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第十話

(1)

 今、克は後味の悪いものを抱えて、誰にともなくつき従う様に歩んでいる。

 苛烈を極めるかと思われた佑子の追及は、幸か不幸か、あっさりとしたものだった。ミラーハウスからようやく現れた克と稔を見た時の佑子の様子は、大分不貞腐れた様子ではあったが…。だがそれゆえに、克には無気味であった。

 (どうなってんのかね、まったく。もう、流石に解んねぇわ…。)

 どう対処していいのか見当もつかない爆弾に、再三に渡って肩すかしを喰らわされた克は、気が張っていただけに疲れていた。

 克と稔が合流した時、当然のように佑子が面白くないと言わんばかりの顔で、なぜ電話に出なかったのかと尋ねてきた。克にとって予定通りだ。

しかし、煙に巻くための順序の良いいい訳を用意していた彼に対して佑子は、克の、

「悪い悪い。ミラーハウス、結構面白くて。」

という、壮大な言い訳の導入部で、意外にも満足してしまったのかその後の追及を止めて、笑って許してしまったのだ…いかにも、『しょうがないわね。』っと、言わんばかりの笑顔で…。

 そのことが克にとってはよっぽど想定外だったのか、足並み揃えて四人が歩き出したその時に、克と稔の間に佑子がチラリと落としたさびしそうな視線に、克は我知らず稔と間隔を離してしまう。

 言うまでもなく、克が自分の行動を意識した時にはもう遅かった。隣ではただただ純粋に、不思議そうにこちらに一瞬目線を向けた、稔の横顔。前を行く佑子の表情に関しては、克には確認することさえ躊躇われた。

 そんなこんなで、短くも長い尾を引く、克の葛藤。それでなくても、義足の脚は重い。

 時刻は12時を回っていた。午前中あれほど眼を苦しめていた太陽は今、熱っぽく頭を焦がす。稔がいい加減くじけそうになっていた克に目配せして見せたのは、そんなころだった。

 「篠原先輩、いっしょにあれに乗ってもらえませんか。」

 稔は克の反応を待たずに、佑子の前に進みでると、すこし恥ずかしそうにあるアトラクションを指差した。

 「えっ、あれ…。えっと、私はいいけど…、本田たちはどうする。」 

 稔にせがまれた佑子も、困ったような、照れた様子で克と達雄の方を振り返る。

 「メリーゴーランドか。ああ、俺はもちろんパスね。石川はどうする。」

 克がさりげなく話を達雄に振る。達雄はチラチラと佑子の様子を伺っている。どうやら、決めあぐねているようだ…無理もないが。

 そんな達雄の姿に、佑子が優しげな顔で許しをだす。

 「えっと、石川、無理しなくてもいいからね。」

「だとよ。じゃあ、お言葉に甘えて、俺たちはそこらでお茶でもしているか。」

 佑子の言葉に決めあぐねていた様な達雄に、やや身長の高い克が見下ろす様に笑い掛ける。それに対して達雄は、もの言いたげな目を返したものの、移動を始めた克にトボトボとつき従っているところを見ると、やはり単調に上下に揺れるメルヘンチックな白馬に跨るのには、抵抗があったのかも知れない。そんな二人に稔が声を掛ける。

 「それじゃ、石川先輩。本田先輩が帰っちゃわないように、しっかり見張っていて下さいね。」

 そんな稔に克がニヤケ顔で、言い返す。

 「お前こそ、はめ外しすぎないように、篠原にちゃんと手綱をにぎっといてもらえよ。」

「…彼女をないがしろにする発言も、遂にそこまで来ましたか。いつか…解らせますから。」

 そうして軽く手を振り合って別れる、お互いに担当する相手を連れて別れた克と稔。

 (どうやら、猪山は俺の頼みを聞いてくれたようだな。にしても、篠原の奴…『無理しなくてもいい』なんて、完璧彼女の発言じゃないよな。)

 ここでまた予定されていた様に、佑子の黒々とした美しい瞳と重なる克の瞳。佑子は怒った様に眼を細めると、プイっとそっぽ向く様にして稔と共に離れて行く。そんな様子も、今の克にはただ可笑しく感じられる。

