9/10 5:06
今回のコメント
・段々空が……でも。結構明るくなるの遅くなってね?
(寝てばかりなので気づかない人)
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僕は数メートル手前で止まってしまう。なにから話しかけていいかわからない。立ち止まったまま高月先輩を見る。先輩は正座から足を横にずらして座っており、俯いたままジッとしていた。まるで最後の時を待っているかのように。僕は高月先輩が消えてしまうんじゃないかと錯覚さえ起こしそうになり、一歩、また一歩と自然に進んでいた。
すると壁の破片を蹴ってしまい、高月先輩まで転がっていく。先輩は破片に気づき、転がってきた延長線上に視線を動かす。どんどんと遡っていき、僕の視線とぶつかった。瞬間、大きく開かれる先輩の瞳。僕はなんだか久しぶりに会ったような懐かしささえ覚えた。
感動の再会。それを期待して僕は高月先輩まで歩いていく。瞳は大きく開いたまま動かない。だけど口だけは動き始め、言葉が漏れる。
「何しに来たの」
助けに来たのにそのセリフですか。……いや、助けに来たなんて考えは止めよう。僕が最初からいたら、こんな事にならなかったのだから。ここは穏便に。だけど高月先輩は穏便にとはいかなかった。
「部外者は立ち入り禁止のはず」
――ムッ。ちょっとイラっときた。この期に及んでまだ言うか。
「帰って。一人でなんとかできるから」
「素直じゃないですね」
我慢できなくなって僕は先輩に言葉を切り返していた。高月先輩は開いた瞳を元に戻し、眉間にシワを寄せる。
「……どういうこと?」
「自分から助けを求めたくせに」
「私が? あなたを?」
「僕か美国進だか知りませんけどね。でも、彼はいないんだから、僕しかいないでしょう」
僕はため息をつきながら、片目を瞑った。その仕草が気に入らなかったのか、高月先輩は少し口を尖らせた。
遠くでガラスの割れると音がする。熱で耐え切れなくなったのだろう。遠くでサイレンの音も聞こえだした。早く脱出しないと大変なことになる。
「それに日記のコメントについても一言いいたいことがあります。何度も書き直すぐらいなら、全部書いてくださいよ」
考えとは反対に僕は話を続けようとしていた。先輩の顔を見たら、いっぱい言いたいことが溢れてきたのだ。なんでだろう。
対する先輩も一文字に閉じられた口が僅かに歪んでいた。
「日記を見たの?」
「見なきゃあ、きませんよ」
「そう……」
一言呟いたきり、俯いた。気のせいか、先輩の口許が弛んでいる気がする。……っていうか火事なんだって、もう一人の僕が叫ぶ。だけど、僕は聞く耳を持たない。
「なんで何度も書き直して、一言なんですか」
すると高月先輩は顔を上げる。僕を一瞬見つめると横を向いた。
「あれを一言だと誰が決めたの?」
す、素直じゃねえ―――っ! 僕は頬を引きつらせながら答える。
「強情ですね」
「見てくれは一言でも、かける思いは抱えきれないぐらいなの」
僕には一言で終わらせる日記を小学生と罵り、自分は一言で書くことを美徳だとでも言いたいんですか? あー、そうですか。僕は完全に挑発に乗ってしまう。
サイレンの音が本当に大きくなってきた。うるさいよ!
