯いていたハズのサキが顔を上げていた。しかも、なぜかリコを睨む睨む。その上、なぜか目の端には涙を浮かべて。

「あ、あれ? からかいすぎましたか? や、えっとぉ、そのぅ」

 リコは一転して大いに焦る。背中から汗がだらだら流れて気持ち悪い。

 サキは普段怒ることが少ない。笑ってスルーするか、泣いて周囲を困惑させるかが主流なのである。

 と言っても、まったく怒らないわけでは、当然ない。よほど腹に据えかねる時にはユミなんかよりもよほど怖く怒るのだ。普通に怒るのではなく、まったく別のベクトルで。

「もしかして、リコちゃん気づいてないの?」

 じとー、とした目で睨みながらドロドロとでも表現するような感じで言う。

「え、えぇと何をでせうか?」

 おっかなびっくり。下手なことを言って余計に怒らせないように注意しながら訊きかえす。

「むぅ」

 失望した! と言わんばかりの不満顔でリコを睨むでなく眺めた後、サキはそっぽを向いてしまった。

 リコはいつもと違う様子の怒り方をするサキに困惑して、どうしたら、と挙動不審になる。

「バカバカ言って! だったらキサマは何だー!!」

「あたしは金持ちよ! 大富豪様よ! あんましバカなことばっかり言ってると札束で顔引っ叩くわよ、このバカ貧民!!」

「にゃーっ! キサマ今、『あ、ちょっとそれはやってもらいたいかも』とか思ってしまったではないか!」

「ほーらやっぱりバカじゃない。そんなバカを叩く為のお金なんてないわ! お金が泣きます。叩かれたけりゃ年収一千万超えて自分でやりなさい!」

「にゃにおう! てか今、反論不可能なほど理不尽なこと言ったな! お金で買えないものもあるんだぞ!」

「ふん、なによそのありきたりな台詞。なら言ってみなさい、そうすればバカだって言ったことを謝ってあげるわ!」

「言ったな! よぅし。お金で買えないもの、それは――」


「ユミの貧相な胸とかーっ!!」


「……ブッ殺す!」

 どたどたと、ミキは言うだけ言うと、ぴゅーっ、と脱兎の勢いで部屋の外へ逃げ出し、ユミは放たれた言葉に般若の形相をしてどこからか取り出した薙刀を手に追いかけていった。

 ちなみに、二人ともゲームの後のあられもない姿のままだ。

「あ、あーあ。二人ともどっか行っちゃったよ。しょーがないねぇ」

 と、話を変えるべくサキにぎこちない笑顔を向けるが、当然そんな方法が通用するはずも無く、サキは冷たい一瞥を向けると頬を膨らましてツーンとよそを向いてしまった。

 ぐちゃぐちゃである。

 結局、何がしたかったのかイマイチ誰にもわからないまま、はしたない格好で追いかけっこをしていた二人が侍女長に見つかりたっぷり三時間お叱りを受けるまで、グダグダな感じで四人の平日休暇は幕を閉じたのだった。

 まぁ、概ねいつも通りの一日だった。

 大富豪と貧民は革命が起きなければ劇的な変化など見込めないし、平民は平民で今の関係をちょっと変える勇気が無いとどうしようもないのである。

 こと、この四人の場合は特に。


 余談だが、この四人の通う学園は私立の共学校だ。

 どうやら、よほど男子たちは半端であるらしい。

 少なくとも、大富豪様を満足させ、大貧民の目を輝かせ、平民が気を引く、それすら適わないカードたち。効果も無く数字も中途半端。

 あるいは、この四人の少女カードたちが極端すぎるのかもしれない。


 ま、なんにしろ。これがこの四人のある日の一日であり、これで終了なのでした。

 


ハイ、グダグダのぐちゃぐちゃです。

やぁ、いいなぁ。こういう投げっぱなし感!(スイマセンゴメンナサイ)

女の子たちの描写は意図的に省いてあります。頭の中で妄想とかして楽しんでください!

※大富豪のルールは私の地元のものです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読させていただきました。 なんというか、展開のぐちゃぐちゃ感が、逆に魅力になっている作品ですね。笑いながら読ませていただきました。
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