 「…あの。」

 軽く眼を閉じる様にして口元を緩めた克を、現実に引き戻すものがあった。達雄だ。

 「お、悪いね。えーっと、そこなんかどうかな。」

 克は辺りを見回した後、近くのベンチを指差した。とくに達雄から反応は返ってこない。そんな達雄に小さな笑みを向けたあと、克は重い腰を上げる様に、のっそりとベンチに向かって歩き出した。なにせ遊園地では、ただ歩くだけでも味わい深いのだ。

(2)

 「ほら。あ、これ、俺の奢りな。」

「どうも。」

 ベンチに小さくまとまる様に座っていた達雄に、克がアイスコーヒーの入った紙コップを渡した。自販機から出たはずのそれにさえ、ここでは能天気なオレンジと白のストライプが躍っている。

 達雄はそれをどう感じたのか、紙コップを受け取ると、また小さくまとまってしまう。その横にどっかりと克が腰かけると、木製のベンチが頼りなげな軋みを上げた。

 

 克がミラーハウスを出てから稔に頼んだのは、ずばり『石川と二人で話がしたいから、篠原のこと誘って、しばらくどこか行っていてくれないか。』というものだった。

 それに対する稔の答えは、『それって、邪魔してることになってませんか。』というものだった。ついでに、いかにも嫌そうな顔をしていたのは、克の言い回しに問題があったからだろう。

 そんな稔の言葉に克は少し考える様にしていたが、何かに納得したように一度頷くと口を開いた。

 「ま、この際しかたないだろう。」

「それ、さっきと、言ってること絶対違いますよね。」

「いいんだよ。第一、俺には石川と話す義務がある。」

 威張る様に弁論を展開する克に、稔の信用成らんとばかりのジト眼が飛ぶ。しかし克は気にせずに威張り倒した。

 「俺、橋本にも言われたんだよね。」

「何をですか。」

「篠原が付き合うとしたら、俺だと思ってたってな。だから俺は猪山と橋本の代表として、石川の話を聞かなければならないんだ。解ってくれたかな。」

 聞き終えて溜息を吐きだした、稔。それはちょうど、佑子と達雄の姿を、克が捉えたころだった。その為話はそこで断ち切れて、ほぼ有耶無耶。だから結果的に稔が克の頼みを入れたのは、彼女にも思うところがあったからなのだろう。当然、それが克に対する信頼であるかは、まったくの別問題だと言わざるを得ないが…。

 

 コーヒーを啜りながら、克は達雄を横目で観察する。カップに納まった黒い湖面に黙って見入るその姿に、目立った変化はない。そんな遊園地では場違いも甚だしい近くの静寂と、遠くの雪崩のような歓声が相まって、克を再び思索に誘う。

 (石川…。ま、今度のことの言い出しっぺがこいつでも、別に驚くほどのことじゃないんだよな。なんせあの篠原に告白したくらいだからな…。)

 ≪篠原佑子交際を承諾す。≫の報は、即日校内を駆け巡った。このことからも解る様に、達雄は全男子生徒がそれだけはすまいと忌避していたこと、つまり≪篠原佑子に対して、校内にて告白を敢行する。≫という愚を犯してのけたのである。

 言うまでもなく、ミスコン覇者であるところの佑子を射止めた達雄を、すなおに祝福しようなどと考えた輩は、歯噛みし、怨嗟の言葉を吐き出し続けて野郎の十分の一もいるはずがなく。一時は、報復は確実として、ミスコン委員及び有志の男子生徒たちによる暗殺もあり得るとの噂が実しやかに囁かれたほどだ。この現象はひとえに、全校生徒たちが佑子の魅力をそれほど評価しいたということであり。それ故に、以上でも以下でもないはずのことがらの規模が、ミスコンとその優勝者の学内での影響力の大きさを強く印象付けたと…もの好きは語ってもいる。

 であるのに…否、であるからして不気味なことに、石川達雄は生きている。

それどころか、彼が危害らしい危害を受けたというようなことも確認されていない。

 その理由には幾つかを挙げられるだろうが、まず彼が石川達雄だからということが小さくはなかっただろう。

 冴えないこと以外にこれといって特徴のない生徒であった、それゆえに何故か佑子と付き合う前からそれなりに有名だった、達雄。こんなことがあったため、おそらくは佑子と達雄が付き合いだしたと耳にした多くの男子生徒及び、一部の女子生徒の間に、この二人の有名人を並べて比較すること自体ばからしいとでもいうような共通認識だかが生まれ、それまで浮いた話一つなかった佑子の投じた爆弾であることも相まって、円滑な行動が阻まれた。というか、いろいろ信じられなくなっていたのだろう。 