「残念ながら僕は超能力者じゃないので、書かなきゃわかりません。テレパシーは使えませんよ」
「あら偶然。私も超能力者じゃないわよ。でも伝わるものだと思うけど。気持を通わせた同士ならね」
「先輩、今日は饒舌ですね」
すると高月先輩は横を向いていた顔を僕へ向けた。表情には力が入っていて、真剣そのものだった。そして当然と言わんばかりに一言言う。
「嬉しいのよ。いちいち説明させないで」
な、なに、今の言葉は。きっと僕は今間抜けな顔をしているに違いない。表情が弛んでくるのを必死に抑えているのだけれど、決壊寸前だからだ。耳まで赤くなってしまう。
そうか。僕が火事なのに言葉が溢れてきたのも嬉しかったからなのか。あっさり言ってのける高月先輩に脱帽した。この状況で信じられない。
しかし、先輩は自分の発言に自覚がなかったようで、数秒後、顔を真っ赤にして俯いた。僕もつられて俯いてしまう。お見合いか。火事場でお見合いか。
ミシミシと音を立ててまたどこかの柱が倒れたらしい。大きな音が響く。校舎外からは赤色灯の光が中に入ってきた。急がないと、面倒なことになる。
僕は頭を振り、高月先輩と向き合った。
「さあ、先輩。小指を出してください。僕と指切りをしましょう」
「そうね。さっさと終わらせましょう」
「ちょっと待ってください」
僕は自分から小指を差し出し、先輩と視線を合わせた。
「輪転の誓いではないですが、先に僕と約束してください」
「はい?」
高月先輩は小首をかしげて。不思議そうに僕を見る。この期に及んで僕は深呼吸をした。煙が入ってきてかなりむせた。少しして落ち着くと、真っ直ぐ高月先輩を見つめる。先輩の瞳に魅入られた。視線が動かせない。僕は思い切って口を開いた。
「これから一人じゃなくて皆と一緒に思い出を作るって指切りしてください」
「え?」高月先輩は口をぽかんと開けて、僕を見つめ返す。駄目だ。ぼやけた言い方では何も伝わらない。僕は明確に伝えることにした。
「いや。皆じゃなくて、僕と思い出を作ってください」
「あ……」
先輩は再び瞳を大きく開けた。「えっと……うぅ……」とか言って口許を震わせる。僕も小指を出しながら空いた手で頭をかいて誤魔化す。しかし、高月先輩は大きく開いた瞳を細めると、震えた口許も閉じられる。
そして先輩は無言で小指を差し出す。僕は細い小指に力強く絡ませた。
「約束しましたよ」
すると先輩は小さく頷いた。
「……うん」
その後はいつもの先輩だった。
「輪転の誓いにより、我願いに答えよ!」
相変らずの厨二表現。だけど今日はそれも可愛く見えた。
「回顧せよ、想起せよ、顕現せよ! 第七十二期生、雨宮まこと!」
先輩の目の前に日記帳が光の矢のように飛んでくる。日記帳を開き、該当のページで手を止める。光り輝いた日記帳からは長い棒状のモノが伸びてくる。散弾銃ではなく、もっと身近なものだった。全てが姿を現し、先輩が掴んで。ボタンを一つ押すと、それは広がっていった。まぎれもなく傘だった。
「室内に傘ですか?」
僕は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。高月先輩は小さくため息をついた。
「勉強不足だね。雨宮まことは別名史上最強の雨女と呼ばれた人よ。大事な時になると必ず雨が降るっていう才能の持ち主よ」
高月先輩はピンクの傘をくるりと回すと、日記の内容を読み上げた。
「六月二十八日、今日は社会見学でしたが、局地的な豪雨に見舞われて、大変でした」
すると外の天気が急に曇り空になっていく。雨が一粒、二粒と振ってきたと思うと、一気にバケツを引っくり返したような雨が降り注ぐ。現代で言うところのゲリラ豪雨だ。
「はい、中間テスト終了~~~っ!」
雨が降り出した途端、平光先輩の声がした。光に包まれて、元の明るさに戻ると、いつもの部室だった。
室内では僕と高月先輩が並んで立っている横で、へたりこんでいる滝川先輩の姿があった。高月先輩はすぐに滝川先輩の元にかけより、介抱していた。
僕はニコニコと状況を見守っている平光先生に歩み寄る。
「どうしたの? 草っち」
「あの紙は平光先生の仕業ですか」
今日こそ平光先生の力について、説明してもらうぞ。今回は証拠物件もあるんだからな。僕は鼻息も荒く、先生に詰め寄る。しかし、先生はニコニコした顔を崩さない。
「へ? 何のこと?」
「誤魔化さないでくださいよ。この紙が――」
僕が日記帳から、和紙を取り出した瞬間、紙が燃えて手品のようになくなった。
「熱っ!」
「草っち、まだ中間テストの妄想見てるの~? そうやって夜な夜な、亜也っぺやユーミンを妄想で……」
「してるわけないでしょ!」
一瞬、背中に寒気を感じて、後ろをゆっくり向くと、高月先輩と滝川先輩がこっちを見ていた。しかもジト目で。誤解されてる!
