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9/16 1:39

いつも通り、今回のコメント


・今日の夕食。


餃子、シュウマイ

困った時のゴーヤチャンプル

ごはん


以上。


***********************************


 あらためて滝川先輩から、そういわれるとちょっと緊張する。僕は背筋を伸ばした。


「これからが正念場になってくると思う。だから亜也を頼むな」

「急に何言ってるんですか、滝川先輩だっているでしょ?」

「『輪転の誓い』はお前と亜也の間でしか使えないし。だから、私では救えない」


 滝川先輩は腕組みしながら、目を瞑って俯いた。なにか奥歯にモノが挟まったような言い方に僕は釈然としない。「私では役に立たない」というセリフは何度か聞いた気がする。『輪転の誓い』は異性同士でしか使えないから、と言う理由は分かる。だけど、それだけじゃないでしょうに。できること、っていうのは他にもあるはずだ。


 僕の考えとは関係なく滝川先輩は話を続ける。


「亜也は素直でいい奴なんだ。好きな男が『髪をかきあげながら日記読む姿が好き』と言ったら、その男がいなくなった後でも律儀に続けているような真面目で馬鹿なんだ。それまでは後ろで髪を留めてたくせにな」


 またしても美国進か。どこまで高月先輩に影響を与えているんだ。あのお気に入りの姿までが美国印だったとは。その情報はいらなかったなぁ。


「真面目で馬鹿なだけに、思い込みも激しい。いらぬ罪悪感も抱く」

「罪悪感?」

「例えば……自分が今を楽しんでることさえ、美国に悪いと思っている……とか」

「そんな馬鹿な。なんでもかんでも美国進と絡めるなんて変ですよ」


 滝川先輩は僕の言葉に「だろ?」と笑いかける。


「だからさ、教えてやってくれよ。過去にこだわるのも必要かもしれないが、本当に大切な物は何かって。お前がアイツを過去から救ってやってくれ」

「本当に大切なものですか……」


 正直、僕にもわからない。分からないものを教えてやってくれとか言われても困る。よほど僕が難しい表情をしていたのか、滝川先輩は苦笑していた。


「お前は楽しい思い出が欲しくて日記部にはいったのだろ? 私や亜也が目的ではなかったはずだ」


 確かに。多少高月先輩の美貌に惹かれた部分もないわけではないが、基本的には卒業式いわれた言葉が発端だ。でも、それと本当に大切なモノが関係するのかな?


「それまでは何もない生活でしたから、日記部に入って感謝はしてますけど……」


 少し俯いた僕をじっと見つめる滝川先輩の視線を感じる。先輩は真剣に僕を見つめている。膠着状態が少し続いたが、滝川先輩がため息混じりに話を続けたことで、解放された。


「考え方によっては、そのほうが幸せだったかもな。手にしたものが、不意になくなってしまった失望を感じなくてすむ」


 今度は僕が滝川先輩を見つめる番だった。先輩は舌打ちをして視線をそらした。


「美国をなくす前の亜也も幸せそのものだった。でも……」


 いなくなったことで、変わってしまった、と言いたいのだろうか。入部した日、あの涙をみてしまった以上、明確な否定はできなかった。僕が幸せにしますと言える立場でもないし。


 視線を反らしたまま、滝川先輩は僕に質問する。口調が少しきつい。


「もし、お前が亜也の立場だったらどうする?」

「え?」

「美国ではなく、亜也がいなくなったら、どうするって訊いているんだ」


 滝川先輩の真意が読めない。高月先輩の立場を理解して欲しいとでも言いたいのだろうか。それなら十分分かっているつもりだし、例え話としても酷い気がする。僕は少し意地悪して分からないフリをする。


「いなくなる? なぜです?」

「来年にはいなくなるだろう」


 高月先輩は三年生だから、留年でもしない限り卒業して高校からはいなくなるだろう。成績も優秀だと聞くし、確実だな。


「そんなの遠くへ行かない限り、また会えるじゃないですか」

「海外へ留学するって行ったら?」

「夏休みでも会いに行けばいいでしょう」


 なんだか不毛なやりとりな気がする。将来の例え話としては、簡単な問題だった。第一、会いに行くなんて僕じゃなくても滝川先輩が真っ先にしそうなことだ。


 滝川先輩も同じことを感じていたようで、だんだん口が尖っていくのがわかった。やがて気持に整理がついたのか、口を一瞬一文字にして、口元に力を入れた。


「じゃあ、亜也が会いに行けない場所にいったとしたら?」

「……どういう意味ですか?」

「そして会えない理由が自分にあったとしたら?」

「滝川先輩?」

「答えろよ」


 僕の言うことを無視して、矢継ぎ早に質問を繰り返す。変にムキになっている気がした。僕だって同じ質問を滝川先輩の口から訊きたいよ。大切な人が目の前からいなくなったらどうしますか? って。だって二人にとっても大切な人でしょ、高月先輩は。