 とにかく、達雄を押しのけてでも佑子に告白しようという猛者がいるはずもなく。ミスコン委員会も大方の予想を裏切って、紳士的な静観を決め込んだために、奇妙なほど公然と達雄の安全が成立したというのが事の顛末であった…。

 地鳴りのような走行音と歓声とも、嬌声ともつかない、絶叫。

 まどろむ様な瞑想を妨げられた克は、今一度達雄の方を見る。さっきまで達雄の姿と、頭の中で矛盾なく同一人物であろうことが確認できる姿勢のままで、達雄は相も変わらず思い詰めたようにカラフルなカップを睨んでいた。カップの内側の水位からは、達雄がコーヒーに口を付けたのか、克に解らなかった。

 (こいつ、篠原の前でもこんななのかね。実際、よくもまぁ、告白って段階まで自分をもってけたよな…ま、こいつからは追い詰められたような妙な緊張感もただよってるし…そういうことかな。…で、じゃあ今日の消極的な態度は何だよってことだよな。うーん、篠原からして他人に対する好意に対して、頭に超がつく鈍感だからな。やっぱ、これ以上あいつが『ずれる』前に、彼氏どのが本当に篠原のこと好きかだけ、確認せんといかんわな…俺が。…なんか、心底情けない感じになってきたな。安心したり、緊張したりしている自分に。)

 克は困ったような苦笑を顔に湛えながら、コーヒーの湯気に眠そうな眼を窄ませた。義足では脚組むことが出来ないことを、ぼんやりと残念に思う。

 「あの…。」

「んっ。」

 克は何気なく反応したことを、多少なりとはいえ公開した。声のした方向からいって、克に対して呼びかけたのは達雄であろうが、相手が二の句を継がない。

 (しまった。こういうタイプにはちょっとフランクすぎる応対だったかな。俺としたことが。)

 克は心の中で自分に毒づきながら、横目で達雄の様子を窺う。そのあまりにも停滞した姿からは、克に呼びかけたであろう事実すら怪しく感じられた。

 そこで、いや、当然といおうか。この後の展開を望むのではあれば、克に選択の余地はなかった。小さく息を吐き出すと、克は意識的に吸い込んだ息で、達雄に話し掛け始めた。

 「しっかし、石川も大したもんだよな。あの篠原に告って、その上、付き合い承知させたんだからな。流石に驚いたぁ。なんせ篠原に告るのは敷居が高すぎて、並の理論武装じゃ五合目すらみることなく滑落、くらいが共通認識になってたからな。それこそ度胸試しにってやつも、見当たらないに。」

 正面を見るともなく見たまま、克はまるで嘯くように話し掛ける。だが達雄は、微動だにせず、返事らしい返事すら返さない。克はその様子をチラリと盗み見てから、いい訳でもするように言葉を継いだ。

 「まぁ、本人にしてみれば、どうってことなかったのかもしれないけどな。」

「…そんなことは…ないです。」

 ようやく、か細い声でなんとか言いきったような達雄の返事がなされる。

 克はなんとか言葉で成立したやり取りに、柔和な顔つきをいっそう柔らかくして達雄の方に顔を向けた。そんな克の様子を達雄が解っていることを表す様に、達雄の両の手で丁寧に包まれたカップの中で小さな波紋が重なり合う。克は会話を続けた。

 「それだけか。」

「えっ。…あの。」

「さっき、何か言い掛けてたよな。なんか、俺に言いたいことがあったんじゃないのか。」

 ゆっくりと克は言葉を投げかける。

 多分図星だったのだろう。達雄は傍目から容易に解る様にキョトキョトと眼を動かして、慌てている。だがその活動は、克の視線とかち合ったときピタリと止んだ。そしてまた静寂。

 克もあえて達雄を促そうとはせずに、何気なく視線を正面に戻して、ただコーヒーを啜る。

 達雄がため込んでいた言葉を吐き出したのは、それからさらに五分後のことだった。そして、その克の予想に反して率直な、あまりにも率直だった回答は、ぼんやりと佑子と稔のことを考えていた克にとっては、不意打ちとしても働いようだった。