「あはは」と笑うと平光先生は僕に耳打ちした。
「ちなみに私は答えを教えはしないけど、ヒントは教えるタイプの先生です」
僕が苦笑いをすると、平光先生は着物の袖を振って「じゃあね~」とか言って部室を出て行ってしまった。
一体、平光先生とは何者なんだろう。いずれは分かるのかもしれないけど、今日に限っては感謝しないといけない。僕は大切な物を失いそうになったのだから。
次の日。
僕はいつもの通り、薄暗い四階の廊下を歩いていた。さらにいつもの通り、木造の扉をノックしてドアノブをまわす。開いていく扉から、高月先輩の姿が覗く。
今日も高月先輩は日記を読んでいた。時折、髪を書き上げて耳にかける。夕日が先輩をオレンジ色に染めて、幻想的な雰囲気を持たせる。机の上には美国進の日記帳が置かれている。高月先輩は美国進の日記帳を手放さない。僕はやっぱり嫉妬してしまうけど、同時に愛おしそうに日記帳を抱える高月先輩がとても魅力的に思えた。
僕は挨拶をしながら室内に入る。胸のドキドキを抑えながらゆっくり定位置の席まで歩く。そして、勇気を振り絞って僕は行動に出た。いつもより、先輩に近い席に座ったのだ。横目で高月先輩の反応をうかがったが、日記を読んでいる姿勢から変わらない。よし。第一関門突破だ。
しかし、問題は今からであり、最大の難問だった。僕は膝の上で拳を握り、目を瞑って勢いで声をかける。
「高月先輩」
高月先輩は日記から顔を上げた。勇気を出せ、甲斐斗。やればできる。やればできる。相手は高三の普通の女の子だ。一言言うだけだ。軽く、かる~く言うだけだ。僕は生唾を飲んで、高月先輩に向かい合った。
「今日の部活が終わったら」
「ん?」
「僕と寄り道しませんか?」
たあああああっ! もっとスマートな言い方あっただろ。俺の馬鹿馬鹿馬鹿! これじゃあ高月先輩に冷たい目つきで見られてしまうっ! ほらみろ、高月先輩が目を丸くしてるじゃないか。呆れてるんだよ、きっと呆れてるんだよ!
「いいよ」
「ですよね~、駄目ですよね~……え? 今何と?」
すると高月先輩は今までに見たことがないぐらい瞳を細めて微笑んだ。
「で? どこに連れてってくれるの? これでも私、寄り道には一家言あるよ」
嘘じゃないよな。この状況嘘じゃないよな。僕の脳内首脳陣はシャンパンファイトを始めだし、脳内ではカーニバルが始まった。僕は今にも飛び跳ねたい気持を何とか抑えつつ、声のテンションが一段階上がった状態で答えた。
寄り道の場所は決まってる! 沙和には悪いが利用させてもらうっ! 必殺の場所を。
「は……はい! とっておきの場所があります! この辺の女子垂涎のスイーツが!」
「私、甘いものは苦手だな」
「へ……」
僕の目が点になっていると、高月先輩は頬杖をしながら首を傾ける。
「お好み焼きとかどう?」
首を傾けるとさらりと髪が前に落ちる。艶のある長髪から甘いようないい匂いがする。
「いいですね! 甘いの嫌いなのは同感です!」
「私は嫌いなんていってないけど……」
高月先輩は苦笑いする。僕は照れ笑いをした。幸せの瞬間を噛み締める。
「つーか、私はないがしろか」
扉が蹴り破られると滝川先輩がいつも通り豪快に部室へ入ってくる。僕は「忘れてた」という表情を出さないように、答えた。
「あっ、滝川先輩……も、どうですか?」
ぎこちなっ! 僕の喋り、ぎこちない! 案の定、滝川先輩の顔は引きつっていた。
「貴様。覚悟はできているんだろうな……おごりだ。全員の分おごりだ!」
「あっ、それいいんじゃない? 中間テストの迷惑料も込みで」
高月先輩もノリノリで答える。先輩、そんなキャラでしたっけ?
「ええっ!? お、お金と相談させてください……」
するとさらに厄介なのが扉から入ってくる。
「あ~、みんなでずるい~、私もいく~! イく時は~一緒だよ~」
「平光先生は自腹ですよっ!」
「けち。恩知らず」
口尖がらせているのが一名、朗らかな笑い二名に引きつった笑い一名。やっと僕は日記部の一員になれた気がした。こんな日がこれからも続くんだろうか。
先輩とたくさん思い出がつくれるのだろうか。きっと作れるな。必ず。
きょうはこれぐらいで。
あんまりキリのいいところ終わると良くないとか言いますが、きにしない。
気分のいい時に終わってみる。