 滝川先輩は僕の顔まで数十センチのところまで近づいていた。距離が近いことをようやく気づいたようで、咳払いしながら距離を置いた。


「話すぎたな……」


 ポツリと言った後、そっぽを向いてしまった。しかし、気まずい雰囲気はそのまま。滝川先輩も気まずさを感じていたようで、話を無理やりまとめようとした。


「とにかく平光の試験に合格するにはお前の力が必要なんだ」


 話が最初に戻った。僕はここで気になっていたことを訊こうと決意した。それは日記部の部活動内容そのものについてであった。


「前から思っていましたが、試験ってなんなんですか? 小テストを毎回受けているけど、結果を教えてもらったこともないし、合格基準も知らないんですよ」

「心配するな。結果を知っているのは部長だけだ」

「高月先輩だけですか……」


 滝川先輩は頷くと「私だって知りたいよ」と呟いた。きっと本当に知らないんだろう。とはいえ、ここまで僕に頼むなんて滝川先輩が知っている事実はまだある気がした。


「どうして先輩はそこまで知ってるんですか?」


 僕は考えるのを止めた。聞いてみるのが一番だ。上手くかわされるのがオチかもしれないけど。滝川先輩は僕の言葉に瞳を丸くして僕を見た。そして腕組みしながら「う~ん」と顔を捻り考えた末、こちらに向き合った。


「よし、お前が亜也を最後まで助けると約束してくれるなら教えよう」

「無論答えは『はい』です。言われるまでもないです」


 すると滝川先輩はふうと一息吐くと、意を決したように瞳に力が入った。


「さっき頼んだことも含めて全て、私の母からの伝言なんだよ」

「母? 滝川先輩の母親って……」


 滝川先輩の口元がわずかに歪む。開いた口からは食いしばっている歯が僅かに覗く。わずかに言いよどんでいるようだった。


「日記部の部長だった……第六十六期生、滝川美琴」


 僕は口をぽかんと開けたまま動けなかった。そんな話、一度も聞いたことがなかった。だが、母親が部長なら色々知っていても無理はない。知らないと言ったのは、高月先輩に関わることだけで、概要はたいてい滝川先輩に教えてもらったのだから。


「へぇ~、じゃあ後で日記を探してみよう。本棚上段の豪華な本にありますよね」


 瞬間的に滝川先輩は僕から視線を反らす。


「……すまんな。母の日記は下段の普通のノートにあるんだ」

「どうしてですか?」


 滝川先輩はそれ以上この質問に答えることはなかった。しばらく、無言の状態が続いた。


 それにしても高月先輩は遅い。僕はだんだん居心地の悪さを感じつつあった。妙に緊張するし、美国先輩の日記世界をもっと見てみたい気持も高まってきた。うーん、お腹辺りがムズムズする……よし。僕はベンチから立ち上がった。


「僕、高月先輩を探してきます」


 滝川先輩は無言で頷いた。僕はそれを合図に歩きだした。歩いていたのは数歩だけ、後は小走りで辺りを探索した。



 本当に誰もいない。詳細な記述がないから、生き物がいないのだという。だとすると僕の日記も同じ運命を辿る。もし、後輩が僕の日記世界を見たらさぞかしガッカリするだろう。


 だけど、言い訳させてもらえば、単純な記述しかないと言うことは、本当に印象に残っているものしか書かないということだ。些細なことじゃなくて、思い出として残しておきたい事柄だけだ。

 でも。これからはもう少し詳細に書こうと思う。反省する。


 だが、今回の場合は良い方面に作用した。余計な人がいないので高月先輩が探しやすい。ほら、少し遠くで人影が見えた。長い黒髪。絶対に高月先輩だ。

 僕は高月先輩を大声で呼んでみた。しかし、先輩はまったく反応しない。さらに近づく。少しつり目の少女が立っている。少し大声なら余裕で気づく距離だ。


「たーかーつーき-先輩っ!」


 すると、先輩がこちらを向いた。目つきのせいで、睨まれたような気がして少し怯んでしまう。いい加減馴れろよ、と自分に言い聞かせて、足を進める。先輩はこちらを睨……じゃなくて見つめたまま、動かない。もう数メートルの距離だ。僕はさらに声をかけた。


「高月先輩、探しましたよ」


 すると高月先輩は眉間にシワを寄せて僕に言い放った。


「はぁ? アンタ誰? 気安く話しかけないでくれる?」


 どうやら冗談ではなく、本当に睨まれていたようだ。僕は苦笑いするしかなかった。





今日はここまでと言うことで。

無理しない、無理しない。


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