 「すいませんでした。」

 未だかつて彼からは発せられたことのないのではと疑いたくなる様なボリュームで、となりに腰かける克の耳に達雄の謝罪の言葉が突き刺さる。加えて急な出来事に、ゆるゆると口に含んでいた液体が、克の気管に滑り込む。

 克は二重苦に我を忘れたように、まるで変な生き物でも見るかのように達雄を見た。よってこの時、達雄が俯いたままでいたことは、克にとっては運が良かったと言えるだろう。

 (なんだ、『すいません。』って、大声出したことを、それと同時に謝ってみせた…訳ないよな。)

 自分のバカバカしい考えにツッコミを入れて、克が落ち着きを取り戻した頃、達雄は煽る様にしてコーヒーを流し込んでいた。克のカップのなかにしても、もうずいぶん冷めていることだろう。

 「あのさぁ、石川。俺、悪いんだけど、お前に謝ってもらう様なこと、ちょっと思い当たらないんだけどな。何のことッスか。」

 克は達雄の腕が下がるのを見計らって、もっともな質問をする。達雄は何を考えているのか、またしばらく躊躇してから、恐る恐る話し始めた。

 「あの…、篠原さんに告白するのに…その、順番があって…ミスコン委員の決めた。でも、俺、誰にどうやって頼めばいいのかって知らなかったから…結局、その、そういうの、話付けないで、篠原さんに告白したから…。」

 達雄は途切れ途切れにポツポツと、選んだ言葉で間を埋めていった。そしてまた、深々と頭を垂れて、押し黙った。

 克は面食らったようにその様子を眺めていたが、達雄が克の方を申し訳なさそうに見つめたのを契機に、たがが外れたように大声で笑い出した。

 ひきつけを起こしているのかと疑いたくなる具合に、腹をさすりながらひたすら笑い続ける、克。その姿は異様以外のなにものでもなかったのは、一般的に見ても文句のでてこない態度だったと言えるだろう。達雄もご多分にもれず、いや、元々が小心な気質の持ち主らしい彼には、自分の言ったことの意を受けての克の爆笑という順番があっただけに、不安に取り乱したとしても仕方無かっただろう。 

 達雄は克の笑い声に押される様に大げさにのけ反る。弾みに達雄の手から取り落とされたカップの中身が、小石で混じりのアスファルト染み込んでいく。

 克も達雄のそんな粗相で、ようやく吐く息と吸う息の比率がそろってきたようだ。

 「悪い悪い。ああ、それは気にしなくても。テーマパークっていったら、ロシアの軍服みたいなの着た清掃員がつきものだしな、とりあえずカップだけ処分しときゃいいだろ。いや、この日和なら、ほっといても乾くかな…ハァッ、腹筋が痛てぇ。じゃなかったな、悪い悪い。」

 克はまだ面白そうな笑顔を張り付かせたまま、ゆるみきった口から申し訳程度に謝罪の言葉を漏らして、また息を整える。

 もちろん、克の真意を測りかねている達雄にとって、謝罪の言葉すら満足な意味を持たないのは当然のことで、未だのけ反った態勢のままに、怒っていると言うよりは次に何が飛び出すかを怖がるような眼差しで克を凝視していた。その熱い視線に克が気付かなかったはずもなく、加えて、どうやら達雄のもの問いたげな表情に答えるのがやぶさかでない…もっと言うと説明したかったのか、今度は得意そうな笑いで口元を釣り上げると、克は調子よく話を始め。た。

 「あのな、石川。その告白の順番待ちって話は、デマなんだ。といっても、ミスコンに関係している奴が流した情報だったから、妙な信憑性を持たされて扱われてたんだけどな。という訳で、そう流言を広まっちまう前に早期に根絶出来なかったのは、ミスコン委員である俺の不手際でもある訳だから。とりあえず、この場を借りて被害者…というより成功者か。ま、なんだな、頼りなくてすんませんでした。あ、俺がミスコン委員ってことは知ってるよな。男子には関しては、隠すどころか公表してるようなもんだからな、いろいろ協力してもらうこともあるしさ。」

 上機嫌の克の滑らかな舌が、茫然とした達雄に機関銃のように言葉を打ち込んでいく。今一つ要領を得ているか定かではない顔で瞬きを繰り返しているものの、達雄は克の話に合わせて頷いて見せるなど、その意識はなんとか保たれているようだ。克は、なおも続ける。

 「まぁ、デマってことが伝わりきってないのも当然と言えば当然でな。なんせ、犯人が誰だか解ったのが、つい先週の事だったってこともあるからな。あぁ、安心していいぞ、ミスコン委員会の会則に則って、ちゃんと罰は与えられているから。…ん、やっぱ、どんな刑が執行されたか聞きたいか。」

 克は狡猾そう笑いを張り付けた顔を、達雄の目の前に押し出す。達雄はその真意がどこにあるのかは別として、肯定も否定も出来ずに、さらに背中作り出す傾斜が緩くした。

 そんな歓迎しているとは思えない反応を肯定ととったのか克は、瞬きを止め息を飲んで身構える達雄にさらに言葉を浴びせかける。

 「それがさぁ、そいつつい最近も会の規約に反することをしてるんだが。その上、告白の順番を決めるっていう理由で、金とって整理券まで配ってたらしいんだよな。本当だったら、公にして退学もあるってくらいだったらしんだけどよ。ことがミスコン覇者…あ、もちろんお前の彼女な。と、ミスコンそのものに関係あることだっただけに、俺たちとしても一計を案じざるを得なかった訳なんだな。下手に騒がれて、来年以降のミスコンに影響でたら、先人たちに申し訳がたたんし。で、実際には、表向きは教師たちから停学二日が言い渡されただけだが、本来は裏方の俺達が…『報復の草の根活動、新聞部名物、校区内全女子トイレ、顔写真(携帯電話番号+アドレス入り)さらしものの刑』が執行したという訳だ。つまり、停学は一種の恩赦だな…写真剥がすのに駆けずり回る時間を捻出させてやるための。なんせ、あいつ…ま、誰とは言わんが。あいつ、俺たちの暖かい心根が理解できたのか、余計な事を教育委員会に垂れこんだりしなかったからなぁ。…てか、そんなことしたら、自分も道連れになることが解ってただけかも知れないけどな。クククッ、な、面白かろ。…あれ、面白くなかった。あー、大丈夫だから、ミスコン委員会はクリーンな団体で、別にミスコン優勝者に彼氏が出来たからと言って、実力行使とかはないんで…今までなかっただろ。だから、安心してくれて言いから、な。」

 ブラックユーモアを心底楽しむ様な克の朗らか態度に対して、達雄は口を閉じたまま怖々と克のことを見つめている。そのことが余程意外だったのか、はたまた達雄が怖がっている対象が何者だったのか本当に解っていないだけなのか、克は困った様子で後頭部を撫でつけていた。確かに、笑いの大部分は慣れからきているのかもしれないが…。

 克は少し困ったような、満足そうな表情で、眩しそうに正面を見つめる。そして、一息つくと、達雄の姿勢が戻るのをまって、落ち着いた様子で尋ねた。こんな状態を演出してまで、達雄に聞こうと考えた事を…おそらくは、聞きたかった事を…。

 「石川、お前、篠原のこと好きなのか。…いや、好きに決まってるのは解ってるんですが。でなきゃ告白はないよな。んー、その、なんつーか、野次馬根性みたいなものかもしれないけどな、なんか気になって。ま、言いたくなければ無理に聞いたりしないが、その、俺も稔も篠原のことまんざら知らないわけじゃないんで、と言うか、別に俺から何かを石川に言おうっていうことでもなくて…えっと、その辺りのとこ、どうなんでしょうか。」

 こんな時に限って、頭で寛いでいるはずの適当な言葉たちは、居留守を使いがちである。最後の言葉に関しては、達雄に対しての質問であるかさえ危ぶまれる。

 克は一言重ねるたびに前に倒れ込む様に、肘を膝のあたりに付けて、やや引き攣った顔を地面に近づけて行いった。克は視線が下に言って初めて、自分たちの前に広がっていのが芝生であると気付いた。

 果たして、状況は克の期待通りに進んだのだろうか。達雄がやっと口をきいたのは、克の顔に赤みが行き渡った後だった。

 「す、好きです。」

 どもりつつ、何とか吐き出したように達雄が言う。彼にとってこれがどれほどの事だったかはその声から、そして小さく上下に揺れる肩の辺りからも、克には解った。だからなのかもしれない。小さく達雄に応えて、

「そうか。」

と呟いた克の声は、涼しげな安堵感を、そしてそれゆえに寂しげな音色をこの青空の下響かせた。そして、克は深呼吸をして明るい笑みを浮かべる


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